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特集ワイド:小泉純一郎元首相の引退に思う 終幕は「世襲劇」?

 ◇すかっとしないなあ

 ああ、やっぱり。<警護なし横須賀線に一人乗る 大臣やめてホッと一息>。俵万智さんにほめられたらしいこの短歌の世界へ、ようやく旅立ちですか? あなたの政界引退に驚きつつも、ひとつの時代の終わりを感じています。

 「ラスト・オンス・オブ・カレッジ! ラスト・オンス・オブ・カレッジ!」。あなたが繰り返した声が耳にこびりついています。5年半におよぶ小泉政治は、つまるところオペラだったのでは? 主人公は「郵政民営化」に執念を燃やす壊し屋・小泉純一郎、純愛あり、悲恋あり、裏切りあり、復讐(ふくしゅう)あり。あなたは答えましたね。「そんなことを想像してやったわけじゃないよ。必要なことはやらなきゃいけない、その一念で」

 そして、ひと呼吸おき、身を乗り出した。「ドン・キホーテを描いた『ラ・マンチャの男』には励まされてね。主題歌の『見果てぬ夢』を口ずさんでいたよ。抵抗勢力に囲まれてただろ。法案が参院で否決されて、解散は非常識と言われたけど、やらざるをえなかった。乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負。♪たとえ傷つくとも力ふり絞り我は歩み続けん……」

 「ラスト・オンス・オブ・カレッジ!」はこの「力ふり絞り」の英語バージョンですね。「こっちのほうが感じ出るんだよなあ」。いまだ自作自演のオペラ「郵政民営化」に酔っておられるんだって思いました。8月5日、ゲリラ豪雨に見舞われた東京は永田町でのインタビュー、引退をただせば、むにゃむにゃ。「人間、毎日が日曜日だと休みの楽しさがわからない。忙中閑ありが最高!」。お気楽が身上、ま、結構であります。

 ■

 政局がらみは抜きで、と念を押されていましたが、いや、どうして、三度のメシより政局好きのあなたのこと、こんな意味深な発言もありました。「イタリアのミラノ市長からスカラ座への招待状が届いたんだけどね。オペラ『ドン・カルロ』。オープニングの12月7日。私、まだ本場で見たことないんだ。ぜひ行きたかったんだけどね。行けないってお伝えしたんだ。政局がどうなるかわかんない。解散があったらどうするの」

 さえてました。でも、まさか引退されるとは……。もっともまだ福田康夫さんが首相でした。あれから2カ月もたたないのに、この国の首相は麻生太郎さんに代わってしまって。その自民党総裁選では「小泉改革」の旗を掲げ続ける小池百合子さんにエールを送られたものの、皮算用ほど票が伸びなかった。さぞ悔しかったんじゃないですか? 小池さんに聞いてみました。

 「このタイミングとは知らなかったですが、着々と準備されてましたから。総裁選とは関係ないですよ。オペラ政治? そうね、私も環境大臣の役を与えられて、クールビズを提案できましたし。細川護熙さんが首相をお辞めになったとき、議員もお辞めになったらと進言したんです。首相経験者は議員も辞めるのがいいと思って。細川さんはろくろを回しておられるそうですが、小泉さんはバッジを外しても政治の舞台を回し続けられるんじゃないですか」

 もうひとり、あなたに衆院予算委員会で「ソーリ、ソーリ」とかみついた社民党の辻元清美さん。「因縁の人ですからね。静かに余生をお過ごしください、あんたのぶんまで私が頑張るから、ってところよ。だって、イラクに突っ込んでいくわ、弱肉強食社会にしてしまうわ、この国をむちゃくちゃにしようとしたんですから。ビービー、アラーム鳴らしました。引き際の美学? カウボーイの帽子かぶった浪花節男ちゃうの。これでようやく日本政治も呪縛から解放された気がする」

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 しみじみふたつの「オペラ」を思い出しています。まずはあなたが首相になって初の国政選挙、参院選の第一声です。01年7月12日、東京・有楽町マリオン前、写真家の篠山紀信さんまでおられた。大フィーバーでしたね。「あすをよくしていこうとする米百俵の精神をもって……、改革なくして成長なし!」。ナマ小泉の迫力に正直、すごい!と感じ入ったものでした。

 そして、あなたの一世一代のオペラ、郵政民営化を争点にした衆院選です。05年8月30日、東京・JR吉祥寺駅前での第一声を聞きました。熱気は4年前ほどではありませんでしたが、円熟味を増していました。手なれた感じで聴衆をつかみ、ライオンヘアをなびかせ、選挙カーの上をあっちへ、こっちへ、はたまたビルを見上げて、叫ぶ。「どーして、これが大した改革じゃないんですか!」。声をひっくり返し、民営化の必要性を説きまくりましたね。

 結果は、自民党の圧勝でした。あなたによって天才政治家を知り、あなたによって華やかなオペラ政治の怖さも知りました。舞台がはね、劇場を出て、余韻が冷めてみると、そこは寒々とした風景が広がっていました。あれ? みんな気づきました。遅かったかもしれませんが。格差社会が深刻さを増し、プロレタリア小説「蟹工船」がベストセラーになっています。あなたはあまり聞く耳を持ちませんでした。「批判的に貧富の格差を言うとき、いい材料なんでしょうね。でも、世界で最も格差の小さい国ですよ」

 ちょっと意地悪だったかもしれませんが、あなたと北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記、似てますよ。そう申し上げたら、びっくりしておられましたね。同じ66歳、イニシャルも同じKJ、そしてオペラ好き。おそらく音楽本を書いたリーダーは2人だけ、とも。それですべてかと思っていたら、違いましたね。地元で後継者の次男のお披露目もされた。それって、世襲でしょ。金王朝そっくりじゃないですか?

 「変人」に大いに期待しました。いわゆる永田町の常識ほどバカらしいものはないですから。陳腐な終幕! 孤高のドン・キホーテに世襲は似合わないなあ。すかっとしない退場は、あなたらしくない。そのあたり、横須賀線でじっくり聞かせてください。【鈴木琢磨】

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 ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2008年9月29日 東京夕刊

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