2008年09月25日 (木)時論公論 「羽ばたけトキ  野生復帰への課題」

■金子キャスター
続いてニュース解説「時論公論」です。
 
新潟県の佐渡市で、きょう、トキ10羽が、自然の中に放たれました。
人工的に育てられ、数を増やしたトキが、大自然で生きていけるのか、
野生復帰への課題について、藤原正信(ふじわらまさのぶ)解説委員です。

■藤原解説委員

 ニュースでもお伝えしましたように、今日、新潟県佐渡市で、トキ10羽が
自然界に放たれました。

トキ色の羽根を翻して、大空を飛ぶトキの自由な姿です。

人の手で数を増やされたトキが、再び野生にもどるいわゆる「野生復帰」を
はたして「はじめての羽ばたき」となりました。

かつては、日本中にいたトキ。佐渡に 残った5羽すべてが捕獲されて以来、
27年ぶりに 再び、日本の大空にトキが舞った、今日は、記念すべき日です。

「絶滅危惧の象徴」ともいうべき野生の鳥、トキが、ふたたび大空に舞った 
意味と今後の課題について、今夜は 考えてみたいと思う。


「トキ」ほど、「野生動物の種の絶滅」とは 何かを、わたしたちに考えさせてくれた
動物がいたでしょうか?

明治以前は 田んぼを中心に、人里に身近に暮らす、どこにでも見られる鳥でした。
しかし、この一世紀、その美しい羽根がわざわいして、大量に捕獲され、
激減していきました。

農薬の影響や、田んぼの整備など環境の変化もあって、いまから5年前に、
ついに、日本で繁殖するトキはすべて姿を消したのです。

トキが「種の絶滅」をまぬかれたのは、幸いにも中国に生息するトキと
種が同じだったことです。

環境省が、「トキ」の遺伝子の塩基配列を調べたところ、99.935%は同じだった。
つまり、日本と中国のトキは、種が異なるほどの開きはないという専門家の見解です。

おそらく、東アジアのいたるところに生息していたトキは、
かつては日本海を越えて飛び交い、自在に 日中交流をしていたのかもしれません。

現在、トキの数は、日本では122羽、中国はおよそ1000羽に増えています。

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野生の大型の鳥を、人の手で増やす。だれも経験したことのない、しかも
失敗はゆるされない人工増殖。日本も中国も 当初は手探りでした。

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どうやって孵化させるのか?ヒナは何をどれくらい食べるのか?
まったく基礎的なデータがない関係者は、懸命の努力を続けました。

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日本では中国からトキの提供を受けて、人工増殖が成功するようになったのは
この10年のことです。
繁殖技術の向上もあり、現在の122羽にまで、人工的に数を増やすことに成功したのです。

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では、大空に舞ったことで、トキの野生復帰は成功したのでしょうか?

答えはまだ出ていません。むしろ、自然の中に戻されたあと、これからが問題なのです。

■ 

トキは、いま大きな課題を抱えています。

①ひとつは、トキの遺伝子の多様性が失われている問題。

②もうひとつは、生息できる環境が整っているかどうかの問題です。

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いま トキは、遺伝子の多様性が失われた「ボトルネック現象」に
直面しています。 それは、

かつて生息数が多かったころ、トキはさまざまな性質を備えた多様な個体がいました。   
 たとえば病気に強い、環境への適応力にすぐれる、繁殖力が旺盛である。などです。

ところが、数が激減すると。その多様な遺伝子は、まるでビンの出口で
 制限されるかのように、

次の世代へと受け継がれることなく、限定された遺伝子のみが生き残る。
  そして残された個体が少なければ少ないほど「近親交配」のリスクが高まります。

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現在の 中国の飼育下と野生状態、あわせておよそ1000羽のトキは、
もっとも少ない時点では、わずか7羽だったのです。

