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PLAYSTATION 4は拡張版Cell搭載へ向かう




●PS4に搭載するのはCell B.E.の発展型CPU

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は次期ゲームコンソール「PLAYSTATION 4(PS4)」を、Cell Broadband Engine(Cell B.E.)アーキテクチャベースとする方向で本格的な検討を始めている。現在は、ゲームディベロッパの反応をうかがい、具体的な実装を探っている段階だと言われる。SCEは、PS4世代では製造コストをPS3世代より下げると同時に、アーキテクチャを継続することで開発投資も抑える道を目指しているようだ。

 SCEがPS4でCell B.E.から離れる可能性もまだ残されてはいるが、今のところは、Cell B.E.の拡張&改良版をベースにする方向で動いていると見られる。

 SCEは、もともとPS3プロジェクトが具体化する段階で、Cell B.E.アーキテクチャをPS3以降の世代でも継続することを計画していた。そのために、膨大なコストをかけて、長期間に渡る発展に耐えられるCPUアーキテクチャとしてCell B.E.を開発した。Cell B.E.ベースであるPLAYSTATIONの本来の構想は、最終的にネットワーク上での分散コンピューティングも視野に入れた壮大なものだった。

 現在のPS4のプランは、Cell B.E.をベースにすることから、元々のPLAYSTATION+Cell B.E.の拡張戦略に近いように見えるが、その内実は全く異なっていると見られる。ハードとソフトへの投資を抑えるために、Cell B.E.をベースにPS4を開発するというストーリーだ。すでに膨大な投資を行なってしまったCell B.E.と、その上のソフトウェアスタックやツールへの投資を、できれば継承したいというのがSCEの狙いだと思われる。今のSCEに、PS3の時と同じ規模の開発投資を、次の世代でも行なうだけの余裕はないだろう。

 また、PS4では、チップ自体の規模も抑え、製造コストを下げる方向へ向かうと見られる。過去2世代のPLAYSTATIONでは、メインの2チップについては、ダイ(半導体本体)が200平方mm前後と大型サイズの高性能だが高コストなチップでスタートし、プロセス微細化とともにチップをシュリンクして製造コストと価格を下げる戦略を取っていた。しかし、PS4世代では、低コストのWiiに対抗するため、最初のマシンから小さなチップで製造コストを下げ、販売価格も下げると予測される。

●SCEはPS4のCPUコア数を抑える方向か

 PS4は、PS3に対してどれだけのパフォーマンスアップになるのか。PS3のCell B.E.は、制御用CPUコア「PPU(Power Processor Unit)」を1個に、演算用CPUコア「SPU(Synergistic Processor Unit)」を7個(本来は8個で、歩留まりのために1個をディセーブル)の合計8 CPUコアを搭載している。そして、Cell B.E.はCPUコアの数をスケーラブルに増やすことで、性能を伸ばすことができるアーキテクチャとなっている。

 では、PS4では、CPUコアが32個といった数字に達するのか。現在のCell B.E.は、90nm版の基本レイアウトを維持したままシュリンクしているため、ダイの縮小の度合いが小さい。90nm版の235平方mmに対して、65nm版は175平方mm、45nm版は115平方mmだ。しかし、PS4チップで再度設計をし直せば45nmでかなりの数のCPUコアを搭載できる可能性がある(東芝はSPUコアの面積を大きく減らしている)。元々のSCEの“イケイケ”プランの通りなら、45〜32nmで24コアや32コアといったCell B.E.に発展する可能性はあった。ムーアの法則の通りなら、32コアに達する。しかし今のSCEは、おそらくそうしないだろう。

Cell B.E.とEEのシュリンク率の違い
Cell B.E.の各世代の比較
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 PS4は、PS3に対して、意外と大人しい性能向上に留まる可能性が高い。SCEが今回計画しているのは、高コストだが高パフォーマンスではなく、コストを抑えつつある程度のパフォーマンスを達成できる方向性だと見られるからだ。製造コストを抑えるため、チップのダイサイズを小さく止め(CPUなら100平方mm台)、Cell B.E.ベースであってもCPUコア数の増加は抑えると予測される。おそらく、現在の8コアから劇的には増えないだろう。プロセスが45nmだとすれば100平方mm台中盤までに納めるには、多くても十数コアに留まる可能性が高い。動作周波数も若干は向上する可能性はあるが、こちらは回路設計やアーキテクチャに大きな手を加えないと劇的には上がらない。そうなると、CPUだけを見ると、生パフォーマンスは現在の2.x倍程度と、それほど劇的には上がらないことになる。

