■政府のヘソクリを国民に還元
'08年度予算を巡って昨年暮れに話題になった「霞が関の埋蔵金」論争が、新しい様相を呈してきた。当初の議論は「埋蔵金は本当に存在するのか」ということだったが、いまは存在することを前提にしての議論に変質してきた。
きっかけを作ったのが、'07年、埋蔵金が存在していることを初めて具体的に暴露した元財務官僚の高橋洋一氏だ。彼は小泉内閣時代、郵政民営化、道路公団民営化、政策金融一本化、公務員制度改革などで司令塔として活躍したが、退官後、続けて単行本を出版、その中で埋蔵金について改めて詳しく暴いてみせた。
さらに埋蔵金論争を過熱させたのは、8月1日に発足した福田改造内閣で、歳出削減を徹底して成長路線でいけば増税は必ずしも必要ではないとする、いわゆる「上げ潮派」が一掃されたことだった。与謝野馨経済財政担当相、伊吹文明財務相、谷垣禎一国交相ら「財政再建派」が相次いで入閣したのに対し、「上げ潮派」の大田弘子氏は経済財政担当相を外され、中川秀直元幹事長も入閣できなかったのである。
中川氏は改造内閣発足直前の7月19日、広島県東広島市内での講演で、こう強調していた。
「国民生活再建と財政再建を両立させるため、政府のヘソクリを国民に還元したい」
中川氏が会長を務める町村派(清和政策研究会)は7月4日、埋蔵金の活用によって今後3年間で最大50兆円規模の財源を確保できるなどとした政策提言をまとめて、「上げ潮派」の入閣を目指していただけにショックは大きい。
中川氏はそれもあって、改造後、週刊誌などに盛んに登場して埋蔵金の活用を訴えるようになっている。たとえば「埋蔵金30兆円で日本の景気は3年間で立て直せる」(『週刊ポスト』8月15・22日号)などだ。
そこに、経済財政諮問会議、自民党税制調査会が改めて正面から「参戦」してきた。
果たして、埋蔵金はどこに、いくらあるのか。それをどこが、どう使うのが国民のためになるのか。
だが、専門家同士の議論であり、正確なデータがどれほど公表されているかも定かでないとあっては、余程注意してウォッチしていかなければ、「利権」争奪戦に巻き込まれてしまう。
「埋蔵金」という言葉が、これほど一般的に使われるようになったのは、つい最近のことだ。
昨年11月、中川氏が特別会計の積み立てや準備金を念頭に置いて「国民に還元すべき埋蔵金がある」と発言。それに対して同じ自民党の財政改革研究会(財革研)会長の与謝野氏や谷垣政調会長(当時)らが、真っ向から否定してかかった。
財革研はその11月の中間報告で、民主党の政権公約(補助金の一括交付金化や特別法人等の原則廃止などによる総額15兆円の財源捻出)や中川氏ら上げ潮派の主張に対して、改めて「『霞が関埋蔵金伝説』の類の域を出ない」と批判したのである。
だが、中川氏らも黙っていない。自民党の最大派閥でもある町村派は、「財政健全化に対する我々の基本姿勢」という政策提言を発表して反論。11月27日に自民党総務会に報告された財革研の「中間報告」に対しても、党機関の政策であったにもかかわらず、町村派議員らが猛烈に反発して、ついに党の政策にならなかったのだ。「埋蔵金」を巡り、自民党内が完全に分裂しているのである。
■財投特会と外為特会で44兆円
それでは埋蔵金は、どこにいくらあるのだろうか。
国の会計には税金を主な収入源とする一般会計('08年度予算額83兆613億円)と年金・医療などの保険収入や事業収入を主な収入源とする特別会計(同、368兆円)がある。
このうち、'04年ごろから前出の高橋氏が「キャッシュフロー分析」という手法で特別会計を調べてみると、多くのところで剰余金(資産と負債の差額)が発生していることが判明した。
とくに財務省管轄の財政融資資金特別会計(財投特会)と外国為替資金特別会計(外為特会)での剰余金が抜きん出ていた。年によって多少違いはあるものの、財投特会で27兆円強、外為特会で17兆円強、合計で約44兆円もの資産負債差額(埋蔵金)が出ているのだ。
