基準設定の手順: 米国(4

鹿児島大学獣医公衆衛生学教授 岡本嘉六

 

目標2: リスク管理

米国の食品安全管理システムは、農場から食卓まで効力を有する。

安全な食品を食卓に出すことは、多くの人々の仕事の最高到達点である。生産者、輸送業者、加工業者、流通業者、食品取扱者、およびその他の多数の人々は、我々の食品の安全性に影響する可能性がある作業を毎日行っている。全ての人の課題は、米国人が食べる食品が物理的危害、ならびに、病原微生物と有害化学物質の危険な濃度を含まないために、それらの個々の作業を可能な限り上手にこなすことである。

全ての分野の政府(連邦政府、州政府、少数民族ならびに地域)も、食品媒介性リスクの管理において重要な役割を果たしている。規則、奨励計画、自主的努力、教育と訓練、法的検査、ならびに法令執行を通して、政府の努力は、食品の生産、加工、輸送および調理に当る人々の毎日の行動を方向づけしている。政府は、食品には多くの種類があり、農場から食卓までに多くの段階があり、多くの種類の食品媒介性リスクがあると認識している。したがって、リスク管理に資源を最も効果的に適用するためには柔軟性が必要とされる。以下に記載した方針と要処置事項は、食品媒介性リスクの管理における政府の関与についての総合戦略である。

連邦政府が全てのことを一挙にできないため、当面は以下の6領域における努力に焦点を絞ることとし、それらは目標2に規定した多くの方針を網羅する。

 緊急事態への対処を強化する

 リスクに基づいて法的検査の優先順位を設定する

 輸入検疫検査活動を改善する

 基準を策定し強化する

 定期検査(monitoring)と広域調査(surveillance)を強化する

 技術開発を促進し、実行する

 

以下に記載した方針の達成は、コミュニケーションと連携における実質的な進展に加えて、多くの方面での努力の強化を必要とする。現在の食品安全システムにおいては、僅かな方針や要処置事項が単一の連邦機関によって実施されており、それらの大半は連邦政府のみでは実施できない。連携のための一連の仕組みが、連邦機関、連邦と州および地方機関、行政と民間部門に跨って構築されることが必要である。これに関しては、既にいくつかの対処が行われており、たとえば、鶏卵の安全性を向上させる機関に跨がる計画がある(訳注: 家禽向上国家計画NPIP: NATIONAL POULTRY IMPROVEMENT PLAN。しかし、もっと多くが必要である。

 

方針1: 現在の食品安全システムのどこにリスク管理の隙間があるかを特定する

連邦政府に限らず、州政府、少数民族ならびに地域において、食品安全規制に関与する多くの機関について、異なった取組み方、異なった管轄範囲、および異なった基準を結びつけることが必要である。連邦政府は、州政府、少数民族ならびに地域機関と連携して、どこに公衆衛生保護の隙間があるか、それを埋めるためにどのような手順を取るかを特定し、ならびに、異なった取組み方を調和させるために、どこに不一致があるかを特定するためにこのモザイク状態を注意深く調べる必要がある。

要処置事項: 2.1.1 州政府と連邦政府の計画の間、および、連邦政府内の計画の間を調和させるためにどのような基準が必要とされたか、あるいは必要とされるかについて、リスクに基づいて判定する。微生物学的、化学的および物理的危害に対処するために採られている連邦政府、州政府、ならびに地域機関の基準と規則を特定し、それらが国の基準の基礎となる可能性を査定する。

2.1.2 食品安全上のリスク管理システムについての隙間解析に基づいて、全ての機関の既存の計画の有効性を改善し、新たな計画を策定し、データ管理を改善し、システム要件を満たすために活用可能な資源を査定するための基準を策定する。

方針2: リスクに基づく取組み方を用いて、予防上の活動、技術、ならびに法規制を策定・施行し、適切な場合には、実施基準を含めて国の基準を策定する。

農場および生産から流通網を通した予防活動は、慎重に仕立てられた規則を含み、病原体、農薬および物理的危害によるリスクを最小限にする決定的役割を果たすことができる。全国的規模で戦略を実施することによって、この食品システムの全ての関係者が、自らの役割と責任を理解できるようになる。州あるいは地域に適用されている予防戦略で全国に広げることができる例は沢山ある。同様に、1種の食品や生産過程に適用されている予防手段を他の領域に広げることができる。

