Hatena::Diary

吾輩は馬鹿である

2008-09-01

藁人形と戦う前に「最適」の意味を理解せよ

コメント欄延長以外の記事をもう書かないつもりだったが、何度も同じことを説明させられることにもはや我慢が限界に達した。

あまりにも幼稚な話だが、ここに書かせていただく。今後、このような高校生レベルのことを再度説明させられることのないように望む。

「権力の力学」は物理学ではない

学問の世界と日常生活では言葉の使い方が異なる。学問の世界には「力」「情報」など、日常用語に由来を持つ専門用語が存在する。しかし、これらの言葉の持つ意味は、学問の世界と日常用語の間では異なる。学問の世界において、言葉の意味の範囲は日常語よりもずっと狭く、ずっと厳密だ。

たとえば、物理学では「力」の本質を追究する。しかし、ここでいう「力」は、日常でいう「力」とは別物である。「力の強い者の意見が通る」というときの「力」は物理学の対象にはならない。「流体力学」「量子力学」は物理学の理論だが、「権力の力学」は物理学ではない。

なにを当たり前のことを偉そうに、とお思いであろう。私もそう思う。しかし、こと「トリアージ騒動」に関しては、「最適」という言葉が専門用語であるということを、何度説明しても理解しない人が多くいる。これはとても不思議だ。

私はこれまで、福耳氏を批判している人で、「最適」という言葉を明らかに正しく理解していると確信できる人を見た記憶がない。そして、「最適」という言葉を日常用語であるかのように安易に読み解き、その結果大上段に振りかぶって、意味が通じない批判を繰り出すのである。

「最適」概念の最低限の理解

上に述べたように、「最適」という概念はその筋の専門用語であって、日常語ではない。では、その筋ではどのような意味をなすのだろうか。既に何度か挙げているが、最適化問題 - Wikipediaを見ていただくのがおそらくは最も手っ取り早い。しかし、この記事が理解できる方は*1そもそも「最適」概念を濫用して「トリアージ経営学」とやらを批判しようとは思わないであろうから、ここに簡単に「最適」概念を説明しておく。なお、概説なので、細部において厳密性を欠くことはあらかじめお断りしておく。

さて、「最適」概念は応用数学上、経済学経営学、工学などへの応用で広く用いられる概念であって、以下のように説明できる。

ある問題への対処において、ある選択肢が「最適」であるとは、

  1. その場の状況に応じた制約*2をクリアできるもの中で、
  2. その場の状況に応じた評価基準を最も強く満たすもの

を指す。

ここで注意しなければならないことがある。「最適」概念の定義は、「状況に応じた制約」「状況に応じた評価基準」が何であるかとは全く独立に定められているであるということだ。従って、「制約」や「評価基準」を適切に定めなければ、いくらでもおかしな結論が導かれる。たとえば、「法律的・倫理的制約の中で利益を最大化する」という企業経営の手法が「最適」であるということは上記説明にも日常概念にも合致しようが、「手持ちの兵器の制約の中で敵の犠牲者数を最大にする」というのも「最適」なのだ。このように、具体的な問題に対する「最適」性の評価は、ここでいう「制約」「評価基準」といった外部の価値判断によって変動するということである。逆に言えば、あるものが「最適」であるとの評価は、そのものが選択肢として妥当であるとの価値判断を必ずしも意味しないのだ*3

また、上記説明から当然理解できるとおり、「最適」というのは「願ったりかなったり」という意味ではない。「可能な中での最善」というものである*4

福耳氏が「最適」を説明した文脈

さて、以上のことを理解した上で、話の発端である福耳氏の記事に戻る。揉め事の種になっているとおぼしき部分を引用する。*5

また、別の回に、資源の有限性がその合目的的な最適配分を促し、戦略性やリーダーシップや組織内の規範意識も意思決定も価値判断もそこから始まる、ということをわかりやすく説明したくって四川震災のニュースを挙げてトリアージの概念を説明した。絶対的に医療資源が不足しているところでは、「もう助かりそうにない患者」と「患者自身が処置したら大丈夫な患者」はカテゴライズして分けて、その間の「治療しなければ助からないが治療すれば助かるかも」というところに有限の医療資源を配分する、というシステムがあるんだよ、ということを説明したら、やっぱり女子学生のかなりの部分から「かわいそうだ」という反応があった。(略)

そりゃあ、この大学のOGが、福祉業界に入って数年で燃え尽きてしまうというのは当たり前だよこれじゃ。この人たちの目に映るのは「目の前の最善」だけで、「全体や組織から見た最適」というのはコンセプト自体が頭の中にないのだ。

ケーキ - 福耳コラム

単純明快、講義として典型的な進行であり、どこにも理不尽な誤解を招く問題点はない。

前項での説明から容易に理解できるように、「最適配分」の概念は日常よく用いる思考、特に組織の中で生活するにあたって必要な思考法を整理したものであるから、賛成するにせよ、反対するにせよ、この思考を理解することによって実生活に役に立つと考えるのは当然、また、理解が得られないことに落胆するのはきわめて自然なことである。

