砂のラヴ・ソング


※このお話はちょっと長いので接続を切って読むことをお勧めします




      アンジェリーク……

      私の心の“海”はあなたです…

      あなたと見るこの風景

      それら全てが

      この乾いた砂の世界を潤す

      優しい水の恵みなのです……





ルヴァ


 ブッ、ブホァァァ────

「わっ! 何なのっ! 汚ったなーい! 私のお召し物が台無しよ!」

 目の前に広げられた雑誌を飛び越して、ルヴァの吹き出したハーブティーは噴水のように、夢の守護聖オリヴィエのきらびやかな衣装を直撃していた。

「わっ、す、すいませんっ、」

 慌ててテーブルクロスで夢の守護聖の衣装を拭う。

「……やっぱりルヴァには刺激が強すぎたのかしらねぇ」

「何いってんだ…。『おもしろいから見せてみよう』って言い出したのはおまえじゃないか…」

 その内面の情熱を思わせる深紅の髪をした炎の守護聖オスカーが、半分笑い、半分あきれながら言った。
 大地の守護聖ルヴァは、耳まで真っ赤に染めながら、俯いてテーブルクロスをもみくちゃにしている。

「こ、こんなもの…、飛空都市に…、もっ、持ち込んだら…」

「だぁーいじょうぶっ。あんたが黙ってればばれやしないって」

 ゴクラクチョウの二つ名を囁かれているオリヴィエは、その名の示す通りお気楽に言う。

「でっ、でもっ、でもっ…」

「でもねぇ…。本当にアンジェにそっくりじゃない、この写真の子」

「ああ、お嬢ちゃんがあと五歳ぐらい年をとれば、瓜二つになるだろうな」

 オスカーはしみじみと写真を見直した。
 それは下界で売られている大衆雑誌だった。
 見目麗しい女性が表紙を飾り、大部分をカラーグラビアが占めている。その一部にかなり目を引く大きな写真が掲載されていた。
 『優しい天使』と題したその写真は、輝く黄金色の髪にブルーアイの女性が身に一糸もまとわず、しかも悩ましげにこちらを見ているものだ。膝を立てて座り、手を後ろに付いて胸を強調し、その形のいい乳房を惜しげもなく晒している。恍惚とした表情を浮かべ、瞳は濡れて何かを訴えているようだった。
 オスカーはちらりっとオリヴィエの顔を見ると、雑誌をテーブルの上になげだした。

「!」

 俯いたルヴァの目に官能的な写真が飛び込む。

「…うっ、うぅぅ…」

 何事か呟こうとしたようだが、そのまま固まってしまう。

「ふぅ……。こりゃあだめだわ……」

 頬杖をついているオリヴィエはしみじみとため息をついた。

「ねぇ、ルヴァ? 大丈夫?」

 返事はない。

「ルヴァ? ルヴァってば!」

「あぁぁああ? はいっ? な、なんですか、オリヴィエ?」

「それ、あげるからさ。………たまってんじゃないの? あんた…」

「たっ、たっ、た、たまってるって、あ、あな、あなた、あのっ、そのっ何がっ?」

「何がって、そこまで言わせるの? この状況であんた、『貯金がたまってるの?』とか、『仕事がたまってる?』なんて聞く人がいるわけないでしょ? 欲求不満なんじゃないのって、言ってるのよ」

「よっ、よよよっきゅー、ふまんっ?」

「きゃははははっ」

 少々意地が悪いとも思えるくらいのからかい方である。
 オリヴィエは、ルヴァの手に雑誌をしっかり抱きしめさせるとウインクをした。

「わ、私、…あっ、そう、そのっ、用事が、そう、よ、用事が来るんですよっ、だから早く家が、い、家と帰らなくてはっ」

 なんだかよく分からない理由を上の空で呟きながら、ルヴァは椅子を立つ。

「あぁぁぁ!」

 立ち上がった拍子にまたしてもテーブルの上のカップをひっくり返し、オリヴィエの衣装を濡らしながら、それを気遣う余裕もないままに、彼はふらふらしながら執務室の中へ消えていった。
 バルコニーにしつらえたテーブルに取り残されたオスカーとオリヴィエの二人は、少し褪めた目でそれを見送った。

「…少しからかい過ぎたんじゃないのか?」

「あれくらい……、あれくらいやらなきゃ分かんないのよ、ルヴァは…」

「でも、あの調子だと、……ひょっとすると本当にお嬢ちゃんを押し倒してしまうかもしれないぞ」

「さあ…、それはどうかな? なんてったって、ルヴァだからね…。もう一押し、必要かな…?」

「……おまえも奇特な奴だな。愛してるんだろう? お嬢ちゃんのこと……」

「………」

 オリヴィエはこぼれたハーブティーの水たまりを見つめながら、何も答えずにいた。

「他の奴との仲を取り持つなんて…」

「オスカー……」

「ん?」

「あの子がさ、言うんだよ……。もうすぐ、もうすぐ試験が終わっちゃうってさ…」

 指先でこぼれたお茶を突っつき、オリヴィエは彼らしくない表情でオスカーを見上げる。

「フェリシアとエリューシオン。今は膠着状態でも…、エリューシオンは順調に発展してて、このままいけばアンジェリークは女王になる。…でもさぁ、あの子は……、女王になることなんて望んでない。…あの子の瞳は、ただ一人の男性だけを映してるんだ」

