基準設定の手順: 米国(3)
鹿児島大学獣医公衆衛生学教授 岡本嘉六
基準策定手順の前提となる「食品安全計画」の全体像の紹介に手間取ったが、そこでは科学的根拠に基づくことが強調されていた。科学的方法論としてリスク解析があり、それに基づいて危害因子のリスク査定が行われるのであり、これから米国が実施してきたリスク解析の紹介を行う。前回挙げた2001年の「食品安全戦略計画(Food Safety Strategic Plan)」の「第2章: 長期目標、目的、方針、および要処置事項」の紹介で残した部分を翻訳する。
目標1: 科学とリスク査定
米国の食品安全システムは、科学とリスク査定に基づいている。
食品の安全性を向上させる我々の戦略の全ての面において科学に基づかなければならない。この原則は、1998年の米国科学アカデミー報告の勧告のみならず、食品の安全性についての我々の科学的理解を高める必要性を明確にした我が評議会自身の査定とも一致する。たとえば、次のような重要な質問に答えるために新たな研究とより優れた科学的方法が必要である。
● 食品安全のどの問題が公衆衛生上の最大のリスクとなっており、より多くの注意を必要としているか?
● どのような新しい手段によって、食品の危害を減らすか排除することができるか?
● どのようにしたら、食品安全問題の原因を迅速に検出し取り除くことができるか?
● 食品供給における病原微生物と化学物質に要する社会の総費用はどれだけか?
下記の5つの方針は、それと関連する要処置事項とともに、適切な問題に対して科学的知見(scientific resources)の慎重な適用を通して重要な進捗が図られるという見解を反映する。したがって、この戦略計画は、実効性のある規制とリスク管理を可能にする病原体と化学物質に関する基本情報を集めるため、重複を避け生産的な問題解決の促進を可能とする我々の研究により一層の連携を図るため、ならびに、できるだけ効果的に最大限の公衆衛生保護を達成するためのリスクに基づいた優先順位を設定するために、様々な努力を必要とする。それらの進捗を図るために、今後2年間の我々の努力は特に以下の4つの領域に焦点を合わせる。
● 我々の食品安全計画の科学的根拠についての総合的な品質を高め、リスク査定の能力を確立する
● 規制計画と科学研究の連携を強化する
● 公衆衛生と食品安全の決定的リスクを査定する
● 様々な食品媒介性危害の相対的リスクについての理解を深める
これらの4つの領域が、目標1における多くの方針を包含する。食品安全研究所連合(JIFSR)は、人的資源を動員して必要とされる適切な課題に配置することによって、目標1を達成するために採られる多くの作業に重要な役割を果たす。
方針1: 広範な研究と厳格なリスク査定を通して食品安全政策と規則の決定のための科学的根拠を強化する。
食品媒介性危害に関与する原因と要素についての基礎的研究ならびに科学的理解の深まりは、リスク査定の向上を導き、長期的には、全ての公衆衛生および規制の決定の指針となる。既存の情報を活用し、JIFSRは、リスク査定のより良い手段(およびそれに使用するデータ)ならびに公衆衛生と食品安全に対する新たな脅威を特定し予防するための方法に関し、リスクに基づく研究の優先順位の設定を推進する。
要処置事項: 1.1.1 微生物、アレルゲン、農薬、およびその他の化学物質と関連するリスクを含む食品安全の全ての側面に係わるリスク査定を支えるために必要な研究活動を特定し、優先順位を調整する。
1.1.2 脆弱性集団に対するリスクの査定方法とともに、農薬の総合および蓄積リスクを裁定するためのような新しいリスク査定方法を開発し、それらを政策決定に適用する。
1.1.3 最新の科学情報がリスク査定の開発に一貫して使用されることを確保する。
1.1.4 科学的に健全でリスクに基づいた食品安全政策と規制の決定のために必要とされるリスク査定を実施し定期的に更新する。
方針2: 緊急あるいは潜在的な高リスクの公衆衛生と食品安全の脅威を特定する。
予防を基礎とする計画を策定し、公衆衛生を積極的に保護するため、連邦政府は、緊急あるいは潜在的な高リスクの公衆衛生と食品安全の脅威を特定するための方法に投資を続けなければならない。それらの脅威を感知する能力がないと、食品と関連する重大な公衆衛生問題が見過ごされることになる。
要処置事項: 1.2.1 新たな公衆衛生と食品安全の問題を効果的に予期して予防する強化された特定と広域調査(surveillance)のシステムおよび関連技術を開発する。
1.2.2 公衆衛生に対する潜在的リスクの特性を解明するための強化された微生物学的および化学的なリスクの評価方法を開発する。
