2008年9月の日記
2008.09.01.
「一週間に1回くらいは更新しないとなー」なんて思ってたら、すっかり月1でしか更新しなくなってしまってました。
さすがにどうかなーと思うので、今日から1年間、毎日更新しようと思います。
なんか無理げな気もしますが、まあ今日は小旅行から帰ってきたばかりなのでネタありますし強気です。
ではさっそくと言いたいところですが、まだ写真の整理もついてないので明日ということで……(と引き延ばす)
2008.09.02.
そんなわけで先日、北海道に行ってきましたー。
土曜行って日曜帰るとかいう強行日程なんですが、初上陸です。なんでか今まで行ったことなかったんですよね。
目的は、野外の音楽フェスっていうんですか。そういうのに。なんか毎年行ってるようですけど、いっつも違うイベントです。
今回はシーズンオフのスキー場で、アクセスも結構楽です。
実を言うとあんまりバンドとかもよく知らないんですが、屋外で音楽でも聴きながらのんびり過ごすのが良いんですよね。
この手のイベントで知って聴くようになったのも多いですし。
もうね、考えずに野原にごろんとできるんだったらなんでもいいじゃないですか。
さあ着きましたよ。
すげえ霧だし。
これまだお昼です。
遠くからリズムの音だけ響いててホラー気味でした。
で、撮りながら進んでいったら、霧の中に消えていく車やら……
親子連れがふっと現れるやらで、
正直、到着前から結構テンション上がっちゃいました。
ようやく見えた入り口がこれ。
踏み入れたら7割方死ぬな、て思いました。
でもまあ係の人はしっかりしてるし、霧でなんにも見えないながら中はちゃんとやってるぽいですし、無事に入場。
霧もすぐに晴れましたしね。
晴れればにぎやかです。
まあ係の人も言ってましたが、RISING SUNみたいな大きなイベントってわけじゃなくて、お客も地元の人メインっぽい。
でもこれくらいのほうが居心地は良いかなー、わたしなんかには。
霧はこの後も出たり消えたりで、夜、フラッシュが霧に反射してこんな感じに写ったり。
ちょっときれい。
オールナイトのステージで一十三十一に惚れたりしながら翌日撤収です。
帰りは暑いくらい晴れてました。
呪い解けた感があります。
でも。
会場近くには札幌五輪の時のオリンピックハウスというのがありまして。
現在は閉鎖されてるようなんですが。
その入り口。
わりと怖げ。
前のバス停も、なんでか微妙に曲がってるし。
ホラー系の土地柄なのかなあ、と勝手にインプットされてきました。
あとはおまけで、今回発見した地元の逸品。
なんか妙に美味かったです。この水。
でもじゃがポックルは品切れで買えなかった……悔しい。
2008.09.03.
また旅行中の話なんですが。
新発見がありました。
なんていうんですか、タブレットみたいなのあるじゃないですか。ミント的な。こんなの。
こんなのっていうか、これなんですけど。
特にこだわらないから銘柄とかあまり気にせず買ったんです。
ASAHIのミンティアって書いてあります。別に変な物ではないと思うんですが。
わたし、これを口に入れると必ずくしゃみが出るようです。
ほぼ100パー出ます。3個口に入れると2個は飛び出します。全部飛び出ることもあります。
結果、ほとんど食べれてません。
鉄クロロフィンナトリウム配合って書いてあるので、これが怪しいと睨んでます。なんかくしゃみっぽいもん。響きが。
2008.09.04.
困った時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第1回
「ねえ、今ここにあいつが――あ、ごめんなさい」
病室に駆け込むなり切羽詰まった様子で叫びかけたそいつの声は、入ってきたのと同じくらい唐突に、拍子抜けしたように勢いを失った。
爆弾のようなものである。着替えの途中の体勢で、トレーナーの襟首の内側からそいつを見つめて、こいつはただ呆然とするしかなかった。とりあえず首を通して左右に振り、髪を引っ張り出すと、
「う、うん。さっき来て、すぐ出て行ったけど。そこにあいついなかったですか?」
戸口の外を指さして確認する。すぐさっき、着替えのためにあいつを追い出したところである。廊下に足音がしてからすぐにそいつが飛び込んできたのだが、あいつを素通りしてくるのも変だ。
そいつは面食らって目をぱちくりしてから、開けっ放しの入り口から廊下を見、かぶりを振ってみせた。
「いないけど」
「そう。じゃあ、帰ったのかな。あいつ追いかけるのには反対してたし――」
「あいつを? 追う?」
それをそいつが言った時、こいつはちょうどズボンを履こうとうつむいていたため相手の表情は分からなかったが。声からは、はっきりとこんな気配が伝わってきていた――なにを馬鹿なことを?