 もっとも、CPUコア数については、まだゲームデベロッパからのフィードバック待ちで、決定はしていない。仕様を決定したわけではなく、リサーチの段階にある。しかし、SCEがPS4では慎重路線を取るという声は、よく聞こえてくる。

 ちなみに、メモリについても、PS3以外の採用事例が少ないXDR DRAMのようなメモリではなく、汎用的なJEDEC(米国の電子工業会EIAの下部組織で、半導体の標準化団体)規格のメモリを使うというプランが浮上していると言われる。これもコスト削減のためだ。ただし、JEDECでは事実上DDR4がキャンセルされ仕切り直しとなってしまったため、PS4のフェイズでは事実上、低電圧版DDR3しか選択肢がない。ただし、DRAMメモリのCPUダイへのスタッキングまたはパッケージ内実装は、SCEも検討している。

Cell B.E.の各世代の周波数と消費電力(シミュレーション)
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●コストを抑えて投入時期を早めるPS4

 SCEは、今世代のゲーム機で、まさかの大苦戦を強いられている。状況は改善されつつあるものの、任天堂のWiiには、新市場を切り開くという今世代機の最大の目的で後れを取っている。膨大な投資を行ない、高コスト&高価格につけたPS3が苦境に陥ったことで、SCEのPLAYSTATION戦略は、大きな変更を余儀なくされつつある。従来のゲーム機の、“勝ちの方程式”が崩れつつあるからだ。

 これまでは、ゲーム機戦争にはいくつかのセオリーがあった。高い初期投資を行なっても性能が高い方が競争上では有利、最初に高価格でも売れて価格を下げればユーザーが広がる、高性能でハードコアゲーマーを引きつければカジュアルなゲーマー層にも時間とともに広がる、といった図式だ。しかし、Wiiの成功で、今のところはそうしたセオリーに疑問符がついている。

 Wiiの成功の理由は、性能はあえて抑えて投資とコストを減らし低価格につけたこと、マンマシンインターフェイスとコンテンツの遊び方で新提案を行なったこと、低価格と直観的なインターフェイスで最初からカジュアルゲーマー層を狙ったことなどだ。Wii以降、もしゲーム機戦争のルールが変わってしまったのだとしたら、SCEも低い開発費と製造コストを狙う必要がある。その上で、カジュアル層を狙った戦略を立てなければならないだろう。SCEが、PS4を比較的低コストなハードウェアにしようとしているとしたら、こうした背景のためだと推測される。また、SCE自体も、久夛良木時代とは異なり、リスクの高いプランを取りにくいため、より投資の少ないプランへと流れる可能性がある。

 SCEがCell B.E.をベースとする、もう1つの理由は、発売時期だろう。今世代機は、ハードウェアとソフトウェアのインクリメンタルな改良が可能であるため、ハードウェアの世代交代はスパンが長いと考えられていた。しかし、現在のSCEの動きが示唆することは、SCEが次世代機の開発を従来と同程度のスパンで計画しているということだ。

 SCEは今回、1年先行したMicrosoftのXbox 360に大きくリードされた。Microsoftは、初代Xboxの時は、SCEより優れた開発環境を整えたにもかかわらず、1年遅れたことで失敗してしまった。Xboxの開発キットをリリースした頃には、大手ゲームデベロッパは既にPS2でのゲームエンジンを作ってしまっていたからだ。そこで、Xbox 360ではPS3に先行することを命題として、世界市場の多くの地域でリードを奪うことに成功した。現在、Xbox 360はPS3に追いつかれつつあるが、市場にかなりの基盤を作ることができた。

 Xbox 360の教訓を生かすなら、SCEはより早く次のマシンを投入する必要がある。ゲーム機では、チップ開発スタートから実際の製品出荷までは最低でも3年以上、通常は4年は必要だ。例えば、SCEが2011年に投入しようとしたら、計画をかなり急ぐ必要がある。そして、速く開発する近道は、既存のアーキテクチャを改良することだ。

●膨大な開発投資を行なったCell B.E.

