2008年07月26日

福岡伸一氏の書く文章が到底見過ごせないレベルで酷い件 その2―進化生物学に対する無知―

前回のエントリの冒頭部でも少し書いたが、福岡氏の主張には創造論者と大差無いレベルの進化生物学に対する誤解、中傷に満ちている。
いや、いっそ進化生物学そのものに対する無知に満ちていると言ってしまった方がいいかもしれない。
私がそう思った理由が、前回のエントリの内容に続くこの文章だ。
#ちなみに、前回記載し忘れたが、この文章は「生物と文学のあいだ 福岡伸一 川上未映子」という、雑誌「文學界」の対談記事のものである。

Liber Studiorum: 福岡伸一 vs. ダーウィニズム(2)
福岡のダーウィニズムに対する攻撃はさらに続く。

 さらにいえば、たとえば視覚が進化の過程でどのように生まれたかを考えてみると、ダーウィニズムの最大の問題点が浮かび上がります。眼は、光を集めるためのレンズ(水晶体)、像を映すための網膜、その背後にあるたくさんの神経線維が脳細胞につながって……という風にさまざまな部位が組み合わさってできている。何億年もかけて試行錯誤して、少しずつ改良していけば、そういう複雑な機能もできるというのがダーウィンやその後継者であるドーキンスの考え方です。彼には『ブラインド・ウォッチメイカー』という著作があるんですが、眼の見えない時計職人でも、非常に長い時間をかけて部品をいじっていれば、いつかは時計を組み立てることができる、それと同じだというわけです。ところが視覚というのは、さきほど言った部位が一斉に揃わないと成り立たない。水晶体だけが改良されてもダメだし、網膜だけが改良されてもダメなのだから、「進化の過程でだんだん眼が見えるようになる」なんてことはありえない。眼が眼として機能しない以上、それが有利な形質として自然選択されようがないから、そこへ向けた進化も生じないはずです。そこにダーウィニズムの単線的な考え方の落とし穴があります。もっと複合的な要因が働いていると考えなければいけないのでしょうね。

アホか、と言うしかない。
ドーキンスは、他ならぬ『ブラインド・ウォッチメイカー』(『盲目の時計職人』)の中で、ダーウィニズムに対するそのような批判に対して明確な回答を提出しているのである。

このブログでも以前似たような主張をする創造論者が来て返り討ちにしたことがあるのだが、福岡氏のこの主張はまったく同レベル。
まともに進化生物学を学んだことがある人間からしたら、これはまさに「アホか」の一言で片付けられる程度の主張である。
実際には、眼の進化はかなり詳細にその内容が明らかにされているのだから。
 
 
 
a-geminiさんのエントリではさらにブラインド・ウォッチメイカーを引いて福岡氏の主張がいかに的外れなものかを説明しているが、このブログでは大学レベルの生物学の教科書を引いて、福岡氏の主張のどこが間違っているのか指摘してみよう。まあ内容は変わらないが一応念のため。

キャンベル生物学 P.545〜P.546
 ダーウィンの進化の概念は、主要な形態学的変形の説明にも拡張できる。多くの場合、複雑な構造は、ほぼ同じ機能を果たすもっと単純な構造から漸次的変化により進化する。
 たとえば、人間の眼を考えてみよう。目は像を作り、脳に転送するために強調して働く多数の部品からなる。人間の眼は、ゆっくりとした変化の蓄積でどのように生じたのであろうか。もし、眼が機能するために、全ての構成要素が必要なら、発達途中の眼は祖先でどのような役割を果たしていたのであろうか。
 この議論の弱点は、ダーウィン自身が気付いていたように、複雑な眼のみが有用であるという仮定にある。実際、多くの動物が、我々のものよりもずっと単純な眼に頼っている(図24.14)。知りうる限りもっとも単純な眼は、光感受性のある光受容体の塊である。この単純な眼は、単一の進化起源と思われ、現在小さな貝類であるツタノハガイ類(軟体動物門の一員)のようなさまざまな動物に見られる。その眼は、レンズやその他の像を合焦させる装置を持たないが、明暗を区別することは可能である。ツタノハガイは、上空に影が落ちると、よりしっかり岩にしがみつき、捕食の危険を減らすような行動的適応をとる。ツタノハガイは長い進化の歴史を持つので、その『単純な』眼は、生存と繁殖に役立っていると結論することが出来る。
IMG_1207.png
 動物界では、さまざまなタイプの眼が、独立に何度も基本的な構造から進化してきた。イカやタコを含む軟体動物には、人間や他の脊椎動物と同じくらい複雑な目を持つ動物もいる。両者ともに祖先的な光受容体細胞の単純な塊から進化してきた。この分化は、それぞれの段階の眼で所有者にとって利益になるような一連の漸増的変化により起きた。この進化的変化の証拠として、眼の発生のマスター遺伝子として働く遺伝子が、全ての眼を持つ動物で共通であるという系統学的解析結果がある。