1.2.3 緊急の脅威を特定するために食品と臨床検体の病原体と化学物質についての迅速試験の開発を促進し、公衆衛生当局とくに監視員と法的検査員の特別の要望に応える。
方針3: 特定された隙間を埋めることを目的として、統合された、リスクに基づく問題解決の研究計画を策定し、実施する
限られた資源と時間の中で、科学界は最大限の可能性を実現するための努力を優先しなければならない。最も重要な食品安全問題は、公衆衛生を高める方法によって特定し、対処しなければならない。研究は、重複した努力を避け、便益を最大にするために、集中し調整されなければならない。
要処置事項: 1.3.1 微生物的、化学的および物理的な危害による急性および慢性の食品媒介性リスクについての相対的リスク解析を完遂し、定期的に解析を更新する。
1.3.2 重複を避け、研究の隙間の特定を助け、技術移転を早めるために、特定研究領域の研究者を連携する包括的な食品安全研究データベースを作成する。
1.3.3 リスク解析を通して、微生物学的危害、化学汚染物質、農薬、物理的危害、食料生産と加工に使われる水、家畜の飼料、動物薬と生物製剤ならびに薬と生物製剤の残留を含む知識や科学の隙間を特定し、統合された食品安全研究計画の優先順位を策定する。
方針4: 連邦政府、州政府および地域における科学技術、コミュニケーション、ならびに連携を強化する
連邦政府は、食品安全計画に可能な限り最良の科学を導入することを望んでいる。そのような国際水準の科学は、最高位の科学者、最良の設備、ならびに最新情報の入手によってのみ可能である。下記の要処置事項は、連邦政府分野を含む全ての分野における科学を高めること、ならびに、政府、学界および民間部門の異なった分野における健康と食品安全の科学者達の強固で効果的な連携を構築することに焦点を当てている。
要処置事項: 1.4.1 連邦政府、州政府および地方機関の研究施設の間における食品安全研究活動についてのコミュニケーションと連携を強化する。
1.4.2 公的および民間部門の科学者の間における交流を促進する。そのための計画は次のようでなくてはならない。
○ 政府の規制、研究および公衆衛生を担う科学者に学術資格認定書を維持するための機会を作る(たとえば、非常勤教授職の計画)
○ 学術機関科学者が政府の食品安全と公衆衛生の活動に参加することを奨励する
○ 食品安全の向上と関連する固有・共通の問題や関心事の研究のため、施設、研究室および交易関連分野の科学者達の政府、学界および業界連合を組織する
1.4.3 食品安全と公衆衛生に関係する設定された目標の研究計画を実施するための「従来枠を超えた計画(extramural programs)」を策定または特定する。
1.4.4 リスク査定を実施するため、科学的技術と専門的知識を高める。
方針5: 食品安全を通して最良の公衆衛生を確保する計画の策定と施行に必要とされる科学的知識を提供する上で、研究とリスク査定の有効性を評価する。
定期的に、政府は、科学研究とリスク査定の努力が公衆衛生の目標を達成したかどうかを裁定する必要がある。そのような評価は、とくに科学研究に対して決定的課題であり、少なくとも、同領域の専門家達による健全な評価の手順を含まなければならない。
要処置事項: 1.5.1 資金配分の優先順位と決定を行う現在のシステムを評価し、その評価に基づいて総合的な食品安全研究計画の目標を達成する手順を講じる。
1.5.2 連邦政府の食品安全研究とリスク査定の計画について定期的な同領域の専門家達による評価を実施する。
リスク査定は科学的専門家の役割であり、国民の健康保護に関する諸課題(母子衛生、高齢者問題、伝染病、難病、・・・・等々)の中で食品媒介性疾患がどの程度の大きさを占めるかを査定することから始まる。その次に、食品媒介性疾患の中で最も健康障害が多く発生している問題から順番に対処すべく、危害要因別(病原微生物、化学物質など)、食品別(肉類、魚類、野菜類など)、集団別(高齢者、弱礼者、妊婦など)に健康障害の発生頻度を調査し、数量化した上で論議することになる。こうしたリスク査定に基づいて、資金を投与して対処する優先順位が定められていくことになる。このリスク査定の方法は、広域調査と数量化に大きく左右され、そのために国と地方および民間の研究機関のコミュニケーションと連携を必要とする。とくに、数量化の方法に関してはまだまだ不十分な点が残されており、方針1において「新しいリスク査定方法を開発」という項目が設定されている。このように、科学的なリスク査定においては、「消費者が何を不安に感じているか」は基本的に無関係である。
目標2: リスク管理
米国の食品安全管理システムは、農場から食卓まで効力を有する。
つづく