 Cell B.E.を拡張してPS4に載せようと構想するSCE。しかし、ゲームデベロッパの多くは、現在のCell B.E.のCPUコア数を単純に増大させる方向は望んでいないと見られる。Cell B.E.は、未だに多くのゲームデベロッパから積極的な支持を得られているわけではない。にも関わらずSCEがCell B.E.にこだわるのは、そうしなければならない事情があるからだ。

 Cell B.E.はこれまでのゲーム機向けCPUとは異なる。SCE&ソニーがIBM、東芝とCell B.E.の開発に着手した時の目的は、ゲーム専用ではなく、汎用に使うことができるCPUアーキテクチャを作ることにあった。これまでのゲーム機CPUとは異なり、専用機で1世代毎に使い捨てるのではなく、汎用性が高くスケーラブルに広い市場で使われ、ゲーム以外のソフトウェア資産を花開かせることができるCPUを目指していた。もちろん、ゲーム機についても、1世代だけでなく、複数世代にまたがって使うことを前提としていた。

 そのため、SCEはCell B.E.アーキテクチャの開発に、これまでにない大投資を行なった。つまり、Cell B.E.開発費の償却は、PS3一世代ではなく複数世代で、PLAYSTATIONだけでなく他の機器への転用で、行なうことが初めから織り込まれていたと考えられる。例え、PS4のCell B.E.ではCPUアーキテクチャ自体に改良を施すとしても、ゼロから開発するよりは負担が小さい。SCEとしては、Cell B.E.を使い続けた方が望ましいことになる。

 また、将来の発展を考え、Cell B.E.では、スケーラブルにパフォーマンスを向上させることが容易なアーキテクチャを取っている。CPUコアなどを接続するリングバスの構成を変更するだけで、コア数の増加が可能だ。CPUの基本アーキテクチャを大きく変更しなくても、CPUコア数をスケーラブルに増やして、理論上のピークパフォーマンスを引き上げることができる。

●スケーラブルな展開が容易なCell B.E.アーキテクチャ

 通常のマルチコアCPUでは、CPUコア数を増やすとさまざまな問題が発生する。例えば、キャッシュメモリのコヒーレントを保つトラフィックだけで、バス帯域が食われてしまう。Cell B.E.では、それを防ぐための仕組みを最初から織り込んでいる。ゲームソフトウェア開発者の多くが疑問視する、各CPUコアの専用メモリ「ローカルストア」のアーキテクチャがそれだ。

 Cell B.E.では、各CPUコアにキャッシュを設けず、明示的にアクセスするローカルストアとすることで、CPUコア数増大の足かせとなるコヒーレンシメカニズムの必要性をなくした(逆にIntelのLarrabeeは拡張が容易なコヒーレンシメカニズムを開発したことがポイントとなっている)。将来のワークロードがストリームプロセッシング中心へと移ると、再利用されないデータばかりになるため、キャッシュはほとんど意味をなくしてしまう(先読みバッファ程度)という読みもあった。

 また、Cell B.E.では、各CPUコアが独立したメモリ空間を持つことで、メモリ空間をポータブルにし、ネットワーク上での分散コンピューティングへとシームレスに拡張できるようにした。SPUからメインメモリへのアクセスにはDMAを介さなければならない不自由さには、そうした理由がある。

 Cell B.E.はアーキテクチャ自体が、将来のCPUコアの増加を容易にし、分散コンピューティングまでの道を容易にするためのものだった。Cell B.E.は発展性にこそ強味がある。SCEとしては、次のPS4世代でもこのアーキテクチャを発展させたいと考えるのは当然だ。

 ちなみに、Cell B.E.の開発をSCE(ソニー)、IBM、東芝の3社のエンジニアで行なった米オースティンのSTI Design Centerには、現在、SCEのアーキテクトチームはほとんど残っていないと言われる。PS4アーキテクチャのリサーチのために、いったん本社側に戻っていると見られる。そのため、PS4ではSCEはCell B.E.アーキテクチャを離れる可能性も考えられた。しかし、SCEは、PS4をCell B.E.ベースで検討しているため、リサーチの結果によってPS4の方向性が決定したら、開発を再起動すると推測される。

