2008年7月18日(金)、Y課長Pプレスを退社しました。


この日の午前中、Y課長が会社の向かいにあるコンビニから「自分の私物」を自宅に「個人名」で送りました。


は、Y課長が「会社の重要書類」を勝手に盗み出したのではないかと疑い、女性社員2名をコンビニに行かせ、「先ほどY課長が出した荷物の中に大事な物を入れ忘れたので、いったん持ち帰りたい」と申し出ました。


応対したコンビニの店長は、「個人名で出された物であるし、送り状もないので」と言って断りましたが、彼女たちが食い下がったため、面倒になり、荷物を渡してしまいました。


コンビニ側の対応にも大きな問題があります。


夜になり、Y課長に対して一通の携帯メールを送ってきました。


以下は、その全文です(固有名詞は一部ふせてあります)。




Y○○○様


 本日、貴殿がコンビニエンスストアにて配送依頼をした荷物について、(株)P○○・プレスの業務に係る書類の有無を確認するため、配送を差し止めさせていただきました。


 内容物の確認につきましては、貴殿の立会いの下で実施したいと思いますので、平成20年7月22日10時~17時に当社にご連絡いただきますようお願い申し上げます。


 なお、上記日時にご連絡をいただけなかった場合には、当社社員のみで開封いたしますので予めご了承ください。


 なお、貴殿がお支払いになった送料につきましては、当社でお預かりしております。


 内容物の確認後、問題がないようでしたらお返ししたいと思っております。


 同様の文章を、配達記録郵便にて郵送していることを、念のため申し添えます。


平成20年7月18日


株式会社P○○・プレス


代表取締役社長 T○○○


TEL03-××××-××××




週明けの22日(火)、弁護士に相談すると、「荷物開封の際、政権交代さんが証人として同行すると良いでしょう」と言われました。


23日(水)、僕とY課長Pプレスに乗り込みました。


僕は作業に入る前に、「個人で出した荷物を、コンビニの店長を騙して勝手に差し止め、引き上げて、連絡がなければ開封すると通知してきた。こういうやり方は極めて乱暴で問題があるので、弁護士に相談し、僕が証人として同行しました」と宣言。


結局、箱を開けても特に重要な書類は出てきませんでした。


Y課長は「自分の私物さえ返してもらえれば結構です」と言って、それ以外の物は置いてきました。

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2008年09月25日(木)

結び

テーマ:Pプレス

2ヶ月半に渡って、Pプレスのことを、いろいろと書いてきました。


このような拙い文を多くの方が読んで下さったことに深く感謝します。


当初は5~6回で終わらせるつもりでしたが、いざ自分の見てきたことを時系列に沿って書き始めると、「あれも書きたい、これも書こう」と、どんどん文章が長くなってしまいました。


Pプレスに入社するくだりまでは昔の思い出を語る感覚ですらすらとペンが走ったのですが、その先は慎重になってしまい、なかなか筆が進みませんでした。


そのため、更新が遅れてしまったことをお詫びします。


個人の日記とは言え、ネット上で公開するからには、いい加減なことは書けないので、できる限り事実を、ありのままに再現するように勤めました。


日付や時間が入っている箇所は僕の手帳の記載に基づいています。


会話のやり取りについては、記憶が曖昧な部分は当時のメモを参照し、それでもあやふやな点は関係者に確認しました。


一部に多少の省略や思い違いはあるかも知れませんが、大筋で、そのような内容の会話があったのだとご理解下さい。


それから、実際に自分が見たことと他の人から聞いたこと、そして心の中で思ったことを、きちんと区別できるように書いたつもりです。


この間、たくさんの方が応援や励ましの言葉を下さいました。


なかなか返事ができなくて、申し訳ありません。


一方で、批判的なご意見もありました。


それについて、僕の思うところを書きます。


①「どんな社長なのか入社する前から知っていたのに、入った後で被害者ヅラするのはおかしい。


以前から(Pプレス社長)のことは知っていましたが、社内の実態は外から見ていただけでは全然わかりませんでした。


入社して初めて知ったのです。


それを「甘い」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、どんな会社でも入ってみないと本当のところはわからないのではないと思います。


また、「被害者ヅラ」をする意図もありません。


僕自身がから受けた仕打ちは他の人と比べれば、それほどヒドイものとは思いません。


ですから、個人的にのことを恨んでいるわけではないのです。


社長として滅茶苦茶なやり方をしていることが許せなかっただけです。


決して同情して欲しいのではありません。


この会社に入ったのも、辞めたのも、すべて自分の責任だと思っています。


②「T社長はヒドイかも知れないが、政権交代も大騒ぎしてみっともない。どっちもどっち。世の中には、こんな会社はいくらでもある。


普通、まともな社会人なら社内でなるべくモメ事を起こさないようにするでしょう。


僕も今までに幾つかの会社を渡り歩きましたが、社長とケンカして辞めたことなど一度もありません。


僕自身は、京都出身ということもあり、権力者には滅多なことで反抗しないタイプです。


会社に不満があるならば、ガマンするか、辞めるかのどちらかしかないと思います。


どこの会社にも多かれ少なかれ、イヤな上司はいるし、面倒な人間関係もあるでしょう。


しかし、それは一般的な会社の場合です。


Pプレスでは、社長自らが、ある従業員のことを気に入らないからといって、些細な理由でターゲットにして攻撃します。


それも他の従業員を巻き込むなど、極めて陰湿な方法を使って行ないます。


そうして、最後には無理矢理、退職に追い込んでしまう。


しかも、それが一人二人ではないのです。


こんなことが許されて良いのでしょうか。


お茶を片付けなかったから」、最終的には「即日解雇」されてしまった編集部員の、ものすごく理不尽そうな表情を、僕は忘れることができません。


誰だって生活のために仕事をしています。


自分が致命的なミスを犯したとか、会社が倒産してしまったとかいうのなら仕方ありませんが、社長の気まぐれで、いきなり生活の手段を奪われてしまうんですよ。


みんな、「この会社で頑張って働こう」と決意して入社した、非常に真面目な人たちです。


前にいた会社からの同僚が次々と、そういう状況に追い込まれるのを目の当たりにして、僕は黙って見ていることはできませんでした。


会議の席で社長にいろいろ言ったことを「おとなげない」という人もいます。


その通りです。


でも、そこで自分の考えをぶつけなければ、は問題を認識できなかったと思います。


どっちもどっち」という意見もありましたが、そんなことはありません。


社長は権力を持っています。


気に入らない社員をクビにできます。


けれども、社員は社長をクビにはできません。


そもそも対等な関係ではないのです。


だから、何か言いたいことがある時は、クビを覚悟で「直訴」するしかありません。


まあ、まともな社長に対してなら、そんな荒っぽい物の言い方をする必要はないでしょうが。


労働組合」を作ることも考えましたが、他の従業員がみんな社長のイエスマンなので、「社長の許可は得ていますか?」などと言われかねないと思い、やめました。


世の中には、こんな会社はいくらでもある」という意見について。


確かに他にも、このようなヒドイ会社はあるのかも知れません。


しかしながら、それを放っておくのは「良いこと」なのでしょうか。


そのような会社で悲惨な思いをしている人たちは「諦めるしかない」のでしょうか。


事態を少しでも改善しようと何らかの行動を起こすのは「悪いこと」なのでしょうか。


僕は、そうは思いません。


戦前の日本では、労働者の権利はほとんど認められていませんでした。


だが戦後になって、多くの人たちが「労働条件の改善」を求めて闘った末に、勝ち取られたものがたくさんあります。


現在のように、勝手にクビにならないように「雇用」が保障され、生活に困らない程度の「給料」を受け取ることができ、身体を壊さないように「休暇」を取ることが許されるようになったのは、先人たちの血のにじむような努力の結果だと思います。


の行ないは、それを踏みにじる暴挙です。


明らかな犯罪が行なわれたわけでもないのに会社の内情を暴露するのはいかがなものか」という意見もありました。


もしも、「自殺者」でも出ていれば、マスコミも興味本位で報道するかも知れません。


けれど、そのような事件性が無い場合、むりやり辞めさせられた人たちは、どこに怒りを持って行けば良いのでしょうか。


労働基準監督署」は全く動かず、「裁判」を起こすには大変な労力と費用がかかります。


その人たちは「泣き寝入り」をするしかないのでしょうか。


理由なく職を奪われ、人間らしく生きる権利を侵害されたのに、そんな会社がのうのうと利益を上げている様を指をくわえて見ていなければならないのでしょうか。


そういったことを思い巡らし、悩んだ末に、僕は自分のブログで取り上げることにしたのです。


今では最低限の権利が満たされているため、労働問題について無関心な人が多いようですが、あまりにも理不尽なときには、何らかの手段で闘うことも必要だと思います。


たとえ相手が、かなわないほど巨大な存在であってもです。


映画『スパルタカス』(スタンリー・キューブリック監督)で描かれているように、ローマ時代の剣闘士・スパルタカスは、紀元前73年頃、強大なローマ帝国に対して反乱を起こしました。


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結局、反乱は失敗し、スパルタカスは仲間たちと一緒にはりつけの刑に処されます。


しかし、それから約500年後、あれほどの繁栄を誇ったローマ帝国は、ついに滅亡してしまうのです。


歴史を振り返ればわかる通り、権力を振りかざして好き勝手な振る舞いをした暴君は、必ず悲惨な最期を迎えています。


T社長が同じ轍を踏まないように、元社員として心から祈っています。


(聞くところによると、作家さんへの原稿料の支払いが遅れているそうです。作家さんを大事にしない出版社は成長しませんよ。)


さて、長々と引っ張ってきたPプレスに関する連載も、これで一応、終了です。


もちろん、ここには書けなかったこともたくさんあります。


何かあれば、また書くかも知れません。


ある方から「就職活動に差し支えるよ」という忠告があったので、予告なしに「削除」する可能性もあります。


ありがとうございました。


~終わり~


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2008年09月20日(土)

退職日までの出来事

テーマ:Pプレス

2008年7月1日(火)、Y課長と僕の『退職願』が正式に受理されました。


退職願』は「7月末日付の退職を希望」ということで提出したはずなのに、実際の退職日は予想外に早く訪れました。


これから、退職日までの出来事を簡単に書きます。


7月1日の午後、Y課長と僕は早速、お世話になった取引先の方々のところへ挨拶に行きました。


ある取引先の代表者は次のようにおっしゃいました。


大変だったねえ。Tさん(Pプレス社長)は最初に会った時から社長の器じゃないなあと思ってたよ。だから、この会社は持っても1年くらいかなあと。だけど、あなたたちが辞めるとなれば、もっと早まるかも知れないねえ。これじゃあ、ウチも不安だから、もう取引はしないよ。前金でも付き合えないね。


また、ある大手取次の担当の方は非常に不安そうでした。


今後の御社の出版活動は大丈夫なんでしょうか。独立して1ヶ月で営業が全員、辞めてしまうというのは異常事態ですよね。受注や納品といった最低限の対応はきちんと行なわれるのでしょうか。もし、それさえも行なわれないとなると、ウチも取引口座を開いた意味がないですから。


ある中堅取次では次のようなやり取りがありました。


担当者:「それで後任は、どうされるんでしょうか?


