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社説

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麻生演説―選挙モード全開ですが

 麻生新首相の所信表明演説は、異例ずくめだった。なにしろ民主党への質問を五つも並べ立て、あすからの代表質問の場で答えよ、というのだ。

 いつもなら、新しい首相は政治理念を語り、新政権で目指す政策の青写真にもっと力を込めるところだ。だが、衆院の解散・総選挙が目の前に迫る。崖(がけ)っぷちに立つ自民党政権のトップとして、とても大仰な所信を語っている余裕はないということか。

 首相は演説で「あえて喫緊の課題についてのみ主張を述べる。その上で民主党との議論に臨む」と語った。総選挙を念頭に、ひたすら民主党と対決していく姿勢を明確にしたわけだ。

 国会で合意形成のためのルールをつくる用意があるか。補正予算案や消費者庁創設への賛否は。日米同盟と国連とどちらを優先するのか。インド洋での給油支援から手を引いていいのか。

 首相が挙げた質問は、こんな内容だ。補正予算案で対案を示すつもりならば「財源を明示していただく」とたたみかけた。

 民主党の応答の仕方によっては、それを衆院解散の口実にしようという構えもうかがえる。これらが、麻生氏が考える選挙戦の争点ということでもあるようだ。

 だが、いくら有権者の審判を目前に控えた「仮免許」の首相であっても、新政権が目指すビジョンをもっとていねいに語ってほしかった。これでは、はなから選挙管理内閣を自認するようなものではないのか。国民は肩すかしである。

 首相は日本経済について「全治3年」と繰り返す。ではその間、どこまで財政出動の蛇口を緩めるのか。4年目からはどうなるのか。夢物語に終わらないか。希望どころか不安が募る。

 社会保障について、安定財源の「検討を急ぐ」という。このあいまいさにはあぜんとする。基礎年金の国庫負担割合を来年4月から引き上げるための財源手当てにも触れずじまいだ。

 年度内に定額減税を実施するという。その財源への言及はない。民主党には財源を示せと要求しておきながら、これはない。

 福田前首相が約束した道路特定財源の全額一般財源化は実行するのか。道路整備にはどのくらいの予算を振り向けるのか。ここもはっきりしない。

 「強く」「明るく」「よく笑い、微(ほほ)笑(え)む国民」といった政権のキャッチフレーズはちりばめられていたが、結局は決意表明の域を出なかった。

 本会議での一方通行のやりとりではもどかしい。首相が本気で民主党と論戦をしたいなら、予算委員会の審議や党首討論でやればいい。

 こうした首相の挑発に対して、民主党の小沢代表がどう応じるか。面白くなった。

パキスタン―核持つ国の動揺が心配だ

 パキスタンが揺れている。治安だけではない。ようやく船出した久々の文民政権が不安定化し、さらには米国との関係もぎくしゃくし始めた。

 象徴的だったのは今月20日、首都にある米国系ホテルが爆破され、300人以上が死傷したテロ事件だ。パキスタン北西部のアフガニスタン国境地帯を根拠とするタリバーンか、国際テロ組織アルカイダ系の犯行とみられる。

 アフガンでこれらの勢力と戦う米国や、それに協力するパキスタンのザルダリ新政権に向けた警告、脅迫という狙いなのだろう。

 さらに、この国境地帯周辺で、アフガンに展開する米軍のヘリにパキスタン軍が発砲する事態が起きた。銃撃戦が交わされたという情報もある。

 米軍は、ザルダリ大統領が就任する前の今月初めから、パキスタン側への越境攻撃を始めた。アフガンのイスラム過激派が国境を往来し、アフガンで攻勢を強めていると見ているからだ。

 国連総会出席で訪米したザルダリ氏はブッシュ大統領と会い、これまで通りテロとの戦いに協力すると表明した。だが、米テレビ局には、対テロ戦争はパキスタンの責任で行うとし、米軍の領土侵犯を認めないと述べた。ヘリへの銃撃はその3日後のことだ。

 9年近く権力の座にあった軍人出身のムシャラフ大統領が辞任し、その後の大統領選で文民のザルダリ氏が勝利した。昨年末に暗殺されたブット元首相の夫でもある。陸軍参謀長だったムシャラフ氏と違って軍に足場はないし、連立を組んでいた政党が離脱し、政権基盤も弱まっている。

 反米感情が強い国内向けには、米軍の越境攻撃に反対してみせなければならない。だがその一方で、米国の支持なしには政権が立ち行かないという事情もある。板挟みの状況だ。

 米軍はイラクから兵力の一部をアフガンに振り向けようとしている。だが、パキスタンの軍や情報機関はもともとタリバーンと関係があると言われ、住民レベルでもつながりが深い。米軍がタリバーン攻撃をあまり性急に強化すると、パキスタン側で反米機運が高まり、ザルダリ政権がさらに揺さぶられる恐れがある。

 心配なのは、パキスタンが核兵器を保有していることだ。ザルダリ政権の統治能力が衰えれば、テロリスト側に核が渡る可能性も出てくる。これだけは何としても食い止めねばならない。アフガンに目を奪われるあまり、パキスタンの治安を乱してしまうのは極めて危険なのだ。

 テロとの戦いは力ずくだけではうまくいかない。回り道のようだが、貧困対策や社会開発のための支援を強めていく必要がある。国際社会はザルダリ氏の文民政権を支え、民心を安定させることを優先すべきではないか。

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