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社説:1佐懲戒免職 なぜ「秘密」なのかわからない

 防衛省は、中国海軍潜水艦が南シナ海で事故を起こし航行不能になったと報じた読売新聞記事に絡み、同省情報本部の1等空佐を懲戒免職処分にした。「防衛秘密の情報であることを認識したうえで記者に伝達した」というのが理由だ。

 しかし、記事が安全保障を脅かす防衛秘密と言える内容を含んでいたか疑問があるうえ、処分は、報道の自由を制約するという重大な結果を招きかねない。防衛省の対応には大きな疑念がある。

 記事は05年5月31日に掲載された。防衛省は今年3月に自衛隊法違反(防衛秘密漏えい)容疑で書類送検し、検察は起訴猶予にする見通しだ。検察の処分前の対応も異例だが、報道機関への情報提供が免職の理由になった初のケースであるという点で見過ごせない。

 防衛上の秘密情報は、日米軍事情報包括保護協定に基づく「特別防衛秘密」、自衛隊法の「防衛秘密」「省秘」の三つある。今回の情報は「防衛秘密」に指定されていたという。

 ところが、増田好平防衛事務次官は記者会見で、記事に防衛秘密が含まれているとしつつ、どこが秘密に当たるのか明言を避けた。最高裁は77年、国家公務員法の「秘密」とは「実質的に秘密として保護するに値すると認められるもので、国家機関が形式的に指定しただけでは足りない」と判示している。とにかく防衛秘密に指定したのだから漏らせば処分だ、というのでは説得力を欠く。そして何より、読売記事を読む限り、防衛秘密が含まれていたとは到底思えないのである。

 防衛秘密の基準が明確でないまま拡大すれば、安全保障への国民の信頼は細るばかりだ。むしろ今回の場合、潜水艦の事故は周辺海域を航行する船舶の安全が脅かされるのだから、防衛省自身が積極的に公表すべきだったのではないか。

 一方で、一連の捜査と処分は、軍事情報の漏えいに神経質になっている米国の姿勢を反映したものであるとの指摘がある。特に、潜水艦の艦番号に触れた記事の記述は、米軍情報が元になっているとの判断から、米側が強く漏えいへの対応を迫ったというのである。

 しかし、艦番号の情報自体は安全保障上の重要情報ではあるまい。米軍情報であることだけが処分理由だとすれば、「見せしめ免職」と言わざるを得ない。

 今回の処分は、防衛省や自衛隊への取材を試みる報道機関に情報提供しようとするニュースソースを萎縮(いしゅく)させ、公務員の疑心暗鬼を呼び、ひいては国民の知る権利を損なう結果を招きかねない。

 公務員は国民生活、安全保障に関する大量の情報を有する一方、防衛省の不祥事や社会保険庁の年金問題への対応を見るまでもなく、情報開示には消極的な体質がある。決して、処分がこの傾向を助長することがあってはならない。

毎日新聞 2008年10月4日 東京朝刊

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