Y課長:「まだ決まってませんが、おそらく営業代行業者に頼むことになると思います。


担当者:「営業代行? ハハハ…。御社の社長さんは出版流通のことを何もご存知ないんですね。ちょっと考えが甘いんじゃないですか。


アニメ系の書店さんに強い、ある取次の方は以下のようにおっしゃいました。


せっかくA出版さんの頃から3年以上もノウハウを蓄積されてこられたのに、残念です。ウチも売れる商材だから大事にしていたんですけど。売り方をちゃんと把握していらっしゃる営業さんは、そんなに簡単には見つからないでしょう。


一方、この日、Pプレスの編集部には新入社員(女性)が入社しました。


ところが、彼女は編集なのに、なぜか「経理」を担当することになったのです。


いわく、「彼女は前職で事務をやっていたので、経理もできます。大丈夫です。


(※それにしても不可解なのは現在、Pプレスがネット上で新たに「経理」を募集しているということです。彼女の手が回らなくなったのか、編集に専念することになったのか、それとも辞めてしまったのか…。)


入れ替わるように、3日(木)、経理のさんが退職しました。


予定より20日も早い退社です。


そして、何と、Nさんから新人への引継ぎは一切、行なわれませんでした。


は、「新人に余計なことを吹き込まれては困る」とでも思ったのでしょうか。


さらに奇妙なことに、T役員(A出版元社長)に対して「Nさんの就職先を紹介してあげて下さい!」と、社内で、他の人たちに聞こえるような大きな声で、何度も頼んでいたそうです。


Nさんは「経理として、やってはいけないことをした」という理由で、辞めさせられたのではなかったのですか。


もしも本当にそうだとしたら、そんな人を他の会社に紹介するなんて、失礼な話ですよね。


は、さんざん批判されたから、「私はNさんのことも、ちゃんと考えてあげているのよ」というポーズを取っているだけなのが見え見えですね。


おまけに、Nさんが最後に会社を出て行く時、花束が贈呈され、社員全員で彼女のことを見送ったそうです。


他の辞めさせられた社員に対しては、なされなかった演出です。


残った社員には、よほど自分のことを「いい人」だと思わせたいのでしょう。


けれども、いくらワザとらしい芝居を打っても、この会社の労働環境が劣悪であるという事実は変えられません。


4日(金)、Y課長と僕は新宿の「労働基準監督署」に行きました。


Pプレスの現状を訴え、我々が辞めた後、残った従業員の労働条件が少しでも良くなるようにと願ってのことです。


我々が訴えたことは次の4点です。


①「残業・休日出勤手当がつかない。


にもかかわらず、編集部員たちは月額20万円前後(税引き前)といった薄給で、月300時間以上勤務させられています。


②「就業規則がない。


③「有給休暇がない。


④「社長が自分の気に入らない社員に懲罰を与えたり、次々に辞めさせたりしている。


中には「お茶を片付けなかった」という理由で顛末書を書かされ、「即日解雇」された人もいます。


しかし、ベテランの相談員さんから返ってきたのは、現実の非情さを見せ付けられるような言葉でした。


①の「残業・休日出勤手当」については、出版の場合は「裁量労働制」が認められているので、残業代を出さないからといって、直ちに違法になる訳ではない。


(※ただし、会社と労働者の間で協定を結ぶ必要がある。)


②の「就業規則」については、「従業員が10人未満」の会社では作成義務はない。


③の「有給休暇」は、会社で定めていなくとも、法律で認められているので、取得する権利はある。


④の、「お茶を片付けなかった」という理由で顛末書を書かされ、「即日解雇」されたことについて。


相談員さんは、「それは悪質ですねえ。裁判を起こせば、きっと勝てますねえ」とおっしゃいました。


でも、それには解雇された本人が、あくまで個人として会社を訴えるしかないとのことです。


つまり、労働基準監督署から会社を指導することはできないそうです。


その他の、いわゆる「パワハラ(=パワーハラスメント。権力や地位を利用した嫌がらせ)」行為についても同様です。


ただ、相談員さんは次のようにおっしゃいました。


その社長は


【人格障害】


ですから、そんな会社はとっとと辞めて、他の仕事を探すのが懸命です。」


なるほど、「人格障害」か。


言い得て妙ですね。


週が明けて7日(月)の夕方、出先から会社に戻った僕は、から次のように告げられました。


○○さん(新人のアルバイトの女の子)に業務の引継ぎを行なって下さい。そうしたら、今日付けで終わりにしていただいて結構です。


書店営業」の後任は雇わないようなので、僕から営業としての引継ぎは何もありません。


今まで苦労して作ってきた書店や担当者のリストは、一軒分たりとも渡さずに引き上げてきました。


それは良かったのですが、「今日付けで終わり」とは、ずいぶん急な話ですね。


もちろん、『退職願』を出しているので、「会社都合」ではなく「自己都合」です。


入社1ヶ月ですから、有給休暇を使えるはずもないので、今月の給料は7日までの分しか出ません。


正直なところ、「やられた!」と思いました。


(帰宅後、家族から「辞めるのは仕方がないにしても、どうして今日付けなの!」と責められました。)


不当だ」と主張して、居座る方法もあったでしょう。


しかしながら、『退職願』を受理されてからというもの、僕とY課長に対するの攻撃は非常に激しく、僕は胃に穴が開きそうでした。


(※後日、あまりにも胃の調子が悪いので、病院に行って胃カメラを飲んだところ、「逆流性食堂炎」が発見されました。)


だから、「今日で終わり」と言われ、ホッとしたのも事実です。


僕は、注文書の処理の仕方など必要最低限の事務について、新人のアルバイトの女の子に説明しました。


そうして、午後10時過ぎ、僕は「短い間でしたが、お世話になりました」と言って、Pプレスを後にしました。


花束贈呈も、社員全員による見送りもありませんでしたよ。


さんとは差をつけられたなあ。


それから約2週間後18日(金)、Y課長Pプレスを退職しました。


Y課長の後任については、が「営業代行か派遣会社に頼みます」と言って、片っ端から業者に電話し、連日、面接を行ないましたが、結局、決まりませんでした。


止むを得ず、Y課長新人の編集部員(女性。上の経理の後任とは別人)に最低限の引継ぎだけをしたそうです。


彼女は今年の春に大学を卒業し、同人アンソロジー(コミック)の編集を希望してPプレスに入社したというのに、いきなり営業に回されて、どんな気持ちなのでしょうか。


今となっては知る由もありません。


彼女は、なかなか人当たりが良いので、営業には向いているかも知れませんね。


出版社と本屋さんがあってね、その間に取次っていう、本の問屋さんがあるんだよ」というレベルから教えたので、心配といえば心配ですが。


現在に至るも正式な営業担当は決まらず、彼女が編集と兼務しながら取次各社を回っているそうです。


残念なことに、最低限の業務だけしか引き継げなかったので、これまでのような積極的な販売促進は望めないでしょう。


先日、ある書店さんに行ったら、コミック担当の方が「Pプレスさんの売れ筋商品が全部、ずっと品切れで困っています」とおっしゃっていました。


在庫が切れた商品は、ちゃんと「重版」しなければ。


既刊の補充注文を取れないままだと、「資金繰り」にも影響しますよ。


頑張って下さいね。


まあ、社長が「営業がいなくても会社は回る」と思っているのですから、何も言うことはありません。


エピソードをひとつ。


Pプレスは、本の発売予定を全然、守りません。


発売直前になってから、何だかんだと理由を作っては発売日を遅らせようとします。


そのたびに、Y課長が必死で取引先にフォローを入れていました。


それも今年の春くらいまでは、「作家さんの体調不良で入稿が遅れた」など、何らかの止むを得ない事情がありましたが、Pプレス独立の前後あたりから、特に理由もないのに、次第に発行日遅れが常態化してきたのです。


ある時、Y課長はたまりかねてに言いました。


そちらにも事情はあるのかも知れませんが、何度も何度も発売日変更ばかり、いい加減にして下さいよ。僕が言い訳するのは仕事だから別に構わないですが、取次や書店さん、そして最終的には読者に迷惑がかかるんですよ。


すると、は泣きながら、こう言ったそうです。


どうして、そんな言い方をするんですか! Yさんが、そんな人だとは思いませんでした!


この人につける薬はないでしょう。


2008年09月15日(月)

退職願③

テーマ:Pプレス

2008年7月1日(火)の午前11時から、Y課長と僕が提出した「退職願」の扱いをどうするかについての話し合いが行なわれました。


参加したのは、(Pプレス社長)・T役員(A出版元社長)・Y課長・僕の4人です。


場所は、なぜか会社から離れた新宿三丁目の喫茶店「」です。


移動中のタクシーの中は重苦しい雰囲気で、誰も口を開きません。


どうして、わざわざ遠くまで連れて行くんだろう?


