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2008年10月3日

 天網(てんもう)恢々(かいかい)疎(そ)にして漏らさず、という難しい言葉を教わったのは、取材先の刑事からだった。難航すると見られていた強盗事件の犯人が逮捕された時だった

天が張り巡らせる網の目は粗いが、悪人を漏らさず捕らえる、と辞書にある。必ず悪を懲らしめる天の目でさえ粗いのだから、人が張り巡らせる法の網の目は万全とは言えまい

37平方メートルを焼いただけの火事で、15人も犠牲になった大阪の個室ビデオ店放火事件に、そんなことを思う。引き金になった卑劣な犯行に加え、防火や避難態勢の欠陥が、次々と明らかになってきた。法の網の目をくぐって乱立する安価な「宿泊所」での悲劇である

「天網」の言葉を教わった往時の事件は、犯人が警察に出頭して決着した。罪の意識に耐えられず、逃げ切れなかった、と自供した。天が悪を見逃さなかったのである

大阪の惨事は、衝動的に放火したという男が逃げ出し、関係のない人々が巻き添えになった。法の網の目をすり抜けた欲の塊が生んだ理不尽な悲劇。人々の心をとらえていた「天の網」という罪の意識が、急速に失われようとしている。


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