着替えを終えて、こいつは改めてそいつに向き直った。身支度を調えながら言い直す。
「あいつ、今度はひとりで旅をするって言って、そこを出て行ったんです。でもそんなに急いでる様子もなかったから、追いつけるかなって」
「急いでる様子もなかった?」
さっきから繰り返しばかりを口にするそいつに、こいつは逆に疑問符を浮かべた。訊ねる。
「なにかあったんですか?」
すうっ……と、そいつの深呼吸の音がはっきりと聞こえた。そいつは目を丸く見開いたまま、なにかに耐える仕草で両手を揉んでいる。長い黒髪は珍しく乱れ、顔色も――申し訳ないが――ひどいものだった。あの戦闘に参加した魔術士たちの例に漏れずそいつも負傷していた。その治療の疲れもあるのだろうし、聞くところによると戦死した魔術士の中には、そいつの友人や家族までいたらしい。そこにまたひとつ別のものが加わったのだとこいつは直感した。
そしてこれは勘に頼るまでもなかった。あいつが関係している。
2008.09.05.
一度普通に書いたものを後で機械的に置き換えてるだけなので色々使い方がおかしいのは仕様な時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第2回
こいつはベッドの上に丸くなって寝ている黒い子犬を抱き上げた。小さいが確かに存在するその塊を暖めるように胸に抱える。
それを見てそいつはまたさらに虚を突かれたらしい。
「その犬は?……ちょっと待って。なんで病院に犬がいるの。あれ? なんで着替えてるの? あいつは――」
今さら思いついたように疑問を重ねていく。途中で遮って、こいつは答えやすいものから答えていった。ディープ・ドラゴンについては今話す必要はないだろう。
「退院しようと思って」
と、荷造りを済ませた鞄を示す。
「気力が回復したら出て行っていいって言われてたから」
「そりゃあ、医者からしたらそうでしょうけど」
そいつは呆れ返ったらしい。腕組みし、滔々と語り出すその姿は、そいつが教師だということを思い出させる。
「あなた、精神融合していたディープ・ドラゴンから無理やり引きはがされたのよ。そう簡単に回復するわけが……」
「あなただって銃で撃たれたのにもう歩いてるし」
「そりゃそうだけど」
(自分のことは別だと思ってるのよね、魔術士って)
今度はこっそり、こちらが呆れる番だった。とりあえず、医者が退院してもいいと言ってるのだからそいつが止めるというのは筋違いだろう。
それでもそいつは頑なな眼差しで睨みつけてくる。それで理解できた――止めたいのは別の理由があるからだ。
背後の入り口を見やってから、そいつはこいつの間近にまで進み出た。声を抑えてそっと告げてくる。
「貴族連盟は、あいつを王権反逆罪で告発した。結果は有罪。あいつやあいつが最後まで抵抗したけど……《十三使徒》が解体されて、あいつも騎士位を失ってるし、あいつ自身も同罪に問われてるしね。どうにもできなかった。こんなに早く結審なんて――」
「王権反逆? どうして?」
話の途中だったが、呆気に取られて声をあげる。
神妙に、そいつは続けた。
2008.09.06.
白クマ塩ラーメンを食べる機会をうかがってる時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第3回
「天人種族の遺産を貴族連盟に無断で使用しただけで重罪なのに、その上、聖域と接触して壊滅させた罪まで負う形になってしまった。歴史上最大の罪状よ。魔術士同盟の保護を貴族連盟は認めなかった。あの子が同盟に所属していないのがばれて――」
と、匙でも投げるように手をひらひらと回す。指をそのままこめかみに当てて、そいつは痛々しげに嘆息した。
「あいつが激怒して法廷は大荒れ。あいつはあいつで法廷に一度も来なかったし。こんな時あいつがいてくれればなんとかできたかもしれないのに、精神士の攻撃を受けて療養中だって。そのことも状況を悪くしたの。白魔術士は実質上貴族連盟の管理下にあるから、同盟は暗殺未遂を貴族連盟によるものと目して対決姿勢を強めてる。下手すると戦争になるかもしれない」
「戦争? 魔術士と貴族との?」
これもまた飛躍した単語のようだったが、おうむ返しにもどってきてもそいつは顔色も変えない。となればさほど素っ頓狂な話というわけでもないらしい。
「魔術士同盟と貴族連盟。他にも教会総本山だって大騒ぎになってるらしいし、混乱を機に独立を狙っていたアーバンラマや、トトカンタだって自給自足ができる。ドラゴン種族の聖域が失われたことで、今まで無理やりに枠を嵌め込んで保たれていた王立治安構想が一気に弾けてしまった。新しい体制ができるのよ。これから、猛烈な勢いでね」
顔をしかめ、そいつはさらに声色を沈めた。
「既に貴族連盟が殺し屋を放ったなんて噂もある。あいつらは是が非でもあいつを英雄にしたいんでしょうね」
「英雄に?」
「ええ。王立治安構想の殉教者にね。あいつらにとっては、あいつが世界を救って死んでくれるのが一番良かった。そうすれば後腐れないものね。まあその次に良いのが、世界を救った後に救世主として君臨すること。貴族連盟がその役目を見込んでいたのはあいつだったんでしょうけど……あいつも行方不明」
「…………」
2008.09.07.