僕もY課長も、流れる車窓の景色を見ながら、そんなことを思っていました。


店に着くと、我々はあらかじめ予約してあった会議室に入りました。


4人が着席し、僕はインターホンで飲み物を注文しました。


まず、T役員が切り出します。


昨日、Yと政権交代から退職願が提出されたけれども、この二人が辞めるというのはPプレスにとって非常に重大な問題だから、何とか考え直してもらえるように、これから話し合いたいと思う。


あの…。


僕が言います。


入社してわずか1ヶ月で退職するというのは、社会人として非常識なことなのは承知していますが、これまでのT社長のやり方を見ていると、とても付いていけませんし、いったん受理された退職願を撤回するつもりは全くありません。


オレも、この会社が今までと何も変わらないのだったら、退職願を取り消すつもりはないです。


Y課長が続けました。


お二人が、そのようにおっしゃっていることは、私としては受け止めるしかありません。


は、早口でまくしたてるように言いました。


今、受け止めるっておっしゃいましたけど、先日の会議で我々が問題提起をしたことも、結局うやむやにされてしまったじゃないですか。僕も家族があるので、社員を気まぐれでポンポン辞めさせるような会社に骨をうずめるわけにはいきません。


僕が言うと、T役員が少し声を荒げました。


お前さあ、子供じゃないんだから、そんなことばかり言ってても何も進歩がないだろ。もっと現実的な解決策を考えてくれよ。


それに対して、「T社長が好き勝手な振る舞いをできないようにするのなら、オレは考えてもいいですよ」とY課長が応じます。


そこでさあ、オレからの提案なんだけどさあ、例えば、Tの意向だけで決められないように何かルールを作るとかさ…。


T役員がそう言いかけたのを、は直ちに大声でさえぎりました。


それはできません! 経営に関することは私が決めます!


いやいや、そういう意味で言ってるんじゃないよ。


お二人の気持ちはよくわかりました! 退職を撤回するつもりがないのなら、それで結構です! これ以上の人格攻撃には耐えられません! 倒れてしまいます。私だって人間ですから!


言うが早いか、は席を立ちました。


おいおい、ちょっと待てよ! いいから座れよ!


T役員の制止も聞かず、は部屋から飛び出して行きました。


は、よほど自分の決定権を奪われるのが苦痛なのでしょう。


まあ、こういう結末になるのは最初から見えていましたが。


それから、しばしの沈黙。


そして、T役員のため息が聞こえました。


はあ…。


Y課長が「次の話し合いはどうしますか?」とT役員に尋ねました。


次? 次はないよ。終わったな。これで終わりだ…。


そう言って、T役員はうなだれました。


この瞬間、Y課長と僕の退職が正式に決まったのです。


お待たせしました。アイスコーヒー3つとアイスレモンティーです。


店員が飲み物を持って部屋に入って来ました。


遅いよ、もう…。


せっかく引き止めて下さったT役員には大変、申し訳ありませんが、僕はとてもスッキリとした気持ちでした。


まるで、「見えない圧力」から開放された、映画『時計じかけのオレンジ』(スタンリー・キューブリック監督)の主人公・アレックスのように。


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その夜、Y課長と僕は行きつけの居酒屋で飲みました。

オレの3年間は、いったい何だったんだ…。


そう言いながら、Y課長は泣きました。


僕もつられて泣きました。

~つづく~

2008年09月14日(日)

退職願②

テーマ:Pプレス

2008年6月30日(月)の昼前、僕とY課長T役員(A出版元社長)は神楽坂の喫茶店に集まりました。


そこへ、(Pプレス社長)からY課長に電話がかかって来ました。


内容は次のようなものです。


①「回の行動は、よく考えた上での行動なのでしょうか?


②「次の就職先は決まっているのでしょうか? 心配しています。


程なくして、僕にも同じ内容の電話がかかって来ました。


①については、「退職願」を出すというのは、「受理されたら会社を辞めなければならない」ということですから、軽い気持ちで出しているはずがありません。


僕もY課長も、「この会社に残っていても将来はないから」と、よくよく考えた上での行動に決まっています。


②については、急なことだったので、もちろん二人とも次の仕事は決まっていません。


の「心配」は、「ライバル出版社に行かれては困る」ということでしょう。


でも、二人とも生活があるし、「できれば、この業界で働き続けたい」と思っているのですから、もしも「同業他社」に入れるのなら、それに越したことはありません。


いずれにせよ、前にいた会社の社長に、とやかく言われる筋合いはないはずです。


「『退職願を受理しておきながら、わざわざ電話でこんなことを確認するなんて、おかしな話ですよね。


僕が言いました。


そりゃ、Tだって動揺してるんだよ。


T役員が続けます。


オレは最初、Pプレスくらいの規模の出版社で営業が二人というのは確かに冒険だなとは思ったけど、Yも政権交代もヤル気はあるし、お互いのいいところが組み合わされば、きっとうまく回転するんじゃないかなって思ってたんだよ。


T役員はコーヒーをすすりました。


だけど、今お前たちに辞められちゃったら全てがパーだからさあ。何とか、もう一度、考え直してくれないかね。頼むよ。お前だって、やりたい仕事が色々あるって言ってたじゃない。


そう言って、T役員は僕の方を見ました。


販売協力店のことですか?


そうそう。


販売協力店」というのは、僕が提案した企画です。


Pプレスが発行している同人アンソロジー(コミック)というのは、かなり特殊なジャンルなので、どこの書店さんでも扱ってくれるものではありません。


しかし、コミックに力を入れている書店さんや、熱心な担当者がいる書店さんでは、きちんと棚に既刊を揃えて下さっているところもたくさんあります。


そこで、そういった書店さんに声をかけて、特製の販促物を提供したり、ホームページや雑誌(『コミックE』)に店名を掲載したりして、Pプレスの出版物を、よりいっそう売っていただけるようにしようと考えたのです。


書籍を中心に出していて、それなりに歴史のある出版社なら、書店さんとのつながりも深く、こういった「販売協力」や「特約店」といった制度を設けているところも多いのですが、同人アンソロジー(コミック)では、こういった試みをしている出版社はまだありません。


ですから、これが実現すれば、販売力の面で同業他社よりも一歩先を行くことが期待できます。


事前のアンケート調査を実施したところ反応も上々で、既に100軒以上の書店さんから賛同の声をいただいていました。


会議で提案した時は、「こういう企画を待っていたんですよ!」と、も大喜びでした。


ところが今となっては、「リストさえ完成したら僕は用済みになるんじゃないか」と思ってしまいます。


とてもじゃないですが、一生懸命やろうという気にはなれません。


僕がやろうとしていた仕事は他にもたくさんあります。


Pプレスのホームページ上にある「編集部日記」を、編集部の人は忙しくて、なかなか更新できないので、「政権交代さんが書店営業日誌を書いて下さいよ」とに頼まれていました。


僕は以前、A出版にいた時、ホームページ上で『書店営業日誌』を書いていたことがあります。


訪問先の書店さんとのやり取りを自分の雑感も交えて綴った簡単なものでしたが、はそれをいつもチェックしていたというのです。


政権交代さんは本当に書くことが好きですよね。ウチの編集部には、ちゃんと文章を書ける人がいないんですよ。だから、営業でもこれだけ書けるんだっていうのを見せて欲しいんです。


僕の知る限りでは、とても面白い文章を書く編集部員が一人いましたが、その人は辞めさせられてしまったのです。


結局、僕がPプレスのホームページに文章を書くことは一度もありませんでしたが。


代わりに、このブログを書いているというのは皮肉なものです。


それから、「広告の営業をして下さい」とも言われました。


Pプレスでは『コミックE』という雑誌(隔月刊)を発行していますが、部数も少なく、販売率も芳しくないので、収益が上がっていませんでした。


広告も、の昔からの付き合いで2社が出稿しているだけです。


雑誌の場合は広告収入によって赤字を補填するのが一般的です。


僕はA出版で雑誌広告の営業を任されていたことがあるので、ノウハウはわかります。


そこで早速、「広告担当」の名刺を作ってもらい、親しい広告代理店を回ると、ある営業マンが非常に乗り気になり、「オタク向けの市場には興味があるので、頑張って営業をかけますよ」と言ってくれました。


けれども彼は、僕が辞めた後、後任がいないので困っています。


申し訳ないことをしてしまいました。


とにかく、僕もY課長も、もはやPプレスで仕事をする気は完全に失せてしまっていたのです。


ある日のミーティングでの、Y課長とのやり取りを、僕は忘れることができません。


Y課長は「Pプレスを日本一のアンソロジー(コミック)出版社にしましょう!」と言いました。


それに対しては、こう言い放ちました。


何を言ってるんですか! ウチはとっくに日本一ですよ!


平家物語』を引き合いに出すまでもないですが、この世には「盛者必衰の理」があります。


おごれる者は久しからず」です。


社長がそんな心構えでは、たとえ今は日本一であったとしても、すぐライバルに蹴落とされてしまうに違いありません。


今はに対して従順な編集部員たちも、そうなった時には、きっと我にかえることでしょう。


僕はT役員がどんなに引きとめて下さっても、この会社で働き続ける意思はありませんでした。


話を元に戻します。


どうすれば考え直してくれるんだよ。


T役員が言いました。


どうすればって、そんな条件闘争みたいなことをするつもりはありません。だって、退職願はもう受理されてしまったんですから。


僕が言うと、T役員は切り返しました。


いやいや、それは間違いだよ、間違い。Tは、うっかり受理しちゃったんだ。だから正式には受理じゃないよ。預り保留だよ。オレがTを説得するからさあ、頼むから、もう一度、考え直してくれよ。な。


Tが社長を降りると言うのなら、オレは考えてもいいですよ。


Y課長がキッパリと言いました。


いやいや、そりゃ無理だろうよ。


T役員は即答しましたが、少し考え直してから、また口を開きました。


だけど、例えばTが好き勝手なことをできないように、何か一定のルールを作るっていうのは、どうかね?


