マンションを管理する不動産会社も、平川さんのことを知らなかった。契約書類にも見当たらないという。ただ、7年前にマンション入り口に張り出されていた入居者一覧のコピーが残っていた。そこに「平川隼人」とあった。これを見つけた不動産会社の社員は「住んでいたんでしょうね。いつまでいたのか、どこに移ったのかはわかりません」と不思議そうに話した。
重軽傷者も10人いる。その中にも、家族と連絡が途絶えていた人がいる。
40代の男性は病院へ搬送された際、一酸化炭素中毒で心肺停止状態だった。心拍は再開したが、いまも危険な状態が続いている。
火災の夜、近畿地方の山間部にある男性の実家に、連絡を受けた親族が集まっていた。親族の話し合いは約1時間半続いた。時折、女性の興奮したような大きな声が漏れ聞こえた。
親族が帰った後、重体の男性の父親(78)がぽつりとこぼした。「長男は事情があって大阪に出た後連絡がなく、どんな仕事をして、どこに住んでいたかわからない。気が動転しています」