いつも0時に更新してるけど23時に寝たい時はどうしたらいいんだろう不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第4回
第二世界図塔の、あの後の出来事については、あいつからあらましを聞いている。あいつにとってはほとんどが理解できなかったことのようだし、実際自分にも分かりそうになかったが。
はっきりしているのはあいつとあいつは死んだということ。死んだのはふたりだけではない。《十三使徒》は壊滅し、数人しか生き残らなかった。聖域側の犠牲者も少なくはない。
すべてはあの装置を起動させるための犠牲だったのだ。装置によって大陸の滅亡を退散させ、完成し得ない完璧な安全――および免れ得ない確実な破滅――と引き替えにして、少なくともまっとうな可能性のある未来を手に入れるための。
ディープ・ドラゴン種族もそうして自ら犠牲になった。
こいつは、手の中で震える塊に視線を落とした。子犬を持ち上げると唇を寄せ、息を吐きかける。こんなことで温まってくれるかどうかは分からなかったが、震えは多少収まったように思えた。胸の上に抱きかかえ、こいつはその生命に頬を触れさせた。
実感が込み上げてくる――自分は大きなものを喪ったのだ。なくしたものは二度と還ってこない。
こいつがそうしている間、そいつもしばし考え込んでいたらしい。
やがて顔を上げるのは、そいつよりやや遅れた。
「そうね。こんな時に王都にいるよりは、退院したほうがいいかもしれない。あなたはわたしが親御さんのところにとどけるから」
「帰りません」
思った時には、言葉は口から出た後だった。自分の衝動に胸がざわめくが、だからといってそれを引っ込めようとも思えない。もとより、そのつもりでいたことだ。
「帰らない?」
顔をしかめて訊ねてくるそいつに、こいつはうなずいた。
「親には伝言を送ります。しばらく帰れないって。わたしはあいつを追います」
2008.09.08.
ようやく次回で一段落な時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第5回
「なんで」
詰め寄って、そいつは念押ししてくる。
「あの子は今や、派遣警察に追われる身よ。あなたの手に負える状況じゃない」
そいつは止めようとしていたに違いないが、こいつは降りかかる言葉に別の意味を見出していた。
(そうだ。その指摘は正しい)
それは分かる。以前なら、そこは無視して突っ切ったかもしれない。ほんのわずかにかもしれないが、今は違う。
目の前にいるこのそいつは大陸でも有数の、本当に強力な魔術士のひとりだ。魔術士であるのがどういうことか、誰よりもよく知るひとりだ。実はピンときていなかったけれど、これも今なら分かる。
そいつを真正面から見返して、こいつは告げた。
「今のわたしに無理なら、教えてください」
「教える?」
「魔術士としての訓練をして欲しいんです」
「そんなことをしてなにが――」
なにになるのか。そうではない。こいつは首を左右に否定した。
「なにもできないのを変えたいんです」
今、仮にあいつに追いつけたとしてもなんにもできない。なんの力にもなれない。
自分にはその準備ができていない。自分だけではなかった――こいつは、手の中の重さをもう一度感じた。このディープ・ドラゴンはもう少し大きくならなければ旅に耐えられないだろう。
そいつは困惑しているというより、その目には既に怒りが見えた。
「一人前になるなんていうのはね、場所を選んでなるもんじゃない。わたしに教えられてなれるものなら、お母さんのところでだってなれる。どう言ったら納得してくれるの」
2008.09.09.
ひとまずここまでの時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第6回
「一年間でいいです」
それでも退かずに、こいつは前に出た。
「?」
「一年間、わたしに教えてください。一年後、やっぱりあなたの許可が出なければ、家に帰ります」
「…………」
黙して、そいつは病室を見回した。
なにを見たのか。こいつの見る限り、そいつの視線はどこにも留まらなかった。
沈黙は決して短くない。張り詰めた空気を計算に入れても、錯覚ばかりではなく本当に長い静寂だった。ふと気づいた時にはそいつは動きを止め、そして指を三本立ててみせた。
「条件がみっつ」
なにがいくつだろうと返事は変わらない覚悟はあるつもりだったが、こいつは唾を呑んでうなずいた。感情を交えずそいつは続ける。
「ひとつには、伝言で済まそうなんて駄目。一度ちゃんと家に帰りなさい。その上で家族に説明して承諾を得ること。あなたを預かるのなら、わたしも挨拶したいしね」
「はい」
「もうひとつは、生徒として来るのなら今度はもうお客とは扱わないからその覚悟はしておくこと。それに状況によっては、一年を待たずにあなたを家に帰すかもしれない。まあ、その公算のほうが強いでしょうね」
「はい」
答えは分かっていたのだろう。そいつはやれやれと肩をすくめてみせた。
「みっつめは……そうね。一年後があったら、その時に言う」
「はい」
そのみっつめの条件も、もう分かっているように思えた。
そしてそいつがなにを見回していたのか。それも理解した。そいつは空気をのぞいていたのだ。王都の、そしてこれまで封じられ、時を停めていたこの世界が移り変わろうとしている、その流れを。
(きっと色んなことが変わっていく――わたしだけじゃなく、みんな)
こいつはそれを感じていた。変化と戦い、かつ拒絶しないこと。それが絶望に対してあの人が世界に解き放った、ただひとつの願いだったのだから。
2008.09.10.