福岡氏の犯した間違いは、まさにこの「複雑な眼のみが有用であるという仮定」である。
単純に光受容細胞が集まった光を感じ取れるだけの眼でも、実際には役に立つのである。

"Nothing in Biology Makes Sense Except in the Light of Evolution"
彼の言う「ところが視覚というのは、さきほど言った部位が一斉に揃わないと成り立たない。」というのはナンセンスもいいところだ。

最初の眼は単純に光受容細胞が集まった光を感じ取れるだけのものであり、それが窪んで眼点や眼杯と呼ばれる光の方向を感じ取れるものに、さらに進んでピンホールカメラになった。そこに角膜という蓋が付いてごみが入らないようになり、さらにレンズが出来てピント調節が可能となりという眼の進化の歴史は、独立に複数回起こっていることが化石やゲノムに確認できる。現在でもそれぞれの段階の目を持つ動物が存在するし、さらに遺伝子解析を通じて、どのような変異が眼の進化につながったかもある程度確認できている。
福岡氏の言うような『複合的な要因』なぞまったくお呼びじゃないのだ。

そして福岡氏が批判する『ブラインドウォッチメイカー』にも、ちゃんとこうした説明が書いてある。
a-geminiさんがエントリのラストに掲げる疑問は、私にも共通しているものだ。
一体福岡氏はまともに『ブラインド・ウォッチメイカー』を読んだことがあるのだろうか?
福岡は本当に『ブラインド・ウォッチメイカー』を読んだのだろうか?

ドーキンスがダーウィニズムへの批判の典型的な例として取り上げ反論している主張をわざわざ持ち出してダーウィニズムを批判しようとしているのだから、全く分けがわからない。

それ以前の問題として、教科書にも書かれているような典型的な間違いを犯すようでは、福岡氏は今一度学部レベルから勉強しなおすべきだろう。
#もっとも、福岡氏の場合、進化論への敵意から意図的にこれをやっている可能性もあるのだが。



◆関連書籍
福岡氏の主張があまりにもとんでもないので、進化生物学を学ぶために有用なまともな本を何冊か紹介しておく。
一般向けに眼の進化を平易に説明したものだと、パーカーの「眼の誕生」などがよいだろうか。

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く: アンドリュー・パーカー


もちろんブラインド・ウォッチメイカー改め「盲目の時計職人」も良い本だ。
こちらは進化全般について語っている。

盲目の時計職人: リチャード・ドーキンス


<修正>a-geminiさんの名前を勘違いしていたので修正。
この記事へのコメント
  1. >眼の見えない時計職人でも、非常に長い時間をかけて部品をいじっていれば、いつかは時計を組み立てることができる


    すみません、ド素人です。
    よくわからないのですが、
    どうして上のようなことから進化論が正しいっていえるのでしょうか??

    私は進化論を全く信じていません。
    証拠などありませんから。
    種内での進化はありえても、種を超えた進化って証拠はないですよね。
    今の進化論て、種内の多様性を説明しているだけのように思うのですが・・・。

    同じように、ID論なんかも当然まったく賛成する気にはなりません。
    旧約聖書の原点には神なんてかかれていませんから。

    おバカですみません。。。
    Posted by tokio at 2008年07月28日 18:27
  2. 「眼の誕生」のp.25には、体内の体制が変わるためにはすべて一斉に突然変異しないといけない、とかかれていますね。
    移行する途中段階では機能しないためだと。。

    そう言いながら、次のページでは、1000個のさいころが同じ数を出すことは、まず起こりえない、と言っていますね。

    結局、体内の体制が変化することは、まず不可能だということではないのでしょうか?

    この本を読んでてよく分からなくなってしまいました・・・

    Posted by tokio at 2008年07月28日 18:34
  3. >tokio さん
    はじめまして。
    >よくわからないのですが、
    >どうして上のようなことから進化論が正しいっていえるのでしょうか??

    簡単です。
    「盲目の時計職人」すなわち偶発的な変異の積み重ねが、生命の進化を引き起こしていった結果が生物のゲノムに確認できるからですよ。
    例えばヒトとチンパンジーのゲノムの差が何パーセントで、何万年前に分岐したか、どの遺伝子が強い淘汰を受けているか、という研究がここ数年でずいぶん進んでいます。

    幻影随想: チンパンジーの全ゲノム解読完了
    http://blackshadow.seesaa.net/article/6456724.html
    幻影随想: We are still evolving―我々はまだ進化を続けている―
    http://blackshadow.seesaa.net/article/8468990.html


