「計何時間ぐらい取材を?」。本紙地方経済面に連載中の、経済人に半生を振り返ってもらう企画「人生を語る」について、よくこう質問される。
私は両備ホールディングスの松田堯会長を担当し、十五回にわたって掲載した。取材は主に本社(岡山市錦町)で行い、聞き取りの本取材は八回、写真や補足取材が四回だった。一回二時間をもらったが、会長は当時八十五歳と高齢にもかかわらず疲れ知らず。私の集中力が一時間半で切れ、後は雑談になった。
生まれてから今日までの思い出や感慨深い仕事など、多くが遠い記憶をひも解いてもらう作業。自宅にまでおじゃまし、写真を一緒に選んだ。その時、会長が緑鮮やかな庭を見ながら「息子にも話していないのですが…」と、松田家についてしみじみと語られたことが印象に残っている。
最も苦労した点は、時に出るあいまいな記憶と事実の擦り合わせ。会社が用意した膨大な資料をチェックし、同席した幹部社員の力も借りる。だが幹部が「会長、そこは違うのでは」と指摘しても「いや、こうだった」と言われれば“困った”状況になったりもした。
今日の両備グループに発展させた数々の経営の秘訣(ひけつ)は記事に盛り込んだ。中でも最善策は「お客さまに感謝の気持ちを表すこと」と毎回のように話し、各事業所に「感謝 有難う」という額を掲げていた。
さらに「感謝の心は、自分の家族や周囲の人々にも持ちたい」とも。激動の昭和を駆け抜けた生きざまの一端に触れ、多くのことを学ばせていただいた。
(編集委員・上原誠一)