そして、トリアージを例に出したことも全く不適切ではなく、トリアージは「有限の医療資源」の「配分」を

  1. 「絶対的に医療資源が不足しているところでは」という制約のもとで、
  2. 犠牲者数を最小化する」という評価基準(合目的性)に基づいて

行動するための手法*6である。「最適」性の例としてきわめて明快であり、そしてこの「最適」性は、上記制約および上記評価基準を前提として成立するのであり、従って「経営学トリアージが適用される」という批判は、そもそも字義からして理解不能であることもおわかり頂けるだろう。

そして、福耳氏が「合目的的な最適配分」から始まるものとして挙げた「戦略性」「リーダーシップ」「組織内の規範意識」「意思決定」「価値判断」は全て、現実の客観的認識を前提として成り立つものであることを思い出すと、現実の客観的認識を可能とするための「有用な道具」である「最適配分」の概念が、上記のものを得るために必要欠くべからざる道具として評価されることは十分あり得ることなのである*7

追記

はてなブックマーク - 藁人形と戦う前に「最適」の意味を理解せよ - 吾輩は馬鹿であるに返信。

b:id:K416 注3の部分で、「だから前提も含めて問わないと」って立場と、「妥当じゃない前提は棄却されるってことなの」って立場の齟齬が本件の要因の一つかと思ったり。/諸々を好意的に解釈するとこうなるだろうなとは思う。

私から見れば、対立点はむしろそこではないと思います。私はむしろ、「だから前提も含めて問わないと」「妥当じゃない前提は棄却されるってことなの」という立場は両方とも意識されて然るべきものに思えます。むしろ、前者の立場が福耳氏批判に繋がる理由がわからないのです。こういう枠組みの話をする以上、上記の両方の立場は常識レベルのものとして織り込み済み*8というのが暗黙の了解だと思います*9

そして、私の読解は別に「好意的」であるつもりはなく、最も素直に読み解いたつもりです。むしろ、この部分から「ホロコーストに通底する危険性」を読み取るのは、私には「国家安康」レベルの無理筋に見えます。そして、そう感じた人が多くいるからこそ、福耳氏を批判した人たちに対して反発が噴き出しているのではないでしょうか。

b:id:fuldagap はてな, 揉め事トリアージというシステム」が公平に設計されているからといって、「公平に設計されたトリアージというシステムを採用する事」に恣意性がないことを保証するわけではない、という話なので、単語を突き詰めてもなあ

これも同じで、織り込み済みの話です。また、この記事はこれ単独で反批判となることを志向したものではなく、議論以前の段階で話がかみ合わないことに反発して書いたものなので、ご承知おき下さい。

b:id:rs6000moe 見えない敵と戦う人々 これだけの長文であるにかかわらず、一切有益な情報が無い。実に驚嘆に値する。

その通り、最初から書いているとおりこれは「幼稚な話」なのだ。しかし、その程度の話も理解していない人が多すぎるからこそ、この騒動はいつまでも話がかみ合わないままなのだ。

b:id:kmiura データと評価関数が定義されてても、多変数では使うアルゴリズムによって落ちるところがかわっちゃうってのはNumerical recipeに書いてある。これは大学生レベルかな。

具体的に何がおっしゃりたいのかわかりませんが、そういう技術的な細かい話*10は「概論」には関係ない話でしょう*11。あと、余談ですが"Numerical Recipe"はマニュアル本としては便利ですが、勉強や引用元には向かないですよ*12

b:id:snobbishinsomniac 彼にはトリアージありきなのかな/トリアージをしないで済む方向には頭が回らないんだろうか/彼にはトリアージが次善の策のように見えているのだろうか?/最悪よりマシというだけなのに

他ならぬあなたのために書いた記事なのに、そのような返事をされると脱力するほかない。「次善の策」だの「最悪よりマシ」だのというレトリックが「最適」の定義と無関係であることは明らかだろう。まして、「最適化」の手法やまして本記事の趣旨が「トリアージ」の是非と無関係に成立しうる議論であることは本文中で何度も強調しているとおり。その程度の読解もできないとは情けない限り。あなたが「科学者」を自称したのがハッタリであることを祈るばかりだ。

b:id:comzoo はてな, 終わらない夏休み, とりあえず, 閉鎖する前に, ポイント返せよ

これについては何も言うことはない。確かにこの人はなぜか私にはてなポイントを1000ポイントくれたのだが、それについて「返す」という約束をした覚えはない以上、これ見よがしに何度も何度も「返せ」と要求されるのは迷惑だと返事しておく。正確には、この人に文句が言いたいのではなく、事情を知らずにこれ見よがしに星を付けているid:atawiid:blackseptemberid:NO_THINKid:rs6000moeの各氏に腹が立つだけなのだが。

b:id:buyobuyo これが若さか, あたまがわるい 俺にはトリアージは戦術レベルの選択に思える。「戦略」という言葉自体に違和感を覚えるね。/ また、それ自体が全体最適を目指す戦術でもないことも現場に携わる人が指摘していたはずだが。/ ご祝儀に「あry」を進呈

はいはい、「あたまがわるい」来ましたよ。他読者のために補足しておくが、本記事の趣旨が「トリアージは戦略的か戦術的か」なんて議論とは全く無関係であることは言うまでもない。「トリアージ」が最適化の枠組みに落ちることと、戦略の策定の道具として最適性の考え方が有用であることに、必然的な関係はどこにもない。ところで、当事者云々については既にコメント欄のどこかで言及済であるし、まして「現場に携わる人」を「十字砲火」などという言葉で恫喝したあなたが「現場に携わる人」を盾に取るなど悪い冗談にしか見えないのだが。

