アニメックの頃… 著/小牧雅伸

ふぁんろーど

そういえば、この年の7月に、アニメックの姉妹紙「ふぁんろーど」が創刊された。当初は隔月発売で、後に「Fanroad(以下、ファンロード)」として月刊誌になる。なにしろ、ショップ「アニメック」と雑誌「アニメック」が絶好調で、売り上げが跳ね上がったものだから何かに先行投資をしないと税金が大変になるというのが創刊の事情であった。逆にラポートが低空飛行を始めた90年代は、ファンロードの定期収入が会社を支えることになったのである。
通常、雑誌は会社が倒産したりするとスタッフが似た傾向の本を作るものであるが、編集プロダクション会社の銀英社が誌名の権利を取得していたので、現在も大都社から毎月15日に発売されている。
創刊時は野放し状態というか、激しい赤字にならなければ何をやってもOKの雑誌であったが、伊沢部長の肝入りで「読者投稿誌」としての体裁を整えてからは、順次売り上げが伸びて行った雑誌である。アウト読者の通称「アウシタン」とファンロード読者の通称である「ローディスト」は、独特のコアマニア群として80年代のアニメブームを支えていく。
ちなみに、銀英社は「アニメック」以上に人の集まる編プロであり、ファンロードを編集しつつも、かなりの余力があった。機動戦士ガンダム記録全集の3巻からは、かなり手伝って貰っている。後発のアニメ雑誌よりも、部分的にはガンダムに関して濃い内容が掲載されるくらいのスタッフが揃っていたのである。

当時のチーフ・デザイナーの山下幸雄さんは、もともと漫画家でレイアウトは安心して任せられた。何よりも非常に早いのである。DTP時代になって、想像を絶する早さのデザイナーは数人知り合いがいるが、手作業時代にこの人ほど早い人は見たことがなかった。
版型が小さいとはいえ、立風書房の「機動戦士ガンダム 大百科」を編集した時には、正味2週間でアップさせた天才である。ちなみに連邦軍の名もない戦車に「61式戦車」と名付けたのは、この本である。初出がわからないと研究している人には朗報かもしれない。どちらにしろ、ファンダム関係ではないものの怪しい名称の発信地が「ファンロード」という話はよくある。今では市民権を得た? ショタコンとて発祥の地は「ファンロード」なのだから。これとて、当時のコスプレショーで金田正太郎を熱演した青年が出入りしていた影響も多少はあるのだろう。ロリコンに対応する「少年コンプレックス」をどうするかと考えたイニシャルビスケットのK氏が、「小学生=半ズボン」「半ズボンといえば金田正太郎」という凄い連想から作り上げた造語が「ショタコン」なのである。

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