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呉の瀬戸内海水理模型 活用の道を模索しては '08/6/23

 広い海域があるかと思えば島や半島が連なり、潮流が渦巻く―。そんな瀬戸内海の全体像を体感できる場はここしかないだろう。呉市広の産業技術総合研究所(産総研)中国センターにある瀬戸内海の水理模型である。

 長さ二百三十メートルの巨大な建屋の下に、二千分の一縮尺の瀬戸内海が広がる。瀬戸内海研究のシンボルでもある水理模型が、あと二年足らずでなくなりそうだ。海の環境を学べる場でもある。センターの移転に伴って姿を消すのは、いかにももったいない。

 「公害の海」と瀬戸内海が呼ばれていた一九七一年、中国センターの前身の中国工業技術試験所が設立された。その二年後にできたのが世界最大級の水理模型である。起潮装置を設け、干満による潮流を短時間で再現できる。

 模型の上を歩ける。巨人になった気分で海峡を一またぎ。海で見た渦が同じ場所で起きているのを目の当たりにし、驚いたことがある。水を染めれば、赤潮を引き起こす汚濁の広がりが分かる。埋め立てや海砂採取による潮流の変化もつかめる。瀬戸内海全体の海水が約一年半で外洋水と入れ替わることも初めて明らかにした。

 水理模型ができて三十五年。瀬戸内海の水質は、かなりよくなった。独立行政法人の産総研に組織変更された二〇〇一年以降、センターの研究の主力もバイオマス部門に移っている。研究協力面などで便利な東広島市への移転計画が浮上し、用地九・六ヘクタールを売ってその費用に充てることになった。

 センター用地を四十億円で王子製紙に売却することが決まったのは先月下旬。王子製紙は隣接地に呉工場がある。移転が終わる一〇年春以降、水理模型の建屋内を倉庫として使う予定という。

 海の全体像をつかめる利点はあるが、水理模型の役割は一段落したとセンターはみる。維持管理や補修も大変といい、沿岸海域研究はコンピューターによる数値計算に置き換わりつつある。だが今でも年に一度、水理模型を公開して動かすと、「すごい」と感動を呼び起こす。

 「環境教育の場として残せないか」。研究者たちでつくる瀬戸内海研究会議が昨秋、瀬戸内海環境保全知事・市長会議で問題提起した。水理模型を核にした瀬戸内海博物館に、という考え方も出された。五十二年前に造られた米国・サンフランシスコ湾の水理模型が、学習と観光の場として活用されている例もある。

 ただ売却が決まった以上、ハードルは高そうだ。広島湾だけを切り取って移すような部分活用も一案かもしれない。だが、瀬戸内海を俯瞰(ふかん)できるのが水理模型の特徴である。その価値を広く市民に知ってもらうため、今からでも一般公開の機会を増やしてほしい。簡単になくすのでなく、何ができるのかを模索してはどうだろう。沿岸の三千万人の暮らしとかかわる瀬戸内海。疎遠になりがちな海と人との関係を再考するきっかけにしたい。

【写真説明】瀬戸内海の全体像が体感できる水理模型




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