国別基準と国際基準(3

 

乳製品がアフラトキシンで汚染する主要な経路は、乳牛が摂取した飼料がアフラトキシン汚染していたことによる。したがって、各国は飼料に関する基準を設けており、FAOの「食品と飼料のカビ毒に関する法的規制(Worldwide regulations for mycotoxins in food and feed in 2003)」には次のようにまとめられている。

乳用牛飼料についてアフラトキシンB1を対象とする国の規制値は、5 μg/kg27カ国と突出しており、その大半はEU諸国である。これによって、乳汁中のアフラトキシンM1は、0.05 μg/kg以下に抑えられるとしている。

それに対して、アフラトキシン総量を対象とする国の規制値は、幅広く分布している。20 μg/kgがやや多く、それらは米国圏である。米国圏の乳汁中アフラトキシンM1の規制値は先に紹介したように0.5 μg/kgであり、コーデックス基準値と一致している。EU圏と米国圏の違いは、「8.  耐容一日摂取量(TDI)」で説明した考え方の相違に基づく。

17. 乳用牛飼料のアフラトキシンB1

規制対象とする国の数とその規制値

18.  乳用牛飼料のアフラトキシンの総量を

規制対象とする国の数とその規制値

それでは、各国の飼料規制はどうなっているかみてみよう。家畜別、あるいは、飼料の種類別に様々な規制が行われている。これらは、実際の科学的実験データに基づくものであるが、安全性についての基本的考え方とともに、様々なデータのどれを重視するかによって多様性が生まれており、コーデックス委員会において統一基準が作成できていない現状である。

米国

肉用牛の仕上げ飼料(すなわち、フィードロット)に使うトウモロコシと落花生製品

総量

300

牛、豚あるいは家禽に使う綿実粕

総量

300

体重45kg以上の豚の仕上げ飼料に使うトウモロコシと落花生製品

総量

200

繁殖牛、繁殖豚あるいは成鶏に使うトウモロコシと落花生製品

総量

100

幼獣に使うトウモロコシ、落花生製品、および綿実粕以外の飼料原料

総量

20

乳用家畜用、上記以外の動物種あるいは用途、あるいは、用途が特定されていないトウモロコシ、トウモロコシ製品、綿実粕、ならびにその他の動物性原料と飼料原料

総量

20

カナダ

全ての飼料

総量

20

オーストラリア

(記述なし)

 

 

EU加盟国

全ての飼料原料

B1

20

牛、羊およびヤギに与える完全配合飼料(complete feedingstuffs)で、次のものを除く

 乳用家畜に与える完全配合飼料

 哺乳期子牛と子羊に与える完全配合飼料

B1

20

乳用家畜に与える完全配合飼料

B1

5

哺乳期子牛と子羊に与える完全配合飼料

B1

10

豚と家禽に与える完全配合飼料(子豚と幼雛を除く)

B1

20

その他の完全配合飼料

B1

10

乳用家畜、哺乳期子牛および子羊に与える補助飼料(complementary feedingstuffs)を除く、牛、羊およびヤギに与える補助飼料

B1

20

豚と家禽に与える補助飼料(子豚と幼雛を除く)

B1

20

その他の補助飼料

B1

5

日本

牛(哺乳期子牛と乳用牛を除く)、豚(哺乳期子豚を除く)、鶏(幼雛とブロイラーを除く)、ならびにうずらに与える配合飼料(compound feeds

B1

20

哺乳期子牛、乳用牛、哺乳期子豚、幼雛ならびにブロイラーに与える配合飼料

B1

10

韓国

哺乳期子牛、幼雛、哺乳期子豚、ブロイラー(前期)ならびに乳用牛に与える配合飼料

B1

10

その他の配合飼料(プレミックスを除く)

B1

20

飼料原料: 植物性蛋白、穀類、穀類や食品の副生物

B1

50

中国

(記述なし)

 

 

 

FAOの記載を裏付ける日本の規制について、農水省の情報を整理してみよう。「飼料及び飼料添加物の成分規格等に関する省令」において基準値が明確に示されているのは、厚生労働省が所轄する「食品衛生法」との大きな違いである。

 

「3 落花生油かす又は落花生油粕を原料とする飼料の成分規格及び使用の方法等の基準

(1) 落花生油粕又は落花生油粕を原料とする飼料の成分規格

ア 落花生油粕のアフラトキシンB1の含有量は1ppmを超えてはならない。この場合のアフラトキシンB1の定量法は、次に掲げる定量法A又は定量法Bによるものとする。

イ 落花生油を原料とすることができる飼料の種類及びその配合割合は、次の表のとおりとする。

飼料の種類

配合割合

鶏用(幼すう用及びブロイラー前期用を除く)

飼料 4%以下

豚用(ほ乳期用を除く)

飼料 4%以下

搾乳牛用(注)

飼料 2%以下

牛用(ほ乳期用及び搾乳牛用を除く)

飼料 4%以下

注: 搾乳牛とは、生後おおむね18月を超える搾乳の用に供する牛をいう。

(2) 落花生油の使用の方法の基準

  落花生油のみを単体で使用してはならない。

(3) 落花生油を原料とする飼料の表示の基準

 ア 落花生油かす又は落花生油を原料とする飼料には、次に掲げる事項を表示しなければならない。

(ア) 飼料の名称

(イ) 製造(輸入)年月

(ウ) 製造(輸入)業者の氏名又は名称及び住所

(エ) 製造事業場の名称及び所在地(輸入に係るものにあつては、輸入先国名)