まあ、確かに就業規則もないような会社ですからねえ」とY課長


な、そうだろ。要するに、今回の問題はTが自分のやりたいようにやってきた結果なんだから、Tの行動に歯止めがきくようになれば、今後こういうことは起こらないだろ。


そうですね。Tが勝手に社員を辞めさせたり、懲罰を与えたりできないようにすれば、それでいいですよ。


わかった。じゃあ、その線で、もう一度、4人で話し合おう。オレがTに連絡するからさあ。


僕はT役員Y課長の話を黙って聞いていましたが、正直なところ、がそんな条件を飲むとも思えないし、いったん「辞める」と口にした以上、そんなみっともない駆け引きはしたくないというのが本音でした。


読者の皆さんも、ここまで長い長いブログを読まされて、「いい加減にしろよ!」と思っていらっしゃることでしょう。


もう少しで終わりますから、よろしければ、どうぞお付き合い下さい。


~つづく~


2008年08月31日(日)

退職願①

テーマ:Pプレス

2008年6月27日(金)、長い会議の翌日。


僕は会社に行くのが、とても憂鬱でした。


昨日は社員みんなの前で(Pプレス社長)を大々的に批判してしまったので、覚悟の上の行動とは言え、はたして今日から、どんな反撃が待っているのか、非常に気になります。


9時30分に出勤すると、はまだ会社に来ていません。


幾分ホッとしましたが、何だか蛇の生殺しのような気持ちです。


Y課長も、おそらく同じような感覚だったでしょう。


そんな落ち着かない気分のまま、小一時間ほどデスクワークをこなしていると、がやって来ました。


おはようございまーす!


予想外に明るい第一声に驚かされました。


そのうえ、異常にブリブリとした振る舞い。


こういう時のは、おおむね何かを企んでいるのです。


やがてはウキウキと作り笑顔で、我々の方に近付いて来ました。


Yさん、○○っていうマンガを読んだことはありますか?


え? ああ、ありますよ。


アレって、いいですよね、前向きで。ああ、前向きに頑張るっていいなあ!


この芝居がかった態度で他愛もない世間話を繰り広げることで、どうやら昨日の一件をなかったことにしようとしているようです。


じゃあ、オレは8月の新刊の件で取次に行って来ます。


行ってらっしゃ~い!


僕は、こんなウソ臭いやり取りを見るに耐えず、いぶかしい表情をしていました。


政権交代さんは、今日はどんなご予定ですか?」


僕も出かけますけど。


ぶっきらぼうに応えると、は少しとまどいを見せました。


え? ああ、あの書店さんに営業に出かけるということですよね。


そうです。では。


居心地の悪い場所から逃れるように、僕は会社を後にしました。


それから、Y課長の携帯に電話をしました。


もしもし、政権交代ですけど。さっきのTの様子を見て、どう思います?


気持ち悪いな。


昨日の話し合いも、なかったことにされそうな感じですよね。


そうだな。向こうのペースに巻き込まれないように気を付けないと。


我々の読みは、どうやら当たっていたようです。


後から判明したことですが、は、T役員(A出版元社長)の携帯にガンガン電話をして吠えまくっていたそうです。


あの二人はいったい何なんですか! どうにかして下さいよ! どうして私が、あんなに言われなきゃいけないんですか! Nさん(経理)だって、実際にミスを犯したのは事実なんですよ! まるで私が一方的に悪いみたいじゃないですか!


結局、人の性格なんて変えようがないということですね。


夕方、会社に戻ると、が僕に話しかけてきました。


昨日の話ですけど、結論から言うと、これからもお二人と一緒にやって行きたいということですよ。


何という手前勝手な理屈でしょう。


様々な問題を投げかけたのは、こちらの方です。


それに対しては、「私なりに整理して考え、今後の方向性を提案します」と言いました。


それなのに、なぜ「結論」をあなたが先に出しているのでしょうか。


僕はがく然としました。


わかりました。今日は、ちょっと用事があるので、話なら今度、Y課長と一緒の時に聞きます。


とりあえず、その場を切り抜けて会社を出た後、僕は高田馬場の喫茶店「」でY課長と落ち合いました。


あれだけオレやT役員や政権交代が言ったのに、今日のTはケロッとした顔をしていたな。


Y課長がアイス・ティーをすすりながら切り出しました。


このままだと、何もかもウヤムヤにされてしまいますね。


あれじゃあ、甘かったということか。


僕は今までいた会社で、社長にあれほど言いたいことを言ったことは、もちろんありません。普通の会社でも、あそこまで言っちゃったら、もう辞めるしかないですよ。まして、相手はTですから。


少しは反省するかとも思ったけどな。


とりあえず、今は僕とY課長にいっぺんに辞められると困るし、他の社員の手前もあるから、何とかして騒ぎを収めようとしてるんだと思いますけど、もう僕らはTに敵対してしまったわけですし、このまま会社に残っても、イバラの道なのは間違いないですよね。」


Tが社長を辞めるなら話は別だけど、それは絶対に無理そうだしなあ。


Tが社長に居座っている限り、やりたい放題ですよね。気に入らない社員は切り捨てるし。僕らも、Pプレスのシステム完成のためだけに利用されて、後は直ちにポイ捨てですよ。


そうだな。こうなったら、もはや退職願を出すしかないか…。


Y課長が宙を見つめながら、つぶやきました。


Y課長が辞めるんなら、僕ひとりが会社に残っても仕方がないですから、僕も退職願を出しますよ。


万が一、引き留められたら、もう一度、Tに反省を促す。


二度と自分の好き勝手で社員を辞めさせるなと…でも、難しいでしょうけどね。


普通は引き留めると思うけどな。


どのみち、社員をこれだけ粗末に扱う会社に未来はないでしょう。僕は辞めても全然、後悔はないですね。こんな会社のために一生懸命、働くのもバカらしいし。


わかった。じゃあ、そうしよう。いつにする?


早い方がいいですね。週明け早々にでも。


月曜日か。わかった。


朝一番に出しましょう。休みの間に準備して。


あっさりと二人いっしょに辞める話になってしまいましたが、それだけ、Pプレスに対する失望の度合いが深かったということです。


このブログでも、さんざん語り尽くしたので、これ以上は書きませんが…。


週が明けて30日(月)、僕とY課長は胸ポケットに『退職願』をしのばせて会社に行きました。


この日、は朝9時30分には出社していました。


Y課長のそばへ行って言います。


あの、ちょっとお話したいことがあるのですが。


何でしょうか?


は少し怪訝そうな顔をしました。


二人が会議テーブルに着いたところで、すぐに僕も駆け寄ってY課長の隣に座りました。


Y課長が切り出します。


いろいろ考えたんですが…。一身上の都合で7月末日付で退職させて下さい。


僕も、一身上の都合で、7月末日付でお願いします。


二人で『退職願』をの前に差し出しました。


中を改めさせていただきます。


はプルプルと震える手で、『退職願』の封を開けました。


そうですか…。撤回はしませんか?


はい。


Y課長が返事をしました。


僕も10年以上サラリーマンをやっていて、会社を辞めたことも何回かありますし、退職願の意味もよくわかっているつもりです。家族にも相談した上で決めたことですので、今さら撤回はしません。


僕が断言したところで、はつぶやくように言いました。


わかりました。残念ですが…。では、引き継ぎ等に関しては、また改めて相談させて下さい。


(おっ、すんなりと受理されちゃったよ。)


僕とY課長は顔を見合わせました。


それから、我々は会社を出ました。


お世話になった方々に挨拶をするためです。


Y課長が、まずT役員に電話をし、今朝の出来事を説明しました。」


おいおい、お前たち、ちょっと待ってくれよ!


電話口でT役員が慌てているのが、隣の僕にも伝わって来ます。


取り急ぎ3人で話し合うことになり、1時間後、我々は神楽坂の喫茶店「」に集合しました。


何か、あっさり受理されましたよ。


Y課長が言いました。


いやいや、そういう問題じゃないよ。大体さあ、こういう場合、普通は受理しないもんだよ。保留とか預かりとか何とか言ってさあ。Tは全然わかってないんだよ、事の重大さを…。


T役員は頭を抱えています。


今まで社員を辞めさせてばかりだったから、引き留め方を知らないんじゃないですか。


僕が軽口を言っても、T役員は真面目な顔を崩しません。


笑い事じゃないよ、まったく。」


そのとき、Y課長の携帯が鳴りました。


もしもし…。


それはからの電話でした。


~つづく~


2008年08月24日(日)

反逆者③

テーマ:Pプレス

2008年6月26日(木)、夕方。


Pプレスの社内では、(Pプレス社長)が席を立った後、T役員(A出版元社長)・Y課長・僕の3人が会議テーブルに取り残されました。


そして4人の編集部員(すべて女性)が、それを囲むように座りました。


T役員が編集部員たちに語りかけます。


皆さんはまだ若いから、わからない部分もあるかも知れないけど、会社っていうのは色んな人がいて、それぞれの役割を果たしているんだよ


先程までの激しい口調とは打って変わって、噛んで含めるような語り口です。


Pプレスみたいな小さな会社では一人一人の役割が非常に重くて、特にYの場合、実際には部長以上の働きをしているんだよね。だから、気に入らなかったらクビにすればいいとか、そんな簡単な問題じゃないんだよ。Yを辞めさせるってことは会社をつぶすことになるんだよね。


みんな黙ってT役員の話を聞いています。


なぜなら、取次だけじゃなくて印刷屋も製本屋も、みんなYのことを昔から知っているんだよ。ウチの会社でどんなポジションかってこともね。それが入社して一ヵ月で辞めたなんてことになると、取引先が不信感を持っちゃう。取引条件を見直されたり、様々な影響が出てくるんだよ。


厳しい社長の下で鍛えられたおかげか、彼女たちが話を聞く態度は非常にしっかりしています。


だから、Yが気持ち良く仕事に取り組めるようにしてやることが大事なんだよね。


ちょっと、いいですか。


ある編集部員が言いました。


私は仕事にあまり感情を持ち込まないタイプなんですが…。


(確かに、そんな感じがするな。)


元A出版の人たちは、なぜそんなに気持ちを大事にするんですか。


あのね…。


僕が応えます。


「『気持ちとか感情を、何か悪いことのように捕らえているみたいだけど、例えば一生懸命やるとか死ぬ気で頑張るっていうのも立派な感情でしょ。気持ちがこもってなければ、いい仕事はできないよ。映画モダンタイムス』(チャールズ・チャップリン監督)みたいに、ベルトコンベアで延々と製品を組み立てるだけなら感情は邪魔かも知れないけど。


……。


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今度は僕から聞くけど、前のミーティングの時にNさん(経理)の仕事量が少ないって言ってたよね。どうして、そんなことがわかるの?


