広島県は呉市近郊の安浦町で、義務教育に一石を投じる試みが、沖田範彦町長を中心に進められている。部落解放同盟広島県連合会と広島県教職員組合の支配でがんじがらめになっている公立の小中学校に並立する形で、公設民営の小学校を開設し、町民に学校の選択権を与えようというのだ。六月二十八日、上京した沖田町長に真意を聞いた。
無力な文部省の是正指導
━ 町長自らが公設民営の学校を設立しようと考えるのは、現実の公教育に絶望したからでしょうか。安浦町の公教育をめぐる状況についてお話ししていただけませんか。
沖田 終戦後、広島県の教職員組合が立ち上がり、日教組ができた段階で、日教組と合流します。その後、共産党系の全教がそこから分かれた。ところが小森龍邦氏が社会党を辞して新社会党を立ち上げた時点で、広島県教職員組合と広島県高等学校教職員組合は小森氏に追随して日教組から離脱し独自の道を歩み始める。広教組の組織率は県で約四〇パーセントぐらいですが、安浦町のある豊田郡から東側は約九〇パーセントにもなります。
━ 県の東側というのは部落解放同盟広島県連の強い地域ですね。
沖田 そうですね。県レベルの話になりますが、昭和六十年に外部団体の公教育介入を認める八者懇談会合意文書(八者とは、広島県知事、広島県議会議長、広島県教育委員会教育長、部落解放同盟広島県連合会、広島県教職員組合、広島県高等学校教職員組合、広島県同和教育研究協議会、広島県高等学校同和教育推進協議会)なるものが交わされ、平成四年には県の教育長が、部落解放同盟広島県連合会と広島県高等学校教職員組合の委員長に、反日の丸、反君が代、反天皇教育を認める文書を出してしまいます。そういう経緯を経て広島県の公教育は隘路にはまり込んでゆくわけです。
平成十年四月、業を煮やした文部省が県に立ち入り調査を行い、十数項目にわたる是正指導を行いました。たとえば職員会議の項目では「職員会議の位置づけ、運用において、校長の権限が制限されることのないよう、各市町村教育委員会及び各県立学校を引き続き指導すること」と県教委に要請しています。ところが、ご存じのように広島には広島県同和教育研究協議会がありまして、その下部組織に豊竹同教、その下に安浦同教がある。安浦町では校長、教頭以下全職員が安浦同教に参加しているため、安浦同教で決まったことだから、校長はそれに従えという論法で、学校の運営を牛耳っているわけです。一事が万事で、現場では文部省の是正指導は無力なんです。
私は校長、教頭に安浦同教から抜けたらどうだと勧めるのですが、絶対に抜けるとは言いませんね。黙って下を向いていますよ。抜けることに対する恐怖感といいますか、私たちには窺い知れぬことがあるようです。
━ 抜けることで、学校運営に支障をきたすということは理解できますが、そのほかに精神的、肉体的恐怖が存在するということですかね。
沖田 なければここまで頑なにならないでしょうね。広同教に対して、県もどこの自治体も腰が引けていて、予算をつけていたんです。広同教に県が約五十万円、豊竹同教にも豊田郡の十町から予算が出ていたんです。安浦町負担が十八万円です。安浦同教へはうちの町から三十万円出していましたが、三年前から全額カットし、豊竹同教に対しては今年度から郡内十町が足並みをそろえてカットすることにしました。
年に五百回以上の会議
━ 安浦町の小中学校では、何が問題になっているのでしょう。
沖田 まず出張が多い点です。平成十年度ですが、安浦同教の会議は三百四十回で、執行部役員なら七十五日から九十九日、非役員でも二十四日から六十四日も会議にとられる。これに加えて豊竹同教で百十八回、広同教、全同教で百十一回も会議がある。
━ 想像を絶する回数ですね。これでは自習を強いられる児童も多いのでしょうね。
沖田 子供たちは「先生は出張が多い」と言っていますからね。おかしなことに、県は旅費と日当をつけていたんですよ。それが年一億円に上ると言われている。
━ 現在も支払われているんですか。
沖田 県は広同教を研究団体として認めない方針を打ち出してくれました。よって支払われないことになります。それとですね、豊竹同教は毎週火曜日を集まる日にしているんです。郡内には島がありまして、そこの学校は規模が小さく教員の数も少ないわけです。そして会議には陸路で行けないので一日仕事になる。学校の教育がおざなりになるのは必然です。