「オリヴィエ……」

「あのおっきな瞳に涙を一杯ためてさ、『あの人といつまでも一緒にいたいなんて、わがままなんでしょうか…』なぁーんて、聞かれちゃって……」

 何かを飲み込んだように言葉につまり、オリヴィエはくるっと横を向いた。

「ルヴァだってさ…、このごろいつもぼぉーっとして、…まあ、ぼーっとしてるのはいつもだけど…、小難しい本なんか開いてるだけで全然読んでないし、ゼフェルが何言っても上の空だし。…アンジェといるときだけはとっても穏やかな顔しちゃってさ。まったく…ルヴァときら、奥手だから」

 オリヴィエが転がったカップを指ではじくと、ピーンと澄んだ音が鳴った。
 午後も遅くなり、ずいぶんと涼しい風が吹いている。空がスミレ色に染まりはじめ、黄昏は二人の守護聖の心にまで入り込んできた。

「ルヴァは誰かが背中を少しだけ押してやらなきゃダメなのよ。自分の心を気付かせてやらなきゃ。だから……」

「それでいいのか? おまえは?」

 オスカーは自分の胸が針で刺されるような痛みを感じていた。これほど自分をさらけ出した夢の守護聖を見るのは初めてのことだ。何とかしてやりたい、とも思う。

「だって、だってしょうがないじゃないっ! 私じゃだめなんだから。あの子が愛してるのは私じゃないんだから…」

「オリヴィエ…」

「あの子のあんな顔は見たくない。あの子には……、笑顔が一番似合うんだよ…」

 オスカーは、整って美しい横顔をじっと見つめたが、それ以上何も言おうとはしなかった。






 ルヴァは茫然自失の状態でようやっと館に帰り着き、食事も咽を通らないまま自室に引きこもった。
 机の上には無造作に置かれた書物の他に、あの雑誌も並んでいる。
 オリヴィエに手渡されて、それの存在感をすっかり忘れてしまうほどに狼狽した彼は、そのまま気付かずに持って帰ってしまったのだ。そんなつもりはまるでなかったのにである。
“本当に…?”
 と、聞かれたら、胸をはって答えられたかどうか、自分でも怪しいものだが。
 見てみたい心が気が付かないうちに、自分の中にあったのかもしれないと思うと、それだけで自分が卑しい者のように思えてきてならない。
 ルヴァとて男性である。
 こんな写真に興味がないと言えば嘘になるが、これほどまでに自分がほのかに思いを寄せる女性と似ていると、妙に怪しい気持ちになってくる。ましてやオリヴィエに『たまっている…』などと言われ、やましい気持ちでアンジェリークの事を考えている自分に気付き、またしてもどうしたらよいのか分からないでいる。

(私は……、アンジェリークのことをそんな目で見ているのでしょうか? ……うーん、いえいえ、いいえ。私はただ、あの眩しいくらいの笑顔がとても好きで、彼女といるととても心が安らいで……。時間を忘れてしまうほどいろいろな事を語り合って……そう、先日もすっかり遅くなってしまって、寮まで送っていったんでしたっけ…。木々をわたる風に怯えたのか、彼女は私の腕にすがりついて、あの大きな瞳で私を見上げていました……)

 その時の情景がよみがえってくる。
 アンジェリークは少し前を歩くルヴァのもとに駆け寄り、ギュッと右腕を抱きしめた。
 暖かくて、柔らかな胸の感触がルヴァの腕に伝わる。
 怯えて見上げるアンジェリークの顔を見下ろすと、押し上げられた双丘が谷間を作り出し、広くくった服の襟元からのぞけた。
 ルヴァは慌てて目をそらす。

「あぁぁぁぁ! ちがいますっ! ち、ちがいますぅっ! 私は断じて、そんな事を考えようとした訳では、」

 思いもよらぬ方向に回想が進んでゆき、ルヴァはぶるぶると頭をふった。

(……そう、こんな頼りない私にすがりついてくる彼女がとても愛らしくて、私はその時自分がとても強くなったような気がしました。アンジェリークはいつも自分が気付かなかった新しい一面を悟らせてくれる。とても、とても大切な人です…)

「あの彼女の育成中の大陸に降りた時もそうでしたっけね……」

 ルヴァの回想は、またしても幾日か前の事におよんだ。
 とても静かで素敵な場所だといって、ピクニックにさそってくれたアンジェリークは、いつもより数倍も輝いて見えた。
 ほのかに潮の香りが漂う丘で、彼女は海を見つめて立ちつくしていた。