T社長とNさんの会話を聞いていれば、わかりますよ。


いや、だけど○○さんは経理の仕事をやったことはないでしょ? 編集のことなら言えるかも知れないけど。実際にやったことがなければ、話を聞いただけで判断はできないと思うよ。


……。


それに普通はね、仕事量が少ないからって、その人の能力が低いなんて言うのはおかしいんだよ。会社は社員を雇った以上、ちゃんと仕事を振る責任があるんだから。でも、この会社では、それを社員のせいにしてポンポン辞めさせるでしょ。


そういう風に見えるのは今まで政権交代さんが外部にいたからです。


彼女は予想外に食い下がってきます。


いやいや、外にいた時は全然わからなかったよ。中に入って実態が見えたから言ってるんだよ。


最近たまたま辞める人が続いたから、そう見えるのかも知れません。でも私は、これまでに辞めた人の経緯を知っていますが、T社長はそんな非人情な人じゃありませんよ!


(これは完全に「洗脳」されているな。)


いやいや、そんなことないよ。Y課長に飲み会で私に説教をしたから始末書を書きなさいなんて言ったじゃない。


そうそう…。


T役員が言います。


オレはサラリーマン時代に一度だけ始末書を書かされたことがあるんだけどさあ。オレが出版社で雑誌の広告担当をしていた頃、ある自転車メーカーの広告があってね。自転車の値段が本当は1万5000円なのに、オレが校正の時に間違いを見逃して、1500円で雑誌に載っちゃったんだよね。


へえ~。


T役員の話を、みんな興味深そうに聞いています。


それが200万部くらい出てた雑誌だから、メーカーからエライこと怒られちゃってさあ。収まりがつかないから、始末書を出せって上司に言われたけど、その時だけだよ


僕も10年以上サラリーマンをやっているけど、始末書なんか一回も書いたことはないよ。


オレだって一度もないね。


僕とY課長が口を揃えて言いました。


だけど、T社長がどんな意図を持って始末書を書きなさいと言ったのかは本人に確認しないとわかりませんから。T社長を呼んできます。


いやいや、だから普通は、そんなことで始末書なんか書かないんだよ。


だって、ここはT社長の会社ですよ!


彼女はを呼びに行きましたが、僕たち3人は呆気に取られてしまいました。


この辺りから、編集部員たちは入れ替わり立ち代わり、席を立つようになります。


奥で何か相談でもしているのでしょうか。


やがてが席に戻ると、まるで借りてきた猫のようにシュンとしています。


さんざん批判されたのですから無理もないでしょう。


他人を追い詰めるのは得意でも、自分が追い詰められるのには慣れていないのかも知れません。


Y課長は…。


少しの間の沈黙を破って僕が話します。


カラオケに行っても販促用のポストカードの話をするくらい、いつもPプレスのコミックスのことばかり考えていたんですよ。こんな熱心な営業マンは他にいませんよ。そもそも、Pプレス独立にY課長がどれだけ貢献したか考えてみて下さい。よく始末書を書けなんて言えますね!


今まで色んなことがあったけど、ようやく新天地で自分の力を発揮できると思ったのに、こんな仕打ちを受けて心の底から失望しましたよ。オレは全然、信用されてなかったんだなって」とY課長が続けます。


そんなこと、ありません…。


が蚊の鳴くような声で言いました。


世の中には色々な会社があって、色々な社長がいるんだろうけど、こんなの明らかに常識から外れてますよ。まるで私が法律じゃないですか」と僕。


本当に、仕方なかったんです…。資金繰りや経営のことで頭がいっぱいで、つい…。


資金繰りって…。


Y課長が切り返します。


A出版の最後の社長(T役員とは別人)は、四つも五つも会社を経営している人で、倒産間際なんか、そりゃ資金繰りも大変だったと思うけど、そんなこと社員の前ではおくびにも出しませんでしたよ。オレなんかにも、いつもおう、頑張ってるか!って声を掛けてくれましたから。


僕だって今まで何人かの社長にお世話になりましたけど、どの方も、もっと社員を大事にしていましたよ。そんなに簡単にクビを切ったりしませんよ。一つの仕事ができなくたって、他のことで能力を発揮できるかも知れないし。僕が言っても説得力はないですけど、そうですよね?


僕が目を向けると、T役員は静かにうなずきました。


学生時代にA出版で働いていた時、僕は不良バイトで、社員の人からもこのままだと、あなたはクビになっちゃうよとまで言われてたんだよね…。


僕は、今度は編集部のみんなの方を向いて話し始めました。


だけど、当時社長だったT役員がアイツに仕事を任せてみようって言って下さって、それが認められたから僕はA出版で正社員になれたんだ。僕は大学を留年して、おまけに中退までしちゃったから、就職活動もままならなくて。T役員がいらっしゃらなかったら、社会人になれなかったかも知れない。だから、僕はT役員には本当に感謝してます…ううッ…。


話しているうちに感極まって、思わず声を詰まらせてしまいました。


すみません…。


ハンカチで涙をぬぐい、顔を上げると、編集部の新入社員がもらい泣きをしています。


僕はに向かって言いました。


それに引き換え、あなたは何なんですか! 社長の責任なんて言葉を軽々しく口にしながら! Y課長やNさんに対するあなたのやり方を、僕は人間として黙って見ていられなかった! あまりにもヒド過ぎるじゃないですか! みんな生活があるんですよ! もしY課長を辞めさせるなら、僕も辞めますから!


……。


は何も言いません。


社内を沈黙が支配しています。


それをY課長が破りました。


さっきから、みんな黙って聞いているけど、これまでの話を聞いて何か思うことはないの? どうして何も言わないの?


皆さんのおっしゃっているのが、とても納得できることなので、何も言えなかったんです。


先程とは別の編集部員が応えました。


何と当たり障りのない回答でしょうか。


もしかすると、「攻撃」と「懐柔」という役割分担ができているのかも知れません。


時刻は午後6時に差しかかろうとしていました。


話し合いを開始してから、既に3時間近くが経過しています。


T役員が言いました。


そろそろ時間も押し迫って来ているから、結論を出さないと。最後に何か言いたいことはあるかね?


言いたいことはただ一つ、もっと社員を大事にして欲しいということです…。


僕が切り出しました。


はい…。


は声を絞り出すようにして返事をしました。


今日はここまで言ってしまったので、もはや僕は反逆者ですよ!


反逆者だなんて思ってません…。


ウチに帰って今日の出来事を話さないといけませんよ。もしかしたらクビになるかも知れないって!


あの…。


例の「懐柔役」の編集部員が言います。


お二人が安心してご自宅に帰れるように、T社長から一言おっしゃれば良いのではないでしょうか。


一瞬の間ののち、は「今回のことでお二人をクビにしたりはしません…」と口にしました。


わかりました。社長の言葉ですから、信じます。


よし、そろそろまとめるか」とT役員


今日、ここで出た色々な話を私なりに整理して考え、今後の方向性を提案します。


が神妙な面持ちで言いました。


じゃあ、そのうえで、もう一度よく話し合うということで、今日は終わりにするか。お疲れさん。


長時間の話し合いでしたが、何だかキレイにまとまりました。


僕もY課長も一抹の不安を覚えながら。


もちろん、程なくして、その不安は的中することになるのですが。


~つづく~


2008年08月17日(日)

反逆者②

テーマ:Pプレス

2008年6月26日(木)、午後3時から社内で始まった話し合い。


僕は、社員みんなが聞いているところで、(Pプレス社長)の行なった悪事を洗いざらい暴露してやるつもりでいました。


結果的には、この試みは何の意味も持たなかったことになるのですが…。


さて、前回の続きです。


僕の言葉を聞いて見る見るうちに形相を変えたは、「私が全て悪いと言いたいのですね!」と言い放ちました。


は、他人のことを自分の「」か「味方」に分けることしか知らないようです。


僕は、もはや完全に「」になってしまいました。


いやいや、そんな単純な問題じゃないでしょう!


僕は続けました。


Nさん(経理)に対しても滅茶苦茶じゃないですか! そもそも資金繰り表を見せようとしたのは、そんなにいけないことなんですか!


えーッ! だって最初にこれだけは見せないでくれって言ってありますよ!


でも、コピーして外部の人に渡したわけじゃないんでしょう! ウッカリってこともあるじゃないですか!


ウッカリって言ったって、彼女は経理なんですよ! じゃあ、ウッカリ金庫のお金に手を付けてもいいって言うんですか!


それは話が飛躍し過ぎでしょう!


僕はT役員(A出版元社長)に尋ねました。


「『資金繰り表を見せようとしたっていうのは、そんなに悪いことなんでしょうか。


う~ん、普通は資金繰り表なんてのは、あんまり人に見せるもんじゃないよな。


ほら!


