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自民党の総裁選は、予想通り麻生太郎氏が圧勝した。あす新首相に就任し、麻生内閣が船出する。
いつもなら、自民党総裁選は事実上の首相選びであり、新政権の政策はどうなるのか、外交は……といったことが関心を呼ぶ。だが、今回は様変わりだ。間もなくあると予想される衆院の解散・総選挙に向けて「これで自民党は勝てるのか」が焦点である。
本来であれば、新首相のもとでそれなりの実績を積み上げたうえで国民に信を問うというのが常道だろう。だが、今回はそこも違う。新政権への世論の期待が薄れないうちに、できるだけ早く総選挙にうって出よう。それが与党内の大勢なのだ。
だからなのだろう、当初から勝利が確定的だった麻生氏にしても、骨太な政権構想を語るどころではなかった。選挙を意識してひたすら景気対策を強調し、もっぱら民主党攻撃に力を込めた。立候補した5氏の論戦が深みを感じさせなかったのも当然だった。
◆耐用年数が過ぎたか
麻生氏が引き継ぐ自民党は、かつて経験したことのない危機にある。選挙向けに「顔」をかえてもかえても、政権維持に四苦八苦する。1年ほどの間に安倍、福田と2代の首相が政権を投げ出さざるを得なかったことがそれを象徴している。
自民党は政権政党としてもはや耐用年数を過ぎたのではないか。そんな批判が説得力を持って語られている。
結党から53年、官僚機構と二人三脚で日本を統治してきた。麻生氏は当選後のあいさつで、祖父の吉田茂元首相が生誕130年になることを披露し、鳩山一郎、石橋湛山、岸信介という党草創期の指導者の名前を挙げた。
伝統ある党を再生させようという決意を込めたのだろう。だが、麻生氏が直面するのは、まさに初代総裁の鳩山氏以来の半世紀の間に積もりつもったさまざまな矛盾のつけなのだ。
官僚との癒着、税金の巨額の無駄遣い、信じられない年金管理のずさん、薬害エイズや肝炎の隠蔽(いんぺい)……。効率的で有能と思われてきた日本の行財政システムが機能不全を起こしたかのように、不祥事が止まらなくなっている。
国土を開発し、豊かな生活を育むはずだった公共事業は、いまや800兆円の借金となって国民の肩にのしかかる。人口が減り、経済はいずれ縮小に転じるかもしれない。そのなかで格差を縮め、世代間の公平を保ちつつ豊かで平和な暮らしを守ることが本当にできるのか。
自民党はこれまで、首相の首をすげ替えることで党の危機をしのいできた。だが、日本の現状を見れば、自民党に政権を託し続けていいのだろうか。民主党を頼りないと感じる人々にも、そんな危機感は深いはずだ。
7年前、小泉新総裁が選ばれたときの総裁選を思い出そう。
◆選挙の顔への期待
当時も、極度の不人気にあえぐ森首相が政権運営に行き詰まり、自民党は窮地に立っていた。頼みの綱と押し立てたのは「自民党をぶっ壊す」と叫んで人気を呼んだ小泉氏だった。実際、その直後の参院選で自民党は圧勝し、以来5年半もの長期政権が続いた。一時的ではあったが、小泉氏は確かに党を救った。
総裁選で麻生氏が圧勝したのは、同じ役回りを国会議員や党員に期待されてのことだろう。重要閣僚や党幹部を歴任した経験に加え、若者にも人気があると言われる麻生氏だ。「選挙の顔」に最もふさわしいと見られたのは自然なことかもしれない。
だが、小泉氏が大派閥の推す本命、橋本元首相を破って首相の座についたことひとつを取っても、両氏の間には本質的なところで違いがありそうだ。
麻生氏は、最大派閥を事実上率いる森元首相がつくった流れに乗って、総裁選で順当に勝ちをおさめた。看板の政策は、自民党の大勢が望む景気対策であり、財政出動だ。
一方で、国民に負担を強いる政策は早々にお蔵入りにした。「日本経済は全治3年」というかけ声で、当面の消費増税論を封印した。かつて提唱した「消費税を10%に引き上げて基礎年金を全額税方式に」という年金改革案についても「こだわるつもりはない」とあっさり宣言した。
「構造改革なくして景気回復なし」と公共事業はもちろん、社会福祉にも切り込んだ小泉流の強烈な改革メッセージは、すっかり影をひそめている。
◆先送りではすまない
社会に痛みも強いた小泉流からの脱皮を目指すというのなら、それもいい。だが、景気対策の名のもとに改革を先送りするだけでは、自民党が長年積み上げてきた矛盾をそのままにしようということにならないだろうか。
世界経済の混乱で、景気の先行きはいよいよ不透明になってきた。麻生氏はこれを追い風に「景気対策」一本で小沢民主党と勝負する構えのようだ。
ただ、有権者の不安はそれだけにとどまらない。人口が高齢化し、社会保障の費用は増えていく。それをどう負担していくのか。行政の無駄をなくすと言っても、半世紀もの間、官僚とともにその無駄を作り上げてきた自民党にできるのか。
こうした不安や疑問に向き合わない限り、いくら「顔」をかえてみたところで自民党の再生はおぼつかない。