「イノベーションにリスクはつきもの」
この半導体チップは,他社でも量産実績がない。PS3の発売と同時に,新技術をインキュベーションしたいという同社の思惑が,今回の量産計画遅れを招いたことになる。記者会見に臨んだ同社社長兼グループCEOの久多良木氏は,後悔の念をみじんにも見せず,「イノベーションにリスクはつきもの。そうじゃなければ,技術は進化しない。これを契機に,青色半導体レーザー用チップの量産技術が確立し,他のアプリケーションにも応用範囲が広がれば,それでいい」とした。
PS2を開発した際,ソニー白石工場は半導体レーザー技術で多大なる貢献をした。当初,1チップで2波長のレーザー出力を可能にする技術を開発し,その技術をPS2に応用したのである。1個の半導体部品で,CDとDVDへの両方に対応が可能になった。当初は他社のエンジニアも舌を巻いたほど,他社に先駆けた技術開発だった。こうした過去の功績を施したエンジニアを気遣ってか,記者会見の会場で久多良木氏からは現場を非難する発言が全く聞かれなかった。「私はPSの父。すべての責任は私にある。申し訳ないの一言につきる」と現場をかばった。
一方,PS3の中核技術の一つであるマイクロプロセッサ「Cell」および周辺LSI(グラフィックスLSI,サウスブリッジLSIなど)の量産は順調のようだ。特に,「Cellが最も優等生。予想以上に歩留まりが高い」(久多良木氏)とし,既に300万個以上を確保した。現在のCellは90nmのプロセス技術で量産中だが,既に65nmでの量産もメドが立っているという。
月産120万台体制を敷けるか
では今後の見通しはどうか。今年度中(2007年3月末)までに世界全体で600万台を出荷するという当初の計画は達成するつもりだという。出荷開始遅れ分を取り戻すために,2007年1月からは月産120万台体制に引き上げる。「当初,公表していた2007年3月末までの量産台数は600万台だったが,社内では750万台という目標値も視野に入れていた」(久多良木氏)。つまり,月産120万台体制は実現可能だとする。
ソニーといえば最近,電池の回収問題を起こしたばかりである。記者会見の会場で,「これでまた,ソニーの技術力を疑う風潮が強まるのではないか」との質問が相次いだが,久多良木氏は,「ソニー全体のことに言及する立場にはない」と前置きした上で,「言葉で説明するより,実績で示すしかない」と締めくくった。2007年3月末までに世界全体での600万台出荷を達成したとき,それが久多良木氏からの回答となる。