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社説

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米大統領選―即応力が試されている

 11月4日投票の米大統領選挙に向けてマケイン、オバマ両候補による初の討論会が行われた。

 大手金融機関の破綻(はたん)が相次ぐなど、大恐慌以来の深刻さともいわれる金融危機が広がる。米国民の関心もそこに集まっている。当初、外交・安全保障のテーマで討論することになっていたが、「経済」についての論戦で幕を開けたのは当然だろう。

 共和党のマケイン氏は事態の深刻さを強調し、超党派で対応すべきだとの立場を強調した。対する民主党のオバマ氏は「マケイン氏も支持したブッシュ政権の8年間の失政への最終判決だ」と攻撃し、中間層に手厚い減税案をアピールした。

 米議会では、ブッシュ政権が提案した公的資金による不良資産の買い取り制度案をめぐって審議が難航している。「税金で金融機関を助けるのか」という世論の反発が強く、選挙を控えた議員たちが浮足立っているのだ。

 両候補も買い取り制度の必要性は認めつつも、原案の不備な点を指摘し、注文をつけるにとどまった。それだけ政治的に微妙だということだろう。

 マケイン氏は自らの選挙運動を中断し、オバマ氏にも呼びかけて、ワシントンで制度案をめぐるブッシュ大統領と議会指導部との協議に参加した。

 ただ、いくら超党派で打開をと言ったところで、大統領選の候補者ともなれば選挙への思惑が絡み、あるいはそれと重ねて見られるのは避けられない。結局、事態は打開できず、マケイン氏の作戦が奏功したとは言い難い。

 外交では、「対テロ戦争」をめぐる両者の違いが浮き彫りになった。オバマ氏は「アルカイダを壊滅させることが焦点」という立場だ。アフガニスタンに集中すべきだったのにイラクと戦争をしたのが間違いだったとし、アフガンへの米軍増派を提唱した。

 一方、マケイン氏は、占領政策に誤りはあったものの、イラクは「対テロ戦争の主戦場だ」と強調。昨年来の米軍増派作戦の成功で「われわれは勝利しつつある」と繰り返した。

 内戦状態は脱したとはいえ、イラク安定化の確かなめどが立ったわけではない。マケイン氏の言う「勝利」がどれほどの説得力を持つものなのか。

 アフガンではタリバーン勢力の反攻が広がる。パキスタンと米国の関係にもきしみが見える。この地域全体が不安定化することへの懸念は大きい。

 米ロ対立やイランの核開発、北朝鮮なども話題になったが、基本的な立場を言い合っただけで、深い政策論争にならなかったのは残念だ。

 討論はあと2回予定されている。金融危機にせよ、アフガンとイラクにせよ、米国がどう動くかが決定的な意味をもつ。2人の大統領候補者は、ますます即断即決の対応力が試される。

身体を縛る―原則禁止を広げるには

 本人の同意なしに患者を縛るのは、病院といえどもやはり違法――。名古屋高裁が今月5日、判決を出した。

 愛知県一宮市の病院に入院していた女性患者が、必要もないのに体を拘束されたとして、病院を相手取って損害賠償を求めた控訴審判決は明快だった。高裁は病院に70万円の支払いを命じ、原告側が逆転で勝訴した。

 判決によると、事件が起きたのは03年11月の夜のことだ。圧迫骨折で入院した当時80歳の患者が、看護師にひもの付いたミトン(手袋)で左右の手をそれぞれ覆われ、ひもでベッドのさくに固定された。腰が痛くて上を向いて寝られない患者はミトンをはずそうともがき、手と唇に軽いけがをした。

 患者は看護師を呼ぶナースコールを何度も押して、汚れていないおむつの交換を要求したり、車いすで看護師詰め所に来たりした。患者の意識が混濁し、転ぶおそれがあるので拘束が必要だったというのが病院側の言い分だ。一審判決は病院側の主張を認めて原告の請求を退けた。

 たしかに、病院は介護施設とちがって命にかかわるような患者も少なくない。人工呼吸器や点滴を患者がはずしてしまうようなことは防がなくてはならない。入居者を拘束することが旧厚生省令で原則として禁止されている介護施設と同列には扱えないだろう。

 しかし、拘束が必要かどうかは介護の世界で使われている三つの条件に照らして判断すべきだ、と高裁は指摘した。(1)患者に切迫した危険が迫っている(2)ほかに手だてがない(3)長くは続けず一時的。この三つである。

 この判断はバランスがとれており、病院も受け入れられるのではないか。

 訴えを起こした患者はこれらの条件に当てはまらなかった。自分でトイレに行ける患者には、おむつではなくトイレに付き添い、看護師が寄り添って不満や不安に耳を傾ければ患者も落ち着けたのではないか。

 介護施設では縛らない介護が少しずつ進んでいる。病院でも安易な拘束がまかり通っていないか、見直してほしい。病に苦しんでいる人がさらに苦しい目にあうことがないよう最大限の配慮をしてもらいたい。

 「老人に自由と誇りと安らぎを」と福岡県の10病院が抑制廃止福岡宣言をしたのは10年前だ。中心になった有吉病院では、おむつをやめて患者をトイレに誘導し、鼻からの栄養補給をやめて口から食べてもらう努力をした。生活の質が上がると、患者の「問題行動」が減り、縛る必要がなくなった。

 人手がかかるこの試みは、残念ながら広がらない。医療費の抑制が続くなかで病院の持ち出しが増えるからだ。必要な人手が確保できなければ患者は守れない。高裁判決が突きつけたのは、日本の貧しい医療の現実だ。

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