そして、お引っ越し
6号が出て、7号の編集が進む中、ちょっとした騒ぎがあった。サンライズ企画室に掛かってた来た電話に出たイイズカさんがえらく不機嫌になったのだ。
「最近、こういうファンが増えたんで困るんだよー、まさかお前んとこの読者じゃないだろうなぁ」
「なんて名前ですか?」
「神北恵太(いや、もちろん三重県三重郡に住んでいた頃なんで本名を名乗っていましたが)とか言ってた」「すいません、奴はアニメックの読者です」
チャンチャン。
いまでこそSF関連のライターでブイブイ言わしてる神北恵太ですらこんな物である。だいたいペンネームが壮絶だ。「無敵超人ザンボット3」のヒロイン神北恵子のもじりなので、ファンにとってはかなりこっ恥ずかしい。同人時代はともかくとして、プロになってもこれを使うとは想像すらしなかった。ファンレターや質問のハガキに全部目を通しているとはいえ、編集長が名前を聞いただけで即答できるくらい彼の活躍(ということにしておく)は激しかったのだ。後にアニメック最低読者ランキングでトップの得票を取るだけの人物であった。ここまで来ると褒め言葉だ。何にしろ目立つくらいではないと生き残れない世界なのだから。つまりこの事件が代表するように、アニメックが呼び水になり、この業界に入って来る人間の発生増加を象徴するような出来事だったのである。
さて、ここまで読むとパターンが読めてくると思うのだが、引っ越しが始まる直前に、またまた仕様が変更された。つまり、営業部に必要なスペースを確保して、残りが編集部という構造の部屋が完成したのだが、これがとんでもない事になっていた。外側から見ると新しく作られた壁の左右の隅に営業部(というよりは本社そのものだ)のドアと編集部のドアがある。
営業部は、中が広く、一部は商品発送用の通販部となっていた。営業部が広ければ、編集部は狭い。それは覚悟していたが、ドアを開けるとドアの幅で廊下が続いている。
「なぁ、小牧。また、だまされてないか?」
U杉の質問には、なかなか切り返しができるものではない。それでも
「ほら、広軌の新幹線車内くらいの幅があるわけだから、お座敷列車みたいなもんで……」
苦しい。かなり苦しい言い訳だ。
かくして、レイアウトを考えたのだが、営業部との境になるパーテーションが綺麗なので、そこに向けて机を並べるしかない。小牧・U杉・中村のメイン3人に予備が2つ。この5机でだいたいがふさがった。小さな窓を残して、本棚と簡単な作業机を並べると人が通るのがやっとの隙間があるだけとなった。天井の照明は、以前より大変明るくなった。コンセントの数も容量も十分である。雑居ビルなので、トイレも沢山あり編集部専用の洋式トイレもある。状況としてはかなり良いのだが、何かが足りなかった。
「流しが営業部にしかないってのは問題だよなぁ」
U杉の愚痴は正しい。編集作業というのは頻繁に手を洗う必要がある。セル画は手袋をして扱うものの、切り出したフイルムは素手で両サイドをつまみネガ袋に詰めたりする。ほとんどが手作業なので常に手を洗う必要があったのだ。原稿書きとなれば一日座り仕事でお茶とコーヒーの消耗も半端ではない。水回りは必需品なのである。
「なければ作るしかないだろうな」
ドアの反対側の一番奥の小窓を見ながら、私は恐ろしい改造計画を思いついていた。人間、時間がなくて、ほぼ24時間編集作業をしていても進まない時には、脳内麻薬の分泌が激しくなるものである。気分転換にしては時間を食うが、二日をかけて大工事を始めた。
今では、地下鉄新宿御苑の周囲は、ビルだらけである。当時は旧式な建物がリフォームの末にビルになるという過渡期であった。比較的新しいステンレス流し台くらいは幾らでも調達できた時期だったのである。幅広のステンレス流しの余分な部分を叩き切るのはU杉にまかせ、私は配管工事を担当した。ビルの小窓の下には下水管があったのが幸いである。窓の一角をウインドファンクーラーのパーツを使い5センチ開き、そこから配水管を通した。