『この海は、ルヴァ様の心の海には及ばないかもしれないけど…』

 その言葉を聞いた時、ルヴァは自分がどれだけ“海”という幻想に憧憬を抱いていたか悟った。
 海のない星に生まれ、いつか海を見てみたいと思い続けていた日。
 初めて海を見たとき、“こんなものか…”とあまり心に感動をもたらさなかったのは何故なのか。

(私の見たかった海は、私の心の中にちゃんとあったんですね。最初から…)

 彼女はちゃんと分かっていたのだ。ルヴァの見たい“海”を。

(あなたが潮風を受けて頬をピンク色に染めて……。あのとき、いたずらな風はあなたのスカートを少し持ち上げて……)

「って、あぁぁぁぁ! どうしてまたっ!」

 あまりにも刺激が強すぎたのか、ルヴァの思考は結局のところ、自分が考えまいとしている所に行き着いてしまう。

「私は純粋に彼女を愛してるんですっ! 決して身体がどうとかっ、そんなやましい気持ちなんてっ、………えっ? 愛してる?」

 自分で口走った言葉に自分で疑問を投げかける。

「そっ、そうだったんですか……。私は彼女を愛していたんですねぇ……」

 あらためて悟った事実に、感慨深くうんうんと頷くルヴァであった。
 





アンジェリーク


『ルヴァさま…』

 アンジェリークが振り向き、微笑んだ。
 いつものあの眩しい笑顔を向けられて、ルヴァはときめいた。

『ルヴァ…さ…ま』

 再び掛けられた声は艶っぽく、いつの間にか彼女はルヴァの腕の中でこちらを見上げていた。
 なめらかな肩がルヴァの目に入る。
 彼女は何も身につけていなかった。

『あ、アンジェ……』

 ルヴァは息を飲んだ。

『どうして、あ、あなたっ、そんな』

 言葉とはうらはらに、彼女の両腕を掴んだルヴァは、魅惑的な身体をしみじみと見つめていた。

 『ルヴァ…さまぁ…』

 ねだるような、幾分くぐもった声がルヴァの耳に届いた時、もう彼には、自分を止める術が何一つないことを知ってしまった。

『あ……』

 一つ呻くと、ルヴァは闇のしとねの上に彼女を押し倒していた。
 自分でも考えられないほど荒々しく、彼女の唇を奪う。
 探求心がルヴァをどんどん彼女へと導いてゆく。
 彼女の全てをその目に映したかった。
 彼の男性である部分が求めてやまない神秘の迷宮へ足を踏み入れる事が、彼女の全てを手に入れる唯一の方法だった。
 ルヴァはアンジェリークの足を持ち上げ、そこにたどり着こうと試みた。
 ……が、

『いやっ、ルヴァ様、やめてっ!』

 アンジェリークは身をくねらせて開き掛けた足を閉じようとする。

『アンジェリーク…』

 切なさと、嘆願と、欲望の入り交じったルヴァの言葉がむなしく響く。

『だめっ、それは駄目なのっ』

 彼女の抵抗は男の劣情を誘う演技ではなく、どうやら本物のようだった。
 瞳に涙を浮かべ、恐怖に身を震わせている。
 しかし、ルヴァにはその懇願に答える理性が残っていない。必死の抵抗ですら、ルヴァの中に眠っていた野生の獣のような性の欲望を刺激するものでしかなかった。
 彼女の抵抗など意に介さず、ルヴァは無理矢理………。
 


  ──────わぁぁぁぁぁぁ!!


 自分の叫び声に驚いて飛び上がった時、脇に積み重ねて置いた本の山がドドッと崩れてきて、ルヴァはようやく、自分が夢を見ていたことを知った。

「夢………だったんですか……」

 ひとまずホォーっと安堵のため息をつき、背もたれに寄りかかる。

「夢で…よかった……」

 そう思いながらも、夢ですらも満足しきれなかった欲望の残り火がくすぶっていて、彼女を求めている自分に気付く。
 自分が愛する女性を陵辱する夢に、否定しながらも酔いしれている。

(私は……こんなに浅ましい人間だったのですか……。性欲など、理性で簡単に抑制できるものと、自分は大丈夫だと…、思っていました…)

 本で得た知識で、自分を抑制できない人間もいることは分かっているし、それはしょうがない事だとも割り切っているつもりだった。でも、自分だけは、そんなことはないと、又、愛する女性は自分の浅ましい欲望で汚してしまいたくないと思ってきた。
 だが今、自分は彼女を陵辱する劣情に興奮している。

「……そんな…」

 今度アンジェリークと会った時、自分を抑えられる自信が持てない。
 こんな夢さえ見なければ、自分の欲望に気付かず彼女に接していられたかもしれないが。

「アンジェリーク……」

 ルヴァは頭を抱え、深い悩みの中へ身を投じた。






オリヴィエ


「オリヴィエ様ぁ……」

 殆ど泣いている状態のアンジェリークが彼の執務室に飛び込んで来たのは、それから五日ほど経ってからであった。夕暮れの気配が見え始め、優しい夜の匂いが漂い始める、夢の守護聖が一日のうちで一番好きな時間帯だった。これからもっとも彼の本領を発揮できる時間が始まる。