だけど、T自身が銀行融資とか、カネの話を社内で比較的オープンにしているからさあ。そういう環境の中だったら無理もないんじゃないの。


確かには、「ちょっと、みんな聞いて~! ○○銀行から××万円の融資が決定したよ~! わ~い!」などと、いつも社員全員の前ではしゃいでいました。


それでは、Nさんの行為は決定的なことではないんですね。


決定的なことじゃないよ、ちっとも。


しかも、Nさんは「資金繰り表」を「見せようとした」のではなく、わからない部分をY課長に「質問しようとした」だけなのです。


僕は再びの方を向きました。


大体やり方が汚いじゃないですか! 本人のいない所でカギかけてミーティングやって吊るし上げですよ! こんなの完全な欠席裁判でしょう! 一方的過ぎますよ! ちゃんと本人の言い分も聞かなきゃフェアじゃないでしょう!


ああ、わかりました! だったら本人の言い分を聞けばいいんですよね! Nさ~ん


はーい。


ちょっと待て!


T役員が制しました。


気持ちはわかるけど、今日はY(課長)の件で集まってるんだよ。話が広がり過ぎるから、Nくんのことは、ちょっと後にしてくれ。


わかりました。


そうは応えたものの、まだ話に区切りが付いていません。


Nさんだって今まで一生懸命やってきたのに、たった一回のミスで、あれだけギャアギャア言われたら、そりゃ辞めたくなりますよ! 本当は最初から辞めさせるつもりだったんじゃないですか!


一回のミスだけで辞めさせたりはしません!


一回とか二回とか、回数はどうでもいいんですよ! そりゃ人間なんだからミスはするでしょう! だけど社員として雇ったからには少しくらいのミスはあっても、ちゃんと育てて使っていくのが社長の責任なんじゃないですか!


私、そんな些細なことで彼女を責めた覚えはありません!


今、些細なことで彼女を責めたことはないっておっしゃいましたけど…Y課長が言いました。


前に、私が冗談を言った時、みんなは拍手したのに、Nさんだけ拍手をしなかったって文句を言ってましたよね。これって些細なことじゃないんですか。


それは…。


さすがのも、少しおとなしくなってきました。


Y課長が続けます。


オレのことだって降格させるって言ってたとか、オレは知らないと思ってるんだろうけど、政権交代から全部きいてるんですよ。オレがいない所で話してたこと全部。


今度は僕が切り出します。


それだけじゃないですよ! お茶を片付けなかったから即日解雇とか○○さん暴言録を部下に作らせたり、飲み会で私に説教したから始末書か、社長だからって何やってもいいんですか! こんな会社、見たことも聞いたこともない!


独裁者』(チャールズ・チャップリン監督)という有名な映画があります。


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この中で、独裁者(モデルはヒトラー)が「私に意見を言った」という理由で自分の側近を逮捕させ、収容所送りにするシーンがあります。


その時、側近は独裁者に対して次のように言います。


無実の人間を逮捕すると、必ず報いがありますよ。


このセリフの「逮捕」を「解雇」に置き換えれば、まさにPプレスに当てはまるのではないでしょうか。


大事な人材を社長の気まぐれで次々に切り捨てるような会社が、繁栄するはずはありません。


独裁者が例外なく悲惨な結末を迎えることは歴史が証明しています。


話を元に戻します。


T役員が言いました。


この会社を見ていると、ものすごく閉鎖的な感じがするね。出版社なんだから、もっと風通しを良くして、自分の意見を自由に言えるようにしないと、いいものは作れないよ。


T役員は非常勤の取締役なので、Pプレスに顔を出すことは週1~2回しかありません。


そのため、の暴走を止められなかったことを非常に後悔されていました。


私は、ちゃんとみんなの意見を聞いています。


いやいや、そんなことはないね。始末書とか降格とか、すぐに懲罰に走る。そういった環境で自由に物を言える訳がないよ。


……。


オレが前から言ってるだろ、イエスマンは信用するな。意見を言うヤツを大事にしろって。意見を言うってことは、それだけ真剣に考えてるってことなんだよ。だから、そういうヤツの話は耳が痛くてもちゃんと聞くべきなんだよ。


だけど仕方なかったんですよ。私だって忙しかったんですよ。資金繰りのことで頭がいっぱいで、そこまで余裕がなかったんですよ!


いやいや、それはオレも社長だったことがあるから、資金繰りの大変さはわかるけどさあ、そういう問題じゃないんだよ。もっと頭を冷やしてさあ…。


大体、こんな風に私が必死で資金繰りに頭を使わなければいけなくなったのはT役員が面倒を見て下さらなかったからじゃないですか!


は? 何を言い出すんだよ!


これほどまでT役員にお世話になっておきながら、都合が悪くなれば責任を押し付けるとは、この人の頭の中は一体どうなっているのでしょうか。


だって私が相談したことも、ずっと放置されてたじゃないですか!


何を言ってるんだよ! そんなことはねえよ! それに今の話とは関係ないだろ!


は半泣きになりながら叫びました。


わかりました! そんなに私が悪いとおっしゃるんなら、みんなの意見を聞いてみて下さいよ! 私が本当にみんなのことを考えていなかったのか! 私は席を外しますから!


おいおい、ちょっと…。


みんな、集まって~!


はーい!


が席を立つと同時に、社内にいた4人の編集部員が会議テーブルの前に集結しました。


~つづく~


2008年08月13日(水)

反逆者①

テーマ:Pプレス

2008年6月26日(木)、正午を過ぎて、経理のNさんがお昼休みに出かけると、T(Pプレス社長)の指示で会社の入り口にカギがかけられました。


どうやら、これから内輪のミーティングが始まるようです。


社内にいるのは、編集部でいちばん古株の女子社員二番目に古株の女子社員新人の編集部員(女性)・新人のアルバイトの女の子6人です。


僕がここにいるということは、勝手に「こちら側の人」だと思われているのでしょうか。


が切り出しました。


今日、3時から、社内でY課長との話し合いを行ないます。みんなも知っているように、Y課長はおととい、会議中に会社を飛び出しました。それから会社に顔を出していません。


(いや、それは取引先に直行したからでしょう。)


今、話し合いができるような精神状態なのかもわかりません。


あの…」僕が言います。


昨日も一昨日も、Y課長と話しましたけど、別に普通の状態ですよ。話し合いができないということはないですね。


そうですかは僕を一瞥して続けます。


まず、話し合いのテーブルに着いてもらえないとどうしようもないですからね。


テーブルに着かせた後、どうやって自分の想定したシナリオ通りに話を進めるか、はそればかりを考えているようでした。


は、例えば取引先との交渉の時など、いつも3パターンくらいのシナリオを用意します。


それを考えるために徹夜することもあります。


以前、T社(Pプレスが販売を委託していた出版社)と取引条件を決めるために話し合いを持った際も、そうでした。


そして、自分が司会進行役をして、相手に反論の隙を与えず、強引に自らに都合の良い結論に持ち込むのです。


しかし、いくら徹夜で三通のシナリオを考えたとしても、人間はシナリオの通りに動くとは限りません。


途中でアドリブが入って、ストーリーの流れが全く変わってしまうこともあります。


今回も、Y課長を押さえ付けようとして「始末書を書きなさい」と命令したら、予想外の反発がありました。


これからY課長が一体どんな行動に出て来るのか読めない。


それが怖いのでしょう。


話をミーティングの場に戻します。


とにかく、私はY課長が話を聞いてくれる状態になるまで、ひたすら謝ります。そうして、話ができる状態になったら、Y課長の気持ちを聞きます。Y課長が何を望んでいるのか。でも、それが経営権に関わることだったら、ごめんなさい、それだけはできませんと言って収めるつもりです。


は、自分が考えた「Pプレスの販売部門のシステムを完成させる」ためのシナリオからY課が「脱線」してしまったので、それをいったん元に戻したいのでしょう。


けれども、元に戻した後は、これまでの例から見ても分かる通り、「ハッピー・エンド」はありません。


Y課長は、もはやPプレスにとって最大の「反乱分子」なのですから。


ここにいる編集部員たちは、そのことを理解しているのでしょうか。


みんなはY課長にどうして欲しいと思いますか?


は、そこにいる編集部員を一人ずつ順番に指名して発言させます。


Y課長に戻ってきて欲しいです。


Y課長と一緒に働きたいです。


新人の二人は同じようなことを言いました。


彼女たちが新しい職場に慣れようと必死で頑張っているのは僕も認めます。


だが、Pプレスという会社にとってY課長の存在がどれほど重要なのかを、新人の彼女たちがきちんと理解した上で判断できるはずがありません。


つまり、本来なら、こんなことを聞いても意味がないのです。


彼女たちには申し訳ありませんが、しょせん、の書いたシナリオに沿って動かされている登場人物に過ぎないのです。


以前、こんなことがありました。


T役員(A出版元社長)が、ある編集部員(女性)に仕事を手伝ってもらったところ、非常に手際良くテキパキとこなしてくれたので、彼女のことを褒めたそうです。


するとが、「彼女のことを勝手に褒めないで下さい! 私は、編集部全体が一つのチームになるように、一人一人の育て方まできちんと考えています。それを無視して褒めて、舞い上がられてしまうと、その組み立てが狂ってしまいますから!」と言ったというのです。


ナチス・ドイツもビックリの「全体主義」ぶりです。


この会社では、「人間の感情」も社長の許可なく表現してはいけないのですね。


話を再び元に戻します。


今度は、の編集部員(女性)が言いました。


あの、ちょっとよろしいでしょうか…。


どうぞ。


彼女は美大出身で、話していても非常に幅広い才能を感じさせる人です。


ただ、の忠実な手下であるというのが最も残念なところです。


Y課長の今回の行動は、普通の会社ならクビになってもおかしくないことですよね。


そうですね。


(普通の会社なら、会議を飛び出しただけでクビにはならんぞ。)


Y課長は会社を辞めようと思っているんじゃないでしょうか?


