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難産だった。最大7千億ドル(約75兆円)の公的資金を投じて金融機関が抱える不良資産を政府が買い取る。これを柱とする米国の金融救済法案が下院で可決され、成立した。
当初案は下院で否決され、世界の市場に緊張が走った。しかし、上院が大型減税などを追加・修正して可決した案を、下院も何とか受け入れた。
これで、金融危機に対処する最低限の陣形がやっと整った。
とはいえ、安心してはいけない。買値が高すぎると国民負担が膨らむし、安すぎれば金融機関の損が拡大するので売り手が現れないからだ。
そのうえ、制度を使う金融機関の経営陣の報酬を制限したり、買い取り後に損失が膨らんだら金融業界が穴埋めの追加負担を求められたりする条件がついた。安易な利用に歯止めがかかった半面、75兆円も用意しながら買い取りが滞る恐れもある。
不良資産の買い取りが動き始めれば、遠からず次の対策が必要になってくるだろう。
危機の根本にある住宅市況の下落は底が見えないし、景気も悪化してきた。不良資産は今後も拡大しそうだ。体力のある金融機関は率先して不良資産を売って身軽になるが、苦しいところは持ちこたえられなくなる。
行き詰まった金融機関は、公的資金で静かに処理する。生き残る見込みがあるなら、公的資金を資本へ注入して立て直す。そうした対策である。金融システムの安定維持のため、米国民が払う負担はこれからも続く。
今回の法案をめぐる議会の苦悩と決断は、米国民がそのような覚悟を固めていくうえで、よい学習になったのではないだろうか。
金融危機と格闘しているのは米国だけではない。とくに、米国の住宅バブルが飛び火していた欧州では、金融機関の損失が拡大して緊張が高まってきた。各国で銀行が国有化されたり、預金の全額保護が打ち出されたりしている。米国と同様に3千億ユーロ(約44兆円)の救済基金を共同で設けることなどが提唱され、4日には英仏独伊が緊急首脳会談を開いた。
欧州では国により、金融機関の規模や当局による監督方法がまちまちだ。ユーロ圏の国とそれ以外にも分かれており、危機対応に手間取るとの懸念もある。このようなねじれやギャップを克服し、全欧州で素早く動ける態勢づくりを急がねばならない。
日本では今のところ金融危機の心配はない。だが、バブル崩壊期に作られた危機回避の仕組みのなかには、期限を迎えて姿を消したものもある。世界的な景気落ち込みが押し寄せるなど、日本経済もこれから厳しさを増す。たじろぐことなく、備えを整えておかなければならない。
「行ってきます」と玄関を出た息子が、元気な姿で家に帰ってくることはなかった。学童保育所で口にしたこんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせ、わずか7歳でこの世を去った。
その無念さと再発防止への思いを、母親が当時の福田首相の前で切々と訴えた。つい先月、東京都内で開かれたシンポジウムでのことだ。
それからひと月もたたないうちに、幼い命がまた失われてしまった。
今度の犠牲者は兵庫県に住む1歳9カ月の男の子だ。凍らせたこんにゃく入りゼリーが原因だった。
小さな容器に入ったこんにゃく入りのゼリーは、歯ごたえがあって根強い人気がある一方で、窒息事故の恐れが以前から指摘されていた。普通のゼリーよりも硬くて弾力性が強く、のみ込む時にのどをふさぎやすい。
90年代に死亡事故が相次いで問題となり、国民生活センターが注意を呼びかけてきた。それでも被害はなくならない。死亡した人は95年以降、わかっているだけで17人になり、病院へ運ばれた人はさらにたくさんいる。とりわけ子どもとお年寄りの犠牲が多い。
なぜ、事故をなくせないのか。
のどに詰まらせやすい子どもとお年寄りに対し、業界団体は「たべないで」と注意する統一マークを決めて商品につけ始めた。だが、危険があることが消費者に十分伝わっているとは言いがたい。見た目は普通のゼリーと区別しにくいため、つい食べさせてしまった保護者もいるだろう。
政府も抜本的な対策をとってこなかった。ゼリーの形や硬さを規制する法的な枠組みがないからだ。
このままではまた事故が起こりかねない。ここは消費者もメーカーも政府も、それぞれの立場で被害を防ぐ努力をすべきだ。
消費者は何よりも、こんにゃくゼリーで命を落とす場合があることを知っておかねばならない。小さな子やお年寄りが絶対に食べないように、親や周りの人が目配りする必要がある。
事故を受けて、野田消費者行政担当相がゼリーをつくった企業の幹部を呼び、「小さな警告マークのみの商品は自主回収してはどうか」と促した。さすがに手をこまぬいているわけにはいかなかったのだろうが、もう一歩対策を進められないものか。
窒息の引き金となる食品は、餅をはじめ、ほかにもたくさんある。だが、こんにゃく入りゼリーはEU(欧州連合)や韓国では販売が禁じられた商品である。そうしたことも念頭に、対策作りに知恵を絞ってもらいたい。
メーカーは包装袋の警告文を増やし、大きな表示もするという。それは当然だが、のどに詰まりにくい安全な商品をつくる工夫を改めて求めたい。それは企業の社会的な責任である。