人事への介入も甚だしいですね。うちの町から隣町の中学へ異動させたことがあったんです。隣町まで十キロしかないんですよ。でも「母が病気でいざというとき間に合わないじゃないか」と猛然と抗議する。
また、教育指導主事が学校の授業内容を見て回る制度があるんですが、安浦では絶対に受け入れないんです。他人に見てもらわなくてもちゃんとした授業をやっていて、指導を受けなくてもよいという主張です。これはいまだに改善されていない。
安浦中学校の運動会に招かれたら、国旗も校旗もない。ちょうど広島でアジア体育大会が開催されていたので、あいさつの中で、国旗国歌に対する心構えを話したら、安浦町の全教員の名で「何人も教育に介入してはならない。謝罪せよ」という抗議文が届けられた。さらに日教組安浦支部、解放同盟安浦支部、自治労安浦支部からも同様の抗議文が届けられた。私は自治労と解放同盟の幹部を呼んで、「何人も介入してはならない、というのなら、あなたたちも介入すべきではない」と言ったんです。
安浦には自衛隊員の子弟がたくさんいるんです。呉が近いですから。安浦中学で教員が社会の時間に、自衛隊は憲法違反の存在だから、そこで働く人間は悪いやつだと言ったそうです。細かいことを挙げていたらきりがない。
そうそう、文部省の是正指導の中に指導要録の記入という項目があったのですが、現実を見てやろうと息子の中学時代の指導要録を閲覧したんです。それがこういう状況なんです(指導要録の写しを示す)。ご覧のように何も書いてないでしょう。
━ 教師は何をやってるんですか。
沖田 何もやってないんですよ。それでね、文部省の是正指導の前は、「氏名」の「氏」がいけないという理由で線を引いて消している。もちろん元号も消して西暦に直している。現住所も安浦町まで。それ以上記入すると差別になるという。
指導要録の記入は教員にとって神経を使う大変労力を要する仕事です。それを一切放棄しているわけです。広同教で書かないと申し合わせているそうです。
是正指導の後で、次男の中学校時代と小学校時代の指導要録を見たのですが、何も変わっていない。給料を戻せといいたいですね。これがいまの広島県の公教育の実態ですよ。
━ 完全な職務放棄ですね。
沖田 ひどすぎるでしょう。学校で子供がどういうことを刷り込まれているか、親にはまったくわからない。学校の先生がそんなに悪いことをするはずがないというのが、普通の親の認識ですよ。そこに付け込んで教員は何をやっているのか。腹がたってしようがないです。
━ 今年の卒業式はいかがでした。
沖田 昨年の中学の卒業式は町の教育長が職務命令を出して、君が代をテープで流したんです。「まさか安浦町で実施できるとは思わなかった」と県も驚いていました。それで安心していたら、今年は卒業生が青いリボンを付けて入場してきたんです。
━ ピースリボンですね。
沖田 そうですね。でも最初は分からなかった。式が始まって国歌斉唱と号令がかかると、生徒はいったん立って、次の瞬間バタバタと座り出したんです。一番前の来賓席にいた私は「立ちなさい」と二回怒鳴ったんです。しかし生徒達は躊躇しながらも九割は座ったままでした。
━ 教員は。
沖田 教職員も三人を除いて全員座り、三、四人は式場から出ていったんです。そして国歌斉唱が終わると戻ってきた。ですから、卒業生が式場から出て行った後、私は教員たちを怒鳴りつけたんです。そして、「法律は遵守せよ」「偏向教育はやめよ」「義務を果たせ」「常軌を逸した安浦同教に異議あり」といった内容の文書を全教員に配ったんです。
腹立たしいのは、国旗国歌に反対しているある教員が、自分の子供を私立中学に進学させ、その入学式では起立して国歌を斉唱していたというのです。ふざけるなですよ。
━ 戸塚ヨットスクールの戸塚宏さんが、日教組の学校と非日教組の学校を並立させて、自由に選択できるようにすれば、日教組の教員は自分の子供を非日教組の学校に入れるだろうと言っていました。まさにこれを地でゆく話ですね。
誇りと自信に満ちた日本人を育てたい
