プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
カビ毒を解毒する世界初のトウモロコシを作出
- 家畜の飼料穀類の汚染問題などの解決に糸口 -
平成19年1月10日
◇ポイント◇
  • カビから単離した解毒酵素の遺伝子を導入して作出
  • 低めの水分、温度でも解毒活性は落ちない
  • 毒素吸着剤、解毒剤など手間やコストのかかる処理が不要に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、家畜に生殖障害などをもたらすカビ毒(マイコトキシン※1)を解毒する能力をもつ組換えトウモロコシの作出に成功しました。これは、カビ毒による飼料穀類の汚染を解決するため、ラクトン環※2を分解する遺伝子を利用したもので、理研中央研究所(茅幸二所長)微生物代謝制御研究ユニットの木村真ユニットリーダーと、第1期植物科学研究センター(杉山達夫センター長:当時)レメディエーション研究チームの山口勇チームリーダー(当時:現独立法人農薬検査所理事長)らによる研究成果で、生物系特定産業技術研究支援センター基礎研究推進事業「天然環境毒素による重要穀類の汚染低減化にむけた技術創成」の成果の一環でもあります。
 カビには有用な種もありますが、家畜や人間に有害なカビ毒をムギやトウモロコシなどの主要穀物にため込んで大きな問題を引き起こす種も多く存在します。近年、欧米のみならず東南アジアなどの発展途上国を含む世界的な課題として、畜産業における飼料穀物のカビ毒汚染に起因する家畜の生理障害が深刻な問題であることが認識されてきています。問題に対処するため日本でも様々なカビ毒検査キット、カビ毒吸着剤、解毒剤が市販されるようになってきました。特に穀物にはびこる赤カビがつくる「ゼアラレノン※3」というマイコトキシンは、家畜に外陰部肥大などのエストロゲン様作用※4をもたらす主要なカビ毒として知られています。研究ユニットらは、環境中で拮抗して生きている別のカビから単離したラクトン環を分解するゼアラレノン解毒酵素遺伝子「zhd101」を導入した組換えトウモロコシを作出しました。このトウモロコシは、カビが感染して毒素をためる穀粒で十分な解毒能力があることを示しました。家畜をカビ毒から守る実用穀類となる成果で、世界で初めての報告となります。将来的には手間と費用のかからない飼料のカビ毒対策として役立つことが期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Applied and Environmental Microbiology』3月号に掲載予定です。


1. 背 景
 カビは様々な二次代謝産物を生産しますが、このうちムギやトウモロコシなどの重要穀類に感染し、それを摂取した人や家畜の健康を損なわせるカビ毒をマイコトキシンといいます。特に畜産業に用いられる飼料用穀物は、食糧とは異なり栽培や保存コストをかける訳にはいかないため、感染防除に力が及ばずカビ毒の混入によって家畜が健康を害することが多々あります。近年、欧米のみならず東南アジアなどの発展途上国を含む世界的な課題として、畜産業における飼料穀物のマイコトキシン汚染に起因する家畜の生理障害が深刻な問題であることが認識されはじめています。日本でもこの問題に対処し、様々なカビ毒検査キット、カビ毒吸着剤、解毒剤が市販されるようになりました。
 ムギやトウモロコシなどの主要穀物に感染するアカカビ(ムギ類赤かび病菌:Fusarium graminearum:フザリウム グラミネアルム)が作る「ゼアラレノン」というマイコトキシンは、家畜に外陰部肥大などのエストロゲン様作用をもたらし、死産や流産などを起こす可能性があり、特にブタに対して影響が大きいカビ毒です。このカビ毒を発生するアカカビは、カビの防除が難しく、またマイコトキシンの蓄積が必ずしも病兆の程度とも一致しないことから世界的に大きな問題となっています。日本でも米国産飼料用穀類から農水省が決めている規制の暫定許容値を超すゼアラレノンが検出され、検査体制の強化や保存・保管方法の改善が必要とされていますが、そのためには手間と費用が問題ともなります。


2. 研究手法と成果
 ゼアラレノンは温血動物に対するエストロゲン活性以外に、カビの成育に対して静菌的※5に作用する活性を持ちます。環境中のカビの中にはこのような作用に拮抗する、ゼアラレノンのラクトン環部分を分解/脱炭酸して解毒する酵素を持つものがいます。当チーム・ユニットでは、Clonostachys rosea (クロノスタチス ロゼア)というカビから単離したラクトン環分解酵素遺伝子(解毒酵素遺伝子 zhd101)を飼料用穀類として重要なトウモロコシにパーティクルガン法※6によって導入し、このトウモロコシがマイコトキシン混入によって生じる汚染を軽減することができるかどうかを調べました。
 はじめに遺伝子導入によって得られた形質転換体の中から、遺伝子が単一コピー導入され、安定に受け継がれ、発現のみられるものを選抜しました。このトウモロコシ系統を自家受粉して T3 ※7世代まで育て、形質が安定にホモ固定されたことを確認し、この子孫を用いてゼアラレノンの解毒能力を調べました。
 具体的には、自然の500倍以上となる高濃度のゼアラレノンで人工的に汚染させた種子を使って調べたところ、解毒遺伝子を入れた組換え体では種子の胚、胚乳、表皮いずれの部分でも飛躍的にカビ毒が低減化されていることがわかりました(図1)。 また、酵素活性にとって不利な極端に低い水分活性※8や低めの温度という条件下でも調べました。すると、これらの不利な条件でも解毒活性が低下することなく、比較的落ち難い特性を有することがわかりました(図2)。さらに、収穫後のトウモロコシ種子に実際にアカカビを接種し、ゼアラレノン量を測ってみたところ、解毒遺伝子を入れていないトウモロコシではカビ毒が検出されるのに対し、作製した組換えトウモロコシからは全く毒素が検出されませんでした(図3)。
 組換え穀類の実用化研究が進んでいる米国では、フモニシンというマイコトキシンの解毒酵素遺伝子を導入した組換えトウモロコシについて研究を行なっていますが、解毒酵素とカビ毒との組織分布や酵素活性、安定性の問題などをクリアーしたという報告は出ていません。このため、今回の成果は、家畜をカビ毒から守る実用穀類としては世界で初めての報告となるものです。


