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ある日突然、医師から「移植」を切り出されたら…。とりわけドナー側にとって、インフォームドコンセントの意味は重い=宇和島徳洲会病院泌尿器科 |
第1部 病気腎の波紋 8 ドナーの意思 かぎ握る自発的同意
国立病院機構岡山医療センターの青山興司院長(64)には忘れられない手術がある。一九九二年八月、岡山県内で初めて執刀した生体肝移植だ。
患者は胆道閉鎖症の一歳児。母親がドナー(臓器提供者)になった。
とりわけ細心の注意を払ったのは、ドナーへの配慮だったという。母親へのインフォームドコンセント(十分な説明と同意)だ。当時、同センターの倫理委員会は、国内最多の数十例を手掛けていた京都大での実績と生存率などを挙げ、繰り返し問いかけた。「この病院では経験がありません。それでもここでやるんですか」と。
母親は後にこう打ち明けてくれたという。「『先生、私は京都に行ってやります』と言ったらどれほど楽だったか」―。まるで母親を“責める”ような徹底した意思の確認だった。
それでも母親は、信頼する岡山での移植を選んだ。
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「良性腫瘍(しゅよう)だったなら、なぜ体内に(腎臓を)返してくれなかったのでしょうか」
万波誠医師(66)らによる宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)での病気腎移植が表面化した直後、ドナーになった岡山県内の女性患者が口を開いた。
主治医に紹介された備前市立吉永病院(備前市吉永町)で、万波医師の弟で執刀医である廉介医師(61)と初めて会った。がんの疑いでの手術だったが、摘出後の検査で腫瘍は良性と分かった。
「大きく取らせてほしい」「透析患者のためにください」。そんな医師の言葉を女性は覚えてはいるという。だが、全部摘出されるとは思っていなかった。思い返すと「初めから移植ありきだった」とさえ感じる。
廉介医師は「がんでない場合は移植に使ってよいかと、医師として合理的な説明を三回はしたと思う。患者と家族から承諾を得た」と話す。
だが結果として、医師の説明が患者に伝わらず、患者は傷ついているという事実は残った。
「患者の立場は弱い」と女性は言った。
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インフォームドコンセント。自己決定権に基づく患者の自発的な同意を尊重し、患者が治療を選択する際に医師の意図的な“誘導”をさせないためのものだ。
「移植医が患者を誘導して臓器を摘出するなんて。そりゃあ、だれもせんで」と誠医師。廉介医師は「ややこしい医療なので、普通以上に説明する。同意がなければ絶対にできない」と言う。
だが、元日本移植学会会長の折田薫三・岡山大名誉教授(76)は疑問を向ける。
「病気を治したい一心で来た患者が、医師からいきなり想定外の移植の話を持ち出され、たとえ納得して文書に残しても、それは自発的意思によるインフォームドコンセントとは認められない」
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病気腎移植では、移植患者やドナーからの同意書面がなかったことも問題になった。
廉介医師は「同意書は医師と病院を守るものであって、患者を守るものではない」と言う。「同意書がないからといって、インフォームドコンセントをしていないというのは大きな誤解」とも。
青山院長は、今の時代の移植医療では、書面化されたインフォームドコンセントは確実性を増すためにも不可欠と考えている。
「情報開示の時代に、患者と医師の“あうんの呼吸”で医療を進めるのはもう難しい」
一方で、こうも思う。「医師と患者に信頼関係があることの方が、本当は書面を残すよりよほど大切ですけどね」 |