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貧困ビジネスで稼ぐ連中!(1)/城 繁幸(joe's Labo代表取締役)

2008年9月22日 VOICE
 格差に関する議論が盛り上がっている。格差といってもいろいろあり、地域格差や年金格差までさまざまあるものの、現在議論の中心となっているものは雇用における格差だ。きっかけは、秋葉原の事件によって非正規雇用の存在がクローズアップされたことだろう。とくに8月号の各誌では、この問題に関する左右両派からのオピニオンが乱れ飛んだ。
 
 だが、これは非常におかしな話だ。犯人の動機解明はこれからの捜査を待たなければならない状況であり、家族でもない外野にとやかくいえる問題ではない。むしろこれまで出てきた情報からは、雇用状況はほとんど関係なく、純粋に本人の内面に関わる問題のようにすら思える。とくに問題なのは、明らかに特定の主張をせんがために、本事件をだしに使ったメディアがあるという事実だ。そういった論調が広まるのを防ぐためにも、格差問題の論点と対策の方向性について、活字というかたちで以下にまとめてみたい。

非正規雇用拡大の始まり

 非正規雇用という言葉が一般にも使われるようになったのは、1990年代半ば以降のことだ。それまでは人事部など、一部の採用業務に関わる人間のあいだでしか使われることはなかった。一応言葉の定義をしておくが、“正社員”とは、雇用の期限のない、つまり終身雇用対象となる雇用労働者のことだ。ほとんどが厚生年金に加入し、ボーナスと退職金の支給も受ける。非正規雇用とはそれ以外の雇用労働者のことで、フリーターや派遣社員、日雇い労働者が対象となる。彼らには一般的にボーナスも退職金もなく、年金も国民年金だけである。さて、非正規雇用という言葉が90年代半ば以降にメジャーとなったのはなぜだろう。それはバブル崩壊にまでさかのぼる。
 
 じつは、日本の人事賃金制度は、職能給と呼ばれ世界的に見ても非常に特殊なものだ。個人の能力に値札を付ける方式で、経験を積めば値段は上がるはずだから、勤続年数に比例して積み上がっていく。いわゆる年齢給だ。年齢に応じて積み上がっていくものだから、当然、下がることは想定されていない。判例でも労働条件の不利益変更には厳しい制限が付き、賃下げや降格といった処遇見直しは事実上不可能なシステムだ。
 
 一方、世界標準としては職務給と呼ばれるものが一般的で、こちらは担当する仕事に値札が付く。ちょうどプロ野球選手をイメージしてもらえればいい。年齢、年功に関係なく、本人の果たせる役割に応じて柔軟に上下するシステムだ。よくヨーロッパは終身雇用だという意見もあるが、それはブルーカラーの話だ。ホワイトカラーは職務年俸制が基本だから、賃下げや降格は普通に行なわれ、人材の流動化は日本よりはるかに進んでいる。
 
 なぜ日本においてだけこのような特殊システムが成立したかは諸説あるが、筆者は戦中の国家総動員法に起源があると考えている。ともかく、戦後の高度成長期を経て80年代いっぱいまではとくに不都合なく機能しつづけた。
 
 だが、1991年以降すべてが変わってしまった。同年、日本企業は過去最高の新卒を採用し、新卒求人倍率は2.8倍を超えたものの、翌年からは新卒採用自体を見送る企業も出始めた。企業内で人件費の見直しが進められない以上、入り口を締めるしかない。そこで新卒採用が減らされ、ここから就職氷河期が始まることになる。
 
 だが若い兵隊自体は必要だ。そこで従来よりずっと安く、社会保険コストや退職金といった福利厚生がなく、さらには柔軟に雇用関係を見直せるワーカーが労使双方から必要とされることになった。これこそが非正規雇用労働者の拡大の始まりである。ちなみに連合・高木会長自身、「正社員の既得権を守るために、偽装請負を含む非正規雇用拡大を黙認してきました」という事実は総括的に認めている(2006年8月9日付『朝日新聞』)。
 
 結果、現在の日本には、正社員と非正規雇用労働者のダブルスタンダードが存在する。前者には高度成長期につくられた手厚い保護がなされ、後者はそれを支えるためだけに使い捨てにされる状況なのだ。たとえば、米国経済急失速をもって、トヨタは国内2300名を超える派遣請負労働者を切り捨てている最中であるが、正社員は誰1人クビを切られず、賃下げもなされない。雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せされるためだ。
 
 それでいて過去数年間の好況時には、共に働いて得た利益のなかから労組だけにベアが回され、非正規側に回ることはなかった。しかも連合が労働分配率の話をするときには、法人企業統計ベースの話ではなく国民所得ベースで議論し、これだけ下がっているのだからもっとよこせと要求する(非正規雇用労働者もカウントできるため)。これを搾取といわずに何というのか。
 
 対策の方向性は明らかだ。ダブルスタンダードを解消し、痛みを正社員と非正規雇用労働者のあいだで適正に分配するしかない。それには、賃下げや降格、解雇も含めた正社員の雇用規制を大幅に見直し、人材流動化を推し進める労働ビッグバン以外にはありえない。
「そんなに簡単に職務に値段が付けられるのか」という論者もたまにいるが、そういう人は一度、非正規雇用の現場を見てみるといい。コンビニのバイトにせよ派遣社員にせよ、こちらの世界ではとっくの昔から仕事に値札が付いている。余計な規制さえなければ、それが自然な姿なのだ。現状の問題点は、一方的な正社員保護のおかげで、非正規雇用の現場に下りていく人件費が不適切に少ないという点に尽きる。
 