Cellコンピューティングのビジョン
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●のしかかるソフトウェア開発負担を減らす

 こうした事情から、CPU開発の負担を軽減するためには、Cell B.E.を継続することがSCEにとっての近道だ。しかし、それ以上にSCEが気にかけているのは、ソフトウェア開発の負担だと推測される。

 SCEはPS3で、予想をはるかに上回るソフトウェア&ツール開発の負担にあえいでいる。終わりのないシステムソフトウェアや付帯アプリケーションの開発とメインテナンス。デベロッパの要求に応えきれないコンパイラやツールの開発。果てしないネットワーク経由のサービスの拡張とそれに伴うバックエンドサーバー側のシステム開発。デベロッパの負担を軽減してCell B.E.への最適化を容易にするためのソフトウェアライブラリの整備。マルチコアで1個のCPUが2種類のISA(命令セットアーキテクチャ)を持つ特殊なCell B.E.のプログラミングへの教育。膨大なソフトウェア関連の負担が、SCEにのしかかる。こうした状況は、本体をリリースすれば仕事の半分が終わったPlayStation 2(PS2)までの世代のシステムソフトウェア開発とは、大きく異なる。

 もし、SCEがPS4を全く新しいアーキテクチャで開発しようとすると、これら全てを再びゼロから始めなければならない。そうなると、ソフトウェア開発コストはさらに膨れあがってしまうだろう。それよりは、アーキテクチャを継承することで、ソフトウェア資産とスキルの活用を図る方が得策とSCEが考えた可能性は高い。PS3ではソフトウェア開発を必死に進めた結果、ようやくある程度まで整ったところで、SCEとしては、その積み重ねを捨てたくはないだろう。

 ゲームベンダー側のラーニングカーブ(習熟度)という点からも、アーキテクチャを継続する方が望ましい。今世代機は、ソフトウェアデベロッパ側のラーニングカーブの上昇が緩やかで、特にPS3プラットフォームは難易度が高いと言われている。PS3でのタイトル開発はようやく拍車がかかってきたところだ。しかし、PS4でPS3からの継承性を持たせるなら、PS4ではラーニングカーブを上げやすい。もっとも、ゲームデベロッパ側には、Cell B.E.アーキテクチャ自体を変えないと、一定以上にラーニングカーブを上げられないという声もある。

 もっとも、原理的には、ソフトウェア側の変化とともに、現在の問題はある程度軽減される可能性もある。Cell B.E.の元々の発想は、オブジェクト指向化するソフトウェアに合わせて、1オブジェクトに1 CPUコアを割り当てることができるアーキテクチャを目指すというものだった。粒度の大きなタスク単位ではなく、粒度の小さなソフトウェアオブジェクトを各CPUコアに割り当てることを前提としていた。粒度を小さくすれば、Cell B.E.のSPUのメモリサイズにもフィットしやすいし、原理的にはCPUコア数が増えれば、ソフトウェア側の粒度も小さくしやすくなる。

●PS4はハードスペック以外の魅力を獲得できるか

 Cell B.E.をベースにしたPS4のプランが浮上してきた、SCEのPLAYSTATION戦略。同社は、実力以上に構想を広げたことで失速してしまったPS3の失敗を活かし、PS4のプランを立てている形跡が見られる。しかし、ハードウェアスペックをあまり抑えすぎると、PS3世代との差別化ができず、PS4でも立ち上げに失敗する可能性がある。PS4が、伝えられるような抑えた仕様になるなら、Wiiのようにハードスペック以外の魅力をどれだけ加えられるかがポイントとなるだろう。

Cell B.E.のダイアグラム
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PS3のブロックダイアグラム
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Cell B.E.のダイ

【8月11日】【海外】Cell B.E.と似て非なるLarrabeeの内部構造
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0811/kaigai458.htm
【7月28日】【海外】SCEの消極的なPS3出荷計画とPS2を10年保たせるビジョン
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0728/kaigai455.htm
【2月6日】【海外】ISSCCに次世代Cell B.E. 45nm版が登場
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0206/kaigai416.htm

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(2008年9月29日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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