アニメックの頃… 著/小牧雅伸

ドラえもん砂絵

そして、二代目副編集長の登場となる。現在、角川書店にいる「二代目副編集長」のことは、一部の方々からは「本名出して書いてください」という無責任な意見が届く。さてどうしたものかと思案投げ首……色々考えた末に「二代目」でいく事にしましたよ私は。
前述のように、初代副編集長は民間人に戻るわけだが、アニメックの二代目副編集長というのは、この業界の構造そのものを大変革させた人だった。しかし、その当時は早稲田大学に入学したばかりの学生であったのだ。
まず、恐ろしい偶然がなければ、この話は始まらなかった。海野社長は、長い版権交渉の末に新アイテムを開発していた。砂絵である。ハガキサイズの台紙に貼られた剥離紙を手順通りに剥がし、色砂を乗せていけば、キャラクターが完成するという新案特許を取った物である。これで、ドラえもんの版権許諾を受け制作したのだが、一度に大量がよかろうということで4トントラック4台分が製造されたのだった。テストも何もない思い切りだったかもしれない。
そして、この手の物は実演販売が一番売れる。だが台紙は全体が糊面で、剥離紙を間違って剥がすと収拾の着かない絵になってしまうのも事実。5種類のドラえもんの完成図版を並べておいても子供は買ってはくれない。手先の器用さでは伊沢部長がトップであったのだが、この人が一日デパートで実演販売をしていたのでは、他の仕事が出来ない。
かくして、同人誌時代やまんが画廊時代のつてを総動員して、実演販売が開始された。春休みのチビッコ満載のイベント会場で、製品梱包されていない台紙を山のように配布し、一色5キロの砂山を七色積み上げた机の上で、「さあ最初に一番濃い、黒の輪郭線を剥がします」とやっていくわけである。子供の爪ではうまく剥がせないので爪楊枝を配り、不器用な子供を手伝ってやりながら、だいたい30分で一枚完成する。完成した絵には砂が落ちないようにラミネートしてお土産に上げてしまう太っ腹。たいていのお子様は、自分の作らなかった残り4枚のどれかを、さらに気に入ると全種類をお買い上げという寸法である。

これがなかなか厳しい。見本を作る作業員は手先が器用で、愛想が良ければ済む問題ではなかった。ライトに照らされ立ちっぱなしであっては、屈強で知られるイベント男とて2日で根をあげたのだ。かなり体力のある女の子でも一日持たなかった。かなり良いアルバイト料金なのだが、いかんせん身体がついていかない激務であった。これが因果な事に大人気となり、客は増える一方である。それはそうだ。一枚400円で子供が一時間くらい集中してくれるわけである。超合金ロボットを買わされる事を考えたら親にとっては安上がり。おまけに作業中は、安心して買い物にも行けるありがたいイベントなのだ。
ある程度は予想して、場合によっては一人や二人余分になってもいいと手配していた人材も底を尽きかけた。見本用の砂が不足して一日3回くらい補給もしなければならない。アタッシュケースに詰めた15キロほどの砂を電車で配達する作業も限界に近づいている。
なによりも、編集部で前日にレクチャーするのに疲れて来た。2日目からはなんとかなるとしても初日にもたもたするインストラクターでは使い物にならない。編集部で私が教えた砂絵だけで数十枚が溜まっていた。このあたり手先が器用なのが営業部長と編集長だけというのは非常に困るのだ。

ついに、イベントを一週間残してメイン・インストラクターが不足するという最悪の事態に突入した。「あっ、交換条件出したらどうだろう」私は苦肉の策を出した。実は編集員の面接でひとり欲しい男の子が居たのである。なにしろどうなるかわからない時期だったので、一刻も早く決定したいということで、最終日に彼が来た時には今期の編集員が決まっていたのだ。伊沢部長に相談すると「今の危機が乗り切れるのなら、ひとまず追加人員として使ってもかまわない。だが失敗したら駄目。成功しても夏のバイト増員は認めない」という条件を引き出した。「二代目」に電話をして条件を伝えると、春休みのバイトをキャンセルして砂絵を手伝うと言う。アニメックの編集員になれるならもう何でもやるという意気込みだった。
さっそくレクチャーをすると、不器用であった。しかし、そんな物は数をこなせば馴れる。何よりも人当たりが良かった。子供は好きかと尋ねると女の子は大好きという答えである。ともかく好きなら良いやと催事場に送り込んだ。細身の青年だったが、立ち姿がしっかりしていた。大学の体育の授業ではボクシングを専攻するだけあり、全身がバネのような青年だった。
(余談になるが、私の大学でも、体育の単位はそんな取得方法もあった。私は面倒なので富士山の登山にしていた。5合目にある大学の保養地で1泊2日のキャンプに参加し、最終日に7合目まで登山すれば「可」。8合目まで登山すれば「良」。頂上まで登山して御来光を拝めば「優」が貰えるというヌルイものである)
この青年が砂絵の救世主となった。
「うーん、見せてごらんなさい。あっ、これはねこっちを剥がす方がいいよ。こうやって上から砂を乗せれば前の色も消せるからね」
すげぇ、鼻垂らしたガキも、失敗してべそかいてる女の子もどんどん丸め込んでいるではないか。かくして、後半の一週間は彼がメイン・インストラクターになり、助手の女の子を2名ずつ、半日交替という奇跡のローテーションが完成し、売り上げはどんどん増えていった。絶対に工事現場の穴掘りよりはきついであろうこのアルバイトを最終日まで勤めた青年は、員数外という特別枠のアニメック編集部員になったのである。
「ねぇ、小牧さん。どうして編集部の時給だと砂絵の半額なのかしら」
「違うって、編集部の倍額出しても砂絵の人員が確保できなかったの」
「資本主義の常識っていやですねぇ」
彼の普段の会話はお公家さん風であった。かなり育ちの良い家の子なのだろう。
さて、この青年。「アニメック」11号の編集をするうちに基本を全て覚えてしまったのだから、頭は良い。ようするに、私がこの一年半で吸収したノウハウを二ヶ月でマスターしてしまったのである。あろうことか、作品によっては私よりも達者なネームを切るのも発見した。まさに砂絵さまさまである。後にも先にもこれだけ勘の良い青年は存在しなかったのも事実である。どれくらいすごいかというと、夏休み前半は学校がないのでフルタイムで動き「アニメック」12号のメイン特集『赤毛のアン』をひとりで編集してしまうのである。気が付くと、私の不眠症はすっかり完治していたのであった。

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