 また、「ただでさえ低い中小企業の処遇をさらに引き下げるのはナンセンス」という声もあるが、逆だ。日本は世界でも稀なほど企業規模によって処遇に差があるが、これは要するに大手や労組の強い企業が中小下請けに人件費コストを押し付けている結果だ。各企業内で柔軟な見直しが可能となり、職務給が一般化すれば、長期的には企業規模の格差は必ず縮小する。
 
 既得権の見直しと聞いて、おそらく多くの正社員は萎えると思われるが、けっして全員一律の賃下げというようなものではない。まず、20〜30代の若手であれば、それは中高年正社員との世代間格差を薄める意味があるから賛成するメリットは大だ。一例として、大卒総合職が課長以上ポストに昇格できる割合はすでに26%にすぎないというデータもある(2006年『読売新聞』調査)。流動化はこの比率を増やす可能性があるのだ。
 中高年正社員についても、けっして一律で損をするわけではない。貰い過ぎの人間は賃下げもありえるが、逆に50歳を過ぎての大抜擢もありえる。何よりこれまで35歳を越えての転職が難しかったのは、年齢給で割高になってしまったためだ。この縛りが消え、誰でも流動化の恩恵を享受できるようになる。労働ビッグバンとは、けっして中高年の賃下げでも正規と非正規の待遇を等しくする共産主義でもなく、新たな利益の再分配システムだと考えてもらえばいい。

加藤紘一氏の許されざる便乗

 ところが、この流れに反対する人たちがいる。まず正社員代表たる連合と、彼らにケツをもってもらっている民主・社民の両党だ(社民党はいまでも自治労などと支部レベルで一定の関係を結んでいる)。彼らは既得権死守のために全力で論点をぼかし、矛先を逸らそうと懸命だ。連合は同一労働同一賃金を建前上うたってはいるものの、年齢給を抱えたままどのようにして実現するというのか(30代のフリーターを正社員にする場合、彼の処遇は誰に合わせるのか)。
 
 とくに、リベラルを自称しながら格差是正に反対する社民党の罪は重い。彼らは事あるごとに「格差を拡大させた」として構造改革路線を非難するが、もともと1993〜98年は与党側の一員として、非正規雇用拡大に無為無策だった事実は忘れてしまったらしい。本来はその時点で正社員保護の規制を外し、皆で痛みを分かち合うべきだったのに、それに反対したのは旧社会党ではないか。
 
 さらにいえば、社民党は2003年総選挙での惨敗後、ベテランを中心に党職員の4割をリストラした前科がある。国民の前では全否定した手法でもって、身内のリストラだけはこっそり推進しているわけだ。この政党には格差問題を語る資格がいっさいないと断言しよう。
 
 加えて、特定の政治的主張をするために、格差問題を取り込もうとする勢力も目に付く。たとえば『ルポ・貧困大国アメリカ』(岩波新書)などが好例だ。前半部の米国ルポ自体は評価するが、中盤以降は構造改革反対の論陣を張りつつ、終盤に突然「憲法改正反対」の論陣を張る。一応フォローしておくが、米国内の貧困層増大は不法移民の流入が主な理由だ(レーガン政権で不法移民に永住権を一括付与したため、同様の特赦を期待する移民が急増した)。本書は市民派的価値観を隠しもつ著者と、岩波カルチャーの歪んだ結合にすぎない。
 
 だが、政治的思惑がもっとも目に余るのは加藤紘一氏だ。彼はTBSの番組において、明確に「秋葉原事件は与党の改革路線のせい」と口にしたのだ。おそらく政界干され気味で中高年人気取りのために口にしたのだろうが、そういう便乗が許される事件ではない。さらにいえば、彼の政治屋としての商売は、問題の本質をぼかし、解決を困難にしてしまう。われわれが論壇誌やブログでどれほど改革の必要性を説こうと、軽い一言で消し飛ばすほどの影響力を、いまだテレビはもっているのだ。
 
 そういう意味では、悲しいことに既存メディアは、同様に格差をネタにした貧困ビジネスで稼ぐ同類で溢れている。実現性のある解決策など何も持ち合わさず、いやそもそも格差解消自体にはなんの興味もなく、ただ名前を売りたいだけの評論家や自称活動家たちだ。いちいち名前を出すのは面倒なので、チャンピオンとして森永卓郎氏の名を挙げておこう。この男の主張は、「格差の拡大はすべて経営者が悪い」というシンプル極まりないものだ。だがトヨタの全役員を無報酬のボランティアにしたところで、クビになった2300人の非正規雇用のうちの何名を正社員にできるというのか。森永氏は「年収〇百万円シリーズ」でもう十分稼いだだろう。いいかげん格差をネタにして売り出すのはやめてもらいたい。
 
 もちろん、そんな連中をありがたがって引っ張りだす既存メディアの責任も重大だ。筆者の知るなかで、もっとも搾取構造が目に余る業界はテレビ局だ。彼らはスポンサー料の低下をつねに制作下請け会社に転嫁しつづけた。この10年間で制作費が10分の1になったプロダクションも実在する。そう、すべては「日本一高水準であるテレビ局正社員の賃金」を守るために行なわれたことだ。制作現場の悲惨さは、すでに一般にも知られているとおり。某番組の捏造問題は、矛盾が噴き出した1つの焦点だ。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。

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