基準設定の手順: 米国(5

鹿児島大学獣医公衆衛生学教授 岡本嘉六

 

目標3: リスク・コミュニケーション

米国の食品安全システムは、食品安全上のリスクに関する情報、ならびに、農場から食卓までの全ての人がそれらのリスクをどのように管理するかについての教育を、隠さずにかつ効果的に提供する。

食品は「全ての人が理解してそれぞれの責任を果たす」時に安全になるという前提が、「大統領直轄の食品安全評議会(President's Council on Food Safety」が構想する21世紀の戦略に係る長期目標の核心となっている。食品の安全性は、健全な科学とリスク査定および積極的なリスク管理の戦略のみならず、広範かつ効果的なリスク・コミュニケーションの努力にも左右される。本計画に描かれた農場から食卓までの予防戦略には、時宜を得た正確な情報の作成と普及、ならびに、食料生産者から消費者までの全ての人に対する効果的な訓練と教育を強調する決定的なコミュニケーションという構成要素を含んでいる。要約すると、情報伝達、訓練ならびに教育は、食品安全の長期目標を達成する上で決定的役割を果たす。

この戦略計画は、公衆衛生に及ぼした効果によって最終判定されるだろう。したがって、研究とリスク査定のデータの収集と解析に続いて、食品安全上の危害の性状と範囲について新たに得られた科学情報の迅速な普及と活用を図ることが基本である。情報入手の増加は、様々な状況における食品の安全性に対するそれらの実用的適用の機会を一層多くする。さらに重要なことは、増加した情報と知識が今後のリスクを回避するのに役立つ。効果的なコミュニケーションは、消費者の食品安全行動を促して強化する手助けとなることができ、公衆衛生専門家、小売業者、ならびに連邦政府、州政府、少数民族と地域機関が必要とする技術と知識を提供することができる。そして、情報伝達とコミュニケーションは、様々のグループとの連携網を構築しているその他の行政部門と民間部門と、しばしば連携を強めることができる。連邦政府のリスク・コミュニケーションの努力を強化する私達の戦略は、次の2つの課題に集約される。

 必要とされる情報、教育および訓練を施すために、行政および民間部門と無数の利害関係者との連携を推進する。そして、

 最新のコミュニケーション技術を完璧に活用する全国規模での情報伝達網を構築する。

これらの2つの課題に絞ることによって、目標3に規定したそれぞれの方針が進められることになる。

食品安全に関するどの分野よりも、リスク・コミュニケーションは農場から食卓までのフードチェーンを通した多数の関係者の協調した組織的な活動に依存する。すなわち、連邦政府、州政府および地方機関;保健専門家;学校と大学;生産者、出荷業者、輸送業者および小売業者;消費者団体;ならびに、当然のことながら、消費者自身。こうした理由から、我々の戦略は、明確な伝達内容、情報網の構築、情報技術の活用、ならびに、連携の強化に依存する。これらの作業に関していくつかの重要な仕組みが整備されているが、さらにすべき多くのことが残されている。

 

方針1: 食品安全上のリスク、予防戦略、ならびに政策決定に関して、効果的、隠さずない、透明性のある、かつ、時期を得た情報交換を通して国民の信頼を維持する。

効果的な食品安全政策と計画を作成し、食品安全システムへの国民の信頼を築き上げることは、政府とその他の利害関係者の間における正確で、時期を得た情報と考え方の交換に依存する。また、政策と計画を作成する際に、すべての考え方を聴取して考慮することを保障するのも最重要事項である。

要処置事項: 3.1.1 以下のことのために、最先端技術を駆使した全国情報網を構築する。1) 連邦政府の食品安全部局と機関(農務省、保健福祉省、環境保護庁)と州政府、少数民族ならびに地方機関の公衆衛生、食品安全、農業、教育ならびに環境部門との連携、2)  一貫した組織的な食品安全の伝達内容と計画を策定する。そして、3) 規則改正に関して簡単に情報が入手できるようにする。