要処置事項: 2.2.1 農場から食卓までの一連を通して、適切かつリスクに基づいた予防管理方法と試験方法を業界が採用することを促進する。

2.2.2 HACCP計画に基づく実施基準を維持し、適切な場合にはこの概念の使用を広げる。

2.2.3 新しい農薬を登録し、1984年前に承認された農薬を再登録し、食品中あるいは付着した残留農薬の基準を再査定する。

2.2.4 消費者がリスクを防ぎ、放射線照射のような強化された安全技術によって処理された食品の選択に消費者が自信を持つために必要な情報を提供するための、的を絞った表示戦略を検討する。

2.2.5 国連のコーデックス委員会などの国際的な食品安全機関への参加を拡充する。

 世界の食品安全基準の普遍的強化と調和を促進するため

 米国の計画についての情報を共有し、適切な場合には、米国に食品を輸出する国々によってそれらが採用できるようにするため

 米国内で採用に可能な他の国々の食品安全戦略を評価するため

 

方針3: 食品供給と関連した健康への悪影響を及ぼす可能性について公衆衛生上の広域調査とデータ収集を拡大する。

疾病の広域調査(surveillance)は、食品供給と関連した公衆衛生問題の広がりにかけがえのない光を投じ、同時に、そのようなリスクの潜在的原因と予防手段に洞察力を与える。このように、食品の病原微生物と有害化学物質の影響を特徴付けることを意図した公衆衛生上の広域調査の強化は、食品供給における安全性を確保するために欠かせない。

要処置事項: 2.3.1 食品媒介性の疾患と危害について適時かつ効果的に公衆衛生上の広域調査を実施するための全ての行政分野における能力を向上させる。

2.3.2 主要な食品媒介性病原体の「指紋を取る」ために、各州の健康局検査室を結ぶ全国網を含めて、公衆衛生検査室の能力と専門技術を拡充する。

2.3.3 特別集団に関する長期間の影響を含む、より広い範囲の食品媒介性の疾患と危害に取り組むための特別な広域調査の努力を拡充する。

 

方針4: 製品および生産・加工における潜在的危害について食品提供の効果的な定期検査と広域調査を拡大強化する。

食品中の有害化学物質と病原微生物の存在を定期検査し、異なった食料生産と処理工程の特性を解明することは、疾病の広域調査と一対をなす明らかに必要な活動である。これらの様々な種類のデータを結び合わせることは、科学者、規制当局者および教育者が食品媒介性リスクを緩和するために的を絞った戦略を作成できる情報として提供される。

要処置事項: 2.4.1 病原体、殺農薬、その他の化学物質、および物理的危害の定期検査、ならびに現在の予防活動を拡充する。

2.4.2 安全でない食品の特定を強化するために、民間およびその他の公的関係筋からの情報(調査、広域調査の結果、およびその他の手法やデータ)の利用を拡充する。

2.4.3 時宜を得た効果的な方法で食品と生産・加工の危害に関する広域調査を実施し、その結果を情報交換するために全ての分野(連邦政府、州政府、少数民族ならびに地方機関)における能力を高める。

2.4.4 食品中の病原体、化学物質および物理的危害について迅速で的を絞った調査を行うための連邦政府、州政府、少数民族ならびに地方機関の能力を改善・強化し、食品検査室の水準を高め、検査方法の整合性を高める。

2.4.5 全国的に州政府と地方の検査室の間における分析の整合性と同等性を高めるために、検査室の資格認定手順の策定を奨励する。

2.4.6 家畜疾病の全国的で系統的な定期検査、ならびに、食品安全上のリスクをもたらす微生物学的危害、化学的危害およびその他の危害についての飼料と飼料原料の検査を強化するために、家畜診断検査室の連携組織を構築する。

 

方針5: 法的検査および食品安全法と既存の規制要件の執行を通して、食品安全上のリスクおよび食品安全基準の違反を特定する。

法の執行は適合させようとする人々に刺激を与え、安全基準についての広範な適合は食品供給をより安全にするための最も直接的方法である。適合は潜在的リスクが最も高い活動における決定的要件であることから、法的検査の対象を選定する方策はリスクに基づく必要がある。法の執行は別の理由からも重要である。全ての違反者を摘発して罰することは不可能であるが、適切に適合を強制し罰則を適用することは、非適格者が規則に基づいて活動している人々より多く獲得したあらゆる経済的利益を剥奪する。