いやいや、それはないよ」僕が切り返しました。


だって、Y課長は3年間もPプレスのコミックスを一生懸命、売ろうと努力してきたんだよ。この仕事に誰よりも愛着を感じているだろうし、続けて行きたいと思っているに決まってるよ。


正確には、「この会社は大嫌いだが、この仕事は大好きで、非常に困っている」といったところですが。


そうですか。それならいいんですけど…。


その時、入り口のドアがガチャガチャと音を立てました。


昼休みに出ていたNさんが戻ってきたようです。


さんはカギを取り上げられたので会社の中に入れないのです。


新人のアルバイトの女の子が急いでドアを開けました。


が声をひそめます。


みんなにはわかって欲しい。私は資金繰りで忙しくて、みんなの話を聞く時間は確かにあまり取れなかったかも知れないけど、みんな仲良く倒産しちゃったら、誰も幸せになれないんです。それなのにY課長は…。


また同じ話が始まりましたね。


あの、すみません」僕は言いました。


Y課長を抜きにして、ここでいくら話していても何も進展しませんし、もういいんじゃないですか。3時からの話し合いは長丁場になりそうですから、その前に腹ごしらえもしたいですし。


先ほどから、猛烈にお腹が減っていました。


腹が減っては戦はできません。


わかりました。それでは3時からの会議ですが、最初は4人で話すことになると思います。必要なところで声をかけるので、その時は皆さん、よろしくお願いします。


(どこまでも出来レースだな。)


それから、僕は会社の近くのRハットに行って、いつものように「長崎ちゃんぽん」を食べました。


やがて3時になり、T役員Y課長が会社に姿を現しました。


そうして、T役員Y課長の4人が会議テーブルに着きます。


まず、T役員が次のように話しました。


今回は、ちょっとした行き違いがあったけれども、TもYも、会社を良くして行きたいという気持ちに変わりはないはずだから、今日はしっかりと本音で話し合って、また前向きに仕事を進められるようにして欲しいと思う。


わかりましたが応じます。


それでは、まず始めに、Yさんの気持ちをお聞かせ願えますか。


僕の気持ちですかY課長がキッと顔を上げてを見ました。


それは、この前お話した通りです。Yさんにぜひ来て欲しいと何度も言っておきながら、いざ入社してみると、良かれと思って言ったことに対して、始末書だ!と。いったい人を何だと思ってるんですか。


Y課長は冷静に話していますが、怒りの気持ちが言葉の端々に溢れています。


ですから、それについては誤解があったと思うのですが…。


は人に頭を下げるということが一切できないようです。


さっきは「まず、ひたすら謝る」と言っていたのに、また言い訳を始めました。


Y課長は心の底からウンザリした表情です。


とにかく、Yさんの力が必要なんです。


そんなこと言われても全く信用できませんね。


Y課長が僕の方をチラッと見ました。


お前も何か言え」というサインです。


実は、Y課長と僕は事前に相談して、「今日は、どんな事態になろうとも、思っていることを全部、Tにぶつけよう」と決めていました。


このままでは、のインチキなシナリオ通り、今回のことはウヤムヤに済まされてしまうでしょう。


そうすれば、Y課長Pプレスのシステム完成のためだけに利用され、最後は「反逆者」として処分されてしまいます。


何とかしてシナリオを書きかえないと。


僕は切り出しました。


だけど、T社長はY課長が辞めたらTコンサルティング(営業代行業者)に頼むからいいって言ってましたよね。


え? え


が、「突然、何てことを言い出すの」という顔で僕を見ました。


いや、そんなこと…。


言ったじゃないですか、そこのベランダで! それから、Y課長が辞めてB出版(ライバル出版社)に行ってしまうのは困るけど、じゃなきゃ別にとも言いましたよね!


そんなこと言ってません…。


いやいやいやいや、言いましたよ! 僕はちゃんと聞いてるんですから。


はわなわなと震えているようでした。


さっきだって、とりあえず謝ってY課長の気持ちを静めるとか言ってましたけど、要するに口先だけってことでしょう! そんなんじゃY課長はまるっきり浮かばれませんよ! どうなんですか!


は僕をにらみつけました。


~つづく~


2008年08月02日(土)

社長の横暴⑥

テーマ:Pプレス

2008年6月26日(木)、今日もY課長は取次(本の問屋)に直行でした。


(Pプレス社長)は、朝から異常にピリピリしています。


どうやら、Y課長が今、どんな様子なのかわからないのが不安でたまらないようです。


部下をつかまえては、例のベランダで長々とヒソヒソ話をしています。


この会社では、社内で何かモメ事が起きると、こうして全員が借り出されるので、そのたびに事務作業が停滞してしまうのです。


僕も当然、呼び出されました。


しかし、そこで繰り広げられるのは、「私は社長として、まずは、この会社のシステムを構築しなければなりません。そのためには、指示系統の混乱を避けなくてはいけない。今回のような誤作動を防がなくてはならないのです」という、相変わらず当のY課を無視したお話でした。


それにしても、「誤作動」とは…。


Y課長が「僕だって人間なんですよ!」と叫んで会社を飛び出したというのに、の口から、こんな言葉が出てきている時点で、この問題の解決は難しそうです。


実は、この日の午後3時から、T役員(A出版元社長)・Y課長・僕の4人で話し合いが持たれることになっていました。


の本音は、「Y課長が自分と並ぶ権力を持ってしまうのは絶対に困る」けれども、「今、Y課長に会社を辞められるのも困る」といったところでしょう。


そこへ、T役員からに電話がかかってきました。


今日の3時からの打ち合わせですが、社内で行ないたいと思います」とが言います。


こういう微妙な内容の話し合いは、他の社員に聞かれないように喫茶店などで行なうのが普通だと思うのですが…。


いえ、他に適当な場所もないので、社内で、みんなの前で開きます。失礼します。


が押し切りました。


どうやら、小心者の独裁者は、自分の手下を固めて、「数の力」で「反乱分子」を抑え込むという方法を選んだようです。


は、社内で誰が何を考えているかを、完全に掌握しておかないと気が済まない人でした。


そのためには、どんな手段でも使います。


以前、こんなことがありました。


編集部の女性社員2名が、Y課長に、「販売部の方とコミュニケーションを取りたいので、今度、ご飯を食べに行きませんか」と言ってきました。


Y課長が「政権交代にも声をかけようか」とたずねると、彼女たちは「いえ、政権交代さんはいいんです。Y課長とお話をしたいんです」と応えました。


僕は、それを聞かされて、ちょっと悔しかったのですが、真実が判明した時に、「呼ばれなくて良かった」と胸をなでおろしました。


は以前から二人に対して、「なるべく機会を作ってY課長と飲みに行くように」と指示しており、その席で「Y課長が何を話していたか」、全てに報告が上がっていたのです。


戦後の日本の、単なる民間企業とは思えないような「スパイ」を使った「思想調査」のやり方に、僕は驚かされました。


世間では、人望のある人は細かいことをいちいち気にしないものと相場が決まっています。


僕が昔、勤めていた出版社のデスクは、ある日の飲み会でこんな風に言いました。


別に好きで役職を任されてる訳やない。オレも陰では何を言われてるかわからん。せやけど、そんなもん気にしてもしゃあない。自分かて若い時は飲みながら、さんざん上司のことを愚痴ってきたんや。そういうもんや。


その人は、やはり、みんなから非常に信頼されていました。


もちろん、誰も悪口なんか言いません。


対照的に、編集長の方は「許せない奴リスト」を作り、ターゲットが何を言っていたのかを逐一メモしておくような人だったので、嫌われていました。


誰かさんと少し似ていますね(それでも、そこまでヒドくはない)。


が、自分の気に入らない社員を次々に辞めさせるということは、これまでに何度も書きましたが、ただ辞めさせるだけではなく、その前後の「締め上げ方」も、かなり強烈です。


一昨年の暮に辞めさせられた編集部員(女性)のケースです。


彼女は、おととし倒産したBL(ボーイズ・ラブ)系コミックス出版の大手B社の関連会社・H社の元編集者で、両社の倒産後、作家さんの仲介でPプレスに入社しました。


ちなみに、この時、紹介を依頼したのはPプレスの側です。


ところが、ほどなくして「作家さんと長電話をする」などの理由でから猛烈な攻撃を受け、退社に追い込まれました。


編集者の場合、作家さんとの長電話はコミュニケーションの一手段なので、別に攻められることではありません。


きちんと本が完成しさえすれば、それで良いのです。


それに、自身も他に類を見ないほどの「電話魔」です。


何かあれば、休日でも深夜でも、お構いなしに社員の携帯を鳴らし、2~3時間も一方的に自分の話を続けます。


これは、何人もの元社員が証言していることです。


自分のことは棚に上げて、社員は「長電話」を理由に辞めさせるのですね。


彼女がPプレスを辞めて、ライバルのB出版に入社した後、の「攻撃」はさらに激化しました。


は、「B出版ホームページにアップされたコミックスの表紙のタイトル書体が、Pプレスのものと酷似している」として、彼女に「内容証明郵便」を送り付けたのです。


出版業界では、「柳の下にドジョウは7匹までいる」というくらい、「モノマネ」は日常茶飯事であるし、そもそも、Pプレスの出している「同人アンソロジー」というジャンル自体が、『週刊少年ジャンプ』における人気作品の「パロディー」なのです。


ジャンプ』の中でも腐女子に受ける作品・キャラクターは非常に限定されており、数少ない素材を調理する以上、ある程度、似てしまうのは当然の成り行きではないでしょうか。


それも、「デザイン」が似ていることを問題にするならともかく、「書体」が似ていると言われても…。


書体」なんて、みんな何種類かある決められた規格の中から選んで使用しているのですから、同じになることだってありますよ。


もしも、の主張に正当性があるのならば、「内容証明郵便」ではなくて、「裁判」に打って出れば良いと思うのですが、それができないことは自分でも理解していたのでしょう。


この話を、僕が以前いたT社の編集長にしたところ、「そんなことで訴えていたら、日本中の出版社は毎日、裁判ばかりで仕事にならなくなっちゃうよ」と言っていました。


つまり、単なる「脅し」でしかないのです。


は、この文書を作るのに三日間も費やしたそうです。


後に、「知り合いの司法書士に見せたら、よく書けているねえって、ほめられちゃいました」と嬉しそうに語っていました。


しかも、その文書を、彼女(元編集者)の実家にまで「内容証明郵便」で送ったのです。


彼女の実家では、お母さんが「一人暮らし」をされています。


東京に出て行った娘の「もと働いていた会社の社長」から、「内容証明」なぞが届いたら、事情を知らないお母さんは「娘がいったい何をやらかしたのか」と、さぞかし驚き、心配されたことでしょう。


は、そこまで計算ずくでやっていたのです。


これが、まともな感情を持った人間のすることでしょうか。


自分が同じ事をされたら、どう思います?