まあ、物語にはこんな遊び方もあるということで。
思いついたので遊んでみてます。
さっぱり意味が分からない、という方もおられるかと思いますが、昔書いてた『魔術士オーフェン』シリーズを下敷きにしたネタというか、クイズ?みたいなものです。
最終話のその後のエピソードになってるので、誰が誰か考えながら読んでみてください。
それ用の引っかけとか仕掛けなんかは一切ナシで、ただ機械的にマスクしてるだけですが、おかげでかえって難しいかもしれません。
2008.09.11.
最大の難問はこのページの読みにくさだと思いつつある時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第7回
キムラックの大崩壊から季節ふたつほどが過ぎただろうか。
あの日以来、一睡もしていない――まあ、それは嘘だ。若き(と自分でいうほど若くもないと、やはり自分で分かってもいるが)死の教師は荒涼とした平地に立って、己の痴れ言を認めた。まぶたが腫れぼったく感じるのはこの土地では当たり前のことで、むしろそれについては黄塵がなくなった時から軽減されたほどだが。
(いやぁ、嘘でもねぇな)
思い直す。
眠ってなどいない。眠ろうとしても風が地面を撫でる音だけで目が覚める。そうなれば見回りをしないと寝直すことなど思いもよらない。ただでさえこの土地ではあまりにも大勢が死んだのだ。
そして最後のひとりが死ぬまでそれは続くだろう。敗北はとうに決していた。考えてみれば数百年前から決していたのかもしれない。
こいつはそれについても己の痴れ言を認め、またさらに思い直した。
どこまでも荒れ果てた平原が続いていた。彩りになるような緑も川もない。ここは荒れ地キムラックにおいてもさらに荒廃した内陸地だった。大崩壊後、ここをキムラックと呼ぶ者もいなくなった。教会総本山はもはや存在していない。
目印を見つけて、こいつは足を止めた。目印は誰かがそのつもりでつけたものではない。地面をえぐる爆発跡、焦げ跡、こいつがちょうど踏んだ足場の砂は焼け溶け、いまだ熱を帯びている。これほどの火力は銃器でも大砲でもない。魔術だ。
あまり期待はせずに、あたりを探した。目当ての姿が目に入った時、少なからずこいつは驚いた。もうとうに幸運などは忘れていた。悪運ですら縁がない。
つまるところこれもなにか不運の一部なのだろうか。投げやりに、こいつは声をあげた。岩陰にうずくまる黒ずくめの男に向かって。
「いよう。噂になってるぞ。魔王」
「そんな呼び名なのか」
そいつは否定せず、さほど身じろぎもしなかった。
(こんだけ風が吹き荒れて、おまけに死角から近づいたってのに、随分前から気づいてたってのかよ)
だが、それほど意外なことではない。こいつがかつて知っていたこのモグリの魔術士ですら一級の術者だった。そしてここ最近の噂からすると、どうやらそれどころではなかったというわけだ。
岩陰に潜み、黒魔術士の姿はよく分からない。休んでいるように見えた。こいつはあえてそれ以上近づかずに話を続けた。会話を邪魔する風を睨みながら。
「ああ。目ン玉が飛び出るような賞金もかかってるしな。賞金首なら俺も同じだが、値段が違い過ぎてなんだかへこむよ。で、どうした。なにやってる」
「今日のは随分と手練れの連中でな……ヘマをした」
どうやら負傷しているらしい。そいつはつぶやいた。
「騎士隊に手練れじゃない奴なんているのかね。まあいいや。俺が訊いてるのはだ。こんな噂を耳にするからさ。魔術士排斥で知られたこのキムラックの土地で、騎士団を相手に神出鬼没に暴れ回ってる魔術士がいるらしいってな」
2008.09.12.