要処置事項: 2.5.1 国内生産と輸入の両方の食品に対する米国の食品安全基準への高水準の適合を維持する。

2.5. 連邦政府、州政府、少数民族政府および地方機関の全ての分野における異なった組織が必要とするリスクに基づいた法的検査に関する分析の枠組みを全面的に策定し、実施する。

2.5.3 リスク査定によって公衆衛生上「高リスク」となる可能性があるとされた食品の種類に対して法的検査を優先し、執行官を配置する。たとえば、最も頻繁に病気と関連している食品群、非適合の過去がある施設、農場から食卓までのフードチェーンにおいて危害をもたらすか危害の制御に係わる最も決定的な箇所に法的検査を絞ること。

 2.5.4 農場から食卓までのフードチェーンにおける決定的な箇所に、輸入および国産の食品の「高リスク」の化学物質残留に関する定期検査と法的検査を実施するために、全面的食品安全システムの能力を強化する。

 

方針6: 規制計画を補うために、適切な場合には、リスクに基づく自主的な食品安全向上のための予防的取組みの実施を奨励する。

自主的取組みは、規制計画を補完することができ、とりわけ、食品安全を向上させる行動をとるための個々人に対する既存の刺激策を政府が強化する際に有効である。その他の取組みは、行動に影響する情報の力に依存している。そのような自主的な予防を志向する取組みは、影響を受ける利害関係者との連携下で推進されるならば、成功の機会がより高まるだろう。

要処置事項: 2.6.1 義務的基準がない場合にリスクを低減または防止するための自主的計画または刺激策を特定、策定、実施するために、連邦政府の省庁間特別委員会、連邦政府と州政府の協定、および政府と民間の連携を活用する。

2.6.2 国内生産者および海外の取引相手によって適正農業基準(Good Agricultural Practices)の実施を奨励するなどの危害を防止または低減するために、自主的な「最善の手順(best practices)」および業界と政府によって策定された品質保証計画を推進する。

2.6.3 農薬の使用によるリスクを減らすために、系統的な害虫制御、生物学的に系統化された生産システム、ならびに持続的農業活動を推進する。

2.6.4 連邦政府計画、情報の共有、経済的刺激策に進んで参加する等の、業界が食品安全を向上するための刺激策を検討する。

 

方針7: リスクを制御し食品安全を向上するための新技術と取組みの開発と移転を推進する。

食品のリスクを特定し制御するために革新的な技術が食品業界にもたらされた時、食品安全における最大限の進歩が達成されてきた。政府は、食品安全を向上させるための新しい技術に基づく取組みを研究して導入することを奨励する環境を育成し続けなければならない。

要処置事項: 2.7.1 食品安全に役立つ新しい技術の導入と実施を妨害するあらゆる障害を特定して減らし、そのような新しい生産物と技術についての政府の評価をはかどらせる。

2.7.2 肥料や水などの食料生産資材が食料供給に悪影響を与えないことを保障するために、全ての分野における診断技術と予防の取組みを推進、策定、活用する。

 

方針8: 食品安全上の緊急事態に対して迅速かつ効果的に判断して対処する。

食品安全上の緊急事態は判断が難しく、その理由の一部は、決定的な情報が多くの異なった人の手にあり、一人では誰もその重大性に気付くことができないことにある。発見と調査の能力強化、および情報共有の促進は、食品媒介性疾患の勃発をできるだけ早く特定する最善の公算をもたらす。一旦特定されると、責任がある多くの異なった政府機関は、病気を引き起こした食品を捜し出して回収するために、素早く一斉に行動しなければならない。

要処置事項: 2.8.1 食品媒介性疾患勃発の調査を実施し、適時に効率的で効果的な方法で対処するために、全ての分野における能力を高める。

2.8.2 連邦政府、州政府および地方機関の健康局と農務局の連携を強化するとともに、機関に跨る事故連携チームと強化された電子情報システムの活用を通して、複数の州に跨る食中毒勃発についての情報還元を増やす。

2.8.3 生産元の遡及調査と回収の開始と実行についての全国的実施要綱を通して、連邦政府、州政府および地方機関の継ぎ目のない対処システムを構築し、回収期間中の業界および国民との適切なコミュニケーションを確保する。

2.8.4 製品の特定、追跡システムおよび記録入手を強化するために作業する適切な業界団体との連携における遡及調査システムを改善する。

 

方針9: 米国に輸入しようとする食品が、米国が適格と判定した食品安全手段で生産されたか、あるいは米国が指定した適切な国民保護水準を達成していることを確認するために改善されたシステムを開発する。

