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麻生太郎氏が首相に就任し、新内閣が船出した。自民党は連立パートナーの公明党とともに、この顔ぶれで衆院の解散・総選挙に臨むことになる。
注目されるのは、積極的な財政出動論者である中川昭一氏を財務相兼金融相に充てたことだ。「景気対策」一本で小沢民主党と戦う。そんな首相の戦略が鮮明に表れている。
小渕少子化担当相は戦後最年少、34歳での入閣だ。再任した舛添厚生労働相、野田消費者行政担当相ら知名度の高い閣僚とともに「選挙の顔」としての期待もあっての起用だろう。
別の顔も見える。中川財務相、中山国土交通相ら、植民地支配や侵略の過去を率直に認めた村山首相談話などを批判してきた議員グループの幹部が閣僚として並んだ。福田内閣時代とはうってかわって、タカ派色が息を吹き返すのだろう。
歴代首相の2世、3世が麻生氏以下4人もいる。世襲議員も多い。自民党の人材供給源が先細っていることを改めてみせつけた。
麻生首相は早期の衆院解散に前向きのようだ。政治の行き詰まりを打開するには、それ以外に道はない。
だからこそ、その前にやってほしいことがある。この内閣が何をめざすのか、せめてその輪郭を国会での論戦を通じて有権者に示すことだ。
米国発の金融危機で世界経済が動揺する中で、日本経済をどうするのか。
少子高齢化が進み、800兆円もの借金が国民にのしかかる。財政再建、分権や公務員制度の改革は待ったなしだが、どう進めていくのか。
厚生年金に6万9千件もの記録改ざんが発覚し、国民の年金不信は深まるばかりだ。首相や舛添厚労相が後期高齢者医療制度の見直しに言及したが、いかにも唐突だ。社会保障制度全体をどう立て直すつもりなのか。
国民が知りたいのはそんな骨太の構想であり、それが本当に実現できるのかを判断するための素材である。
幸い、民主党も原油高対策などのため補正予算が必要だという。ならば首相と全閣僚が出席する衆参の予算委員会を、解散するまでに少なくとも1週間程度開いてはどうか。
与党には「国会論戦で得をするのは野党だけ」との消極論もある。ボロが出ないうちに解散をというのであればなんとも情けない話だ。総選挙が間近いのだからなおさら、新内閣としての考え方を整理して国民に伝え、理解を求めるべきだ。
民主党の小沢代表にも求めたい。これまでの国会では代表質問を鳩山由紀夫幹事長に任せる場面が目立ったが、来週こそは自ら質問に立つべきだ。2大政党時代の総選挙は「党首力」の勝負でもある。その初戦を尻込みするようでは政権交代はおぼつかない。
米国発の金融危機が、金融機関の世界的な再編劇を加速させている。この渦に、日本勢が有力な資本の出し手として参入し始めた。
出資先はすべて米証券会社だ。野村ホールディングスは、破綻(はたん)した証券4位リーマン・ブラザーズのアジア太平洋と欧州・中東部門を買収する。三菱UFJフィナンシャル・グループは、2位のモルガン・スタンレーに対し最大で20%を出資すると基本合意した。さらに、最大手ゴールドマン・サックスが行う増資にも、三井住友銀行が参加する意欲をみせている。
米国の金融危機は、今月に入って緊張の度を一気に高めた。危機回避のため米政府が75兆円規模の公的資金の拠出を決め、次は、金融機関が自助努力で資本を増強し、いかに生き残りを図るかが焦点になってきた。
では、どこが資本を出すのか。世界を見渡すと、一時期は威勢がよかった中東や中国・アジアの政府系ファンドは、これまでの投資が損失を出しており動きが鈍い。そこで、バブル崩壊の痛手から慎重な経営を続けてきた日本の金融機関が、有力な出し手として浮上してきたわけだ。
「敵失」で日本へ好機が巡ってきたというべきか。好機を生かすには、リスクを覚悟したうえでの大胆な決断が必要だ。まずは三菱UFJや野村の素早い動きを評価したい。
買収や出資により、世界の有力投資家を顧客に抱える人脈や、高い金融技術をもつ専門スタッフを活用できれば、弱かった日本の投資銀行業務を強化することが期待できる。
ただし、課題は多い。欧米の金融機関は高収益を誇ってきたが、いまから考えると、それはバブルに支えられてきた面が多分にある。これからはバブルに頼らず、新たな収益源を開拓していかねばならない。それを日本勢が主導できるか。産業の高度化をめざした企業の合併・買収(M&A)や新興国への投資は、その候補だろう。
欧米の投資銀行という組織を掌握し運営するのは、日本企業にとって不得手かもしれない。80年代のバブル経済全盛期に、日本の金融機関は世界の銀行・証券に出資したが、ノウハウらしいものも吸収できぬまま、バブル崩壊で撤退した苦い体験がある。その二の舞いは避けなければいけない。
そもそも、分業でこつこつ仕事を進める日本型と、特定の人間に権限を持たせて一挙に進める欧米流では、人の使い方に大きな差がある。
とりわけ、リーマンの海外部門をじかに運営することになる野村は、相当な自己変革を求められよう。日本の金融産業がどこまで変わりうるのかの試金石でもある。変化した者だけが生き残る。そう肝に銘じつつ、大胆かつ慎重に進んでいってほしい。