3.1.2 国民に正確な情報を提供する上で行政の手助けとなり得る報道関係者、保健専門家および教育者などの食品安全に関する博識な伝達者の育成を推進する。

3.1.3 食品安全上のリスク、予防戦略、ならびに規制活動について効果的で透明性のあるコミュニケーションを推進するための公的および民間の連携の機会を作る。

3.1.4 食品安全の目標、政策、活動および教育に必要な事項について対話するための継続した機会を作るため、食品安全に係る利害関係者と頻繁にコミュニケーションする。

 

方針2: 積極的な支援活動(active outreach efforts)を通して、食品安全上の広域調査、危害、事故発生対策、規制、ならびにその他の緊急事態措置に関する情報の迅速な利用を可能にする。

効果的な食品安全システムは、公衆衛生上の脅威を防ぐか最小限にする手助けするために、迅速に情報を伝達し伝達内容に適応する能力、および、適切な人々と公共団体にコミュニケーション手段と訓練計画を提供する能力を必要とする。とりわけ、緊急事態には、食品安全システムに対する国民の信頼を確保するため、情報の流れは開かれた迅速な方法で行わなければならない。

要処置事項: 3.2.1 食品が関係する微生物学的および化学的汚染ならびに公衆衛生上の緊急事態についての一貫した正確な情報を国民が迅速に入手することを確保するため、情報を共有するための積極的支援を定め、新たな緊急情報網を利用する。

 

方針3: 農場から食卓までの全ての人々(生産者、加工業者、運送業者、小売業者、食品取扱者、調理師、消費者、規制当局者、保健所員、学校職員、および医療関係者)に対して、食品媒介性疾患と危害の防止に焦点を当てた、最先端で科学に基づいた情報、教育ならびに訓練の計画を策定する。

我々の長期目標のかなりの部分は、食品の供給を安全にするために全ての人が自らの責任を理解し、果たすことにある。以下の要処置事項は、農場から食卓までのフードチェーンの役割を取扱っており、そこでは教育と訓練が主要な効果を発揮する。それらは、最も影響を受ける国民の部分の代表者との緊密な連携の下で作業する意図をも反映する。

要処置事項: 3.3.1 現在の食品安全と関連する公衆衛生上の訓練および教育計画の一覧を作成し、隙間に対処し、その情報を取り纏めて広める。

3.3.2 包括的、相補的な訓練、教育および情報計画を作成するために、全ての分野(連邦政府、州政府、ならびに地方機関)における現行および新たな訓練と教育の活動を調整して統合する。国民に届く特別の機会に費用を出し、食品安全に関する事項と訓練の必要事項に反するかもしれない集団や組織の間にある障壁を取り除く。

3.3.3 職務基準がない場合には、食品安全および専門的知識の所定分野に相応しい中心的資格要件および訓練要素を含む職務基準を設定する。その計画には、全国的に斉一であり、かつ当局と別の違った方法で利用する要員との間の良好なコミュニケーションを奨励することを確保する食品安全に係わる法的検査員、研究者ならびに計画の評価者のための証明書発行システムを含むことができる。

3.3.4 連邦政府、州政府、少数民族ならびに地方機関における法的検査員、科学者および公共政策専門家の包括的訓練と教育に関する計画を策定する。良好なコミュニケーショを助成し、業界によるHACCPに基づいた管理およびその他の予防策の活用を推進するために、訓練は業界の従業員を含めて全ての人にも開放することができる。

3.3.5 全ての政府検査員、研究者および計画評価者に対する訓練が低コストで配信でき、簡単に入手できる、オンライン通信教育コースのためにインターネット技術の活用を拡大し、その他の取組み方を開発する。

3.3.6 地方および全国の対象者に向かって多種の様式と言語で食品安全の決定的伝達内容を広めるため、全国的な公的情報教育キャンペーンを開始する。

3.3.7 小学校、中学校および高等学校の健康と食品安全のカリキュラムを拡充する。

3.3.8 微生物学、食品化学、毒性学、疫学ならびに環境衛生学などの公衆衛生と食品安全の分野に関連する大学のカリキュラムを評価し、適切な専門家養成計画の策定を支援する。

 

方針4: 公衆衛生を最良にするための情報提供と教育の計画を定期検査して評価する。

食品媒介性危害による病気の発生頻度の減少は、成功を測る最も適切な指標である。 研究は全ての人が食品安全問題の原因を理解するのを手助けするものでなければならず、規則、教育ならびに訓練は人々の行動様式を変えることによってリスクを減らすものでなければならない。それに加えて、政府はその活動がどれだけ有効に機能したかを評価できるように健康上の成果を判断しなければならない。