 また日本の場合は、中国からゆずりうけた2羽から、すべてが始まっています。

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今後も、非常に少ない遺伝子の組み合わせから生まれてくる 子孫どうしの
かけ合わせが 続いていくのです。

このリスクは、トキの数をいっそう増やして、中国のトキとの 交流などによって、
長い時間をかけて 多様性が増えることを待つしか、解決方法がありません。

一言でいうと、野生動物は、極端に 生息数を減らしてはいけないことを教えてくれました。


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もうひとつの課題は、トキが生息していくための「自然環境」が 整っているかどうか。

野生復帰が成功するかどうかは、野生動物が 自力で 十分なエサが採れ、
繁殖ができてはじめて見極めができます。


これには、先行するよい事例があります。

兵庫県豊岡市で、3年前に野生復帰をはたした「コウノトリ」です。
いま、コウノトリは飼育個体数100羽、さらに、野生復帰をとげた19羽は、
順調に 子育てに成功して、いまでは28羽に増えています。

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兵庫県立コウノトリの郷公園で生態や行動を研究する大迫義人(おおさこよしと)さん は、
「飼育下ではなかなか出来なかったペアが、野生ではうまく成立している」と言います。

飛ぶ力があるコウノトリは、兵庫県北部の豊岡から南部の宝塚市へ
長距離飛行したものもいましたし、現在も四国の愛媛県や、島根県へ遠征している
個体もいます。

大型の鳥が、生きていくためには、田園の環境で 十分なエサがとれるか 
どうかがカギです。
豊岡では、カエルや昆虫、小魚などが生息する、かつての 日本の田んぼの風景が
みごとによみがえっています。

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そこで 最も重要だったのが 農家の協力でした。
有機農法や、できるだけ農薬を使わない米作り、冬に田んぼに水を張るなど、
豊岡の 農家の全面的な協力が、コウノトリの復活に大きな力となりました。

佐渡の場合は、小佐渡と呼ばれる里山が、地域の人々の協力で、
環境の改善が図られています。
しかし、トキの生息に 適しているかどうかは、トキの判断にゆだねられています。

トキにとってリスクは、まだあります。

「カラス」「ヘビ」「イタチ」など、トキが自然界で出会う野生動物は、
すべてが恐ろしい天敵です。どのように卵やヒナをまもるのかは、学習していません。

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さらに、鳥インフルエンザウイルスへの対策として、環境省では、4羽のトキを
佐渡トキ保護センターから、東京都の多摩動物公園に移動させました。
リスクを分散させようというねらいです。

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幸いなことに、この2つのペアからヒナが生まれ、現在は あわせて12羽に増えました。


環境省では、トキの飼育や繁殖、野生復帰の専門家会合を開き、7年後には
 安定して子孫を残せる数、60羽が定着できることをめざしています。

今日、自然界に放たれた10羽のトキのうち、6羽には衛星で追跡ができるように
発信機が取り付けられています。

また地元住民などの協力で、トキの動きを観察してこれからどのような行動や生態を
みせてくれるのか、しっかりとモニターができる体制をとっています。

自然界に放たれたトキが、かつてのように、どこにでも飛び交う
ふつうの鳥になるかどうか、それは まだ、わかりません。

日本の絶滅危惧の動植物は、環境省のレッドデータで、
現在およそ1100種、そのうち 鳥だけでも100種あまりが絶滅危惧です。

しかし、「種の保存法」で、保護や数を増やす事業が行われている動植物は、
トキやコウノトリなど、わずか70種あまり。

あすにも、身近な鳥が、第二のトキにならないように、わたしたちは、野生動物にも
やさしい自然環境を取り戻すことが求められています。

トキが生きてゆける、多様な生きものと共生できる環境、それは、とりもなおさず
「人間にも優しい自然環境をつくることになる、ということを、
絶滅寸前にまで数を減らしたトキが、教えてくれているのです。


投稿者:藤原 正信 | 投稿時間:23:54

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