アニメックの頃… 著/小牧雅伸

「アニメック」13号

アニメック13号表紙画像

鰻の寝床のような編集部で苦労して編集したのが「アニメック」13号である。
夏は冷夏で、そのまま秋に突入したというのに、編集部出入りの人間が増えたからである。入ったのが秋で、冬はガスストーブを使っていたので忘れていたが、エアコンがある営業部とはパーテーションで区切られているので、冷房が効かないのだ。怪しい流しを作った窓を開けても、ほとんど風は流れない。かといって、浴槽本棚のある窓を開けるとビル風の影響で激しい気流が発生して、中の物が吹き飛ぶのである。出入りのライターが増え、人口密度が増すと暑いというよりは、湿度の増加で苦しめられた。レイアウト用紙のサイズが湿気で伸びるくらいであった。

13号は、二代目副編集長の最初の編集後記が掲載された号である。表紙はイデオン5話「無限力(むげんちから)・イデ伝説」のイデの勇者である。この話数はいってしまえば、総集編なのだが、1話からの精密な総集編でカララの語るパッフクランのイデ伝説として綺麗にまとまっていた。ということで、特集記事に連動したガンダム特集の進化形態なのだが、大きな変化がある。監督だけの総論であれば、途中経過がわからない。スタッフの足並みや想いも放映中に記録するべきだという二代目副編の提案で、かなり面倒な事であったが、主要スタッフにインタビューをしている点であろう。現場からの声を集めた力作という形に仕上がった。ガンダム記録全集でのスタッフインタビューも順次行っていた時で、スタジオに出入りし易い状況もあって、これが可能となったのである。

アニメ人気とはまた違った流れだが、こういう物も扱うべきと考え『ウォーターシップタウンのウサギたち』にも焦点を当てている。が、ガンダム同人誌でかなり成果を出していたI黒君に任せたら、わけのわからない物に仕上がり、結局2代目と泣きながら徹夜で全部作り直したというオチがあったりする。素人を使うとツボにはまると面白いが外すと酷いことになるを身をもって体験した特集だった。

逆に、「アニメックはSFに偏りすぎ」の女子編集部員の声を受けて『がんばれ元気』にかなりページを割いている点も珍しい。『がんばれ元気』の主題歌 「風になれ!」の堀欣也さんのインタビューではかなり盛り上がった。

ガンダムはまだ細かい質問が届き、設定書の説明を続ける「ガンダム研究」が続いていた。前にやったガンダム論が受けたので、読者募集をかけたらドーンと評論が集まった。かなりハイレベルな評論が多く、ガンダム総論を特集したのもこの号だ。後の劇場用パンフレットにしろガンダム論の引用はこれからされる事が多い。ちなみに、この投稿者の中の二名が、後に小説家に、ひとりが評論家になっている。筆の立つ学生は、それなりの素質があるのだう。弊害もあった。どうやらこの時代からなのだが、他人の意見をモンタージュして自分の意見とする投稿が目立つようになった。ほとんど他人の意見の切り張りなのだが、「ガンダム論」を商業誌でやったのは「アニメック」だけだし、ガンダム関連の主要な同人誌をすべて観ている編集部からすれば、誰のどの意見を切り張りしたか一目瞭然であった。
ましてや、それを二重投稿する人間も出る始末で、貰った出版社ではオリジナルと判断したのだろう。「あちゃー、今月の○○に彼が掲載されているよ」
と編集部にだけ通じる失笑が洩れたりもしたものである。これは別に珍しいことではない。特に特撮関係だと原典をちゃんと見直してメモをとるということをしないライターが、池田憲章氏を始めとする大御所の子引き、孫引きのキャプションを今も書いているくらいなのだから仕方ないだろう。

渡辺岳夫さんのお宅に伺ってのインタビューは非常に有意義な物であったが、後が困った。
インタビュー謝礼を受け取って頂けないのだ。
「私は音楽を売っているわけで、それについてのコメントで金をもらうわけにはいかない」
とは言われても……。困っているこちらを見かねて、ひと言。
「そうだ、それはいくらの予定? うん、だったらそこの酒屋でさ、これ買って来てよ。その領収書を会社に出せばいいでしょ」
ということで、インタビュー代金は洋酒一本、という非常に珍しいインタビューとなった。
なにはともあれ、13号からは誌面の泥臭さが減っているのは事実。理論整然と「これはこの部分を押さえたい」という二代目の意見は、古株の編集員にも伝わり、彼が指揮を執ったページが半分近くになっているのである。

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