「毎日のこと」こそ大切に
アレルギーに悩み、肌に優しい下着を求めて
- 2008年9月21日(日)
“女”がなくなっていく…
肌の変調が、宇江佐さんの心に与えた影響は大きかった。
あれた肌のほとんどは、洋服に隠れて他人の目には見えないが、宇江佐さん自身は四六時中、気になって仕方がない。夜中、肌がかゆくて眠れない。睡眠不足で昼間もイライラが募った。
「何よりも、自信がなくなるんです。男性の前で肌を見せられない。ビキニの水着も着られない。金属のイヤリングやネックレス、時計もダメ。お気に入りのシャンプーも替えなきゃいけない。アレルギーで、やりたいことがどんどんできなくなる。私の“女”がなくなっていく…。そんな気持ちでした」
「これもダメ、あれもダメ」と、身の回りのお気に入りが次第になくなっていく感覚。いちばんのストレスは、ひそかなぜいたくとして集めていた高級ランジェリーを、肌が受け付けなくなってしまったことだ。愛用していた下着でさえ、肌トラブル以来、赤い腫れとかゆみをもたらすようになった。
医師の指示に従って、天然素材の下着を探した。だが、コットンやシルク製の下着は種類も少なく、おしゃれなデザインとは程遠いものばかりだった。ここでも“女の楽しみ”を奪われた気がした。
アレルギーは治ったと思えば再び現れ、しかも少しずつ広範囲に広がり、肌を侵食していく。そんな日々が続いた。
「30代後半のあの時期、もしかしたらうつ状態に陥っていたのかもしれません」
宇江佐さんは、当時の自分をそう振り返る。アレルギーに加え、将来に対する漠然とした不安にもさいなまれていた。タレントとしてこのまま生きていくのか、それとも、別の生き方を探すのか…。答えは見つからない。真っ暗な部屋の中で何も見えず、足を伸ばしても手を伸ばしても、どこにも届かない。そんな不安感を振り払おうとして所属プロダクションを移籍してみたが、それで何かが変わったわけではなかった。
「今のままの人生でいいのだろうか」「誰かの役に立っているんだろうか」「このまま死んだら、人生に満足できるのだろうか」
宇江佐さんは、人生で何度か訪れる“自分探し”の迷路にはまっていた。
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