━ 曲がった釘は真っすぐにならないように、いまの公立小中学校は手の施しようがない。それなら理想を求めて新しい学校を作った方が早い。
沖田 まあ、そういうことですね。
━ 具体的には。
沖田 有志の方に新たな学校法人をつくってもらって、そこに校舎を提供しようと考えています。町内に小学校が六校あるんです。最初はそのうちの一校を空けてあてようと考えていたのですが、住民の理解を得ることが難しいので、二十五年前に廃校になっている小学校の校舎を利用することにしました。タイミングよく地域の人達から、校舎を利用した施設ができないかという要望も出ているんです。ですからこの校舎を修復して新たな施設も作って、地域の人達にも利用してもらいながら学校を運営しようと考えています。
最初一年生から六年生までいっぺんに募集しようと思ったんですが、予算の計算をしたらとても無理なので、一年生のみ募集して、六年かけて全学年がそろうようにしたいですね。
━ 地方の場合、大都市と違って小中学校の選択の余地はほとんどありません。どのような教育が行われていようと、そこに預けざるを得ない。そこに選択の余地が生まれるというのは大変意義のあることだと思います。さらに、民営の学校が同じ町内に存在することで、公立の教員の意識も変わってくる。
沖田 それもねらいです。教員の中には、「自分たちの職場がなくなるのでは」といった危機感をもつ者もいます。もってもらわなくては困るんです。
━ 実現にはどれほどの予算が必要なんでしょう。
沖田 三十人の一クラスでスタートするとして、初年度は土地購入費、宅地造成費、既存校舎改修費、世代間交流センター建設費など合わせて三億二千八百万円が必要です。議会の承認をとって来春になんとかスタートさせたい。
━ 見通しはどうですか。
沖田 昨日、自治省に行ってきたんですが、公設民営の学校を世代間交流事業の拠点とすれば、地域総合整備債といういわゆる補助金が使えるんです。何とかその方向で進めてゆけそうです。ところが、県の学事課は行政財産を民間に貸すというのはいかがなものかという。安浦の子供たちのためなんだからそう堅いことを言わないでと言ってるんです。
運営資金についても町として年間二―三千万円ほど出そうと考えているのですが、これも賛否両論です。つまり、既存の公立学校を充実させるべきという意見も強い。
私としては、とにかく一学年からスタートさせて、子供にどのような変化が現れるか確認したい。
━ 教員はどうやって採用するんですか。
沖田 最初は一学年ですから、理事の中に教員免許をもった方がいるので、それで対応できます。一年後は別途雇う必要が出てきます。クラス担任の教員については、町役場の職員並みの給料を払っていこうと考えています。あと、英語やコンピューターの授業については、常時必要ではないので、いわゆる非常勤講師のような形で雇用したい。
━ 学年三十人という定員ですが、安浦町の子供が優先ということですか。
沖田 そうです。五十人の応募があれば、抽選とか先着順とか、何らかの形でふるいにかけなければならない。
━ 授業料は月額二万円を予定されていますが、町民の子弟の場合、町が全額を補助するわけですね。
沖田 そのように予算化したい。そうすれば公立と同じ条件になりますから。
━ 番肝心な点ですが、どのような教育を行うのでしょう。
沖田 「しっかりとした躾」「きよい心」「かしこい頭」「たくましい体」「生きる力」「豊かな心」を教育目標に、基礎学力の充実を図り、日本の伝統、文化、歴史を正しく伝え、二十一世紀の国際化社会を担うにふさわしい誇りと自信に満ちた日本人を育てたいですね。
また、一年生から英語の学習を取り入れ、コンピューターを道具として活用させる。給食も自分たちで調理をさせたいと考えています。また、田植えや稲刈り、漬物、味噌の作り方などを、地域の人々との交流の中で学ばせたい。
この学校が動き始めたら、公立学校の教員もだいぶ性根が変わってくると思いますよ。
資料1 設立趣意書