追々記

さらにはてなブックマーク - 藁人形と戦う前に「最適」の意味を理解せよ - 吾輩は馬鹿であるに返信。さらに質が下がるので、良識ある方はお読みにならぬが賢明。

b:id:ohkami3 コメント欄, だぶ☆すた お返事が面白すぎる!!!/あんだけ話を詰めてきて今になって「私の定義は違います」ってどんだけ文脈読解力ないんですか。

ダブスタはどっちなんですか、まったく。「私の定義」以前に、業界では相当昔からの常識レベルの定義なんですが。その「文脈」が読めてないのはいったいどっちですか。まあ、あなたの好きな「文脈」を設定してからの読解ならば、そりゃトートロジー的な意味で福耳氏は邪悪なんでしょうけどね。

b:id:Apeman タイトルの前半みて反省文か、と思ったら違うのかw

ええ、勿論です。反省すべきは当然あなた方ですから。

*1:正確には、虚心坦懐に理解しようという気がある、という前提が付け加わる。

*2:物理的制約、経済的制約、倫理的制約などが考えられる。なお、時間的制約および技術的制約、人員的制約は物理的制約や経済的制約に含まれると考えてよい。

*3:もっと極端な例として、確かにある種の前提の元では「ホロコースト」も「最適」解であり得るかもしれない。しかし、それはいうまでもなく、ある種の「言語道断な」前提に従った故の結論なのであり、このような状況では逆に、「その前提を置いてしまうと最適解としてホロコーストが出てしまう」ことを材料として、その前提を棄却すべきなのである。良くも悪くも「最適」概念はそのような「便利な道具」でしかない。

*4:つまらない揚げ足を取られないように先に言っておくが、「最適化」(optimization)を目指すことは、「最善説」(optimism)を意味するものではない。なぜなら「最善説」にはもっと別の含意があるからだ。思うに、トリアージ論争が不毛な原因は、ひとえにこのような言葉遊びが跋扈していることである。

*5:省略・強調部引用者。

*6:アルゴリズムと言った方が用語として適切だろう。念のため、「人間をデータ扱いするな」という、それこそ「ナイーブ」な反応をされないように望む。

*7:念のため注意しておく。「意志決定」「価値判断」の道具として「最適配分」が用いられることは、「最適配分」から直接に「意志決定」や「価値判断」が得られることを意味しない。これは、たとえばあなたが出かける前に傘を持っていくかどうかの「意志決定」や「価値判断」の一助として天気予報を見たとして、あなたが天気予報に命令されて「意志決定」や「価値判断」をしたことにならないのと同じことである。

*8:別の問題として検討する必要があるが、今回は社会通念に従い合意が得られているものとみなす、という意味で。

*9:話を蒸し返してごめんなさい。お返事を要求するつもりはありませんので、どうぞお気遣いなく。

*10:しかも、いわゆる非線型計画問題に限定されているし。これはむしろ組み合わせ最適化問題でしょう。

*11:それにしても、「数学は苦手」と言っている癖にこのコメントに星を付けているid:ohkami3氏はいったい何なのだろう。意味がわからなくても、私に対して批判的な香りがしていればよいのだろうか。どれだけ党派的なのだろう。

*12:参考:Why Not Numerical Recipes?

tikani_nemuru_Mtikani_nemuru_M 2008/09/02 16:49 http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20080825/1219651707
のコメ欄から逃走してのタワゴトご苦労。

申し訳にゃーのだが、最適化問題については最低限の理解はしているんだけど。
最適化問題を理解しているからこそ、その視座ではホロコーストを批判できないという指摘があったのが発端なのに、まるで何も理解してにゃーことを自分の家で宣伝してタノシイ?

SokalianSokalian 2008/09/02 20:31 あなたは、侮辱と愚弄をさんざん浴びせた相手が去っていったことを「逃走」と表現するのか。なかなかの誠意の持ち主のようだ。論理的に追いつめられて「百貨店の話だった」というどうしようもない詭弁を弄したのはいったい誰だったのだろうか。

残念ながら、あなたは「最低限の理解」すらしていない。この記事を読めばわかるように「最適化」の考え方は一切の価値判断を導き出さないし、そこから「ホロコースト批判」を求めるのはそもそも相手を間違っている。そんな子供じみた無い物ねだりをするということは、即ちあなたが何も理解していないという証拠だ。

だいたいある種の「自然主義的誤謬」でしかない「人為と自然」なんて下らない二項対立を持ち出してくる時点でお里が知れる。

それにしても、自分が「文字が読めない」とまで罵倒した相手の記事にわざわざけちを付けるとは。私がそんな馬鹿ならあなたのご高説ごときで考えを改めるはずもないだろう?非生産的なことは諦めたまえ。