3. 今後の期待
 今後は実験室内試験だけではなく、実際の圃場に栽培してカビ毒蓄積量を測定すると同時に、組換え体承認のために法律で定められた一定の試験データをとる必要があります。組換え穀類に対する社会的な拒否反応を考えると、人が口にするものではなかなか受け入れ難いかも知れないので、現時点ではまず、ブタに食べさせ続けてその子孫がどうなるかを調べれば、将来的には手間と費用のかからない飼料のカビ毒対策として役立つことが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 微生物代謝制御研究ユニット
  研究ユニットリーダー  木村 真

Tel: 048-467-9796 / Fax: 048-462-4394

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 マイコトキシン
マイコ(カビ)とトキシン(毒素)を合わせた言葉で、これまで300種類を超すマイコトキシンが報告されている。中でも農業、食品工業上、大きな問題となっているのが、アフラトキシン、フモニシン、トリコテセン、ゼアラレノン、オクラトキシン、パツリンである。近年の減農薬・無農薬を目指した有機農法は、食の安全と信頼をもたらすかのように誤解されているが、実は農薬などカビの防除を行なわないことによって、目には見えないマイコトキシン汚染の危険性は格段に高まっている。
※2 ラクトン環
環状構造を持つ有機化合物のうち、分子の環の一部としてエステル結合(RCOOR)を含むものを指す。5〜6員環のラクトン構造はテルペン類などの天然物に多く存在し、香気成分やフェロモンなどによく見られる。
※3 ゼアラレノン
ゼアラレノンは、内分泌攪乱作用を示すいわゆる天然の環境ホルモン(エストロゲンという)で、温血動物に雌性生殖器拡大、脱膣、直腸脱、不妊等の生理障害をもたらす。ゼアラレノンは、家畜用トウモロコシに蓄積することが多く、特にアメリカ、ドイツ、オーストリアなどで家畜に大きな被害をもたらしている。下図左に示す構造(ラクトン環という)を有するが、C. rosea のラクトン環分解酵素 ZHD101 によってエストロゲン活性のない下図右の物質へと変換される。
※4 エストロゲン様作用
卵巣濾胞,胎盤などから分泌される女性ホルモンであるエストロゲンに似た作用のことをいう。いわゆる「環境ホルモン」として知られている内分泌攪乱物質がこの作用を示し、生殖機能や生殖器の構造に異常を生じさせる(例えば河川の魚類のメス化)ことで問題となっている。
※5 静菌的
ある物質を微生物に添加したとき、その微生物を完全に殺してしまう(殺菌的という)のではなく、成育を一時的に抑制する作用を静菌的という。
※6 パーティクルガン法
主に植物などへ外来遺伝子を導入させる時に用いられる方法。DNA を金粒子に付着させ、ターゲット組織(植物の場合はカルスという未分化の組織)に減圧下で金粒子ごと高速で打ち込み、組換え体を作る方法をパーティクルガン法という。現在はヘリウムガスで高圧をかけて金粒子を打ち込んでいるが、昔は鉄砲の火薬を用いて打ち込みを行なっていたことから、この遺伝子導入装置をパーティクルガンと呼ぶ。
※7 Tn 世代(n = 1, 2, 3,...)
外来遺伝子をカルスという未分化の植物細胞に導入して得られた組換え体を T0 世代、その系統を自家受粉させてできた子孫を T1 世代、さらに後代を T2 世代、T3 世代という。後代の遺伝子組込みパターンを解析することで、相同染色体の対応する位置1カ所に導入遺伝子が組み込まれたものをホモ接合体という。ある遺伝子の効果を調べる際は、安定に形質固定されたホモ接合体を用いて実験を行なう。
※8 水分活性
単純な水の含量ではなく、微生物や酵素などの分子などが利用することができる自由水を水分活性(aw)といい、食品の性質を表す時によく用いられる。自由水の量が多い程、水分活性値は大きくなり、0.00 から 1.00 の間の値である(水の aw = 1 である)。水分活性値が低くなると微生物が繁殖できにくくなり(例えば、細菌では 0.90 を下回ると成育できない)、アカカビでは 0.90 を下回るとゼアラレノンを作らなくない、0.80 を下回ると成育できなくなる。


図1 組み替え体と非組み替え体のトウモロコシのカビ毒(ゼアラレノン)蓄積量
トウモロコシ種子を高濃度のゼアラレノンで人工的に汚染させ、カビ毒の蓄積量を非組換え体と組換え体とで比較した。実際の汚染よりもかなり過酷な条件で汚染させた。


図2 酵素に不利な条件下でのゼアラレノン分解
解毒酵素遺伝子導入によるトウモロコシ種子から抽出した酵素によるカビ毒の分解。水分活性(aw)が低く酵素に不利な条件下にしてもかなり高濃度のゼアラレノンを大部分分解することができる。なお、aw = 0.90 では、アカカビはもはやゼアラレノンを作ることのできない過酷な条件である。


図3 収穫後に感染させたトウモロコシ種子でのゼアラレノンの解毒
非組換え体(W)ではカビ毒がたまっているが、組換え体(T)では全くたまっていない。

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