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社説:橋下知事敗訴 判決は弁護士の自覚を促した

 山口県光市の母子殺害事件を巡り、橋下徹弁護士が大阪府知事に就任前、テレビ番組で被告の弁護士への懲戒請求を視聴者に呼びかけた発言に対し広島地裁が名誉棄損を認め、橋下氏に賠償を命じた。

 判決は「弁護士は少数派の基本的人権を保護すべき使命も有する。多数から批判されたことをもって、懲戒されることがあってはならない」と指摘した。

 橋下氏の発言が弁護士への大量の懲戒請求を誘い、その業務を妨害、精神的苦痛を与えたと認定したのは妥当な判断といえる。

 橋下氏は昨年5月、民放の番組に出演し、事件の差し戻し控訴審で、1、2審とは一転して殺意や強姦(ごうかん)目的を否認した被告の弁護活動を批判した。そのうえで、「弁護団に対して、もし許せないって思うんだったら一斉に弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたい」などと発言した。

 懲戒請求は、弁護士の違法行為や品位を損なう非行について、一般市民でも弁護士会に処分を求めることができる制度だ。日弁連によると、被告の弁護団に対し今年9月までに8000件以上の懲戒請求があったという。しかし、懲戒を決めた弁護士会はない。

 母子殺害事件は最高裁が一昨年6月、被告の元少年の無期懲役判決を破棄して差し戻し、広島高裁が今年4月に死刑を言い渡した。

 今回の判決が弁護士の役割について「被告のため最善の弁護活動をする使命がある」と、改めて指摘したことを重く受け止めなければならない。

 橋下氏がその思いを述べるのは自由だ。しかし、視聴者に向かって懲戒請求を呼びかける発言は、自ら弁護士の使命を否定する行為にほかならず、許されるものではなかった。

 しかも、テレビ番組のコメンテーターとしての影響力を考慮すれば、その発言は多数を頼んだ魔女狩りに似た状況を作り出した。批判された側の反論が保障されていない以上、軽率な行為といわざるをえない。

 さらに、橋下氏は視聴者をあおりながら、自らは懲戒を求めていない。その発言がどこまで思慮を重ねたものか疑わしい。

 事件の裁判ではメディアのあり方も問われた。差し戻し裁判の判決前に放送された多くのテレビ番組について、NHKと民放で作る放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会が「一方的で、感情的に制作された。公平性、正確性を欠いた」とする意見書を出し、メディア側の自戒を促している。

 今回の判決を受け、橋下氏は「私の法解釈が誤っていた。表現の自由の範囲を逸脱していた」と謝罪したが、控訴の意思も示した。

 一般市民が、橋下氏の扇動で一つの方向に群がる感覚で懲戒を請求する社会のありようもまた、健全とはいえない。

毎日新聞 2008年10月3日 東京朝刊

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