農業貿易が拡大し、私達の食品のますます多くの割合が他の国々から来るので、連邦政府は、輸入食品の安全性を確保し続けなければならない。通関手続きのある港における法の執行に加えて、我が国の基準を伝えるだけでなく、それらに適合するための方法についての識見を共有するために、連邦政府は国際機関を通して、相手国との双務的原則に立った、あるいは非政府組織を通した作業を行わなければならない。

要処置事項: 2.9.1 米国が国内産食品に規定している適切な保護水準を当該国が達成しているか否かを判定するために、当該国の食品安全システムの査定を強化し、当該国の規制制度の追加的査定を実施する。

2.9.2 国連のコーデックス委員会やその他の国際機関に米国から派遣された上級職相当職員の直接参加を通して、国際的あるいは国家間の食品安全方針の策定に協力し集中する。

2.9.3 適切な場合には、発展途上国が米国の基準に適合するために自国のシステムを改善するのを手助けする技術援助を行う。それには、以下のことが含まれる。

 食品安全に関する国際的発展と技術支援を担当する米国機関の情報を作成、調整、交換する。

 技術支援計画に参画している国際機関およびその他の組織の組みを支援する。

 米国の規則、方針および指針についての情報を提供する。

2.9.4 必要があれば、化学物質、農薬、微生物学的および物理的危害に焦点を当てたリスクに基づく輸入検疫を改善・強化する。

2.9.5 米国に商品を輸出する食品取扱い施設についての外国の法的検査をさらに強化する。

 

方針10: 食品安全上のリスクの管理を評価する。

健全な管理原則には、常に、作業が意図した結果を生んだか否かに関する査定という、「点検」手順が含まれる。規則とその他の介入を通して食品安全と公衆衛生を改善するこれらの作業は、特別の継続する評価の構成要素を含む。

要処置事項: 2.10.1 以下のことのために食品安全システムを継続的に評価し改善する。1) 既存および新たに策定した計画における改善範囲を特定する。2) 新らたな計画の活動に必要とされる範囲を特定する。

2.10.2 食品媒介性疾患、病原体および化学物質における長期傾向を調べるために、食品と公衆衛生に関する広域調査と定期検査のデータを使用する。

2.10.3 食品安全のための主要な基準や規制計画を策定する際には評価計画を設定し、科学に基づくより優れた食品安全管理の効果を証明するために、全国的広域調査と事故発生調査のデータならびにリスク解析を用いる。

 

消費者が、食品が安全であると自信を持てること」という長期目標を達成するため、リスク管理の目標として「農場から食卓まで効力を有する食品安全管理システム」を掲げ、「連携のための一連の仕組みが、連邦機関、連邦と州および地方機関、行政と民間部門に跨って構築されることが必要である」とした。この目標を達成するために9つの方針が立てられた。その筆頭が「どこにリスク管理の隙間があるかを特定する」ことであった。日本においては、「行政の無謬性」と「省庁権益の護持」が大前提としてあり、それらを犯すことになる省庁間の隙間を議論する余地はない。方針3では、「公衆衛生上の広域調査とデータ収集を拡大する」とされているが、様々な健康障害要因の中における食品媒介性疾患の問題の相対的大きさを確認するためであり、その上で食品における個別危害要因の影響を特徴付けるリスク査定の基礎となるものである。方針6では、「自主的な食品安全向上のための予防的取組みの実施を奨励」が挙げられ、民間との連携・協力なくしてリスク管理が達成できないことが強調されている。方針8では、緊急事態の判断遅延の要因として「決定的な情報が多くの異なった人の手にあり、一人では誰もその重大性に気付くことができないことにある」とし、ここにも省庁間の隙間を埋めることが最重要視されている。また、「業界および国民との適切なコミュニケーションを確保する」としている。方針9では、食品流通の国際化への対処として国連組織との連携のみならず、発展途上国に対する技術支援を取上げている。日本では、輸入食品の汚染問題が報じられる度に蔑みやバッシングの対象としかならず、輸出国の安全性確保への取組みを支援する世論は起きない。世界の盟主としての米国民と、「己さえ良ければ・・・」という被占領国民(戦後60年を経ても米国に依存している平和ボケ国民)の相違点であろう。世界の将来を考えない国民は、自国の将来についても責任を取れない。誰かを悪者に仕立て上げて自分を安全圏に置く小賢しい日本人が、国際的評価を勝ち取るのは難しい。

 

目標3: リスク・コミュニケーション

 

つづく