このネタ始めてから画面が黒くなった気がする時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第8回
それはキムラック崩壊後、何か月かしてから耳に入った噂だった。
キムラックに発生したのは、最初は純然たるパニックだった。大陸から結界が失われたあの日、同じく失われたものがあった――キムラックの秩序だ。荒れ地での過酷な生活を維持するただひとつの力であった信仰は折れ、教会総本山は教徒の蜂起に遭った。そして信じられないことが起こったのだ。あいつが姿を消した。
あいつとその配下数十名が都を脱出するのが目撃されている。あいつが護衛を連れて逃亡したと考えるのが自然だった。
すべてが崩壊した。軍を持たないキムラックは、事態の沈静化のため、王都に騎士軍の出動を要請した。海路を使って軍は来た。派遣警察を含んだ最精鋭部隊が。そいつらが最初にこなした任務は、王権反逆に荷担したという咎を着せ、教会のトップから順番に皆殺しにしていくことだった。騎士団はキムラックの混乱を煽り立て、自らも群衆に発砲した。そいつらの意図はキムラックを占拠してタフレム市への砦とするとともに、数万のキムラック教徒を難民としてタフレム、アーバンラマ両市に殺到させることだった。
そうまで王都貴族連盟とタフレム市魔術士同盟の対立が本格化していることを見抜けなかった指導部の失策だ――《十三使徒》は解体、あいつ以下魔術士はみな《牙の塔》に逃げ込み、大陸魔術士同盟を王都に対抗する組織へと編成し直した。貴族連盟は《十三使徒》の反乱は同盟の支援を受けてのことと断定し、魔術士同盟そのものに王権反逆罪の嫌疑をかけた。
貴族連盟にとって目下の敵となるのはタフレム市だった。アーバンラマには自衛以上の戦力はなく、トトカンタ市に対しては航路だけ封じてしまえば、極寒の地マスマテュリアを越えて行軍できる軍隊などあり得ない。さらに派遣警察組織が騎士軍として王都に引き上げれば、各地の武装盗賊への抑えはなくなり、それだけで地方の治安は悪化し、各都市はその防備だけで手一杯になってしまう。もとより騎士軍に対抗できる軍隊など、魔術士組織以外にはないのだが……
2008.09.13.
突然PCが壊れてしまって2回に1回しか起動しなくなり途方に暮れている時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第9回
こいつがキムラックにもどったのはこの頃だった。
キムラック教徒はすべてが難民になったのではなかった。長年暮らした都市を取りもどすため戦おうと、荒野に根を張ろうとする者もいた――恐らくは、騎士軍が予想したよりも多く。こいつらはそうした連中と合流し、元教師として指揮することを申し出た。そいつらを即席の戦闘員に教育し、武装盗賊と交渉して(あるいは襲撃して)武器を手に入れ、食糧も確保する。そのどれもが万難排してうまくいったとは言い難い。が、なんとか形を保ってきた。
その後、しばらくしてのことだった。さっきの噂だ。騎士隊と交戦し、キムラック教徒を守る魔術士がいるという。噂は誇大化するものとはいえ、その魔術士の力量は信じがたいものだった。たったひとりでどこからともなく現れ、瞬く間に敵を無力化してしまう。しかも特筆すべきは、そいつの現れた戦場にはひとりの死者も出ないというのだ。
(そういう甘っちょろい奴には心当たりがあったけどな)
長い沈黙の中、こいつは剣を持ち直した。かといって構えたわけではない。ただ汗で滑りそうだったのだ。剣の柄に巻き付けた革紐はとうにすり切れ、持ち主の手の皮と同様ぼろぼろだ。
剣はガラスの剣ではない――あの役立たずの剣は、キムラックを追われてほどなくして、練習中に折れた。刀身の折れる音は、数週間ほど耳に残った。それは囁き声にも聞こえ、もうお前には資格がないと言われたように思えた。しばらくして、この剣は必要がないと聞こえるようにもなった。最後には、これは兄の断末魔の声だ、お前をかばって死んだ男からの報いだとしか聞こえなくなった。
そのくらいの悪夢は受け入れる義理がある。そう思ったら声は消えた。すべてはままならない。そうあいつに語った夜、あいつは優しく微笑んでくれた。
「みんなでもどってきたのか?」
「ん?」
魔術士の問いかけに物思いを遮られ、こいつは聞き返した。が、すぐに思い至って言い直した。
「ああ、あいつはな。だがあいつはもう戦えない身体だ。あいつは死んだ。あいつを覚えてるか?」
「ああ」
2008.09.14.
そしてなんにもしてないのにPCが直ってしまって余計に途方に暮れている時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第10回
いまや魔王と呼ばれる魔術士の声には、皮肉としか言い様がないほど力がなかった。
その声で地を裂き天を衝く力をもたらすはずだというのに……震え、疲れ、かすれて消え入りそうだ。微風にすら負けそうなほどに。
「お前がここにもどってるとはな」
意外そうに言う魔術士に、こいつは苦笑した。
「あいつとあいつがいなくなっちまえば、もどってくるさ。俺だってキムラック人だ」
「実を言うと、俺は別に遊撃が目的でここに来たんじゃない。お前を探してたんだ」
そいつの言い様に、こいつは目を見開いた。
「俺だと?」
真意を確かめようにも魔術士の姿は岩に隠れたままだ。後ろを向いた頭と肩が見えるに過ぎない。
「アーバンラマに流れた難民がどうなってるか、知ってるか?」
魔術士の言葉に首を振る。
「さあな。意外に思えるかもしんねぇが、新聞を買う余裕はなくてね。だが、まあろくなことにはなってないだろうな」
「まったくだ。アーバンラマは無論、難民を受け入れてもやっていけるような余裕はない。だがアーバンラマの事業家が、キムラック人が生き延びるための提案を持ち出してね。ただし、あいつらに話をするにしても、まずはキムラック人をまとめられる人間が必要なんだ。キムラック教師は真っ先に殺されちまったから……」
「なるほど。死の教師でも構わないか」
こいつはぶらりと進み出た。話し相手の隠れる岩陰へと近づいていく。
「で、その提案ってのは? まず俺たちが支払う対価から聞こうか」
「労働力だ。今より遙かに劣悪で、危険な労働だが、生き延びる可能性はゼロじゃなくなる」
「良くも悪くもねぇ話だな。奴隷になれってか? ところで今、アーバンラマは難民を受け入れる余地はないと聞いたばかりだが」
「働くのはアーバンラマでじゃない」
「ああ、どうせ戦奴隷の話だと思ってたよ」
予想通りに失望して、足を止める。が。
2008.09.15.
