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WR1902 危機にある日本の農業―日本の農産物の値段は海外に比べ、異常に高いと言われています。例えば、主食の米をみますと、1kg当たり341円という関税がかけられ、ざっと言えば、海外の米は原産地の値段の6倍ほどに引き上げられて輸入される ということで、国産米の値段の高さの察しがつくというものです。同様に関税率によって概観すると、小麦は約3倍、砂糖は約4倍、牛肉は約2倍と言う具合です。では、これだけ高い値段で販売しているのだから、農家の手取り収入が大きいかと言うと、実はそうではないのです。 ここに、日本の農業の抱えている問題が象徴的に現れています。

(2004/6/2)

いばらき大使(元国土庁審議官):仲津真治



1 危機にある日本の農業 いま、日本の農業は危機的状況にあると言われています。 曰く、農地がどんどん減っていき、歯止めがかからない。 曰く、農業の担い手が着実に減っていって、高齢化する 一方、新規の参入が非常に少ない。 また、曰く、食料(食糧と飼料)の自給率は極めて低く、 海外からの輸入圧力は強い、等など。 そして、今まさに、ウルグァイ・ラウンドに続く、ドーハ・ ラウンドの貿易交渉が今年中という合意期限を前に本格化し ています。 こうしたときに、この問題を考えてみるのは 時宜にかなったものと言えましょう。 2 海外に比べ、異常に高い日本の農産物 日本の農産物の値段は海外に比べ、異常に高いと言われています。 例外もありますが、例えば、主食の米をみますと、 1kg当たり341円という関税がかけられ、国産の米が 守られています。 これを米の国際相場に対する比率で見ると 490%になると資料に出ています。 ざっと言えば、 海外の米は原産地の値段の六倍ほどに引き上げられて輸入される ということで、国産米の値段の高さの察しがつくというものです。 ちなみに、資料によれば、アメリカの米は1kg当たり98円、 オーストラリアの米は89円で、いずれも日本で内地米と言われる ジャポニカタイプの米です。 焼き飯やピラフに向いている インディカタイプを見ますと、タイ産で62円となっています。 他方、新潟のこしひかりは1kg当たり344円です。 関税率によって同様に概観すると、小麦は約3倍、砂糖は約4倍、 牛肉は約2倍と言う具合です。 3 でも、日本の農家の所得(手取り収入)は少ない では、これだけ高い値段で販売しているのだから、農家の手取り 収入が大きいかと言うと、実はそうではないのです。 ここに、 日本の農業の抱えている問題が象徴的に現れています。 消費者に届く農産物の値段が高いのに、農家の手取り収入が 少ないのは、結局、生産や流通に大きな費用がかかっている からと言われます。  そこで、この生産や流通に要する費用を下げることが出来れば、 農家の所得は増え、農産物の価格も下げられ、日本の農業に 競争力がつく道が開けて来ることになります。 非常に、 単純化した議論をしていますが、事の本質はそこにあると 思われます。 4 競争力のある農業が育つには? このためには、生産面と流通面の課題克服が欠かせませんし、 いろんな政策面の努力や取り組みが行われていますが、 ここでは生産面に絞って論じたいと思います。 生産面での課題が一番強く表れているのは、米でしょう。 米以外の農産物、例えば野菜や畜産を例にとれば、それを 主たる仕事としている農家(主業農家)の規模は比較的大きく、 その全国生産高に占めるウェイトも高いのです。 特に、畜産では ここ四十年ほどの間に、規模は、分野毎で違いがありますが、 二十倍強から四百倍強に拡大しています。 典型的な例は養鶏でしょう。 その規模の拡大と企業的経営の 効果は凄まじく、例えば、鶏卵の値段は終戦後の一個当たり 15円程度より、今日の方がむしろ安くなっています。 物価の 優等生と言われる所以です。 対照的に、米つまり稲作の規模の拡大はあまり進まず、全国平均で 一戸当たり0.8haに止まっています。 