「どーしたの? ……って、何となく理由は分かるけどね……」

 アンジェリークはこらえきれずに涙をぽろぽろ流しながらオリヴィエの胸に飛び込んだ。

「ルヴァ様が、ルヴァ様が…、変なんですぅ」

「変……。…そーねぇ……ルヴァはいつも変だけど、…いつもに増して変だろうね…」

「何か知ってらっしゃるんですか? 教えて下さい! 私……、何かルヴァ様に悪いことでもしたんでしょうか。ルヴァ様は…」

「アンジェ……」

「いくら考えても分からないんです……どうして? ……私…」

 それ以上は嗚咽で言葉にならない。
 オリヴィエは苦々しい思いを抱きながら彼女をそっと抱きしめた。果たして役得と言えるのだろうか……? だが、それはあくまで“兄”としての立場でであろう。

「ごめんね…、アンジェ。ルヴァがおかしいのは私のせいなんだ」

「オリヴィエ様の……?」

 彼女は涙でぐしょぐしょの顔を上げ、整った夢の守護聖の顔を見つめた。
 必死で胸の痛みをこらえ、少し頬がこけたのか青ざめ悲壮な表情をしていた。そのせいかいつもより大人びて見える。少女は恋を知って確実に“女”へと成長していっているのだ。
 オリヴィエはアンジェリークにこんな顔をさせたルヴァと、そして自分自身を憎らしく思う。それと同時に少女がルヴァのことに関してだけ“女”の面を見せる事に嫉妬した。

「アンジェ…」

 しかし彼はその思いを強引に仮面の下に隠し込むと、少女の瞳を見つめ返した。

「……理由は…ちょっと言えないけど、けっしてあんたのせいじゃないから。私がちょっとよけいな事をしただけ…。あんたは気にする必要ないよ」

「オリヴィエ様…」

 彼らしくもなく険しい面持ちで語るオリヴィエを見て、それ以上の追求は出来なかった。

「私がルヴァ様に嫌われた訳じゃないんですか? 本当に? …オリヴィエ様がそうおっしゃるなら…」

 アンジェリークは無理に笑って見せた。
 未だ乾ききらぬ涙が頬を濡らしてはいたが、『自分が嫌われた訳じゃない』と分かったせいか少しすっきりしたようだ。
 その表情を見たオリヴィエは先ほどよりも激しく、嫉妬の炎が燃え上がるのを感じた。
 オリヴィエの瞳に暗い炎が灯る。

「アンジェリーク……あんたそんなに…ルヴァのことが好きなの?」

「えっ…?」

「私の腕の中にいて……、他の男の事を言うなんて…」

「オリヴィエ様?」

 途端、アンジェリークはあっと言う間に床に押し倒されていた。むき出しの足に床の感触がひんやりと冷たい。
 一度抑えた為か、再び燃え上がった嫉妬心はさらに激しく、オリヴィエの感情に火を付けてしまったのだ。

「…その綺麗な瞳…。その宝石のような瞳に映っているのは目の前の私じゃなくて、……他の男なんだ…。
 そうさ。分かってる。何も言わないでくれないかな? これ以上あんたのそのサクランボみたいな唇から他の男の名前を聞いたら……、きっとその唇を私の唇でふさいじゃうよ…。今だってどんなそうしたいか…。
 大丈夫……、大丈夫だから…、そんなに怯えないで……。何にもしやしないよ。分かってるから…、私じゃ、駄目なんだって……。でも、あんたがルヴァの事を思うたびにどんどん綺麗になって、私にこんな思いをさせる程あんたはとっても魅力的で…。
 そう……ほら、分かるだろう? 私だって…男なんだよ」

 アンジェリークは突然の出来事に身動きも出来なかった。身体全体にオリヴィエの熱い思いを感じられて、酷く動揺していた。
 めくれ上がったミニスカートの足の付け根の当たりに、一際熱く燃えるオリヴィエ自身を感じる。耳元の熱い吐息と囁きで、身体全体に震えが走った。

「お願いだから、もう少しだけ動かないでいておくれ。私が…少し落ち着くまで…。でないとおかしくなってしまいそうだ」

 夕闇が色濃くなって来た頃、オリヴィエはようやく少女を解放すると、寂しそうに笑いながらこう言った。

「告白してみなよ。……ルヴァがあんたを避けているのは、あんたのその“女”の魅力をようやっと気付いたからなんだ。あの奥手のルヴァのことだから、どうしていいか分からないでとまどっているだけなんだと思うよ」