要処置事項: 3.4.1 情報提供キャンペーン、ならびに、コミュニケーション、訓練および教育の計画の有効性を評価する。その作業においては、州政府、地方機関および少数民族の健康部門と教育部門、協力普及部局(Cooperative Extension offices)ならびにその他の部局を活用する。既存の計画を強化し新たな計画を策定するために、全国の食品安全システムを通してその結果を広める。

 

日本においてはリスク・コミュニケーションについての理解がコーデックス委員会とは異なることを「基準設定の手順: コーデックス(2」において指摘した。

 

日本では不特定多数を主要なコミュニケーション対象としているが、肝心なのはリスク査定を担当する機関とリスク管理を担当する機関の間のコミュニケーション、ならびに、フードチェーンの様々な組織とのコミュニケーションであることが米国の食品安全戦略計画Food Safety Strategic Plan)」においても確認できるであろう。日本では、BSE騒動の最中に食品安全委員会が構想されたことが響いて、「安全と安心は別である」として消費者の安心を獲得するためにリスク・コミュニケーションが行われている。そのため、科学者や専門家が言うことは難しくて判らない、大衆的でないとして排除され、「安全・安心」を訴える集会には芸能人が登場することになってしまった。テレビカメラに向かって「大臣が食う!」という、安全について戦略が立てられない<非>「科学立国」日本が定着してしまった。もはや、日本には政治屋や政治ゴロはいても、まっとうな政治家はいない!

米国の戦略に描かれているのは、「科学に基づく」という原則であり、そのために行政および民間の科学者や専門家のコミュニケーションを推進して食品安全の政策、情報、技術の水準を高め、連携を強めることが主目的である。一般の不特定多数は主たる対象でなく、一般国民については学校教育や地域教育という組織を通した教育・訓練として描かれている。目標3の「2つの課題」を達成するには「農場から食卓までのフードチェーンを通した多数の関係者の協調した組織的な活動」に依存するとし、「明確な伝達内容、情報網の構築、情報技術の活用、ならびに、連携の強化」をコミュニケーション戦略としている。この戦略の具体的展開を次回に紹介するが、その組織的概要は「基準設定の手順: 米国(2」で触れてある。コーデックス委員会の主軸となっている米国の戦略は日本の戦略(現在これがないため混乱している)を立てる上で貴重な参考となり、とくに、リスク・コミュニケーションを正しく理解するために欠かせないと私は考えてきた。1999年にこのホームページを開設したのは、「食の安全性フォーラム」の最下段に記載してある動機であった。

< 危険性解析(Risk Analysis)は、危険性査定(Risk Assessnent)、危険性管理(Risk Management)、危険性の情報交換(Risk Communication)の三要素からなっておりますが、近年の安全性を巡るパニックの続発をみますと、「危険性の情報交換」がうまくいっていないことを痛感いたします。所沢ダイオキシン騒動にみられるように「マスコミが危機を煽っている」との批判もありますが、「では、どうしたら良いのか?」という問いかけに、私なりのささやかな行動を起こすつもりです >

それから7年半以上経過したが、事態は一向に改善されず、食品安全委員会の迷走はひどくなるばかりである。そもそも、厚生労働省からリスク査定の機能を奪い、なおかつ、リスク・コミュニケーションを主導するというのは、「危険性解析が査定、管理、情報交換の三つの独立かつ統合した要素からなる」という原則(FAO: Risk Management and Food Safety. FAO, Rome, 1997、「農畜水産物流通の国際化の進行と国際基準1999)」参照)に反している。しかしながら、日本における行政の無謬性からして、今更、査定機能を厚生労働省に返すこともできないだろう。新たに、食品安全委員会とは別の情報交換の担当機関を作るしかない。その際は、行政法人だけでなく民間を含めた組織とし、教育およびマスメディアの担当部門を入れた生産から消費までの「リスク・コミュニケーション・センター」とする方が機能的および財政的にも有利だろう。私は、その日が来ることを今でも夢見ている。