以上。以降、あなたのコメントを禁止する。

SokalianSokalian 2008/09/02 20:32 なお、今後とも、再三の警告にもかかわらず中傷をやめなかった人のコメントは禁止しますのであしからず。

ohkami3ohkami3 2008/09/03 00:25 数学の計算ができないだけで概念はある程度知ってるつもりですよ。
風が吹いた時の木の葉一枚の動きならベルヌーイなり何がしかの定理で計算できるけれども、一本の木に付いている数百枚の葉が互いに干渉し合う動きはフラクタルだか複雑系といって確実な解が出せないとかいう、当たらずしも遠くないイメージは持ってますよ。

人間においても、ご自身の御身一つでさえ、一か月前に今のご状況予測できてはいらっしゃらなかったろうに、なんで人間の集まりである社会に「最適化」なんていう素人でもポッと思い付けるような簡単なモデルに納めてしまうような杜撰な真似を、自然科学のスペシャリストがなさるのか不思議に思っておりまして、ちょうどそういう趣旨のコメントがあったからスターを付けさせていただきました。

SokalianSokalian 2008/09/03 01:00 > 数学の計算ができないだけで概念はある程度知ってるつもりですよ。

いや、申し訳ないですが、そういう啓蒙書レベルのイメージで「知っている」とか言わないでください。だいたい、あなたの挙げた例はむしろ物理ですし。
厳しいことを言いますけど、そういう、自分の知識レベルの自覚がない人のことを「半可通」と言って、大抵の分野で非常に迷惑がられます。最も悪い例を挙げるとたとえばネット右翼です。
そういう人たちの何が悪いかというと、分野特有の「作法」を知らないから、その分野の人たちが奇妙なことをしているように見えて、素人考えで上からトンチンカンなことを言ってしまうのですよ。
ちなみに、その対極の悪い例を「専門馬鹿」と言います。自分たちにとっては当たり前のことは他人にとっても当たり前だと思いこんで、他人や他分野に押しつけることです。自分の分野でしか通用しない考え方で他分野を切り捨てようとしたり、あるいは自分のわかってないことを他人がわかってないのは他人が「あたまがわるい」せいだと決めつけてしまい、まともな説明をしようとしないのです。
私が何を言いたいかはおわかりですね。

> なんで人間の集まりである社会に「最適化」なんていう素人でもポッと思い付けるような簡単なモデルに納めてしまうような杜撰な真似を、自然科学のスペシャリストがなさるのか不思議に思っておりまして、

案外、「杜撰な」モデルでも説明できてしまうことは意外と多いからです。それだけのことです。実験や検証を経て、ある程度の妥当性があることが示された例も多いし(経済学なんてそのものですよ)、あるいは現実に社会的合意を得て多く用いられているやり方(トリアージとか)が「杜撰な」モデルの枠内に収まってしまったりするのです。

そういう、一見違和感を覚えるような世界が存在するのだということを知るためにこそ、たとえば一般教養の講義なんていうのはあるわけですよ。まさに、「ナイーブ」な思いこみと戦い、打ち砕くためのね。そこで逆に、思いこみの中に逃げ込んでしまうのだったら教える側は落胆して当然ですよ。私が何を言いたいかはおわかりですね。

SokalianSokalian 2008/09/03 01:03 それからもう一つ、あなたが星を付けたkmiura氏のコメントは、純粋に技術的な話であって、あなたがお考えのような「ちょうどそういう趣旨」ではありませんよ。どのように「計算」をするか(正確には、機械に計算をさせるか)というような「道具の使い方」の話です。「素人でもポッと思い付けるような簡単なモデルに納めてしまうような杜撰な真似」がどうとかいう話とは何の関係もありません。

flurryflurry 2008/09/03 20:13  専門用語の狭い意味での「最適」はSokalianさんのおっしゃるとおりだと思います。ただ個人的には、Sokalianさんの「可能な中での最善」という書き方も「善」という価値判断が入っちゃてるのでは?なんて思ってしまいますけども。難しいものですね。

 あと、本筋とは外れてしまう上に、ちょっと初歩的な質問なんですけど、Sokalianさんは(http://d.hatena.ne.jp/Sokalian/20080813/1218640615)で、
---
また、問題をこのように数理的なモデルに落とし込む段階では、現実をモデル化する際に何らかの価値判断が入ってくるというのはもちろんおっしゃる通り。しかし、これは「道具の使い方」の問題であって「道具自体」の問題ではありません。
---
と書かれていらっしゃいます。となりますと、紙上での思考実験に関しても、現実からモデルを導く(および、モデルから得られた数値解を現実の中に位置づけ直して解釈する)過程が必要となる以上、常に価値判断とは無縁ではいられないと考えるのですが、それで合っていますでしょうか。
 またその場合には、価値判断と無縁となる部分はモデルを導出したあとの最適化プロセスに関してのみと考えればよいでしょうか?

