アフラトキシンの特性と法的規制

 

Charles博士の「アフラトキシンのリスク査定」を理解できたでしょうか? 博士の「No.66 次に何をしますか」に従ってリスク査定に続く「基準値設定の手順」に入りたいのだが、その前に、アフラトキシンの特性をもう少し知っておく方が理解しやすいと思うので、少し回り道をする。

上図は私の講義用スライドであるが、アフラトキシンを産生するアスペルギルスというカビ(A. flavusA. parasiticus)の分布を示している。「6. 実質安全量(1)」で触れたが、熱帯および亜熱帯地域に分布しているが、日本では鹿児島以北にはほとんど分布しない。それとは対照的に、骨髄障による白血球減少症を引起す赤カビ毒を産生するフザリウムというカビは北方地域に分布している。「2. 化学物質の用量・反応関係(1)」で紹介した黄変米と関連するペニシリウムというカビは主として中緯度地方に優勢である。気象条件によって生態系が大きく異なり、それが食糧生産における問題の多様性となっている。

アフラトキシンは沢山の類縁化合物の総称であり、法的規制値を設定する際には検査対象とする化合物を特定しなければならない。アフラトキシンの主要な化合物は、紫外線を照射する紫青色の蛍光を発するB1と、それに続く黄緑色の蛍光を発するG1である。BGを産生するのは、ほぼA. parasiticusに限られており、主要菌種であるA. flavusはほとんどGを産生しない。BGが動物体内で代謝・修飾されて乳汁中に出てくるM1は乳製品で問題となる。アフラトキシンが発癌作用を発揮するのはそのままの形ではなく、下図の最上段に示したように肝臓で代謝されて赤丸のエポキシ体ができることによってであり、そのエポキシ体がDNAに結合するのである。カビが産生した段階では前発癌物質であり、究極発癌物質に仕立てるのは我々自身の肝臓なのである。

下図は、FAOの「食品と飼料のカビ毒に関する法的規制(Worldwide regulations for mycotoxins in food and feed in 2003)」からの引用であり、法律で基準値が定められている国(灰色)が大半であるが、法的規制がない国(黒色)、実態が分からない国(白色)があり、黒色と白色の国々は熱帯地方の発展途上国である。

米国は亜熱帯地方を含み、大陸性気象のためより高温でありA. flavusA. parasiticusの繁殖が旺盛のため、アフラトキシン汚染が日本より遥かに深刻である。「アフラトキシンのリスク査定(6)」で見たように、農産物のアフラトキシン汚染の程度は連続した曲線で表され、「汚染したもの」と「汚染していないもの」を区別することは不可能である。汚染の程度をどこまで許容するかという選択肢しかあり得ない。それは、現世には「神」も「悪魔」も存在せず、善悪兼ね備えた灰色の「善人?」と「悪人?」しか存在しないのと似ている。法的規制とは、「無罪」と「有罪」をどこで仕切るかという犯罪の立証要件と罪刑の軽重に係る問題と似ている。余りにも規制を厳しくし、犯罪者や死刑囚を増やすことは、住みよい社会とはならない。

法的規制値は、基本的に需要と供給の関係によって決まる。餓死者を出さないで、なおかつ、アフラトキシンによる発癌リスクを最小限に抑えることが要求されるのであり、発癌リスクをゼロにすることで大量の餓死者を生み出しては「何のための安全か?」ということになってしまう。こうした意味で、「ゼロ・リスク」は今流行のイジメでしかないアフラトキシンのような自然毒は人類誕生以前からのことであり、科学によってアフラトキシンが発見されるまでは、何の疑いもなくアフラトキシンで汚染された農産物を食べ続けてきたのである。それでも、人類の歴史が続いてきたのであり、近年になって突然気付いた発癌性をもって人類史がこれによって幕を閉じるかのような大騒動するのは馬鹿げている。

アフラトキシンは動物実験における限り最も強力な発癌物質であるが、それに対して法的規制ができていない国々は、実は、被害が最も深刻な地域なのである。できない理由は上に述べた事情による。それでは、先進諸国の法的規制は一様であろうか? 残念ながらそうではない。先進諸国においても需要と供給の関係はそれぞれの国において異なっており、アフラトキシンを産生するカビが分布している亜熱帯地域を含む国と中緯度以北の国々では事情を異にしている。さらに、問題を複雑にしているのは、アフラトキシンは複数の化合物の総称であることに起因する。どの化合物を規制対象とするか、実用的な検査方法があるか、検査精度はどの程度か、サンプルの採材量や頻度をどうするか、検査費用がどの程度掛かるのか、といった様々な課題を解決しなければならない。詳細を知りたい方は、EU諸国における「EUのカビ毒情報網(European Mycotoxin Awareness Network)」に掲載されている「採材と規制(6. Sampling and Legislation)」やアイルランド当局の「食品汚染物質の規制(Legislation - Contamination of Foodstuffs)」にEU規則がまとめられておりその中の「アフラトキシンのEU規則に適合する管理のための規制当局に対する手引書(GUIDANCE DOCUMENT FOR COMPETENT AUTHORITIES FOR THE CONTROL OF COMPLIANCE WITH EU LEGISLATION ON AFLATOXINS)」を参照してください。さらに、対象農産物をどこまで広げるかという課題もある。

さて、具体的な法的規制値をみてみよう。先ず、対象とするアフラトキシンについては、FAOの「食品と飼料のカビ毒に関する法的規制(Worldwide regulations for mycotoxins in food and feed in 2003)」には、B1を対象とする国と、総量(B1B2G1G2)を対象とする国に分かれる。このことは、検査法、検査費用の問題であり、指標として主要なB1で十分であるとする立場と、いや、全てを検査しなければならないとする立場の違いは、

それぞれの国の民意である。民意とは、検査のために自分はどれだけの税金を払うかということである。その他に、自国の農産物を世界市場に売り込むためにどちらを選択したら有利かという判断もあろう。食料の自給率が100%を越えているEU圏はB1を検査対象とし、世界の食料庫である米国圏は総量としているが、それは後者の理由からではないかと私は思う。

B1を採用している中では、2 μg/kgppb)が29カ国と最も多く、次いで5 ppb21カ国である。総量を採用している中では、4 ppb29カ国と最も多く、次いで20 ppb17カ国である。

13. アフラトキシンB1を規制対象とする

国の数とその規制値

14. アフラトキシンの総量を規制対象とする

国の数とその規制値

このように、各国が採用している法的規制は、B1か総量か、その規制値をどこに定めるかという最初の点から食い違いがあり、さらに、対象農産物、サンプルの採材量や頻度となると国際的統一基準ができるまでにはかなりの道のりがある。単なる法的規制値の高低だけを比べてもそれほど意味はない。