高橋氏は'05年4月27日、経済財政諮問会議で、その資産負債差額を初めて公表した。当然ながら、この差額である「積み立て・準備金」に合理性があるのかどうかが議論になった。財務省は投資のリスクに備えた必要なカネであり、合理性があると主張した。
だがこれは、本末転倒の議論である。
だいたい国会議員でもない官僚ごときが、国民が頼んでもいないのに血税でリスクをとって運用するということ自体が間違っているのである。
もう一つ、大きな剰余金をコンスタントに出している特別会計がある。国交省の道路特別会計で、約6兆円だ。
特別会計に潜む埋蔵金は、もちろんこの三つだけではない。発着料が欧米よりも高い空港整備特別会計などでも毎年、約1兆7千億円の資産負債差額が出ている。
さらに独立行政法人にも「埋蔵金」が隠れている。高橋氏は自著『さらば財務省!』(講談社刊)などで、次のように見通している。
貿易保険、印刷、造幣はもともと特別会計だった。それを独立法人に変えていくときに政府が資産を持たせている。郵政公社もそうだった。こうした独立法人からは、最大20兆円の埋蔵金を捻出できる――。
このように埋蔵金を積み上げていくと、約68兆円にも達する。一般会計の80%を超える額だ。
一方、与謝野経済財政担当相は、財投特会の繰越金20兆円('08年度末)や外為特会の運用金17兆円('07年度末)、合わせて37兆円について、自著でこういっている。
「これが自由に使えれば確かにありがたい。しかし、残念ながらこれは幻想に過ぎない」(『堂々たる政治』)
それどころか、こうした埋蔵金議論は「国民を煙に巻く、罪深い議論である」(同)とまで断言している。
■特会改革が「歳出改革の柱」に
しかし、どちらが国民を煙に巻いているのか。
'08年度政府予算案では、「上げ潮派」の主張してきたとおり、財投特会の積立金9兆8千億円を国債償還に充てているし、さらに外為特会など5特会の剰余金1兆9千億円を一般会計に繰り入れているではないか。
しかも、こうした措置は、今回が初めてではない。'06年度にも財投特会の12兆円を取り崩して国債の返済に充ててきた。外為特会の剰余金に至っては、
'97年度以降、毎年1兆円以上が一般会計に繰り入れられている。
他にも独立行政法人・日本貿易保険からの再保険を引き受ける貿易再保険特会から492億円、特許特会から43億円、社会資本整備事業特会から33億円が一般会計に繰り入れられている。
となると、与謝野氏の言動は、いったいどういうことなのか。
経済財政諮問会議では、7月28日、特別会計にメスを入れることを決めた。民間議員の1人は「特会は不透明で『伏魔殿』という印象を国民に与えている。わかりやすく改革すべきだ」と会議で訴えていた。民間議員は、特会全体を対象にして、「埋蔵金」と呼ばれる積立金や剰余金についての共通の基準を作って整備することなどを提言したようだ。
ただ、額賀福志郎財務相(当時)は「(数値目標に対して)一律に対応を定めることは出来ない。特会ごとに個別に対応したい」と応じて、この日の会議では合意することは出来なかった。
再度、議論することになるが、特会改革が政府の「歳出改革の柱」となることに変わりはなさそうだ。
8月には、これまた財政再建派の伊吹財務相が、消費税率アップが実現できるまでの「つなぎ財源」として、特会の剰余金や積立金などの「埋蔵金」を充当することなども検討すると発言するまでになっている。
いまや、埋蔵金を巡っては「上げ潮派」「財政再建派」の双方が入り乱れて、いかに利用するかの競争になっているのである。
だが「埋蔵金」とはいっても、われわれの税金である。それを官僚や政治家が自分の都合のいいように解釈して使われるのではたまったものではない。
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