激動の1週間だった。
「米国は世紀に一度の金融危機にある」と語ったのは前連邦準備制度理事会議長のグリーンスパン氏だが、その危機を収束させるべく、世紀に一度のスケールで市場への政府介入が始まろうとしている。富を最大限化するには市場の力に委ねるのが最良であり、政府は極力手出しを控えるべきだ、とする米経済社会の信条を根本から覆すものだ。「ブラック・セプテンバー(暗黒の9月)」の名で記憶されるのかどうかは分からないが、資本主義の大きな転換点として歴史に残ることになるのだろう。
米国が世界に誇る金融の手本だった老舗証券会社の一つ、リーマン・ブラザーズが倒産し、もう一つのメリルリンチが身売りに追い込まれた。米国一の保険会社AIGは事実上、国有化が決まった。それでも市場のパニックは収まらず、ブッシュ政権はついに、20世紀前半の大恐慌以来とされる大規模対策を打ち出そうとしている。問題の根幹部分となっている不良化した資産を金融機関から買い取るための機構を新設し、「数十兆円規模」の公的資金を投入する見通しだ。
リスクを取って失敗した責任は自己で負う、との原則はもはや過去のものとなった。一方、株取引を活発化させる手段として容認されてきた空売りは、当面禁止される。利益を追求する「欲」を成長の原動力として奨励し、市場での淘汰(とうた)を経済活性化につながると是認する考え方は修正を余儀なくされている。信用という自由取引の大前提までもが揺らぎ、大手金融機関の存亡や市場の混乱という次元を超えて、米国型資本主義のよりどころそのものが、崩れ落ちようとしている。それが、市場主義をより強く掲げてきた共和党政権下で始まったのは、皮肉なことだ。
金融危機は過去にもあった。最近では90年代のバブル崩壊後の日本の例がある。今回の危機が異なるのは、一段と進行、深化した経済のグローバル化と複雑化した金融取引によって、危機が世界規模で連鎖し、深刻化する点だ。それだけに、対応策も比較にならないほど難しい。
とはいえ、米政府と議会がようやく抜本対策に乗り出したことで市場に安堵(あんど)が広がり、世界各国で株価が反騰した。効果のある具体策を取りまとめ、一刻も早く実行に移す必要がある。
危機が収まり金融システムに安定が戻った後も、市場と政府との関係は大きく変更を求められよう。どの程度の政府関与が望ましいのか、グローバル化時代の規制はどうあるべきか、といった議論を深める必要がある。そして、金融業のあり方や、市場至上主義に代わる新たなモデルとは何なのかといった根源的なテーマを、米国だけでなく我々も考えていかねばならない。
毎日新聞 2008年9月21日 東京朝刊