夜空をなめる巨大な炎が爆発の激しさを物語る。テロに見舞われたイスラマバードのマリオットホテルは炎上し、前庭にはぽっかりと大きな穴があいた。大量の爆薬を積んだ車が突っ込んで爆発した結果だ。死者はすでに50人を超えたともいう。
何とも不気味なテロである。パキスタンでは故ブット元首相の夫、ザルダリ氏が新大統領に就任し、議会でテロ対策について演説した。ホテルでの爆発はその数時間後に起きた。ザルダリ大統領は直後のテレビ演説で「我々はひきょう者に対しておじけづくことはない」と語った。
その通りである。マリオットホテルはパキスタンの要人や各国の外交官、報道関係者などがよく利用する。日本人の死者が出ていてもおかしくなかった。文字通りの無差別テロに対して、ひるんではいけない。テロ対策は敢然として進めなければならない。
ただ、重要なのは、対策の有効性である。01年9月11日の米同時多発テロからすでに7年。翌月(01年10月)からのアフガニスタン攻撃で米国はイスラム原理主義のタリバン政権を崩壊させたが、いまだアフガンの政情は安定していない。それはなぜなのか、改めて考える必要がある。
しかし、米ブッシュ政権はそんな状況に業を煮やし、パキスタンに圧力をかけることに終始しているようだ。ザルダリ氏の大統領就任にあわせたように、米軍はアフガンからパキスタン領内へ地上部隊を越境させたり、ミサイルを撃ち込むなどして、多くの市民を死なせたという。
それではパキスタン国内の反米感情をあおり立てるばかりだろう。ムシャラフ前大統領によると、9・11テロ直後、アーミテージ米国務副長官(当時)は、米国に協力しないなら空爆を受けて石器時代に戻る覚悟をしろとパキスタン当局に圧力をかけたという。
今も米国の発想は変わっていないようだが、どうすればアフガン情勢を改善できるのか、謙虚に関係国と話し合う方が生産的だ。今回のテロの詳しい背景は不明だが、米軍の越境攻撃などへの反発があるとすれば、よけい米国の対応が問われることになる。
南アジア情勢にも配慮が必要だ。核兵器を持つインドとパキスタンに対し、米国は等距離外交を旨としたが、最近は米印原子力協定に見るように「インド重視」の姿勢を強めた。これに対抗するように、パキスタンが核兵器用のプルトニウムを生産する重水炉を増設しているとの報道もある。
他方、インドでも今月中旬、イスラム過激派の犯行とされるテロが相次ぐなど、印パ関係をめぐる不気味な動きもある。アフガンと南アジア情勢を包括的に考える視点がないと、関係国の対立によって、テロとの戦いが頓挫しかねない。
毎日新聞 2008年9月22日 東京朝刊