現在の子供たちを取り巻く教育環境、とりわけ公教育の現状は目をおおうばかりの惨状です。低学年からの学級崩壊、不登校、保健室登校、陰湿ないじめ、教師のノイローゼ、学力低下、非行の低年齢化と凶悪化、所かまわず座り込むジベタリアン等の退廃した状況がひろまるなかで教育改革が声高に叫ばれています。小渕前総理は教育改革を国政の重要政策として打ち出され、森現総理も引き続きこの問題に取り組むことを力強く表明されておられます。
広島県におきましても、かつての教育県といわれた面影はなく、大学入試状況に見る学力も全国で最下位あたりと低迷し、県立高校より広島大学に合格する率もかつての三分の一となっている現状です。
加えて、高等学校の中途退学者も県下全般で異常に多く、これらの現状の原因を考えてみますと、基礎課程の段階である小・中学校の義務教育期間に、十分な基礎学力がついていないためと思われます。一昨年四月、かねてより指摘されていた広島県公教育の現場に文部省の調査が入り、九項目にわたる改善命令が出されました。その中では授業時間が大幅にカットされ、道徳の時間を「人権」にすり替え、国語を日本語と呼び変えたり、国の基準を大きく逸脱している現状が指摘されていました。また、一方では平和学習を言うあまり、かつての大東亜戦争等のなかで日本が行った負の部分だけを取り上げ、ことさらに「日本はアジアを侵略し、相手国を苦しめ、悪いことをしてきた」と教え込み、児童、生徒の心を我々の父や祖父たちがいかにも野蛮で卑劣な人間であるかのごとく洗脳する偏向教育を行っています。
また、広島県自体が「同和教育を基底におく」としているため、全ての授業や活動が同和問題を中心としてとらえられ、同和問題が持つ本来の意義が忘れられ、差別や人権問題にいたずらに過敏になるあまり、学校全体がそれに振り回され、教職員たちもあまりにも多くの時間を費やすことを強いられ、束縛され、本来の学力の保証をすべき授業がおろそかになっているために、児童生徒たちが学ぶ権利を奪われているといっても過言ではありません。
教職員の多くが加盟している広教組、広高教組は、一部運動団体と共に勢力を拡大していこうと打ち出す深い関係にあり、その思想は運動団体のそれであり、教職員がその実践を担う活動部隊のようになっています。これでは公平な教育が疎外され、純真無垢な子供たちが一方的な、偏った思想に染まり、完全にマインドコントロールされてしまうことになってしまいます。
このように、公が偏ってしまう事は、日本の国自体を大きく揺るがす大問題です。今ここで正常な軌道に修正しておかなければ、将来に禍根を残すことになります。
これまで、文部省なり、教育関係者は高等教育を行う大学や高校の設置ばかりに目を向けてきたようですが、今ここで最も注目しなければならないのは、人間としての基礎をつくる義務教育の段階に視点を移すということではないでしょうか。
その義務教育のほとんどは、公が行っている公立学校であり、その公立学校で行われている公教育は崩壊寸前となっています。正に制度疲労をきたしており、子供も保護者も全く選択する余地がなく、仕方なく現状に甘んじなければならない状況になっています。
このように惨めな教育環境から、将来の日本を背負って立つ大事な子供たちを解放し、まともな大人として育ってもらうためには、よりよい学習環境をつくることが、我々大人の重大な責務であると考えます。まともな子供を、まともな大人にするための、しっかりした教育理念を掲げる私立学校を設立することによって、現在の憂える状況を改善する一石を投じられるものと強く確信するものであります(後略)。
平成十二年四月吉日
設立発起人代表 佐伯泰男
資料2 公設民営小学校の概要
学校法人名 新風学園
理事 佐伯泰男(元広島県立高等学校校長)、高橋一郎(元小中学校校長、前安浦町教育長)、児玉克彦(元県庁職員)、森元勝正(英語塾経営)、荒銭寿美子(元小学校教諭、東進塾経営)、加瀬英明(外交評論家)、中條高徳(アサヒビール名誉顧問)、勝田吉太郎(鈴鹿国際大学学長、京都大学名誉教授)、都倉俊一(作曲家)、津川雅彦(俳優)
監事 岡野賢太郎(会社役員)、片岡寿一(安浦町監査委員)
設置場所 広島県豊田郡安浦町大字中畑七一三番地旧安浦町立野路西小学校
学級人員 三十人学級
授業料 二万円
運営資金 授業料、入学金、寄付金、私学助成金