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2008年9月28日

◎大拙記念館整備へ 面影が浮かんでくるものに

 金沢が生んだ世界的な仏教哲学者・鈴木大拙(一八七〇―一九六六年)の記念館整備が 具体化へ踏み出す。山出保金沢市長が金沢経済同友会との意見交換会で大拙の生誕地の近くで記念館を整備する方針を明らかにしたのである。

 大拙が晩年に講演した録音が残っているが、大きなテーマを金沢なまりで、かんで含め るように話している。それは大拙の本領のように思われる。

 山出市長は「大規模ではなく、華美にわたらず、どてらを着て本に埋もれて勉強した大 拙にふさわしいものにしたい」と述べた。普段着の大拙を大事にしたいとの意味だろう。まさに同感である。大拙の声がどこからともなく聞こえてくるような雰囲気の漂う記念館にしたらどうだろうか。

 大拙の身近にいた人や教え子の幾人かが生きている。その教え子の一人に聞いた話の一 つだが、戦争中、軍服に軍刀の姿で京都に住んでいた大拙を訪ねたら、わしを訪ねてくるのならそんなものを河原に脱ぎ捨てて来い、と厳しくしかられたという。だが、大拙は他方では日本が米国などに理解されるようになったのは戦争をしたからだと話している。ものごとを大局から、いろいろな視点から考えた大拙の一面を端的に伝えるエピソードである。内面の深い世界を、金沢なまりで語る大拙のイメージを尊重してもらいたい。

 記念館が整備される予定地は「本多の森」続きであり、美術館や庭園などもある静寂な 場所である。このあたりの道を「思索の道」として整備する話もあるようだ。

 金沢経済同友会が山出市長に鈴木大拙記念館建設を検討するよう申し入れたのが二〇〇 五年だった。その際、徳田秋声、泉鏡花、室生犀星ら金沢三文豪の記念館がそろっているし、かほく市には大拙の生涯を通しての親友だった哲学者・西田幾多郎記念館もできてきている。大拙を忘れるようでは問題だとの話も出たということだった。金沢の品格というような、今はやりのあやふやな言葉に左右されることなく、大拙の本質、金沢の特質をいかんなく生かした記念館にしてほしい。

◎米の金融危機対策法 合意なければ破たん続く

 公的資金で金融機関の不良債権を買い取る金融危機対策法案について、米国政府と議会 による協議が合意に至らなかったのは、残念というほかない。協議には民主、共和両党の大統領候補であるオバマ、マケイン両上院議員も出席していただけに、金融危機回避へ不退転の決意を示す好機だった。証券大手のリーマン・ブラザーズに続いて、銀行大手のワシントン・ミューチュアルが破たんするなど、金融の危機的状況はより深刻化している。法案の成立にメドが立たねば、金融機関の破たんはさらに続くだろう。

 ミューチュアルは全米十五州に二千二百の支店を持ち、住宅ローンや小口金融業務を行 っている。規模こそ大きいが、日本の信用金庫に似た存在といわれる。ミューチュアルの破たんは、金融危機がウォール街から地方に広がっていることの証しでもある。

 金融危機対策法案は、最大七十五兆円の公的資金で金融機関の不良債権を買い取ること を柱とした強力な金融市場安定策である。ブッシュ大統領は、オバマ、マケイン両上院議員をはじめ議会幹部をホワイトハウスに呼んで、法案可決を要請した。大筋合意の見通しが崩れたのは、マケイン上院議員が公的資金救済を否定し、民間主導で解決する内容の代替案を出したためと見られる。

 だが、政府案のアンコは公的資金の投入にあり、この部分がなければ骨抜きになってし まう。国際通貨基金(IMF)の試算では、サブプライムローンの損失は百三十八兆円に上る。もはや民間の手に負える状況ではないのは明らかだ。損失額は、今月初めより二十兆円増えており、これからも膨らむ一方だろう。この悪循環を断ち切るには、金融危機対策法案の成立が不可欠なのである。

 米経済の悪化は日本の景気回復に決定的な悪影響を及ぼす。八月の貿易収支が二十六年 ぶりに赤字になったのは、エネルギー価格の高騰で輸入が増え、対米輸出に急ブレーキがかかったためだ。今ここで、公的資金の投入を思い切って実行することが米国ひいては世界経済を救う確実な近道になる。


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