アニメックの頃… 著/小牧雅伸

第8回 「1980年秋

コードレスフォンと神業

1980年の記憶が混乱の極みである。冷静にメモをつけていくと、2年分くらいの仕事やらイベントをこなしている。書いたつもりで、抜けていた事や、その逆が続出して、校正に大変な苦労をかけているようだ。

1980年の夏は、案外仕事がし易かった。記録的な冷夏だったのである。だから秋はなくて、いきなり冬がやってきたような天候だけは覚えている。一番暑い時ですら冷風扇で過ごせたのだから、今年(2007年)の暑い夏とはかなり違っていた。そういえば『小熊のミーシャ』というロシア関連のギャグの定番であるコードネームは、この年のモスクワオリンピックのマスコットキャラクターを思いだした。モスクワオリンピックそのものは、日本をはじめ米・西独・中国などが不参加であまり盛り上がらなかったのだが……。

自分の中では一繋がりの歴史でも、ちょっと書くとかなり違うなぁと思う部分が多い。この時代、ソビエトは存在しているし、ドイツは東西に分断されていたわけである。勿論、携帯電話は、あるにはあるが実験機で肩からショルダーバックに入った本体を提げ、受話器にはカールコードが付いていた。この年の流行は、コードレスフォンである。スタジオライブに行った時に新しいモノの好きな芦田豊生さんが、常にコードレスフォンで打ち合わせをしているのが斬新だった。もっとも、そのコードレスフォンに必ず紐がついているのがすごかった。
「先生、この紐は何ですかぁ」
「いやあ、電話しているうちに作画に入ったりするとさ、子機を無くすんだ。子機だけ買っても高いから無くさないように繋いであるんだね」
また、当時の葦プロには最新鋭のコードレスフォンが何台もあった。でも物理的には紐がついていたという、こっちの方がSFじみた話だったかもしれない。
逆に早くからコードレス電話をサービスに使っていた喫茶店も多い。辻 真先さんが利用する喫茶店はだいたいそうだった。学生時代から昔の話をよく伺っていた縁で、手塚治虫選集の時には大変お世話になったものだが、テレビアニメの創世記についての私の知識の半分は辻先生から授かったものである。ただし、辻先生が喫茶店でお仕事となると、店のコードレスフォンは開店休業状態となった。小説の締め切りとシナリオの締め切りが三つや四つ常に抱えていらっしゃったので、「アニメック」用のペラ4枚程度の原稿は締め切り日を約束しているが、隙間時間に書いていただくという形になり、少し離れた席で待っていたりするわけである。
これがまた見物というか、毎度の大騒ぎで待っていても飽きなかった。
「先生、東映動画かせお電話です」
ウェイトレスが電話を運んで来る。
「はい、大丈夫ですよ。そうですね2,3時間で上がります。それから、新ロボットの性能が分かる人がいたらお願いします」
ここで保留。
「先生、朝日ソノラマからお電話です」
「はい、ゲラはまだ見終わってないんで、夕方取りに来ていただけますか。あっ5時返しですか、では4時に来て下さい」
そんなこんなで、保留中を含め、数台のコードレスフォンが辻さんの前に集まるのである。
電話でそれくらいであるから、殺気だった編集者や進行の群れが辻さんの座る机の周辺に同心円状態で座って待っていた。
「先生、うちのは今日印刷に回さないとコンテが間に合いません」
どこの誰かは知らないけれど、シナリオ待ちの進行さんが駆けつけて来た。
「あっ、それが一番早いねぇ、みなさん30分ほどお待ち下さいね」
みなさんというのは、複雑なパズルのように時間配分をして待機している人全員を指す。
突然、別の原稿用紙を取りだした辻先生は前のめりになると太めの万年筆でさらさらと原稿を書き出した。我々が物を書く時には、ときたま空を見上げたり、うーんと唸ったりという動作がある。辻先生にはこれがまったくなかった。少し離れていると原稿用紙に試し書きの「の」字を連続で描いているようにしか見えない。シャッシャッというペンの音と、パラリと原稿を捲る音だけが続く。しばらくすると、辻先生は最初のページに戻り、何かを書き足したり、修正をしながら最後のページへ。
「お待たせしました。これを……」
「ありがとうございます」
わっ、30分番組のシナリオを30分で書いちゃいますか。OP、EDを抜いて25分、合体シーンのお定まりパターンがあっても正味20分はありますよねぇ。この集中力は、本当に凄いなぁと感心するばかり。この速さは常人には真似できません。
で、放送された作品のレベルが高いわけですから、神業としか言いようがないわけです。
考えてみれば、数時間以内に何本もの締め切りが重なって担当が待っている状況は、どんな作家でも耐えられないような気がします。それをスイスイ捌いて行く手腕は目を見張る物がありました。こちらの原稿よりは、そういう生伝説を見ている方が楽しかったりする不謹慎な編集者も居たということで……。

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