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2008/02/08

家族内殺人事件」のひん発と日本人のこころの行方 3 受験戦争と戦後教育

6 戦後教育と受験戦争

次に家族内殺人の社会的背景として、教育の問題を考えてみる。戦後教育において、最大の問題は、何と言っても「受験戦争」、「受験地獄」とまで揶揄されて きた「進学」のあり方にある。この受験のあり方がエスカレートしたことにより、教育の中身に歪みが生じ、人間として一番肝心な情操教育が次第にないがしろ となり、有名大学に進学することが錦の御旗のように喧伝されてきた。

 ◆東大を頂点とする日本的学閥階層制
この戦後教育の常に頂点として存在してきたのは、国立大学法人東京大学であった。この東大を頂点とするヒエラルキーは、日本の教育制度そのものを、秩序付 けてきた。ある意味では、教育関係者も親も本人も、この頂点を目指すことが、目的となり、受験のための教育が、主流となってしまった。もちろん、その東大 進学へのコースを外れた者は、次の段階のコースを選ぶことによって、日本における受験のヒエラルキーは保たれているのである。そのコースから最高価値観、 親現在でも、中央省庁の高級官僚や日本を代表する有力企業のトップを輩出し続けていている。これは暗黙のエリート養成システムとも言うべきものである。

その結果、戦後教育において、社会的人間としての心を育てる教育が受験教育の下に置かれ、学校関係者も、「東大に何人合格した。他の一流大学に何人合格し た」という具合に、合格者数と合格率を競うようになった。こうして日本中の学校の入試の結果による序列化が進んだ。当然のように、受験のための受験テク ニックに特化したカリキュラムを最初から組む私立校が優位となる。文科省の縛りを強く受ける公立校は不利な立場に置かれ、かつては東大や一流大学への進学 率を誇った公立校は、急速に社会的評価を失ってしまったのである。

また塾や予備校は大盛況となり、都内などでは、小学生や中学生たちが、夜遅くまで、そっちこっちの塾を渡り歩く姿が見受けられるようになった。これもまた 受験戦争のもたらした悲劇である。毎日、夜遅くまで、受験のための教育を受けることが、日常茶飯事になっていたのでは、健全な心が育つことは難しくなる

そして今や、教育界まで、貧困化の影響が強く反映している状況になってきている。一番分かり易いのが、日本の教育のヒエラルキーの頂点に立つ東京大学に学 ぶ学生の親の収入が富裕層で占められてきているという現実だ。またこの暗黙のシステムの中で問題なのは、受験戦争の中で、勝ち組負け組にいく者に否応なく 分けられるところにある。要は落ちこぼれ、挫折していく者を拾い上げるシステムがないところにある。また受験テクニックに特化した教育のために、人間とし ての本来あるべき倫理観や教養というものが身につかないまま大人になってしまうことにあると思われる。

 ◆東大生の実態調査
最新(07年12月7日)の「東京大学学生生活実態調査」によれば、東大生の「家庭状況」についてこのように記されている。(下の二表は、この実態調査からの転載である。)

東大入学者の内、東京都出身が25.0%、関東出身が31.4%で、ふたつを合わせると56.4%が関東出身者となる。

出身高校については、全体の47。4%が中高一貫型私立校、公立高校が39.5%、国立(大学付属)が8,7%の順となる。

また親の職業は、「管理的職業」が37.7%。親の年収については、950万円以上が47.8%となっている。

この事実から、東大生の典型的モデルは、東京もしくは関東近郊の中高一貫型私立校の出身者で親の職業は公務員もしくは企業の管理職で高額所得の家庭の子息子女というイメージとなる。ここには明らかに出身地、出身校、親の職業、年収規模に遍在性が認められる。

また「生活費の状況」では、自宅生が68,300円、自宅外生が148,000円となっている。この生活費のうち、「家庭からの仕送り・小遣い」は、自宅生が32,600円、自宅外生112,000円となっている。

ここから東京に自宅のある学生は比較的楽な学生生活を送れるが地方の学生の親にとっては、かなりの高収入がないと、東大生を支えきれないのではないかとい う実態が浮かび上がってくる。これは所得の地域間格差が東大生の構成分布にも影響を及ぼしつつあることを物語っている結果というべきである。