SokalianSokalian 2008/09/04 00:32 > Sokalianさんの「可能な中での最善」という書き方も「善」という価値判断が入っちゃてるのでは?なんて思ってしまいますけども。

うーん、細かい表現に気をつけないとそういう風に読まれてしまうんですね。トリアージのことが念頭にあったのでつい筆が滑ったんですけれども、これは「価値基準に合意が得られているとして」という前提の話です。言葉が足りなくてすみません。

>現実からモデルを導く(および、モデルから得られた数値解を現実の中に位置づけ直して解釈する)過程が必要となる以上、常に価値判断とは無縁ではいられないと考えるのですが、それで合っていますでしょうか。
はい、私はそのように考えております。

>またその場合には、価値判断と無縁となる部分はモデルを導出したあとの最適化プロセスに関してのみと考えればよいでしょうか?
私の考えに限れば、おっしゃるとおりです。

吾輩こそ馬鹿であろ吾輩こそ馬鹿であろ 2008/09/08 09:17 トリアエズききたいのですが、fuku33氏の「ケーキ」は、どの辺が
「災害救助のための組織(救急隊など)の運営を意味していることは明らか」
なのでしょうか。

私にはそう読めなかったので(もともと学生にしていたのは
百貨店の話だったと理解していた)、可能であれば説明してもらえると
ありがたいなぁ、というだけで、別に「…にゃ。」的な「難癖」じゃないです。

guestguest 2008/09/08 11:42 http://d.hatena.ne.jp/snobbishinsomniac/20080904/p1

SokalianSokalian 2008/09/08 22:16 お二方へ。今後、揶揄のようにも取れる名前を名乗ったり、内容のないコメントをすることはお控え下さい。今後そのようなコメントは断りなく削除することがあります。

>fuku33氏の「ケーキ」は、どの辺が
>「災害救助のための組織(救急隊など)の運営を意味していることは明らか」
>なのでしょうか。

誤解があるようですが、福耳氏の記事が全体として「災害救助のための組織」の運営を論じているわけではありません。

どうすれば百貨店なり救助隊なりの具体的な組織の運営になると読解できるのか、私には本当に理解できないのですが、まず愚直に福耳氏の記事の文面を追ってください。以下、福耳氏の記事
http://d.hatena.ne.jp/fuku33/20080522/1211444127
を参照しながらお読み下さい。小学校流に解釈してみますので。

まず、全体を意味段落に分けると以下のようになります。各意味段落内の形式段落の冒頭を引用しておきます。

==
A:
今年度からのバイト先の社会学部の学生に経営学を教えていて、あまりにナイーヴすぎるんじゃないか、と思うことがありまして。

B:
アパレルメーカーに行って活躍している後輩に、
で、「百貨店という業態はある時期、(略)
後でリアクションペーパーに書かれた意見質問などは、(略)
「でもそうやって百貨店がおばちゃんくさくなって売れなくなったら、(略)
これまであちこちで教えてきて、「競争で負けた組織はかわいそうだ」ということをコメントされたことは初めてでした。
実際に存在する競争という現象を、そしてそこでの優位劣位を、(略)

C:
また、別の回に、資源の有限性がその合目的的な最適配分を促し、(略)
これ、「トリアージの判断をしなければいけないお医者さんたちもつらいだろうな」というのではないんですよ。(略)
「そんな重傷者をもう助けないなんてレッテルを貼るなんて、人権侵害じゃないですか?」と書いてきたお嬢さんもいた。(略)

D:
もちろん、これから少しずつでももうちょっと考えを深めさせていきたいと思いますが、なぜこうなるのだろうかわからない。(略)
ソリューションというものを考える時に、(略)

E:
いやあ、経営学系の人とばかり話していると、想像もできないことが世の中にあるんだなと勉強になります(付記:これはちょっと皮肉のつもりだったのですが、本気で取る人がいてびっくりしました。おかげで無粋な注釈をつけざるを得ない)。
==

この各意味段落の文章内での機能は以下の通りです。
A:話題提起
B:例示その1(百貨店)
C:例示その2(トリアージ)
D:例示に関するコメント
E:結び
このように読めばおわかり頂けると思いますが、この文章内で、B(百貨店の話題)とC(トリアージ)は全く並列なのです。この文章の趣旨はAやEに触れられている、「現在の受け持ちの学生はものすごくナイーヴに思える、経営学の常識だけで通用する世界ばかりではないのだ」というようなものです。ありきたりな愚痴です。そして、BやCは単なる例示であって、別のエピソードと入れ替えても趣旨を変えずに完全に話が通るようなものです。
以上から明らかなように、福耳氏の文章全体に「トリアージ」が貫徹されているという読み方は絶対にあり得ません。福耳氏を批判している人はそのあたりを全員誤読していると思います。
別にあなた方を批判するわけではありませんが、高校時代の国語の成績まで引き合いに出して「アイアムは常に5」「国語の成績が悪そう」などと嘲笑混じりにいう人たちが、このように明快な文章の構成を読めていないというのは私には理解しがたいことです。別にラカンさんだの羅漢さんだのの宇宙語を読んでる訳じゃないのに。

SokalianSokalian 2008/09/08 22:28 追記すると、「内容のないコメント」とは、URLだけが書かれているコメントのことです。

K416K416 2008/09/09 03:00 >以上から明らかなように、福耳氏の文章全体に「トリアージ」が貫徹されているという読み方は絶対にあり得ません。福耳氏を批判している人はそのあたりを全員誤読していると思います。
この話も何度か(Sokalianさん以外の方のところで)書いたことのように思いますが。たとえばhokusyuさんの文章(http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080812/p1)とかを読むと、「fuku33さんの文章全体にトリアージが貫徹してる」ってことが批判されてるんじゃなくて(そういう批判ってありましたっけ)、トリアージを一般的な経営学の文脈で(百貨店の運営と同列のものとして)例示として持ち出したことが批判されてるわけです。なので、この批判を受け入れるかどうかは別として、Sokalianさんと同じ読みをしておられる(=誤読はない)と思うんですが。少なくとも「全員」というのは強すぎる言い方だと思います。