そんなあんなこんな時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第11回
「いや、違う」
魔術士は否定した。
「なにが違う? 妙な建前は言うなよ。こっちには年寄りも女も子供もいる。俺たちが難民になるのなら騎士軍はあえて追撃してこないかもしれないが、アーバンラマまでの道のりにゃ武装盗賊もうようよしてる。派遣警察隊が王都に引っ込んだからな」
「来る気があるのなら、道は俺が切り開く」
話の都合のよさにかえって苛立ち、こいつは声を荒らげた。
「ひとりでか。なんでお前がそこまでするんだ。悪いが、善意なんてものを信じるにゃ何千って命は重いんでね」
「俺も、罪滅ぼしってほど図々しくはないさ。必要な報酬をもらうためだ。キムラック人の指導者をアーバンラマに連れて行けば俺も船に乗せてもらえる。そういう約束になっている」
「船?」
「開拓者を乗せる大型船だ。アーバンラマ資産家の大多数はこの大陸に見切りをつけたが、かといって未開拓の土地にいきなり自分が移り住むつもりはないってわけだ」
なにを言っているのか。
突然、話についていけなくなった。が、その不穏当な気配は心臓が感じ取っている。眠気がすっ飛び、こいつはよろめいた。
「おい、まさか――」
「ここまで話してまさかもあるか。単純な話だ。アーバンラマは危険な開拓地に送る、モラルが高く勤勉な労働力が欲しい。既に第一陣としてキムラック難民の一部が出航してるが、まとめる人間がいないせいで、ひどい条件を呑んでしまっていてな。スポンサーの中にはしてやったりと思ってる奴もいるが、そうでないのもいる」
2008.09.16.
KIRINの水出しミントジュレップソーダにはまってる時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第12回
魔術士は空気を求めてあえぐように、一拍おいた。
一瞬、話の途中でこの男が死ぬのではないかと、こいつは悪寒に身を震わせた――あるいは安堵してか。どちらなのかと思い直す前に、結局のところ話は続いた。
「待遇や契約についてはアーバンラマについてから話し合ってもらって構わないが、今のところ俺の雇い主は、開拓公社が取り交わす標準の契約を順守するところまでは了承している。あとはお前たちに、貴族連盟が追ってこない土地を目指して危険を冒すつもりがあるかどうかだ」
当然、否だ。
こいつは迷わなかった。
「リスクが高すぎる」
「おためごかしは言わない。全員無事になんて保証は俺にはない。だが現状はどうなんだ? 王都は治安構想を維持するためだけにキムラックを攻撃した。奴らは本気だ。今まで棚上げしてきた敵対勢力と、ここで決着をつける気でいる」
「先祖代々住んできた土地を離れるよう説得するのは、一筋縄じゃいかねぇよ。年寄りもいるって言ったろ。それができなかったからまだここに残ってるような連中だぞ」
「もともと、人間は外の大陸から来たんだろ」
「そうだが、そんな屁理屈――」
「あいつが先に行ったと言え」
用意していた札を事務的に開いていくように。
なんの準備もせずにこんな話をしているはずはない。既に完成している組札の一枚を魔術士が提示するのは、こいつももちろん予想してはいた。だが、そこに開いた札に描かれているものが、予想外ではあった。
「ああん?」
「どんな手を使ったんだか、先遣隊にあいつとあいつが紛れ込んでた。開拓団の第一陣は連絡を絶ったが、全滅したんでなければ、あいつの精神支配に屈して、再びあいつらの支配下にあると考えられる。あいつは大陸の外で新しいキムラックを築くつもりでいる――いまだに自分を始祖魔術士だと思い込んだままな」
「?」
こいつが顔をしかめると、黒魔術士は失言だと手を振った。
2008.09.17.
「予定より1枚多く下着を捨ててしまって困っている」というどう説明したら人に理解してもらえるか分からないミスをしてしまった時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第13回
「まあそれはこっちの話だ。ここを離れがたい者には、あいつは裏切ったんじゃなくて教徒を守る新たな都市を見つけに行ったんだということにして説得しろ」
「なら、この話はなしだ。帰ってくれ」
胸のむかつきをそのままに、口に出す。
だが、魔術士は答えずにじっと待っていた。なにも言わない。
それがなおさら腹立たしい――歯噛みして、こいつはうめいた。分かっているのだ。この申し出がどれほど道理を、意地を踏みにじろうとも、砂を蹴って一刀両断に突き返すことはできないと。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「奴らは教徒を見捨てていったんだぞ! そいつの後を追いかけて、また従わせてくださいとでも頼めってのか――」
「いいや」
黒魔術士は静かにかぶりを振った。
「あいつを殺してあいつを取りもどし、従わせるんだ」
静かな口調だった。なんの感情も、躊躇いもない。
ずっと感じていた違和感の正体を見極めて、こいつは面食らった。この魔術士の持っているのは、暗殺者の気配だ。
必要とあらば殺せる者の声音だ。
2008.09.18.