    >種内での進化はありえても、種を超えた進化って証拠はないですよね。
    いいえ、あります。
    生物のゲノムそのものが進化の歴史を記録した生き証人です。
    生命の分子系統樹をご覧になったことはありませんか?
    あれは多様な種が共通の祖先から変異を積み重ねて分岐してきたからこそ作成可能なものですし、今ではゲノムから大まかな種の分岐年代の推定も可能となっています。

    Tree of Life Web Project
    http://tolweb.org/tree/phylogeny.html

    他にも実験レベルだと大腸菌の種分化を繰り返し行う実験や植物の倍数性進化の再現実験などがありますし、フィールドレベルでもシクリッドという魚の種分岐を現在進行形で観察できたり、ダーウィンフィンチの進化を観察したりという実証があります。

    幻影随想: 大腸菌4万4千世代の進化―Evolution in Test Tube―
    http://blackshadow.seesaa.net/article/103212061.html
    cichlid
    http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/f_research/cichlid/cichlid.html


    私からも一つお聞きしたいのですが、なぜご自分で「ド素人」とおっしゃるのに、
    何も知らぬまま「進化論をまったく信じていません」などと断言できるのですか?

    あと、進化論に限らず科学理論は信じる信じないの次元で語るものではありません。
    どのような証拠があり、どこまで証明できているかで語るものです。
    Posted by 黒影 at 2008年07月29日 02:37
  4. 追記です

    眼の誕生の件ですが、本をしまった場所が見つからないのでまた明日お返事します。
    Posted by 黒影 at 2008年07月29日 02:54
  5. >tokio さん

    お待たせいたしました。
    「眼の誕生」のお尋ねの部分ですが、収斂進化の起こりうる条件と起こりえない条件の違いについて述べた部分ですね。

    「外部形態」は関わる遺伝子の数が少ないものが多く、また眼の例のように中間段階でも機能するため収斂進化が起きやすい例に挙げられますが、一方で「体内の体制」は、関わる遺伝子の数が多く、しかも変化の許容度が小さい。
    ゆえに例えばAという体制がBという体制に変化するために通過しうる中間点は限られており、そのためには多くの遺伝子が一度に変化しないといけなく、確率的に収斂進化が起こりうる可能性はほとんどないということです。

    tokioさんのコメントを読むまで意識していなかったのですが、確かにこのあたりの文章は進化生物学をある程度理解していないと意味が取れないかも知れませんね。
    もう少し簡単な入門書も探してみます。
    Posted by 黒影 at 2008年07月30日 01:19
  6. tokioさんの疑問は、
    「体内の体制が変化することは、まず不可能」なら、「神の手」(インテリジェント・デザイナー?)でしか「体内の体制」が作られないのじゃないかという事ではないでしょうか?

    おそらく「眼の誕生」に書かれてるのは、口と消化管と肛門が単なる管(くだ)としてあるような簡単な体制から次第に進化して現在の我々のような複雑な体制を持つに至ったのですが、それはいまさら変えられないということではないでしょうか。
    簡単な体制から少しずつ進化してきたのであって、いっぺんに作られる必要があったわけではないのですね。単にいったん複雑になってしまったら、グランドデザインの変更が不可能になったということです。

    たとえば、昆虫は、脳から伸びた神経管が腹側、口から伸びた消化管が背中側にあるために、首の辺りでそれらが交差するというややこしい体制になってますが、簡単な形態から進化する過程のどこかでそのように進化してしまったので、いまさら整理できない…といったようなことですね。
    Posted by Cru at 2008年07月30日 23:32
  7. エピジェネティックスとかヒストンコードとかにはどんなご意見をお持ちですか。
    あと、必ずしも進化の理論は一つとは限らない(決めなくてもいい)ような気もするのですが。例えば、逆転写酵素を持ってる生物と、そうでない生物とでは異なる可能性とかあり得るかなとも、思うのですが。このあたりはどうでしょう?
    Posted by むせんたまご at 2008年08月02日 09:56
  8. 目の形成ですが、レンズ眼を持っている我々や
    魚と、イカとタコなどの眼は、外見上は似てる
    のですが発現している遺伝子が全然違います。

    実のところ、それまでの時代に既に眼の原型
    (目に似た機構を持ち、光の方向を感じる機構)は出来ていたのですが、わずか100万年で目にまで
    一気に進化してしまいます。

    最初に目を持ったのは三葉虫の類だといわれて
    いますが、全員が盲目の中で一人だけ目を持つ
    ってのは、どれだけアドバンテージがあるかと
    考えるとまぁすごいことになりますね。

    こうして喰う側喰われる側全てに目が備わるのも
    あっという間のことでした。

    詳しくは黒影さんもお勧めの「眼の誕生」を。
    ただ、生物学的にはともかく、地球科学的には
    原因は分かりません。
    Posted by キ〇〇シMK3 at 2008年08月03日 19:10
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