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社説2 排出量取引、試行で終えずに(9/26)

 二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出枠を売買する国内排出量取引の実験が、10月から始まる。福田康夫前首相が主導して7月末に10月の「試行的実施」が閣議決定された。制度設計は未熟なまま、実験に突入することになる。

 私たちは、低炭素社会を実現するため、経済成長と排出削減を両立させる1つの手段として、排出量取引の早期導入を強く主張してきた。本来なら、試行的実施は歓迎すべき事態なのだが、残念ながら今回政府が示した制度は、本質を大きく逸脱している。福田前首相が意図した「国際的なルール作りの場でリーダーシップをとる」水準にはほど遠い。

 最大の問題点は、排出上限(キャップ)という総量枠を課さず、削減目標も企業の自主目標で、参加も義務ではなく自主判断である点だ。日本の産業界は政府による直接規制を嫌って、業界ごとに目標を立てる自主行動計画で、排出削減に取り組んできた。その延長線上の制度だが、総量削減の実効には疑問がある。

 国や州政府、地方自治体などが課すキャップがあるから、余剰に削減した分をクレジットとして取引(トレード)できる。欧州連合(EU)が3年前に始め、米国・カナダの諸州、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェーなどが続々合流を始めているのが、キャップ・アンド・トレード方式の排出量取引だ。

 EUに従う必要はない。日本の事情に即した、技術水準の評価や業界の到達点などを組み込んだ制度設計で、堂々と渡り合えばいい。ただ、キャップを回避したままでは、制度の合理性は生まれない。逆に国際炭素市場での孤立が心配される。

 経済産業省と環境省がそれぞれ運営する性質の違う制度をひとまとめにしてしまうこの「国内統合市場」は、ほかにも矛盾や問題点を抱えている。しかし、日本全体のCO2直接排出量の約4割を占め、キャップには反対し続けてきた電力と鉄鋼業界が参加するというなら、試行的実施にも一定の意味はある。

 食わず嫌いを直すには、まず市場の雰囲気に慣れることだ。取引を導入しない理由を見つけるための試行では意味がない。経験を糧に優れた新制度の構築を進めよう。

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