さらに、もう一つ事例を挙げます。


以前、「即日解雇」された編集部員(女性)のことを書きました。


彼女を辞めさせる時、「退社後も、在職中に社内で起きた出来事を一切、口外しない」という「念書」を書くように迫ったそうです。


また、「あなたをこれまで育てるのにかかった費用がムダになるので、損害賠償を求めて訴える」などと脅したそうです。


何という悪質な「口封じ」でしょう。


あなたをこれまで育てるのにかかった費用」って、「労働の対価」としての「給料」のことですか。


それを「損害賠償請求」されたりしたら、逆に、こちらがPプレスを「給料未払い」で訴えてやればいいんじゃないですか。


でも彼女は、「入社時に身元保証人になってもらったお父さんに迷惑がかかるといけない」と思い、黙って従ったというのです。


こんなヒドイ話がありますか。


は、一般の人が「小難しい法律用語」を知らないと思って、好き勝手なことを言っています。


ああ、書きながら、僕が悲しくなってきました。


とにかく、は自分に歯向かう者・気に入らない者に、やたらと「懲罰」を与えます。


まずは「始末書」。


辞めた社員の中で「書け!」と言われなかったのは、知る限り、僕ぐらいですね。


次に「降格」。


脅し」の手段として使ったり、実際に「降格」させたり。


Pプレス独立のために、あれほど尽力して下さったT役員について、「T役員の持っている人脈を全て吸い上げたら、『降格させますから」と真顔で語っていたそうです。


あなたの辞書には、「恩義」とか「感謝」とかいう言葉はないのですか。


最後に「解雇」。


あなたは、よく「社長の責任」などと軽々しく言いますが、「社員を雇った責任」はないのでしょうか。


自分が雇った社員を、次から次へと辞めさせた。


僕は、この点だけは、絶対にのことを許せません。


今日こそは、何が何でも、自分の思っていることを全てTにぶつけてやる!


話し合いの始まる午後3時が少しずつ、近付いてきました。


~つづく~


2008年07月27日(日)

社長の横暴⑤

テーマ:Pプレス

2008年6月25日(水)、ある編集部員(女性)がPプレスを「退職」しました。


いや、はっきり言うと、彼女も「辞めさせられた」のです。


彼女は約2年半前(Pプレス社長)の学生時代の友人の紹介でPプレスに入社しました。


つまり、の「友人の友人」というわけです。


年齢はと同じ(36歳)なのですが、僕が入社当時から非常に気になっていたのは、彼女より一回りも年下の女性社員たちが、彼女に対して、極めて「ぞんざいな」口の利き方をするということです。


彼女はとても温厚な性格なので、それを笑って受け流していました。


でも、「年長者を敬う」ことを美徳とする日本社会では、普通は考えられないことです。


原因は言うまでもなく、が「彼女は仕事ができないから、それなりの扱いで良い」と他の社員に吹聴していたからです。


今年3月のある日の夜、「編集と販売でミーティングを行なう」という名目で、僕とY課長Pプレスに呼び出されました。


まだPプレスに入社する前であり、普段はなかなか編集の人たちとコミュニケーションを取る機会もなかったので、我々は「今後の販売戦略」について、あれこれと考えをめぐらせながら、ミーティングに臨みました。


しかしながら、そのミーティングは、そんなことを話し合うために開かれたのではありませんでした。


目的は、件の編集部員の「吊るし上げ」にあったのです。


その時に配られた計3枚の資料には、「彼女のせいで、いかに会社が損害を被ったか」について、延々と書かれていました。


まずは1枚目


2006年12月~ Pプレス独立の件でT社長の外での用事が増える。○○さんのタッチするアンソロジー(コミック)の部分が増える。結果、アンソロジーの売り上げが下がった。


2007年7月 印刷会社とのコミュニケーション不足で、あわやアンソロジー(コミック)が発売日に出ない、という事態に。


2007年9月 作家とのコミュニケーションを怠ったために、カバーイラストの出来はイマイチ、作家との信頼関係も壊れかけた。


まんがのスケジュール管理がずさん 作業配分をせず作業をすすめた結果、入稿日に間に合わない、休日出勤でまかなうというスケジュールといえないもので進んでいた。


ここに書かれていることは、一人の編集部員に責任を押し付けるべきことではありません。


売り上げが下がった」、「あわや発売日に出ない」、「休日出勤でまかなう」というのは、仮に編集部員のミスが直接の原因で起こったことだとしても、責任の所在は、彼女を管理していた編集長(=社長)にあるのではないでしょうか。


が必死で主張します。


彼女は自分で仕事の組み立てができないんです。だけど、年齢が私と同じだからとか、比較的以前から在籍しているからという理由で、外の人から勝手にナンバー2だと思われているんです。でも、実際は全く違うんです。


もし、本当に自分で仕事の組み立てができないのなら、そんな人に仕事を任せてしまったのは、それこそ上司であるの責任です。


続いて2枚目の資料。


タイトルは『○○発言録』。


しかも、「2008.03.18 ××作成」とあります。


ご丁寧に、本人ではなく、部下に命じて作らせたようです。


仕事に関しての発言


「(面接に来た男性についてPプレスでははまらないという会話の最中で)彼はもっといい会社に決まりますよ。


「(仕事に対しての意欲を確認する会話中に)だって他にやる人いないじゃないですか。


「(原稿作業に追われていたTに対して、24時過ぎに)早くやって下さい。早くやって下さい。


こんな断片的な内容を並べられても、前後の状況も、本人がどんなつもりで言ったのかもわかりません。


それを、いくら一生懸命に「問題発言ですよ!」と主張したところで、何の説得力もないでしょう。


さらに、『Tプライベートに関する発言』という項目には、「その服、捨てたらどうですか?」とあります。


これについては後日、本人に確認しました。


すると、「T社長のカーディガンの袖の部分がヨレヨレになっていたので、社長なんだし、お客さんとも会わなければいけないんだから、違う服に替えた方がいいんじゃないですかと言ったんです」とのことでした。


まるっきりニュアンスが違いますよね。


とにかく、こんな調子で、資料を基にして、その編集部員のことを攻め立てるので、いい加減、僕もY課長もウンザリしてきました。


たまりかねて僕は切り出しました「あの…。


がキッとこちらを睨み返して、「何ですか!


そんなにコワイ顔をしないで下さいよ。


僕は会議の席でも、おおむね「リベラル」な発言をするので、こうした「全体主義的」な場では、流れを壊されてしまうことをが警戒しているのでしょう。


僕は○○さんと今まで直接、関わったこともないし、この場で仕事ができないと聞かされても、判断する材料がありません。まだ入社する前だから、できるだけ先入観は持ちたくないんです。


は相変わらず恐ろしい目つきで僕のことを睨み続けています。


ですから…が低い声で言いました「認識していただきたいんです、彼女の現状を。


どうやら、ここは我々が「○さんは仕事ができない」ということを認めなければ収まりがつかないようでした。


結論の決まっている会議ほど、意味のないものはないんですけどねえ。


こんな会議に3時間も費やしたのです。


貴重な時間をつぶして、そんな結論を導き出したところで、はいったい何をしたかったのでしょうか。


その答えは、もう少し後になってからわかりました。


は、件の編集部員を紹介した友人をPプレスに呼びつけたのです。


部下二人を同席させ、先ほどのミーティングの時と同じ資料を渡して、「○○さんがいかに仕事ができないか」のプレゼンを行ないました。


そして、「彼女を正社員から契約社員に格下げしても良いか」という了解を求めました。


本当は「辞めさせても良いか」と言いたかったのですが、この編集部員が抱えている仕事は、他の社員がやったことがなく、代わりに担当できるようになるまで時間がかかりそうなことが多かったため、すぐに辞めさせるわけには行かなかったようです。


そんなに大事な仕事を担当しているのに、それでも「辞めさせたい」とは…。


矛盾していますね。


当然ながら、その友人は「激怒」しました。


そりゃそうでしょう。


自分が紹介した友人のことを、部下と一緒になってこき下ろされたのです。


そのうえ、「直接クビにするよりも悪質な肩たたき」を提案されたのですから。


倉庫番なら紹介できますよ」とまで言ったそうです。


倉庫の方に対して失礼で申し訳ない発言だと思わないのでしょうか。


その友人はに対して、「あんな不愉快極まりないミーティングは二度と御免被りたい」、「そんなに彼女を辞めさせたければ好きにすればいい」、「そのかわり、一切の縁を切らせてもらう」というメールを送ってきました。


結局、の思惑通り、彼女は「正社員」から「契約社員」に「格下げ」となり、正式に退職するまでの間は「就職活動を行なっても良い」という条件が付けられました。


最終日、事務所を出る彼女を見送る視線は、それはそれは冷たかったそうです。


もちろん、送別会も行なわれませんでした。


けれども、彼女は最後の最後まで「T社長も、いろいろと大変ですから」と話していました。


友人の紹介で入った会社のことを悪くは言いませんでした。


こんな人でも切り捨ててしまうんですね、は…。


さて、翌26日(木)には、また別のミーティングが控えていました。


~つづく~


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