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伊東 乾の「常識の源流探訪」

中山前国交相の「情報自爆テロ」?

選挙日程コントロールに振り回されないために

 中山成彬・前国土交通相の「暴言」問題が世間を騒がせています。着任5日目での辞任は竹下登改造内閣の長谷川峻法相に次いで歴代2番の短さとのこと。後任には古賀派の金子一義・元行革相が就任し、マスコミでは「麻生内閣には明らかにマイナス」という論調が大勢を占めています。

 が、本当にそればかりでしょうか?

 もちろん間違いないところで、国土交通行政という観点からは明らかにマイナスでしょう。省内からも「なんだったんだ…」という声が上がっているようですし、結局1週間ほど、完全に役所は空転せざるを得ない。確かに行政の観点からは褒められたことは一つもありません。

 でもパワーゲームのポリティクスという観点からはどうでしょう? ちょっとうがった見方かもしれませんが、一寸先は闇の政治の世界のこと、必ずしも今回のケース、賽の目が吉と出るか凶と出るか、分からないような気がするのです。

情報自爆テロの可能性

 中山前国交相が成田空港問題に関連して「ごね得」と発言したり、「日本は単一民族」どと発言した当初、それがどの程度意図的だったか、あるいは本当に失言だったのかは、よくわかりません。所詮は選挙管理内閣、という軽口だった可能性もあるでしょう。

 しかし、与党側からすら「かばいきれない」という声が上がるにつれ、中山氏の発言は明確に意図を帯びてきます。

 27日、宮崎市で後援者から、選挙前のことだからくれぐれも失言に注意を、と言われた直後に「ガンの日教組をぶっ潰す」などと発言したのは、明らかに故意によるものと見えました。実際28日の記者会見でも「確信的にあえて申し上げた」と言い、29日にはテレビ出演して「持論」を展開し続けています。政治家が意図する時、自分のマイナスになることは決してしません。報道は市民の声として「あんな人物をどうして大臣にした?」と中山氏の不見識を責める意見を多数報道していますが、これを情報=インテリジェンスの観点から見るならば、それだけではない、もっと別の計算が途中から働いている可能性が考えられます。

 テレビで中山氏は、以前日教組の問題をいくら刺激的に発言しても、報じられることがなかった、として

 「いずれこういう番組に出してもらえることになるのではと思っていた。よく呼んでくれた。自分の信条を聞いてもらうために神様が導いてくれたんではないかと思う」

と話し、すでに誰も手がつけられない状態になっているようです。

 報道では「反省の色なし」といった表現ばかり目にしますが、あえて言うなら、中山前国交相は「情報の自爆テロ」を決行しているわけで、実際にメディアをジャックすることには成功したわけだし、実際その効果はてきめんに上がっている可能性があります。

 「麻生支持層」が多いとされるネットワーク上では「2チャンネル」などに圧倒的な「中山支持」の声も出ている。

 もし政治不信層の「潜在ネット右翼」数百万票を引っ張れたなら、この特攻、たいした成果になっているのかもしれません。

メディアジャックの第二幕?

 9月22日の自民党総裁選という「メディアジャック」は、後半になると多くの国民にシラけムードで受け止められていましたが、中山氏の発言は大変にホットな反応を呼び起こしました。なんであれ耳目が集まってしまった。ここで与党側に立って広告代理店的に思考するなら、これを「メディアジャックの第二幕」と位置づけて、すべての向かい風を追い風に変えるよう、次の一手を考えるのが定石です。

 逆に野党側はどうか、と見るなら民主党の鳩山由紀夫幹事長は26日午前の時点で「撤回して済むものじゃない。野党共闘の中で首相に対し罷免要求する」と強調し、社民党の福島瑞穂党首も「とんでもない人が閣僚になった。首相の任命責任も重い」と述べています。野党としては確かにここは攻めどころでしょう。でも、ここを攻めることにばかり気を取られていてよいのでしょうか? 将棋でも囲碁でも、誘う手には裏があるもの。ここで野党がヒートアップしすぎることは、与党も当然織り込み済みでしょう。

 注意しなければならないのは総選挙日程にほかなりません。

 先週までの状況では、内外の経済不安を念頭に、10月6日からの補正予算審議は不可避、と見られていたわけですが、今回の「自爆」でそうした空気がふっ飛ばされてしまった可能性があります。

 だとすれば、早めの選挙日程を目論む勢力には、大きな追い風になっている。中山発言自体は補正予算の内容と一切無関係なものです。

 それが、予算成立という本来の至上命題を放り投げて「冒頭解散」にこぎつける起爆剤として機能するなら(麻生政権としてはシナリオ外だったかもしれませんが)この自爆攻撃はかなりなインパクトを持ったことになります。

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このコラムについて

伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の助教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。

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著者プロフィール

伊東 乾(いとう・けん)

伊東 乾

1965年生まれ。東京大学大学院物理学科博士課程中退、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授、東京藝術大学講師。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生』(集英社)でオウムのサリン散布実行犯豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。メディアの観点から科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)など。

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