オスカー


 その夜遅くの事だった。
 炎の守護聖の屋敷を訪れた者があった。

「やっほーっ! オスカー! いるぅ?」

「なっ! ……こんな夜遅くに誰かと思えばおまえか……」

「夜遅くぅ? 夜の帝王オスカーともあろうものが何言ってんのよ。まだまだ宵の口よぉ〜ん」

「よ、夜の…って……、おまえ……酔ってるのか?」

「酔ってなんかないわよぉ」

 そう言いながらも足元はおぼつかない。

「まあ、とにかく入れよ。そんな所で騒がれちゃぁ、警備兵が何事かとやってくる」

 オスカーは猫のようにじゃれつくオリヴィエを引きずって自分の部屋へ連れてゆく。そして、ディヴァンの上にどさりと落とした。

「ほら……。随分飲んだんだな。酒に強いはずのおまえがこんなになっちまうなんて」

「そんなに飲んでないよぉ。ブランデー、ロックで五本ポッキリ!」

「ご、五本っ?」

 いくら何でも飲みすぎだ。

「おまえ……何かあったのか?」

 ガウン姿でオリヴィエの隣に腰掛けると、気遣わしげに彼を見た。
 ディヴァンの上に身体を投げ出した夢の守護聖は、いつもの露出度の高い煌びやかな衣装を着ていた。だが、それすら着崩れて服の主と同様投げやりな様相をしている。

「うふふふっ、オスカー…、あんた、いい男だねぇ。私なんかの心配してくれるの?」

「馬鹿なこと言うな。“私なんかの”じゃなくて“おまえの”心配をしてるんだ。夢の守護聖ともあろうものがそんなに飲んで、衣装もメイクもぼろぼろじゃないか…」

 顔をこすったのか、メイクが落ちてすっかり素顔が覗けている。オスカーは、彼の素顔をこれほど間近で見たのは初めてだったが、同性の彼ですらドキッとするほど、肌はきめ細かく滑らかで、睫毛は長い。
 その目がぱっちりと開いてオスカーを凝視した。

「もーぉ、なんかとぉってもいい気分になってきちゃった」

「さっきからいい気分だろうが…、おまえは」

「んー、オスカーっ」

「おいっ、こらっ」

 オリヴィエはオスカーの腰にしがみついて足に顔を押しつけた。

「……抱いてよ」

「えっ?」

 オスカーは一瞬耳を疑った。
 夢の守護聖は外見とは裏腹に生真面目で誇り高い。長いこと一緒に守護聖の任についているが、弱音を吐いた所を見たのは今回の女王試験が行われている今だけだ。どんな困難な事件が起こっても、彼はいつも陶然としていたではないか。

「…俺は女は好きだが……」

「そんなこと分かってるよ。私だって女の子抱いてたほうがいいに決まってる」

 オリヴィエはオスカーのガウンをギュッと握りしめる。

「ごめん……、冗談だよ」

「…何があったのか、言って見ろよ」

 オリヴィエはびくっと身体を震わせた。
 やがて、オスカーの足に顔を押しつけたまま、低い声で話し始めた。

「…アンジェを……押し倒しちゃった」

「なっ?」

「それだけ。それ以上は何もしてないよ……。キスさえ……してない」

「オリヴィエ…」

 オスカーはいたわるように夢の守護聖の柔らかな髪を撫でた。
 まるで傷心の女を慰めているようだと、オスカーは思う。

「だけど…あの子を怖がらせちゃった。あんなに…怯えた瞳をして私を見ていた。私……そんなつもりじゃなかったのにサ。…ルヴァに嫌われたんじゃないかって心配しているあの子を見ていたらもう……何がなんだか分からなくなっちゃった…。自分でも驚いてるよ。こんなに激しい感情を見せちゃいけない相手に見せちゃうなんて…私らしくない…。キスしないように……、あの子を激しく抱いてしまわないように、抑えるだけで精いっぱいで……あの子を気遣う余裕さえなかったんだ」

 オリヴィエはその時の感情の高ぶりを思い出したのか、段々と声が大きく吐き出すようになっていった。

「これからあの子は私のこと…、今までのようには見てくれないだろう…。たとえルヴァとうまくいったとしても、……いや、いいんだ。もう…私は……」

「オリヴィエ…」

 オスカーは何とかしてやりたいと思った。しかし、一体自分に何がしてやれるだろう。彼の望み通り、彼を抱いてやるのか?
 冗談めかしていたが、あれは本気だった。

「忘れようと思って下界へ行ったんだ。だけど、どんなにとびっきりの女の子を腕にしても抱けないんだ。あの子の顔がちらついて。吐くほど飲んでも消えないんだ、あの子の身体のぬくもりが……、私のこの身体が覚えてる。あの子の髪の柔らかさ、あの子の匂い、あの子の声……」

 オリヴィエは息が詰まったように、苦しげに言う。手はますますオスカーの腰にしがみつき、顔をすり寄せる。

「めちゃくちゃにしてよっ! オスカー! 私をめちゃくちゃにして! 何もかも忘れてしまうほど…、あの子の面影をずたずたに切り裂いて、私が私でなくなってしまうくらいに!」