当然、窓より低くては水が流せないので流し台には下駄を履かせる。ついでビル壁面に幾つもある閉鎖配管を順次確認した。このような多目的ビルだと電気・ガス・水道の配管が壁面から飛び出し、それを塞ぐ蓋が付いているものだ。電気と水道は得意だが、ガスは専門外なので触らない。アルバイトでビルメンテナンス全般を行っていた時期もあり、そのあたりの資格をもっているという万能編集長がひとり居るとこういう時に便利だ。だが、編集長が工事をしている間、編集はストップするという弊害は常にあった。ほとんど雑用係ですからね。
なんとか水栓を発見した私は、夜間に営業部の元栓を閉めると、調達した配管と蛇口を取り付け、流水試験を開始した。流しの周囲に台を取り付け電熱器とコーヒーメーカーを設置して、簡易台所が完成した。もともと団地が普及した時の昭和30年代に規格の定まった流し台は若干背が低く、最近の流し台は背が高い。ただ編集部の流し台は、かなり背が高かった。170センチ以上の男性は良いのだが、お手伝い要員の女の子は背伸びをしないと使えない流しとなってしまった。
「ほれ、イントレ」U杉が流し台の前に置く、台を叩いて(作って)きた。なんだが、文化祭前の演劇部大道具のノリである。
「イントレちゅうより雪洲(せっしゅう)だよなぁ」私は流しの前に台を固定した。
二人とも演劇には、まったく関係していない。映画イントレランスで、全景を撮影する為に作られたカメラを高い位置に設置するための仮設台は、今も工事現場の架台に「イントレ」という名前を残している。同じくハリウッドで活躍した日本人俳優・早川雪洲があちらの女優と背の高さを合わせる踏み台は演劇界では今も「雪洲」と呼ばれている。SF系同人誌をやっていた人間の頭の中には一生に一度使うかどうかという雑学が山のように詰まっているのである。とにもかくにも、この流しはワンチャンビルでの一年数ヶ月の生活を支えてくれるものとなったのである。
9月のある日、我々は木造アパートからのエクソダスを開始した。今、エクソダスと言えば、「オーバーマン キングゲイナー」だが、この当時は「スペース1999」である。ムーンベースアルファが、居住可能な惑星に接近したら、基地の機材を根こそぎ持って全員で引っ越しするという壮大な計画の事である。台車に乗った機材たるや、使っているから机と呼べるような状態であって、白日に照らされたら粗大ゴミ以外の何物でもなかった。おおかた片づいた夕暮れ時になって、あのジャブロンを思いだしたので運ぶことにする。台車では何なので、U杉と二人で運んだ。
「しかし、これどこに置く」
「低い本棚の上に置いて、間仕切り入れて本棚かな」
なぜ捨てるという発想がないのか。
あの頃の自分に忠告してやりたいと思う。
結局、このステンレス浴槽は編集部に鎮座ましましたのだから、呆れたものである。
この移動中、たいした距離ではないのだが、途中で雨が降って来た。7号の未来少年コナン劇場版の特集をやったばかりの二人である。当然の行動を取ることになった。浴槽を逆さにして二人でかぶったのである。釜に連結する二つの穴があるので、前棒(籠かよ)のU杉がその穴から前を見て、後棒の私に指示するという珍道中である。
「そこ、段差あるからな」
「わっ」
トロッコを被って水中を移動するコナン、ジムシー、ダイスをリアル再現したような最後の荷物を運び込んで、引っ越しは終了した。これだけの馬鹿騒ぎの中でも「アニメック」7号は無事に発売され、6号以上の速さで売り切れ店が続出した。アンケートハガキのほとんどが「ガンダムは小特集では足りない、もっと多く」というガンダムブーム到来を感じる物ばかりであった。
編集部は、ますますガンダム漬けになっていくのであった。(つづく)
手作り流し付き仮設編集部の中で、「アニメック」は次なるステップに飛び立とうとしていた。
次々に巻き起こる珍事を乗り越え、編集部員の奮闘は続く!
ご期待ください。
(2007/08/28)