毎日新聞ロゴ
会社案内 社会貢献 採用情報 お問い合わせ サイトマップ
ニュースは毎日jpへ
ホーム出版物のご案内サンデー毎日今週の1本詳細
special
今週の1本
首都の意外 外国人・少年犯罪は増えていない!?

「日本の治安に決定的な影響を持っているのは東京の治安」・石原慎太郎知事の号令で、首都・東京では「不良外国人」や「青少年」対策が強力に進められている。だが、意外にもその根拠はあやふやだという。恷。安対策揩フ最先端を行く東京都の元担当幹部がそのカラクリを明かす。



「ごめんなさい。あの頃の私には、『王様は裸だ』という勇気も、その理由を表現するだけの言葉も持ち合わせていなかったのです」
 その本のあとがきは、元部下たちへの謝罪で締めくくられている。昨年3月まで東京都緊急治安対策副本部長の要職にあった久保大さん(60)が著した『治安はほんとうに悪化しているのか』(公人社)である。
 幹部クラスの元都庁官僚が、実名で政策に異議を唱えるのは異例のことだ。
 久保さんは1970年に都職員となり、教育研究所次長、大学管理本部調整担当部長などを経て、03年に治安対策担当部長兼緊急治安対策副本部長に就任。しかし、異動して間もなく、「居心地の悪さと違和感」(あとがき)を感じ始めたという。一体、なぜなのか。
 久保さんの話を聞こう。
「都の治安対策は、簡単に言えば『治安が悪化しているから、警察的なものを強化する必要がある。都民も自衛せよ』ということです。ところが私は、『悪化』の根拠に不自然さがあることに気づいてしまったのです」
 著書の中で久保さんは、治安悪化の根拠とされる統計を分析し、それらが必ずしも治安の悪化を証明しないことを解き明かしている。
 例えば・▽犯罪の多さを示す統計としてよく使われる「認知件数」は、犯罪の数ではなく、警察が受理した件数にすぎない。それは被害者の意識の変化や、警察が被害届の門前払いをしなくなったために増えた可能性が高い▽40年くらいの長期でみれば、少年の凶悪犯の検挙人数は減少傾向にある。そもそも、昭和30年代から少年犯罪の「凶悪化」「低年齢化」は繰り返し叫ばれていた・などだ。
 実際、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を見た安倍晋三首相が「希望があった時代」と絶賛した1958(昭和33)年も、都内の高校で男子生徒が女子生徒を殺し、警察に「挑戦状」を送りつけた「小松川事件」など少年事件が続発した。「急増するヤ理由なき犯行ユ」(『毎日新聞』同年9月3日付朝刊)などと、現在とあまり変わらないトーンで報道されている。
 左上のグラフをご覧いただきたい。全国で殺人・同未遂犯として検挙された少年数の人口当たりの変化を示すものだ。数字は割合であり、少年人口そのものの減少に影響されないデータだ。

統計を都合よく解釈している?

