加藤氏実家全焼 許されぬ「言論」の封殺
'06/8/18

 自由にものが言えない。そんな殺伐とした時代に逆戻りしてしまうのか。事情が分かるにつれて、寒々とした思いにかられる事件である。

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝に揺れた終戦記念日の夕方、山形県鶴岡市の元自民党幹事長加藤紘一衆院議員(67)の実家と事務所が焼かれた。鶴岡署は、現場で割腹自殺を図ったとみられる東京都内の右翼団体構成員(65)が放火した可能性が高いと判断。けがの回復を待って事情を聴く。

 住んでいた母親(97)は散歩に出ていて無事だった。しかし、犯行には灯油など火の回りの早い油類が使われたとみられ、死傷者が出る恐れもあった。卑劣で凶悪極まりない。許しがたい犯罪だ。

 さらに問題なのは、その動機である。加藤議員は新聞やテレビ、雑誌などで再三にわたって小泉首相の靖国参拝を批判していた。一連の犯行状況からは「首相の靖国参拝批判は許さない」との陰湿なメッセージも読み取れる。自分の考えに背く者は、暴力でねじ伏せる。民主主義への重大な挑戦と言わざるを得ない。

 捜査当局は組織的な関与の有無を含め事件の全容解明を急ぐ必要がある。自由な言論がなくなった時の怖さは、日本を破滅に導いた戦前の歴史が如実に物語っている。そうした教訓を広く共有すべき日に起きた事件だけに、ないがしろにはできない。類似事件の防止にも力を注いでもらいたい。

 戦後六十一年。三百万人を超える尊い犠牲の上に築かれた民主主義の基盤を崩しかねない事件が相次いでいる。

 昨年一月には、小泉首相の靖国参拝自粛を求めた経済同友会の前代表幹事に実弾が送りつけられ、自宅が右翼団体の宣伝活動にさらされた。先月は、日本経済新聞社の東京本社の通用口に火炎瓶が投げ込まれている。昭和天皇が靖国参拝をやめた理由について、元宮内庁長官のメモを基に報道した直後だった。

 いずれも大事には至らなかったものの、軽視するわけにはいかない。ほかにも威力を誇示して異論を封じようとする行為が目立つからだ。危険な兆候といえる。

 北朝鮮のミサイル連射問題をはじめ、混迷の度を深める日中、日韓関係…。在日米軍の再編を含め、冷静な議論が求められる課題はたくさんある。針路を誤らないためにも、「言論」の自由を守り抜く決意を新たにしたい。




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