この章もようやく終わりな時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第14回
「お前……」
つぶやいたまま言葉を失う。
しかし、こちらを向いた黒魔術士の浮かべた表情は、以前にも見た、照れにも似た皮肉っぽさが滲んでいた。
「まあ、殺さずに済むならそのほうがいいが、あいつが相手じゃな。殺すつもりでかからないと危なっかしい。それにあいつの寿命も、そう長くない。もう死んで――いや機能停止してるかもな」
そいつはそう言ってから、大きく息をついた。
言い訳でもするように付け加えてくる。
「俺はそんなに変わったわけじゃない。少し荒んだかもしれないが」
足下をふらつかせながら、身体を持ち上げる。
腹部を押さえて立ち上がった黒魔術士を見て、こいつはまた目を瞠った。
「おい。お前……それは」
凄惨な傷と、指の間からこぼれ出ているその傷の中身に、思わず後退りする。
恐れを成したのは傷そのものに対してではない――呆然と、こいつはつぶやいた。
「さすがに死んでねぇとおかしいだろ。どういうこった」
「やられたわけじゃない。制御にしくじって自爆したんだ。この世で最強の力とかいうが、足を引っ張るばかりで到底まともには使えない代物でね」
当人は落ち着いたものだった。
が、物の道理を求めてこいつは詰め寄った。
「そんなことを訊いてるんじゃない。そのダメージで生きていられるわけが――」
「だから、制御しきれない大魔術のポカだ。危うく死ぬとこだったが、まあ今回は大丈夫だ。もう少し落ち着きさえすれば治せる」
隠れていた岩陰から、ゆっくりと歩み出てくる。
口の端にこびりついた血を唾といっしょに吐き捨ててから、そいつは続けた。
「この厄介な力を返上するのに、元の持ち主に会いにいかないとならない。それが、俺が大陸の外に出たい理由だ」
それを聞く間、こいつはただなにもできず、黒魔術士を見るだけだったが――
その瞳が一瞬、本物の悪魔のように青く輝くのを、確かに目に留めた。
2008.09.19.
いったん始まると、なんだかやたら長げーですよこの企画……
しかもこのサイト、基本投げ出し無法地帯系なので、これ、どなたか見ていただいてる人が実在してるのかどうかもわたしには分からないという。微妙な感じです。
被アクセスの数とかそういうの、全然知らないのです。
まあ以前に、『誰しも以下略』の宣伝ページにリンクしていた時ですけど、担当者さんの話ではこのサイトのリンクから1日1000件くらいのアクセスがあったという話だったので、こんな更新もサボりがちなサイトなのに結構どなたかには見ていただいていたらしいんですが(ありがとうございます)。
なんだかそのへんも申し訳なかったので毎日更新してみます。
あ、そういえば今回のネタに関して、mixi(もうすっかり見てなくて登録してあるだけなんですが……)で感想メッセージいただいたりもしました。
なのでまったく誰にも見られてないってことはないみたいです。
まあ、そういうのとか全然分からないまんま、実は誰も見てないかもしれない遊びをこっそりするっていうのも、イントリャーネッツっぽくて面白いんじゃないかなー、なんて思ったりもしてます。時の不定期更新。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第15回
「スイートハートです」
そう名乗るのに、そいつも慣れてきたらしい。
そいつのやや後ろに控えて、こいつは、急にそんなことを考えた。
とはいえそんな感想も、あまり筋の通った話ではない――なにも今日突然、そいつの口調から躊躇や、よどみがなくなったわけではないのだ。
もともと相続財を持たないそいつが家名を名乗る意味はない。それをあえて名乗る気後れもあっただろう。スイートハートは数か月前に亡くなった同僚の名前で、そいつがそれを名乗ることにしたのはつまりそういう理由だが、思い入れについては恐らく他人には計り知れないものがあるはずだ。加えて、言うまでもないが、その同僚の生前、そいつはこの名前をことあるごとに馬鹿にしていたらしい。
やがてこれらのこだわりも、自然とそいつの一部になっていったのだろう。今日突然の変化ではない。だが、こいつが気づいたのは今日だった。
受付の魔術士は、特になにを確認するでもなく、うなずいた。
「お待ちしておりました」
大陸魔術士同盟は、大陸にいる魔術士すべてを例外なく参加させる互助組織として認識されている。
魔術士であるか否かは明白であるため、そこに誤解の余地はない。魔術士はすべて同胞であり、互いに忠誠心を持つこと。それを義務化している。
現実はわずかに違う。
(まあつまり、この違和感ってことだよね)
居心地の悪さに身じろぎを隠せず、こいつは胸中でつぶやいた。
魔術士の組織はいくつかの派閥に分かれ、暗に対立もしている。ひとつには《牙の塔》だ。大陸黒魔術の最高峰、名門の学舎である。剣にからみついた一本足のドラゴンの紋章。今、こいつの胸元にあり、そしてそいつも身に着けているのがそれだ。
もうひとつには、貴族連盟の配下にあるものだ。宮廷魔術士《十三使徒》は消滅したため、今ここに属すのは精神士、白魔術士たちである。そいつらの基地は《霧の滝》と呼ばれているが、その在処も実態も、余人の知るところにはない。
最後には、それ以外の同盟員。
つまりこの場所だ。トトカンタ市の大陸魔術士同盟支部は最大手である。そいつに連れられ各地の支部を回って、今ではこいつも、自分たちがそこでどういった感情を向けられるのか、肌で感じるようになっていた。敵対心というほど強いものではない。嫉妬ほどでもないだろう。ただ、歓迎されることもない。
この章から随分難しくなった気が……
2008.09.20.