「オリヴィエっ」

 オスカーはしがみつくオリヴィエを無理矢理引き離すと、自分の前にしっかりと座らせた。

「しっかりしろ! いつものおまえはどうしたんだ!」

 オリヴィエはがっくりとしたまま顔を上げようとはしない。

「オリヴィエ! 俺の顔を見るんだ!」

 やがてオリヴィエはゆっくりと顔を上げたが、目は閉じたままだった。

「オリヴィエ!」

 オリヴィエの長い睫毛がピクピクと痙攣した。だが、両の瞼はしっかりと閉じられている。

「お願いだよ、オスカー……」

 その目尻からすっと一筋、涙が流れて落ちる。

「…私が、守護聖としてあるまじきこと……自分で自分を破滅させてしまう前に……。お願いだから、なんとかして欲しいんだ…。あんたに頼むのはお門違いだって、分かってるけど……だけど…あんたしか思いつかなかったんだ…。あんたしかいなかった…」

 その言葉を聞いたオスカーは、いつの間にか彼を力強く抱きしめている自分に気付く。

(ええいっ、なるようになれっ!)

 心の中で叫ぶと、オスカーはオリヴィエの唇を吸った。






再びルヴァ


 次の日、光の守護聖ジュリアスから全員に招集命令が来た。
 膠着状態にある女王試験に関する話だろうと想像はつくが、アンジェリークは気が重い。全員とあるからには、オリヴィエと、そしてまたルヴァとも顔を合わせなくてはならないのだ。出来ることなら消えてしまいたかった。
 オリヴィエを挑発した覚えはないが、あそこまで追いつめたのは自分だ。アンジェリークはオリヴィエが優しく相談に乗ってくれているのに甘えていたのだ。彼とて、人間であることには変わりないし、彼と居るときに他の人の話をするのは気分が悪いだろう事をちゃんと考えておかなかった。やはりそんな自分が悪いのだ。
 重い足取りで広間へ行くと、ルヴァを除く全員がすでに集まっていた。

「…あとはルヴァだけか…。一体どうしたんだ?」

 ジュリアスは余り機嫌が良くないらしく、険しい顔をしている。

「…クラヴィスでさえ来ているのに……」

「……」

 闇の守護聖はちらりとジュリアスの顔を見たきり何も言わなかった。

「アンジェ、遅かったね」

「オリヴィエ様…」

 夢の守護聖は昨日のことなど何もなかったかのようにパチリとウインクをする。
 瞳に揺れる影を除けば彼がいつもと違うことに気付く者はいなかったであろう。
 現に他の者は誰も夢の守護聖の異変に気付いていなかった。

「ちょっとルヴァを呼んできてくれないかな……。さっき大きな荷物が届いていたみたいだから、きっと何かまた本か資料が届いて夢中になっちゃってるんだよ、きっと」

 オリヴィエはジュリアスが何か言い出す前にアンジェリークを扉に押しやった。

「頼んだよ〜」

 廊下に足音を響かせながらアンジェリークは取りあえずほっとため息をつく。

(よかった…、オリヴィエ様いつも通りだわ。やっぱり…大人なんだ…)

 少女は夕べ炎の守護聖の屋敷であった出来事を知らない。
 だから気遣わしげにオスカーがオリヴィエを見ていたことにも気がつかなかった。
 薄暗い廊下を、アンジェリークは大地の守護聖の執務室を目指して歩いた。
 目的の場所に到着すると、彼女は決心するように息を整えてからノックをして、入室したのだった。

「…ルヴァ様。皆さんもう広間に集まっていらっしゃいますよ」

 返事はない。
 執務室はもぬけの殻だった。
 ただ、次の間に続く扉が僅かに開いていて、その奥からなにやらごそごそと人の気配がする。

「ルヴァ様?」

 部屋を除いて見ると、堆く積まれた荷物の影で大地の守護聖らしき服を着た人影が何やらかがみ込んでいる。

「ルヴァ様?」

「うわぁっ! あっ、あっ、あ、アンジェリーク? ……はぁー、びっくりした…」

「ごめんなさい。驚かしてしまって…。お声を掛けたんですけど答えが無かったものですから、…勝手に入ってきちゃって……、あの……すいません」

 しゅんとしてしまった少女に、ルヴァは慌てて言い繕った。

「い、いえいえ、夢中になっていた私が悪いんです。……それより何か用事ですか?」

 ルヴァはアンジェリークの顔を見ないようにしていたが、少女はそれよりも彼の後ろにあるモノに興味を引かれた。

「うわぁ……、ルヴァ様…、届いた物ってこれですか? きれい……」

 それは珍しい、青い羽根を持つ蝶だった。深い紫色の斑点を幾つもちりばめていて、ひらひら舞うその姿は宝石のように美しい。

「……これはあなたの大陸で見つかった新種の蝶ですよ…。宇宙のどこにも存在しない珍しい種なので、研究しようとおもってサンプルを送ってもらったのですよ」
 話題が自分の分野に来たせいで、ルヴァはここ何日か自分が煩わされていた思いをすっかり忘れてアンジェリークの隣にかがみこんだ。