 イ 落花生油を原料とする飼料には、次に掲げる事項を表示しなければならない。

(ア) 対象家畜等

(イ) 落花生油の配合割合

 

汚染が最も懸念される落花生油粕について、1ppmという基準だけでなく、基準を満たした落花生油粕の配合割合まで規制されている。さらに、「食品残さ等利用飼料における安全性確保のためのガイドライン」が平成18830日)に出され、その中で品質管理の基準として別紙2に昭和631014日付け畜産局長通達「飼料の有害物質の指導基準の制定について」が再掲されている。

対象となる飼料

基準

配合飼料(牛用(ほ乳期子牛用及び乳用牛用を除く)、豚用(ほ乳期子豚用を除く)、鶏用(幼すう用及びブロイラー前期用を除く)、うずら用)

0.02

配合飼料(ほ乳期子牛用、乳用牛用、ほ乳期子豚用、幼すう用、ブロイラー前期用)

0.01

 

飼料原料としての規制だけでなく、配合飼料段階での基準を設けているのは、アフラトキシンの汚染が落花生油粕だけのことではなくトウモロコシ等様々な農産物に及び、実際に飼料として輸入される米国産トウモロコシの汚染状況が進行していることによる(米国産輸入とうもろこし中のアフラトキシンB1のモニタリング検査結果)。

 

飼料原料としての輸入には落花生油粕(基準値は1ppm)を除いて濃度規制はないが、この図の最高値は0.08ppm 80ppb)であり、米国産トウモロコシの汚染濃度は落花生油粕に比べて極微量である。飼料原料としての基準値以下の落花生油粕や比較的汚染濃度が高いトウモロコシの配合割合を考慮して、配合飼料中のアフラトキシンB1の基準(乳用牛用などでは10ppb)を遵守する努力が払われている。肥飼料検査所の検査においても、配合飼料段階での基準超過はほとんどみられない(「飼料関係」 試験結果の公表 平成181130)。この良好な遵守状況は、平成15年8月22日に農林水産省消費・安全局長が出した「とうもろこしを使用した飼料の品質管理の徹底につい」という通知などによるものである。

「我が国に輸入され、飼料原料として使用されるとうもろこし中に含まれるアフラトキシンB1については、独立行政法人肥飼料検査所においてモニタリング検査を実施しているところですが、その結果、別添のとおり米国産とうもろこしにおける検出率等について、高めに推移する傾向が認められています。

ついては、我が国における飼料の安全性を確保するため、米国産とうもろこしを原料とする飼料について「飼料の有害物質の指導基準の制定について (昭和6310月、63B2050号農林水産省畜産局長通知)」に定める基準に適合しないものが製造、販売されることのないよう、原料の輸入及び製造の際の品質管理を徹底するよう貴会傘下の会員(組合員)に対し周知徹底をお願いいたします。」

 

生産過程における安全性管理策を所轄する農水省は具体的な基準値を定め、さらに詳細な指導を行っているにも拘わらず、それを食品として摂取する過程における安全性管理策を所轄する厚生労働省は「基準は定めていない」という行政間の不一致がみられる。リスク管理における両省の考え方の違いが、国民の「不安」を助長する一因となっている。科学的データを提示して、リスクを許容する土壌を作り上げる必要がある。

 

4. 結びの言葉」として、FAOは次のように述べている。

カビ毒の法的規制が最初に行われたのは1970年ごろであり、1981年には31カ国、1987年には56カ国、1995年には77カ国、2003年には99カ国と着実に増加し、2010年には120カ国に達すると予測されている。・・・・

各国の規則は、採材と分析方法の公的手順に関する新たな要件を加えてより多様化し、詳細になり、測定の不確実性の問題が規制上の論議に付されている。これらの発展は、ヒトと動物の健康に対するカビ毒の潜在的影響に関して政府が持っている一般的な関心を反映している。同時に、許容濃度の調和がいくつかの自由貿易地域(EUEFTAMERCOSUR、オーストラリアとニュージーランド)で行われており、国際通商における物流に対しても調和の努力が重ねられている(コーデックス委員会)。異なった考え方と規制手順に関する関心事の違いから、調和の進捗は遅々としている。・・・・

食品と飼料に対して制定されたか、または策定中の規則は、科学者、消費者、業界、および政策立案者からなる利害関係者の間の健全な共同作業の結果でなければならない。それで初めて、現実的な予防を達成できる。

 

アフラトキシンの特性と法的規制」で書いたことだが、「アフラトキシンのような自然毒は人類誕生以前からのことであり、科学によってアフラトキシンが発見されるまでは、何の疑いもなくアフラトキシンで汚染された農産物を食べ続けてきたのである。それでも、人類の歴史が続いてきたのであり、近年になって突然気付いた発癌性をもって人類史がこれによって幕を閉じるかのような大騒動するのは馬鹿げている。

安全性について科学的考え方を普及し、リスクを許容することによってしか食料を手にすることができないことを理解し、フードチェーンにおける利害関係者の正しい「リスク・コミュニケーション」が行われる日が来ることを待ち望んでいる。