あと、
>この文章内で、B(百貨店の話題)とC(トリアージ)は全く並列なのです。
というのは、tikani_nemuru_Mさんのところで書いておられた
>そして、福耳氏の講義で持ち出された例は「トリアージ」でした。トリアージを経営学の文脈で読み解くことは、災害救助のための組織(救急隊など)の運営を意味していることは明らかであり、こうした組織があなたの言われる「有用性」を目的することはあり得ません。
という文章と食い違っているように思われます。百貨店と並列的に出されていると言うことは、「災害救助のための組織」に限定されるものではなくて、もっと一般的な合目的的組織(あるいはその運営)の例として出されているんですよね。

そんなこんなで、時間が経つに連れて記述がぶれるのは仕方ないのですが、できるだけ正確に書いてもらえるとありがたいな、と思いました。

エーティーコーポエーティーコーポ 2008/09/10 21:59 自分、旧”吾輩こそ馬鹿であろ”です。確かに揶揄したような名前を名乗ってしまいました。すみません。この問題に関して色々論じておられる皆さんの

ような学問の経験もほとんど無いもので、Sokalianさんのブログタイトルに対して「いや、私こそ馬鹿ですよ」と言いたかったのです。

それはともかく、大変丁寧な小学校流解説ありがとうございました。まさに国語の授業を思い出します。無学な私にはありがたいです(笑)。

A:話題提起
B:例示その1(百貨店)
C:例示その2(トリアージ)
D:例示に関するコメント
E:結び

において「BとCはまったく並列」とのことですが、CはBの主旨をさらに分かりやすく強調したいがために持ち出した『Bと同じ主旨を持ち、かつBより幾

分か極端な例』じゃないですかね。誰に対して分かりやすくしたかったかといえば、受講する学生たちに対してであり、同時にブログの読者に対してで

もあると思います。つまり、Sokalianさんのおっしゃる「並列」とは、上記の『(Cは)Bと同じ主旨を持ち』というところと同義ですよね?違うのかな・

・・。

で、その「並列」というところがまさに批判の対象(の一つ)になっていると私は思ってました。「Bを強調するために筋違いのCを持ってくるのはどうな

の?」という批判です。

Sokalianさんは今回のレスで、この件について批判的な人に対し「そのあたりを全員誤読している」とおっしゃってますが、つまり

イ.「BとCは並列であるということ自体を解かっていない」
ロ.「この記事の全体の主旨はありきたりな愚痴でしかなくて、
   トリアージが貫徹されてなどいないことを解かっていない」

ということを小学校流に説明してくれました。
これは、批判派の人たちに「BとCが並列であること」「そもそも福耳氏がトリアージをメインテーマとして持ってきていないこと」を理解してほしいん

ですよね?

イ.については、前述のように「むしろBとCが並列に扱われていることが批判されている」、つまり実際にBとCが並列かどうかはともかく、「福耳氏や

SokalianさんがBとCを並列に扱っている」ことは批判的な皆さんも重々承知の上なのではないでしょうか。

・肯「BとCは同じ主旨です、適切です。同じ主旨であるという『事実』を理解してください」
・批「いや、福耳氏がBとCを同じ主旨の例として扱っているのは十分わかるけど、実際は主旨が違うでしょう。」

ということで、「批判派の人は全員誤読している(=福耳氏の論旨を理解していない)」というのは筋違いで、批判派の人は福耳氏の論旨を理解した上

で、彼の認識を批判しているのだと思います。

ロ.について、私が理解している批判派の主張というのは上に述べたとおりで、特に「文章全体にトリアージを貫徹している」という解釈のもとで批判し

ているわけではないと思います。また、記事の「A:話題」と「E:結び」に包括されるように「単なる愚痴」で終わっていることは別にどうでもよくて、

あくまでも「BとCを並列に扱っていること」を批判しているとも思ってました。

さて、それを踏まえて

>誤解があるようですが、福耳氏の記事が全体として
>「災害救助のための組織」の運営を論じているわけではありません。

とのことですが、別に私もそうは思っていません。
批判的な人たちも、(少なくとも全員が)そうは解釈してないと思います。

>どうすれば百貨店なり救助隊なりの具体的な組織の運営になると読解できるのか

そうですね、私も救助隊の具体的な話になるようには読解できません。しかし、

A:話題提起 (別にどうでもいい)
B:例示その1(百貨店における経営的判断、リストラの話)
C:例示その2(B:例示その1の主旨を強調するためのトリアージの話)
D:例示に関するコメント
E:結び   (別にどうでもいい)

だと私は思うので、結果的には百貨店での話をしたことになるんでは?と読解します。

ということで、「BとCをまったく並列に扱っちゃあマズイよ」という批判派に対する「実際、BとCはまったく並列なんですよ。まずそこを解かってくださいよ」という
Sokalianさんの指摘は、噛み合っていないのではないでしょうか。
批「BとCは××だから並列とは言えない、例として適切でない」に対して、
肯「BとCは○○だからまったく並列と言える、だから問題ない」
という議論になるならわかるんですけどね。