近所のアンティークショップの前を通りかかったらえらい美人の店員がレジの奥から気だるげに頬杖をついて外を眺めているのを見てときめくより先に「漫画か!」と突っ込んでしまった時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』16回
受付の女魔術士は、実のところ知った顔だった――名前は覚えていないが。トトカンタ市を旅立つよりも以前、こいつの家の宿屋に顔を出してきたことがある。
そいつのほうはこいつの顔を完全に忘れているか、《牙の塔》の紋章を身に着けて現れたこいつと当時のこいつとを結びつけられずにいるのだろう。にこりともしなかった。いや、あるいは気づいていたとしても、歓迎されないということはあり得る。
「こちらへどうぞ」
と秘書らしく、建物の奥へ案内に進む。
中は静かだった。
もとより、構成員の数が大幅に減っているのは知っていた。時勢の変化を受けて、かなりの数の魔術士がタフレム市に避難している。まだこうした支部に残っているのは――そいつの言葉を借りれば――もどれない理由があるか、よほどの偏屈者かだ。
案内されたのは支部長室だった。
秘書が中に入り、来訪を伝える短い時間の間に、そいつがこうつぶやくのが耳に入った。
「口論はやめてよ……」
それはこいつに言ったのではない。それだけは分かった。では自分自身に言ったのか。それともこれから会う相手に言ったのか。
なんにしろ秘書がもどってくるまで、そいつの横顔には微塵の動揺も見当たらない。
中に招かれると、目についたのは部屋の殺風景さだった。支部長室というより、ただの事務室だ。赤毛の男が席を立って、来客に礼をした。
「これはこれは。ようこそ、何年ぶりかな――」
「聖域で一緒だったことは分かってる。あなた、わたしたちの証言如何で同盟への反逆に問われることになるのよ」
開口一番、そいつがぴしゃりと遮る。
2008.09.21.
今日、出掛ける時に空模様を見て思ったこと。
「雨降りそげさが微妙だなぁ」
こんな仕事やってられるのはわりと普通に奇跡だと感じた。時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』17回
支部長が顔も上げない間に、そいつは一気にまくし立てた。
「無断の介入に妨害工作。明白な反逆者への協力。情報の不提供。隠匿していた情報の内容によっては、全戦死者の死の責にも問われる!」
進む足も止めない。言い終わるまでには、そいつは男の間近で顔を突き合わせていた。
赤毛の男はずっと顔に薄笑いを貼り付けたまま、小さく嘆息してこうつぶやいた。
「半年も経ってようやくそんなことを言える余裕ができた?」
「一応、脅すくらいはしておかないとと思ってたのよ」
そいつはそう言って身を退いた。
突然のことに目を丸くして立ちすくんでいる秘書を、支部長が手を振って追い払う。そいつが部屋を出て行ってから、改めてそいつは向き直った。
「しっかし《塔》の遣いと支部長の会議にしちゃ、学生会みたいな顔ぶれだね。そっちは君の部下? お互いのことは言えないけど随分と若い」
「ここが異常なのよ。《塔》はきちんと長老部が指揮を執ってる。ただ……そうね。外に出向ける魔術士はいかにも人手不足よ」
と、そいつも身体の向きを変えてこちらを示す。
「彼はあいつの生徒よ。今はわたしが教えてる」
「へえ。ああ、君か。有望だって聞いてる」
そいつの言葉に、こいつは苦笑いして答えた。
「そうですか?」
「魔王の弟子なんて呼ばれている少年には、少なくとも、おべっかを使うくらいの価値があるってことだよ。名乗り遅れたけれどぼくは、今や魔王と呼ばれるようになった人物とは、学生時代にライバルだった」
面白がっているのか、支部長はにやりとしてみせた。握手ではないが握手の代わりなのか、手を握るような仕草だけする。