先に取り上げた橘木俊詔氏の「格差拡大」でも、次のように記載がある。

東 大生の持つ親の所得は、日本の大学では一番高い水準にあります。二、三〇年前には、慶應義塾大学など一部の私立大学でした。しかし今日では親の所得が比較 的高いとされていた慶應義塾大学よりも東京大学の方が高くなっています。ごく最近の興味深い例を紹介しましょう。二〇〇六年四月に開校した愛知県の蒲郡市 の海陽中学・高校は、全寮制のエリート校を目指しており、年額三五〇万円が必要です。親の所得が一〇〇〇万円以上でないと進学は無理と言われています。イ ギリスのパブリックスクールのイートン校をモデルにしています。階級社会であるイギリス流の教育制度が日本に根付くかどうか、興味の持たれるところです。 こうした例は、親の所得の高い子弟がいい教育を受ける時代になったことを、ある意味で象徴的に物語っています。これは、階層の固定化へもつながる懸念があ ります。」(115ー116頁)

問題は、橘木氏が指摘した日本社会において、「階層の固定化」である。要は、高級官僚や政治家、医者などの社会的に地位が高く高収入を得られる家族の子弟が、お金の掛かる有名大学に入り、そのまま親の地位を受け継ぐような職業に就くということだ。

橘木氏は、東大の中でも、ダントツに偏差値が高く、最難関と言われる東大医学部(理Ⅲ)の極端な例を上げている。

神戸のある進学校の卒業生が、東大理Ⅲ(医学部進学課程)の二三.三%、京大医学部二一.六%の合格占有率となっています。」(97頁)というものだ。

驚くべき事態である。東大入学に特化したひとつの進学校が、東大理Ⅲのほぼ4分の1の合格者を出しているのである。これではますます、資金のある親は、東大理Ⅲの予備校化した進学校にお金に糸目を付けずに入学させたいと思うに違いない。

 ◆杉並区立和田中学の夜スペは教育の機会均等否定の思想
先月、東京の杉並区立和田中学校で、この学校の成績優秀者のみが、サピックス(進学塾SAPIX)という塾講師による夜間補習授業(「夜スペシャル」略称 「夜スぺ」)を受けるという奇妙な事態が発生している。考えてみれば、補習授業というものは、一定の成績を取れなかった学生が受けるべきもので、逆に成績 優秀者しか、この補習授業を受けられないというのでは、本末転倒の話しではないだろうか。

かつて、リクルートの社員だったという民間から採用された某校長は、優秀な生徒のレベルを更に上げることで、全体の教育レベルを上げることができるとの持 論を展開しているが、どのように考えても、その補習を受けられない生徒の思いを忘れた差別待遇であり、もっと言えば日本国憲法下における公教育のあり方を 根本から否定するに等しい暴挙そのものだ。大体「夜スペ」などという、まったく美意識や心意気を感じさせない言語センスひとつをとっても、この企画の胡散 臭さを象徴していると言うべきだ。以上、受験戦争の過熱化の中で、杉並区という新しい山の手と言われるような住宅地の公立校ですら、受験戦争の煽りを受け て、少し正気を失ってしまているのではないかと感じるのである。

さて、この和田中学の問題で、メディアは中立的な報道に終始しているようである。これは、これまでのメディア自身が、受験戦争を容認し、むしろその事態を ビジネスにしてきたことからの視点の歪みから来ていると考えられる。例えば、「週刊朝日」、「読売ウィークリー」、「週刊毎日」などの一流新聞系の週刊誌 は、競うようにして、各大学の合格発表の後、どの大学へどこの高校が何名合格したかというような詳細な結果記事を発表し、日本中の高校の序列化を商売のネ タにしている。これはある種のポピュリズムであり、受験戦争の事実上の容認であり、健全な姿とは言いがたい。

以上の日本の教育問題への認識をもって、実際の昨年5月に福島県会津若松市で起こった高校生による母親殺し事件を考察してみることにしたい。

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