「ほら、これが幼虫…」

「えっ?」

 うにっ…と動く緑色の物体が少女の目の前に突き出される。

「きゃぁぁぁ!」

 アンジェリークはルヴァの顔に飛びついた。

「いやんっ! いもむしダメなの!」

「あ、アンジェ! ああぁぁ、だ、大丈夫、すぐ置きますから、置きますからっ!」

 視界を少女の胸にふさがれた大地の守護聖は手探りで幼虫を箱の中に置くと、アンジェリークの身体を掴んで引き離そうとした。

「あああああん、じぇり、く、ちょっと、もう大丈夫ですからっ、ちょっ、ちょっと…」

「いやぁっ! いもむしいやあっ!」

 少女は尻餅をついたルヴァの顔を抱きしめるようにしていたが、ちょっとしたショック状態に陥っているのか、ルヴァの声が聞こえてないようだ。
 柔らかな胸に顔を埋めた状態になっているルヴァは、考えまいとしていた事が一気に溢れてきて頭に血が上ってくるのが分かった。

「アンジェ、駄目です…っ、アンジェ、私は、……そんな事考えてないですっ、じゃなくてっ、こんな風にされたら……、アンジェ…リーク…」

 抵抗しようするルヴァの声が次第に弱くなる。いや、正確には抵抗しようとしているのは自分の感情だったに違いない。
手はルヴァの理性に反して彼女を包み込むように抱きしめていた。

「私は……アンジェ……」

(言わなければ……)

 ルヴァは心の中で叫んだ。

(取り返しのつかない事をしてしまう前に、愛していると告白して……そして、アンジェの気持ちを確かめなければ…)

 ルヴァはあせった。
 心とは裏腹に身体はアンジェリークの身体を抱きしめ、そして優しく愛撫している。

「アンジェ……」

 ようやく、彼の異変に気付いたのか、アンジェリークは彼の頭を抱きしめている事に気がついて顔を朱に染めた。だが、身体を離そうとしても離れられない。ルヴァの手が少女の身体をしっかりと抱きしめていたのだ。

「ルヴァ様?」

 呼び声に彼はゆっくりと顔を上げる。
 その顔は切なげに歪んでいた。

「アンジェリーク、」

 ルヴァは抱擁を緩め、少女の頬に手を添えた。
 少女はペタリと床に腰を下ろす。

「アンジェ……」

(言わなければ…)

 心の声が聞こえる。
 少女は震えながらも目を閉じた。
 ……そして、それが合図のように、ルヴァの頭の中は真っ白になってしまった。

「あぁぁ、アンジェ…」

 彼は呻きながらゆっくりと唇を押しつける。
 瞬く間にそれは離れ、次の瞬間には激しく唇を奪っていた。
 夢に見た、あの情景と同じだった。いや、それよりも遙かに甘美な、甘い唇の味。

「ルヴァ様……」

 顔中にキスの雨を降らせていたルヴァの耳元に、アンジェリークの掠れた声が届く。
 そして、もう一度、ルヴァは口づけた。
 自分の背中を遠慮がちに愛撫する少女の手の感触がある。それは優しくゆっくりと、だがしかし確実にルヴァを激しい感情の渦中へ落としていったのである。
 アンジェリークも、もう何も考えられずにいた。
 身体全体に唇を押しつけながら、ルヴァは『抑制できない感情』を味わっていた。
 アンジェリークのため息が漏れる。
 まるで夢に見た通りだ。
 アンジェリークは少し身を捩って恥じらいを見せた。

「ルヴァ様……あたし…、」

 怖いけれど…、ルヴァになら…とアンジェリークは思う。
 しばしの間、二人だけの時間が流れ…
 ……やがて、はっと気がついて身体を起こしたのはルヴァの方であった。

(私は……、私は…なんてことを……)

 愛している事を告げ、彼女の気持ちを確かめて、それからそれなりの段階を踏んでこうなるべきではなかったのか…?
 そんな思いがルヴァの心を駆けめぐる。

(彼女との初めての時を……こんな所でしてしまうとは……。私は彼女に何と言ったらよいのか…)

 アンジェリークはまだ余韻の残った瞳で、とろんとルヴァの顔を見ている。
 その目尻には涙が幾筋か零れていた。

「アンジェ……」

 言葉が出てこない。
 彼女を泣かせてしまった、という思いは、ルヴァを深く後悔させた。
 自分は何と気の利かない人間なんだろう。

(こんな風に……無理矢理のように奪うはずではなかったのに……。彼女にはもっと素敵な場所で、もっと優しく愛を交わして上げなければいけなかったのに……)

「アンジェリーク……ごめんなさい……。私は……」

 アンジェリークが瞳を大きく見開きルヴァを見返した。
 今、彼女は信じられない言葉を聞いた。

(ごめんなさいって……ルヴァ様……)

 愛されて、もう止められない程、自分は求められているのだと思っていた。

「そ……それって……後悔しているってことですか……」

 アンジェリークの言葉に、ルヴァは頷いた。

「こんな風にする筈じゃなかったんです…」

 ルヴァは椅子に掛けてあった白いカバーを取ると、彼女をそっとくるんでやる。
 アンジェリークはこみ上げてくる涙を堪えるためにぐっと唇を噛んだ。

(こんな風に……? 私とこんな風になるつもりはなかったって……?)