エーティーコーポエーティーコーポ 2008/09/10 22:03 申し訳ありません、誤って二重投稿しました。
しかも自分で思っていた以上に長文でした。
すみません。以後気をつけます。

beijaflorbeijaflor 2008/09/10 23:52 >まず、全体を意味段落に分けると以下のようになります。各意味段落内の形式段落の冒頭を引用しておきます。

Sokalianさんの言わんとしている事がちょっと分かりました。

>この文章の趣旨はAやEに触れられている、「現在の受け持ちの学生はものすごくナイーヴに思える、経営学の常識だけで通用する世界ばかりではないのだ」というようなものです。

しかし、結論は↑そこじゃないでしょう。

>もちろん、これから少しずつでももうちょっと考えを深めさせていきたいと思いますが、なぜこうなるのだろうかわからない。社会問題を感情的に批判していれば解決するとでも思っているのだろうか。誰か悪意の人がいて、それを取り締まるべき人がまた心がけが悪く責任を果たしていない、だからそれに文句をいえば社会は良くなる、みたいな社会観が根底にある気がする。

>ソリューションというものを考える時に、「それは誰か担当者がちゃんとやればいいじゃないかそれを指摘すべきじゃないか」というスタンスで解決するのかな。ビジネスでそれだけでは無理じゃないのかな。

こっちです。
Sokalianさんが結論とした箇所は、fuku33さんが自身で「皮肉」と明言しているのですから本意ではないのは明確です。

それともSokalianさんはfuku33さんがエントリーを丸々使って、自身の受け持つ生徒に対して皮肉だけを言った。という事?
そう読み取ったとしたら、大学講師としてのfuku33さんに失礼ではないですか?

SokalianSokalian 2008/09/11 01:13 >エーティーコーポ様

二重投稿になっていた一方は削除しておきました。どうぞお気になさらず。

>確かに揶揄したような名前を名乗ってしまいました。すみません。

いえいえ、こちらこそカチンと来た勢いで挑発的な物言いをしてしまってすみませんでした。

>「BとCはまったく並列」とのことですが、CはBの主旨をさらに分かりやすく強調したいがために持ち出した『Bと同じ主旨を持ち、かつBより幾分か極端な例』じゃないですかね。

極端であるかどうかは、文章の構成として「並列」であるかどうかとは関係が余りないと思います。また、BとCは「別の回」の話なので、おそらく時事問題としてトリアージの例が出たのだと思います。

>つまり、Sokalianさんのおっしゃる「並列」とは、上記の『(Cは)Bと同じ主旨を持ち』というところと同義ですよね?

そこはおっしゃるとおりです。

>で、その「並列」というところがまさに批判の対象(の一つ)になっていると私は思ってました。「Bを強調するために筋違いのCを持ってくるのはどうなの?」という批判です。
私はそれが本当に「強調するため」かどうかはわからないと思っています。「何度も似たような話をしたのに」という趣旨にも受け取れるし、「最初の話だけではわかりにくいのかも知れないのでもう一つ」とも読めます。どちらかというと「強調するため」という読み方があり得るというのはあなたがおっしゃるまで思っていませんでした。

>批判派の人は福耳氏の論旨を理解した上で、彼の認識を批判しているのだと思います。

これについては、K416氏からも同じ趣旨のコメントを頂きました。本当に批判派の方が「理解した上」かどうかは私は多大な疑問を持っていますが、そういう可能性があることは理解しました。

>beijaflor様

>Sokalianさんが結論とした箇所は、fuku33さんが自身で「皮肉」と明言しているのですから本意ではないのは明確です。

もちろん、あなたが「結論」としてあげられた箇所を福耳氏が「主張」しているのは確かだとおもいます。ただ、私は「結論」ではなく「趣旨」という言葉を使いました。この文章全体が「論説」であるか「愚痴」であるかといえば、間違いなく「愚痴」なわけで、その性格を最初と最後の段落が表している、という意味です。

また、ご指摘のこの箇所ですが、
>>
社会問題を感情的に批判していれば解決するとでも思っているのだろうか。誰か悪意の人がいて、それを取り締まるべき人がまた心がけが悪く責任を果たしていない、だからそれに文句をいえば社会は良くなる、みたいな社会観が根底にある気がする。
ソリューションというものを考える時に、「それは誰か担当者がちゃんとやればいいじゃないかそれを指摘すべきじゃないか」というスタンスで解決するのかな。ビジネスでそれだけでは無理じゃないのかな。
<<
ここ自体が批判されているということでしょうか?この箇所には批判すべき点は何もないように思うのですが。

beijaflorbeijaflor 2008/09/12 00:00 >もちろん、あなたが「結論」としてあげられた箇所を福耳氏が「主張」しているのは確かだとおもいます。ただ、私は「結論」ではなく「趣旨」という言葉を使いました。この文章全体が「論説」であるか「愚痴」であるかといえば、間違いなく「愚痴」なわけで、その性格を最初と最後の段落が表している、という意味です。

fuku33さんは「愚痴を言いたかった」という理解に関しては同意です。
で、あのエントリーの趣旨が皮肉を込めた愚痴だとすると、fuku33さんがした事は「大学教授が公共の場で、愚痴として、自分の生徒を皮肉る」という事になりますがよろしいですか?

