(セ・リーグ、阪神3−2横浜、19回戦、阪神11勝8敗、22日、甲子園)勝利を告げるジェット風船が夜空を舞う。歓喜のハイタッチ。何度も頭を叩かれた。視界は堪えた涙でぼやけた。ヒーローだけに許されたお立ち台。初先発での初星は最高の味がした。目を真っ赤にさせたルーキー・石川が、虎の救世主だった。
「連敗を止められた。それだけがうれしいです。チームが負けている状態で、少しでも変えられたらと思って、思い切って投げました!」
ハイライトは1点リードの五回二死満塁。対するは今季41本塁打の村田。絶体絶命の危機で躍動した。初球はボール。ここで矢野から「ワインドアップで投げていい!」と告げられた。吹っ切れた。2球目。自己最速147キロで空振り。さらに直球勝負で追い込み、最後は外角の146キロで見逃し三振。地鳴りのような歓声の中、小さく拳を握った。
登板前日。父・文男さん(52)に1つのお願いをした。「母さんに線香をあげておいて」。決意を胸にマウンドに臨んだ。
両親に「絶対にプロに行く」と約束して上武大に進学。1月後、母・淳子さんが倒れた。子どものころ、嫌な顔をせず、キャッチボールの相手をしてくれた母親。夜通し付き添い一睡もせず、練習に向かう日もあった。だが母はそのまま他界。44歳の若さだった。
「親孝行がしたい」
プロを目指した理由はそれだけ。この日の雄姿を一番魅せたかったのは母親。だから、決めていた。「亡き母にささげたいと思います」。ウイニングボールは右ポケットにしまった。
八回裏の攻撃後、ベンチにいると、球児に声をかけられた。「ヒーローにしてやるよ」。思わず目頭が熱くなった。「チームで戦ってるって。感動して…」。5回4安打2失点。最高の仲間が白星を後押ししてくれた。
「新人の初先発にはキツイようなチーム状況だった。最後は渾身のボールやったな。あそこは満塁で4番。よく抑えた」と岡田監督。巨人に同率首位で並ばれ、3連敗中での初先発。重圧をはねのけた右腕を褒めたたえるしかなかった。
「これからも若々しい気持ちで向かっていきたいです!」
様々な思いがこもった快投劇。沈みがちだったチームも、ここから浮上できる。最高の夜に、23歳の新人右腕が輝いた。(森井 智史)