 そう知っても、やっぱりアンジェリークはルヴァが好きだった。ルヴァにならば、どんな風にされてもどんな事になっても後悔などしない。
 …でも、ルヴァが同じ気持ちでないからといって、それを責めることは出来なかった。

(同じだと……お互いに求め合っていると……思っていたのに…)

 アンジェリークはそんな思いを振り払い、必死で涙を堪えながら言った。

「大丈夫です。……気にしないで下さい…。お嫌なら……今の事は無かったことにして下さい」

「えっ?」

 思わぬ返答に今度はルヴァが目を見開く番だった。
 彼女は手が白くなるほどカバーを強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。

「こんな風になったこと、ルヴァ様の責任じゃありません……本当に。……でも…、ルヴァ様は…私のことが好きじゃなくても、私は……私は…、ルヴァ様のこと……好きです。とっても…」

 ルヴァは耳を疑った。

(私を好き…? アンジェリークが…? では、あの涙は……?)

 いったい何の涙だったんだろう…とルヴァは思う。
 いつになっても…女性の心は分からない。

「私…、ルヴァ様と結ばれたこと……後悔していません。私を抱いてくれてとても感謝しています…だから、……あはっ、ごめんなさい、やっぱり私じゃだめだったのかな…」

 最後の言葉は無理矢理笑顔を作ったアンジェリークだったが、抑えきれずに涙があふれ出そうになる。

「えっ? 私じゃ、だめって、アンジェリーク?」

「…ごめんなさい、失礼します」

 これ以上泣き崩れてしまう前にルヴァの前から消えてしまいたかった。
 同情してもらえば、ますます辛くなるだけだ。
 アンジェリークはくるりときびすを返し、カバーを身体に巻き付けたまま走り出した。

「ちょっと、ちょっと待って! アンジェリーク!」

 ルヴァは慌てて後を追おうと衣服を適当に被った。
 どうやら、アンジェリークは二人の話が食い違っていることに気がついていない。自分の説明が足りないことを今更ながらルヴァは酷く後悔した。

(また、また……彼女を泣かせてしまった)

 その思いが彼を焦らせ、彼女の去った方を目指して走り出す。
 そして、ようやく彼女を視界に捕らえたとき、アンジェリークは彼が追ってきたことに気付いて、焦ってそばにあった扉に飛び込んだ。

「あっ!」

 そう叫んで、その場に凍り付く。
 続いて飛び込んで来たルヴァは、息を切らせ、ぜいぜい言いながら素早くアンジェリークの腕を掴んだ。

「アンジェリーク、ご、誤解です…。私はあなたを抱いた事を後悔してるんじゃない。あなたの気持ちも確かめないで、あー、あんな風に無理矢理奪うんじゃなくてですね、そのー、もっとこう、きちんと段階を踏んで、あなたを怖がらせないように、優しく出来なかった事を後悔してる…、と言う意味なんですよ」
 ルヴァはしどろもどろながらも一気に説明すると、ぐいっとアンジェリークを引き寄せて抱きしめた。

「愛しています、アンジェリーク。順番が逆になってしまいましたが…。私は…そのー、ずっとあなたの事を愛していました」

「る、ルヴァ様…」

「…盛り上がっている最中に申し訳ないんだが……」

「何ですか? ……って? えっ? えっ? えええぇぇぇぇぇっ!」

 目の前に、オスカーが腕を組んで、あきれた顔をして立っていた。

「どっ、ど、どどどうしてっ、オスカーっ! あああ、あなたがこっ、ここに?」

 見るとオスカーの後ろには他の守護聖全員ともう一人の女王候補ロザリアもディアも揃っている。

「どうしてもこうしても、ここは広間で、俺達は最初っから、ここにいたんだが……」

「ルヴァ、」

 守護聖の長である光の守護聖ジュリアスが、こめかみを押さえながら頭を振った。

「アンジェリークも…。二人とも、もういいから、続きは屋敷に戻ってするがいい」

 年若い守護聖たちがひゅうひゅうと口笛を吹きながらヤジを飛ばす。

「おっさん! やるときゃ、やるんだな!」

「ルヴァ様……すごい…」

「僕……恥ずかしくなってきちゃった…」

 霰もない場面を見られ、すっかり狼狽したルヴァは、慌ててアンジェリークを抱き上げると後ろも見ずに広間を出ていった。
 その後……。
 飛空都市はもちろん、聖地にまで、果てしなく尾鰭のついた流言が飛び交ったことはいうまでもない。



…END