そして、米作りの六割強は いわゆる兼業農家によって担われています。 その多くは都会へ 通勤するサラリーマンであり、週に一度の休日に農作業をするので 日曜農家と呼ばれ方をされたこともあります。  そして、この国産の米の値段が高いこと、また、一人当たりの 消費がここ四十年ほどの間にほぼ半減したとは言え、依然として 米が日本の主食であることから、内外ともに、諸々の問題の焦点に なっているのです。 5 稲作に競争力をつけるためには? いま、日本の国がめざしているのは、農業の規模拡大と効率的 経営ですが、その中で最大の眼目は、米・稲作にあります。 例えば、一軒一軒の稲作農家がみんな高価な農業機械を持っていて、 田植えのときと収穫期を中心に、各種の機械を年に一、二回しか 使わないでいますと、そのコストは当然、米の値段にはね返る でしょう。 日本の稲作の現実はこれに近いところにあると 言われています。  もし、農家の経営規模が大きくなり、各所にある水田に機械を 何度も使えるようになれば、機械は効率的に生きてきて、一俵 当たりの費用も下がってきます。 事を大変単純化して論じて いますが、ここに問題の核心があると思われます。 現に、この国の長期的な農業プランによれば、一戸当たりの平均 農地面積を、現在の1ha前後から、ヨーロッパ(EU)並みの15haに 拡大しようとしています。 大変な課題ですが、その中心にあるのが 稲作つまり水田です。 既述の通り、他の農産物の世界では、 規模拡大が相当程度進展しているのです。 これだけの規模の農地を、農業に専業する農家にしっかり活用し、 経営してもらおうと言うわけで、こうした担い手のことをプロ農家 という呼び方がされるようになりました。 6 プロ農家 現在、174万戸あると言われる米作り・水稲農家のうち、 主業農家は32万戸在り、その平均規模は1.7haと言われます。 その中で、稲作単一経営の農家は9万戸で、平均3.6haです。 こうした農家に、農地を賃貸などの方法で集約し、規模の大きい 効率的な水田経営を進めてもらおうという訳ですが、ここで ひとつのポイントとなるのが、法人などの事業体です。 水稲分野では、全国にいま、1700ほどあり、平均規模は 10.7haと言われます。 農業生産法人は、農事組合法人の外に、会社形態のものもあり、 ほとんどは有限会社ですが、少数ながら株式会社も登場して きています。 これからは、稲作を担う家族経営型農家と農業生産法人が、 各々の特性を活かしながら、規模の利益を発揮し、車の両輪として 活躍することが期待されるのです。 7 法人組織の効用と課題 高齢化が進み、中山間を中心に耕作放棄が増え、村落が保てなく なる所が出ている一方、農業に新規に参入しようとの意欲をもつ 人々が結構います。 しかし、農地を取得しようとなれば、 農地法などの制約があって容易ではありませんし、農村の世界に 入って行くことも、決して簡単なことではありません。 この点、法人への雇用と言う形ならば、新規の人々であっても 比較的進みやすいと考えられます。 実際、非農家の子弟の 農業への就職は、法人への雇用が大きなウェイトを占めていて、 実績が上がってきております。 また、法人組織となれば、農業の実作業を中心とする分野と 経理、調達・管理、営業の各分野などに専門性を持ったノウハウが 必要となり、また蓄積され、人材も育ち、分担と連携により、 一段と競争力を培われていくものと考えられます。 法人の中で、株式会社については、有限会社に比し規模が大きく、 農地を利潤追求の場としてしかみず、折角参入しても、土地を 転売したり、他用途に使ってしまい、営々と培われてきた農地を 台無しにしてしまうのでは無いかとの心配が在り、反対の声が 根強いようです。  そこで、目下のところ、一般企業の株式参加は議決権の全体で 四分の一以下、一社当たり十分の一以下という資本構成にかかる 制約を課して認めています。