アニメックの頃… 著/小牧雅伸

アニメ新世紀宣言

ファンの力を結集するという野辺さんの方針が遺憾なく発揮されたイベントがこれである。あれから四半世紀以上の時が流れているのに、ファンにとっては「ウッドストック」的な物語に昇華されている。
それこそ「あの時、君は何処にいた?」である。
あの時、小学生としてアルタの大画面を親に肩車して見ていた人、遠く離れて紀伊国屋のあたりで進めなくなっていた人に今でも出会うことがある。たしかに、そんな酔狂なイベントに子供の頃に参加したくらいだから、後に業界人になった人が多いのだろう。

1981年3月14日全国松竹系公開直前の大イベントが、2月22日、新宿アルタ前で2万人を越える(新聞発表やアニメ雑誌発表の平均値みたいな数字である、最小の数字だと1万5千人くらい)ガンダムファン、そしてアニメファンが集結した「アニメ新世紀宣言」が開催された。数多くの若者が詰めかけ、アルタ前には入りきれなくて、西はガードをくぐって焼き鳥横町に、南はマイシティ前のロータリー、東は中村屋のあたりまで青少年で溢れかえっていた。整理用のロープをスタッフとボランティアで支えきれなくなったくらいである。
「あっ、やばいかも。これはまずい」ロープごと引きづられつつあった私が思った時に、奇蹟が起きる。まさに鶴の一声である。富野監督の声がマイクで響いた。
「イベントである以上祭りです。ですが、秩序のあるものでなければなりません、集まってくれた皆さんの熱意はわかります。しかし、ここで事故が起きてごらんなさい。世間では、所詮はアニメファン、集まっただけで騒ぎを起こしたと言います。それ見たことかと馬鹿にされてしまいます」
潮が引くように、ロープにかかる圧力が遠のいていった。
いままで周囲の人間にもたれかかるように無秩序に動いていた群衆が、富野監督とそれを映す画面に向かって整列したのである。以後は。ロープの仕切内で秩序が保たれた。

ここで行われたアニメ新世紀宣言、この宣言文は、最終的に野辺プロデューサーの手によるものである。だが、ファンクラブ関係者から集めた草案に共通するキーワードを全て取り入れ、推敲を重ねた「ファンが書いた文章」であった。決して綺麗な洗練された文言ではなかったが、読み上げるララァとシャアによって「自分の発した言葉」と多くのファンが思う文面であった。ちなみに2月の寒い時機に、あのヘロヘロのララァ衣装で頑張ったのは、声優デビュー前の川村 万梨阿である。ほんの数分前まで私が差し入れたホカロンを握って青ざめた唇をしていたのが嘘のように顔色が戻っていた。
一方、軍服で寒さはそれほどでもなかったであろう、京都の「アルカディア」というファンクラブ代表の青年は、後にメカデザイナーとして活躍する永野護であった。
あまりにも良くできたコスプレ衣装なので、写真を見ても気づく人は少ないだろうが、入念な打ち合わせと最後の最後まで「自分たちの言葉」として推敲された新世紀宣言は、万雷の拍手を持って迎え入れられたのである。

こうして、富野監督の締めくくりの言葉により、これだけの若者を吸引する力のあるアニメ作品は、世の大人たちが決めつけている低俗で俗悪なものではないことを明言したのだった。
1981年は、アニメックの編集長なのか、ガンダム宣伝係長なのかわからないドダバタの中で、劇場三部作と運命を共にする生活で埋められていったのである。

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