私自身はことさらfuku33さんに意見しようなどとは思いませんけど、この行為を「モラルハラスメント」と言わずして何と言うのでしょう?

>ここ自体が批判されているということでしょうか?この箇所には批判すべき点は何もないように思うのですが。

違います。この箇所のみを見ればなんら批判されるような点はありません。
私が問題と感じるのは、こういう結論を導くために件の授業を例示として取り上げたことと、件の授業でトリアージを取り上げた手法に対してです。

エーティーコーポエーティーコーポ 2008/09/13 01:25 Sokalianさん

前回に引き続きご丁寧な返信および二十投稿削除のご対応、
ありがとうございました。

文章って、書いた本人でもなくその場にいて
直接空気を感じながら聞いたわけでもない以上、
人によって解釈が異なる可能性はどこまでも否定できないなぁ。
時々、ビックリするほど言いたいことが伝わらない。
と個人的に常々、本当に常々思っているもので、
Sokalianさんの「そういう可能性があることは理解しました」という言葉は
自分の解釈がある意味(少なくともその解釈の存在の可能性を)
認められたようで、素直にうれしいです。

で、自分自身はこの福耳氏の発言についてどう思っているの?
と言われると、「経営学やトリアージ、ホロコーストについて正直言って
今まであんまり深く意識して来なかったので判断付かないです。今回
色んな方のお話を興味深く読ませてもらってます」というのが
私の全てです。恥ずかしいほどに無知です。
ここらで退散し、今後もブログ拝読しつつ色々勉強していきます。
お時間を割いていただきありがとうございました。

SokalianSokalian 2008/09/13 02:34 >beijaflor様
>で、あのエントリーの趣旨が皮肉を込めた愚痴だとすると、fuku33さんがした事は「大学教授が公共の場で、愚痴として、自分の生徒を皮肉る」という事になりますがよろしいですか?

いいえ、そうはならないでしょう(福耳氏は「教授」ではないということはともかくとしても)。
福耳氏の「皮肉」は
>>
社会問題を感情的に批判していれば解決するとでも思っているのだろうか。誰か悪意の人がいて、それを取り締まるべき人がまた心がけが悪く責任を果たしていない、だからそれに文句をいえば社会は良くなる、みたいな社会観が根底にある気がする。

ソリューションというものを考える時に、「それは誰か担当者がちゃんとやればいいじゃないかそれを指摘すべきじゃないか」というスタンスで解決するのかな。ビジネスでそれだけでは無理じゃないのかな。

いやあ、経営学系の人とばかり話していると、想像もできないことが世の中にあるんだなと勉強になります
<<
という部分ですね。この「皮肉」に該当する人は、学生に限らず、いい年の人にでも多くいるのではないでしょうか?福耳氏の本来のターゲットはそういう人たちであると私は思っています。そういう婉曲な当てこすりだからこそ「皮肉」なのだと思います。

>エーティーコーポ様

いえいえ、こちらこそどうもありがとうございました。

beijaflorbeijaflor 2008/09/17 09:24 >いいえ、そうはならないでしょう(福耳氏は「教授」ではないということはともかくとしても)。
>福耳氏の「皮肉」は
> >>(略)<<
>という部分ですね。この「皮肉」に該当する人は、学生に限らず、いい年の人にでも多くいるのではないでしょうか?福耳氏の本来のターゲットはそういう人たちであると私は思っています。そういう婉曲な当てこすりだからこそ「皮肉」なのだと思います。

はい。例に挙げた学生に限っていない、という点に関しては同意します。
が、それは別に私の意見への反論にはなってませんよね?
例に挙げた学生が皮肉から除外されているというのは、一切明示されていないので、

「大学の講師が公共の場で、感じていた愚痴を皮肉りながら、自分の生徒を例に挙げた」

に、変わるだけですから。

#教授じゃなくて講師なんですね。私、大学行ったことないのでこの辺の違いが実感としてよく分からんので、どうしても混同してしまいます。失礼しました。

SokalianSokalian 2008/09/17 23:25 > 例に挙げた学生が皮肉から除外されているというのは、一切明示されていないので、

このあたりは主観的な解釈になってしまうのですが、あの種の「皮肉」は、「未熟であってもしょうがない人の未熟さの愚痴を言う」ふりをしながら「未熟であってはいけない人の考えをあてこする」というものだと私は考えたので「いいえ、そうはならないでしょう」と申し上げたのですが、いかがでしょう?

beijaflorbeijaflor 2008/09/30 02:18 >このあたりは主観的な解釈になってしまうのですが、あの種の「皮肉」は、「未熟であってもしょうがない人の未熟さの愚痴を言う」ふりをしながら「未熟であってはいけない人の考えをあてこする」というものだと私は考えたので「いいえ、そうはならないでしょう」と申し上げたのですが、いかがでしょう?

主観的解釈という事は、それ以外の理解をする人がいても別におかしくないですよね?
私には「例に挙げた2人をはじめとする“ナイーブ”な人たち」に対する皮肉だと理解できました。
この解釈はおかしいですか?

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