平成13年の農地法の改正による ものですが、食品・飲料メーカーが参入した事例など、これまでで 70社になっているようです。  他方、こうした制約を外した取り組みが、いわゆる特区で 認められ、一般企業が農地を賃借して、直接農業経営を行える こととなりました。 昨年の4月から始まったこの仕組みは、 今年度までの成果を見て、今後の取扱を決めることになっています。 従って、まだその帰趨は不明ですが、農業とりわけ稲作の抱えている 大きな問題を考えれば、会社の身勝手な行動を許さない、農地法 などの制限を課しながら、会社組織の思い切った活用を考えて よいように思いますが、如何でしょう。  神聖と言われる教育分野でも、何かと制約の多い学校法人では 創意工夫が出来ないので、予備校などが自由で果敢な取り組みの 出来る株式会社を活用してきた現実もあるのです。 8 関税化の流れと関税率の変動 かつて、一粒たりとも米は輸入しないと言われました。また、 その際、米や稲作は日本の文化を生み、日本人の魂を 培ってきたもので、外国産も物は絶対に認められないと 主張されました。  しかし、結局、ウルグァイ・ラウンドによって、平成7年に 米の輸入はミニマムアクセスという形で認められ、高額の従量税が 課されたものの、外国のお米が入ってきました。  それでも、関税化は、米についてだけは許容出来ないとされて いました。 しかし、平成11年には、国境措置は関税に 切り替えられ、2で述べたような関税さえ払えば、誰でも 輸入出来る仕組みに変わりました。 そして、今回の交渉では この関税の枠組みやその率の引き下げが大事なポイントの一つに なっています。 こうして見てきますと、いま進行中のラウンドの外交交渉で どうなっていくか、まだ予測がつきませんが、わが国の 当初の立場や主張を貫徹出来るかというと、やはり疑問が残ります。 とすれば、競争力のある農業、とりわけ稲作を育てて行くことは この国にとって、大変大事なことだと言えます。 りんごや梨で 可能となった輸出が、他の分野では出来ないと決めつけることも 適当でないように思われます。  9 お米は高くても良いという立場 現在、標準の米価は60kg(一俵=四斗)当たり二万円前後 しています。 昨年の冷夏による不作の影響で、ここ数年 下がり続け、60kg当たり一万四千円前後になっていた米価が 急騰しています。  その下でも、産地直送の特別の契約を結び、60kg当たり 五万円も払って買っている人々がいます。 これはこれで良いと思います。 一般より高く払っても、 購入する人にはそれぞれの人生観や自然観があり、 人間関係があり、裏付けとなる経済力があると考えられます。  しかし、圧倒的に多数を占める人々にとって、特に縁故を辿って、 特別な購入をするのは大変なことですし、家計の面でも無理は 出来ないと思われます。 やはり、需要の太宗はこうした 人々によって占められ、そして、人々はスーパーマーケットや市場で 通常の買い物をするわけです。 とすれば、日本の農業が 競争力をつけて、安く美味しい農産物、食料品を市場に 供給していくことは、とても大事な事と思います。 (2004/5 原稿作成)


仲津真治:
http://kokoroisan.com/nakatsum/
昭和19年(1944)大阪に生まれる。 昭和44年京大法学部卒業後、建設省に入省、同省等に勤務、その間ハーバード大学に2年留学、修士。
茨城県課長、東京工大講師、埼玉大学客員教授、大阪府総括参事、建設省・国土庁・北海道開発庁で下水道、防災分野、総務などの課長を経験、平成8年国土庁審議官で退職。現在(株)ゼンリンの常務取締役。
「ハイブリッド国家日本の創造」(ヴォーゲル ハーバード大学教授との共著)(平成9年 ぎょうせい)、
「四季おりおり」(七五調雑詠集)(平成13年 講談社)、
随想集「土曜の夜更けに」(共著 平成14年 千代田フォーラム記念出版委員会)、
川柳集「相合傘」第二号(共著 平成14年 JDC)、
2001年 詩の旅」(CD付き)(平成14年 講談社)