医療・介護の崩壊防ぐには正確な実態の開示が必要――大森彌・東京大学名誉教授(3) - 08/09/27 | 16:30 |
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――財源確保の必要性を、国民はどう認識していますか。
イザというときの安心を確保するためには、自然増を含め、これくらいのおカネが必要ですよ、と言った途端に、その財源をどこから調達するかが問題になる。一般論としては、社会保険方式を採っているからといって保険料を限りなく上げることはできない。しかも、他の政策分野の歳出削減で捻出できるかどうか。もしできないとすると、税負担のあり方を議論せざるをえない。ところが、世論調査を見ても、国民は増税を簡単に認めてくれそうにありません。
内閣府政府広報室が7月から8月にかけて実施した「社会保障に関する特別世論調査」(下図参照)からは、社会保障に対する国民の複雑な意識が浮かび上がってきます。社会保障への不満が非常に強い一方で、「給付水準を保つために、ある程度の負担の増加はやむをえない」という人が4割います。しかしこれは、社会保障費が自然に増える部分についての負担増を表しています。「給付水準を保つ」といっても、機能強化に伴う大幅な負担増はやむをえないと言っているのではないのです。国民の意識は分裂した状態にあるといえます。
国民の多くは、医療や介護を充実してほしいと思っており、ある程度の負担増も構わないと考えているでしょう。しかし、社会保障制度の担い手である国の行政機関には非常に強い不信感を抱いている。社会保険庁問題は本当に大きなダメージです。それが政権政党への不信につながっている。国民は、簡単に新たな負担増を認めないでしょう。
――このジレンマを克服するには何が必要でしょうか。
国民に実態をきちんとわかりやすく説明し、国民の健全な常識に訴えるほかありません。たとえば、このところ低所得者対策が話題になりますが、保険料の軽減や高額医療・高額介護合算制度の創設など、低所得者の負担の免除・軽減策は相当にきめ細かくやっているのですが、縦割り行政の迷路の中で極めてわかりにくい。病気になったり、要介護状態になったとき、家計全体でどのくらいの負担に耐えられるのか、負担の上限を再設計すべきです。健全な常識といえば、医師の過酷な労働の実態を知るようになった住民が、現場の医師を守るための活動を起こし始めているのは注目すべきです。
――財源については、どこまで踏み込んで提言を行う考えですか。
必要な財源を保険料の引き上げで吸収するには限度がある。国税のさらなる投入が必要になるかもしれない。しかし、国民会議は増税を目的にやっているわけではない。最終的に、国民に対し負担増をお願いするのは国会と政党です。
問題は、社会保障が国民生活の安心の根幹にかかわっているだけに、それが劣化しているということは、民主政治のレジティマシー(正統性)が減衰するということです。このことを国政にたずさわる政治家はもっと深刻に受け止めるべきです。
(岡田広行 撮影:吉野純治、谷川真紀子 =週刊東洋経済)
おおもり・わたる
1940年生まれ。東京大学教授、千葉大学教授を歴任。社会保障国民会議委員として、医療・介護・福祉分野の提言取りまとめの責任者を務める。
(インタビューは9月上旬に行われました)
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