 これによれば、60年代(昭和30年代半ば)の少年、つまり今の60歳代の人々のほうが、よほどヤ凶悪ユだったと見ることもできる。
 石原知事が強調してきた首都の外国人犯罪にしても、この4年間、都内で凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦)として検挙された外国人は02年102人、03年156人、04年117人、05年84人で、必ずしも増えてはいない。この間、都内の凶悪犯の検挙総数は年間1000人前後で一定し、日本人のほうが圧倒的に多い。
 久保さんは著書で「犯罪統計から一定の結論を導き出すのは難しく、反対に、一定の結論をもとにデータを読み解くことはやさしい」と指摘する。
 つまりデータの一部を切り取って、都合よく利用するのはたやすいというのだ。
 警察庁の統計でも、実はここ数年、犯罪の増加傾向には全国的に歯止めがかかっている。しかし、「治安が悪くなっている」という認識は市民の間に広く浸透している。それを警察当局は「体感治安」と表現する。
 久保さんは言う。
「社会の底に不安意識が流れています。社会がどこへ向かうのか分からず、雇用や所得など生活上の不安を抱えた人々の前に、『不安の原因』が示されれば、人々の関心はそれを取り除くことに向かいます。そうした中で、例えば『不法滞在の外国人が凶悪犯罪をしている』といわれれば、納得してしまう。それも、国、自治体、警察、そしてメディアが語れば、多くの人が信じてしまうのです。
 しかも、95年の地下鉄サリン事件、97年の『酒鬼薔薇』事件などに加え、ピッキングによる窃盗被害が相次ぐなど『自分も被害に遭うかもしれない』と思わせる事件が95〜00年にかけて相次ぎ、メディアも警察もそれを積極的に取り上げました。
 こうして『自分の周りにいる、わけの分からない者たち』に安全が脅かされるのではないか、との不安が市民の間にも膨れ上がってきた。『皆が不安だというから不安になる』という悪循環に陥っているのです」
 こうした状況を背景に、全国で最もヤ先駆的ユな動きをしてきたのが東京都だ。
 2期目の公約に「治安対策」を掲げた石原慎太郎知事は03年、警察庁出身の竹花豊副知事(現警察庁生活安全局長)を招き、緊急治安対策本部を設置。警視庁との人事交流も始めた。
 なぜ、石原知事はこの時期に「治安」を政策の目玉にしたのか。
 久保さんはこう見る。
「『三国人発言』(00年)の失点を挽回するためにも、あえて危機を訴え、『日本社会に敵対する外国人』を強調する必要があったのでしょう。また、そうした考え方を受け入れる時代の空気を敏感に感じ取っていたのかもしれません。『強い男』を強調する知事の志向と、警察庁の組織拡大願望が期せずして一致して生まれた政策でしょう。
 これは米国においても、マッチョ(強い男)の称揚と『ジェンダー論』批判(フェミニズムたたき)という形で現れています。ブッシュ政権とイラク戦争を支えてきたのは、米国内のこうした空気でしょう。この構図は、小泉・安倍路線、あるいは石原都政や都教委の考え方とも重なります」
 久保さんは03年8月の緊急治安対策本部発足と同時に副本部長に就任。同本部は、昨年8月に青少年対策部門が統合されて「青少年・治安対策本部」と改称された。
 同本部は犯罪対策のPRや防犯ボランティアの養成などに加え、電車内の化粧など「不快・迷惑行為」の規制強化まで訴える。行政が倫理・道徳の領域にまで口を出すようになったと見ることもできるのだ。
「緊急治安対策本部が発足して2カ月後の03年10月、最初の施策として『青少年の性的逸脱』や『夜間の徘徊』を規制し、警察による取り締まりを強化すべきだという方針が打ち出されました。『治安』という言葉との落差に苦笑するしかありませんでした。
 都民にヤ治安の悪化ユを分かりやすく説明する責任があったのですが、前述したように現実は必ずしもヤ治安が悪化しているユとは言い切れない。むしろ、『警察的なものを強化する』との組織目的が先にあると考えると、全体がすっきりと理解できるのです」
 つまり、官僚組織が自らの予算や人員を確保するために、統計を都合よく解釈して「治安の悪化」をことさら言い立てているのではないか、というわけだ。
 また、緊急治安対策本部にはトップダウンで意思決定するヤ警察の慣習ユがそのまま持ち込まれたという。
 久保さんの「違和感」は、そうした組織の在り方にもあった。直属の上司である竹花副知事はもちろん、部下も、ほぼ3分の1は警察出身だった。
「この組織に限らず、賛否の議論を繰り返しながら基本政策を練り上げていくといった光景は、もう東京都の中ではほとんど見当たらなくなっていました」

東京が「ムラ」になりつつある

 退職を機に、在職中に感じていた疑問を本にまとめるよう、知り合いの編集者に勧められ、久保さんは出版を決意した。
「本来、見知らぬ人が出会い、ともに暮らすのが都市だと思います。しかし、今行われていることを突き詰めれば、異質な人を排除して、自分の行動範囲を見知った人だけで固める私的空間、一種の『ムラ』を都市のあちこちに作ることにつながります。自治体はより開かれた『コミュニティー』を育て上げることに力を注ぐべきですから、自らの役割を否定するような動きに手を貸してはいけません」
 そして、こう続ける。
「しかし、実際は、防犯マップの奨励や監視カメラの設置、『不審者情報』の提供など、不安を利用して住民に媚びを売るような施策を続けています。民営化・市場化の流れの中で、警察の仕事の一部を代行して、行政の仕事を確保するかのようです。
 東京都をはじめとする自治体の『治安対策』なるものは、何ら先進的でも効果的でもなく、ただ『自己責任』と『他人に対する厳しさ』を基礎にした米英の新自由主義的施策を焼き直したものにすぎません。
 政策には必ずプラスとマイナスの部分があります。それについて、行政の側は本来、反省的な意識を持ちながら仕事をしなければなりません。しかし、現在の行政はそうした自覚に欠けているように思います」
 東京都の治安対策のヤ中枢ユにいたからこそ、久保さんの危機感は切実だ。そして、市民やメディアにも再考を訴える。
「学校から『子どもの登下校情報を発信する』といわれれば、自分の子どもの様子を四六時中把握していなければ、不安になるものです。隣の学校で、そうした対策を講じていると聞けば、同じような対応を学校や行政に要求せざるを得なくなる。『何かあったらどうするのか』という声に、表立って反対する自信はなくなります。これが一般市民の置かれている状況でしょう。
 しかし、人々が客観的だと信じている政府統計のデータでさえ、しばしばある種のバイアスがかかっており、世論調査も、政策目的や期待される結論に導きやすいような形で質問項目が作られてしまうことが少なくないのです」
 市民の側は、与えられた情報に振り回されない、つまり、メディア情報を選別する力が必要だということだ。
「犯罪報道に関しては、警察と読者・視聴者に媚びている印象を受けます。新たな情報を次々と発信し続けることで、結果として読者・視聴者から『熟慮する時間と習慣』を奪っていると思う。メディアも立ち止まって考えることが必要なのではないでしょうか」
本誌・日下部聡

Copyright 2006-2007 THE MAINICHI NEWSPAPERS.All rights reserved.
個人情報の取り扱いに関するお知らせ。
掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権は毎日新聞社またはその情報提供者に属します。