過疎地帯の県中央部を南北に貫く第三セクターの秋田内陸縦貫鉄道(内陸線)が、正念場を迎えている。5年間の存続方針はほぼ固まったが経営改善の目標に掲げたハードルは高く、巨額の地元負担に二の足を踏む声も根強い。生き残りのための取り組みと課題を現地で追った。
「車に乗れなくなって、手足をもぎ取られたような気持ちだった。さらに内陸線までなくなれば、大変なことになる」
北秋田市の秋田内陸線阿仁合駅近くで電器店を営む魚住金治さん(86)・京さん(81)夫婦はひざや目の具合が悪く、週2回は内陸線を利用して同市鷹巣の眼科やしんきゅう院に通う。
これまで金治さんが車を運転してきたが、年齢もあって周囲から運転の危険を指摘され昨年10月に運転免許を返納した。長男夫婦は自家用車を仕事に使うため、乗せてもらうよう頼みにくい。今、夫婦が移動するには内陸線に頼らざるを得ない。
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「存廃を1年をめどに決断する」と寺田典城知事が述べたことで脚光を浴びることになった内陸線は、仙北市角館と北秋田市鷹巣を南北に結ぶ全長94・2キロの鉄道。国鉄の分割民営化の際に廃止対象となった阿仁合線と角館線を第三セクター「秋田内陸縦貫鉄道株式会社」が引き継いで発足した。延伸工事の結果、両線は89年につながり全線開通。当時は年間100万人以上が利用した。
両端の鷹巣、角館を除けば沿線に大きな街がまったくないうえ、国道105号がほぼ並走。地域住民の多くは車を使う。
さらに高齢化と過疎化が急速に進行。07年度の乗客は約44万人まで落ち込んだ。年間の赤字額も2億6000万円にまで膨らみ、株主である県や北秋田、仙北市などの重荷となっている。
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ただ高齢化により、魚住さんのように車の運転をやめる人が出る一方で、通院の機会は増えてくる。
北秋田市の高齢化率(全人口に占める65歳以上の人口)は3月末時点で34・5%、特に沿線の阿仁地区は45・5%と非常に高い。
地元の阿仁病院は医師不足から07年5月に入院患者の受け入れを中止。外来は外科、内科、小児科、理学診療科、歯科口腔(こうくう)外科のみで、市内でそれ以外を受診するには米内沢総合病院や北秋中央病院に行くしかない。公共の足で通院する高齢者らにとって、内陸線は地域で生きるための命綱ともいえる。
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県の試算では、全線をバスに転換すれば赤字額は年間約1億6000万円に圧縮できる。
ただ雪深い地域だけに、阿仁合駅近くの町内会委員を務める山田由夫さん(79)は「吹雪になればバスは大幅に遅れる。病院に通うお年寄りが吹雪の中を外に立ってバスを待つのは大変ではないか」と指摘する。
一方で、沿線に住んでいてもほとんど利用しない人は多い。阿仁前田駅近くで食堂を営む女性(74)は「内陸線に乗っても、駅から目的地までは歩かないといけない。店の客でも利用するという人は少ない」と話す。買い物は車を運転する夫に頼むという。
阿仁合駅前で八百屋を営む梅村イマ子さん(73)も鷹巣や大館に仕入れに行く際は「荷物が多いから」車を使う。ただ「内陸線がなくなればますます人がいなくなり困る」と、町内会から回数券を買って利用する知人に配っている。
絶対的に必要とする人。あれば便利だが、実際はめったに乗らない人。沿線住民の中でも、温度差は小さくない。【岡田悟】
毎日新聞 2008年9月23日 地方版