インタビュー:米サブプライム問題、米経済の根幹揺るがす事態にならない=竹中氏

2007年 08月 16日 18:20 JST
 
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 [東京 16日 ロイター] 竹中平蔵前総務相(慶応義塾大学教授)は16日、ロイターのインタビューに応じ、世界金融市場の動揺の契機となった米サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅融資)問題が米国経済や信用システムを揺るがすような事態にはならないとの認識を示した。

 ただ、世界経済が米国依存を強めていることから、「(影響の)波及が大きい面はある」と警告。日本経済の先行きでは「期待成長率が高まっていない」問題点を指摘した。さらに世界同時株安のなかでNYダウ以上に日経平均株価の下げ幅が大きいことは、改革の後退を危惧する市場の重要なメッセージだと強調。

 また、参院選で与党が大敗し国会での与野党勢力ねじれ現象で政策決定プロセスは大きく変化すると展望。官邸主導から「与野党政策協議の場」が、政策決定の軸になるとした。安倍政権浮沈のカギはそのための人事を断行できるかで、党内人事では政調会長人事が決定的に重要と語った。 

 インタビューの概要は以下の通り。 

 ──米サブプライム問題が米経済に与える影響。 

 「米金融当局の行動から判断すると、バーナンキFRB(連邦準備理事会)議長が早い時期に数字を挙げて問題を指摘したことから言えるのは、この問題はそれなりのインパクトを持っている問題だということ。同時に数字を挙げて言及しており、金融当局はコントローラブル(対処可能)だと考えているということ、これは重要なメッセージだ。しばらく不安定な状況が続くだろうが、決定的に経済の根幹を揺るがすようなことには至らないと思う。(金融システムへの問題でも)決定的に信用システムを揺るがすことにはならないだろう」 

 ──各国中央銀行の緊急資金供給は一応止まったが、流動性不安は終息したとみれるか。 

 「こういうのはウェイブでやってくる。今回の波についてはそういう見方をしてもよいだろうが、これが最後のウェイブかと聞かれるとそれはわからない」 

 ──米国の消費への影響を通じた米国経済への影響についてはどうみるか。 

 「この問題をマクロ的にとらえると、不動産価格が下がったことによって、負の資産効果が経済全体としてどのくらい起こるかということ。結論から言えば、負の資産効果は当然ある。しかし、それは決定的に大きなものにはならないだろう。たとえば、GDP成長率が1%ポイントくらい下がることはありえる。従って、3%強の成長率が2%程度に減速する可能性はある。しかしそれを超えて深刻なものになるかというと、政策対応を誤らなければ、それほど深刻なものではないと見ている」

 「ただしひとつだけ問題があって、欧州も日本も中国も、世界経済が非常に米国依存になっていること。米成長率が1%変動すると、世界の成長率の変動は10年前には0.9%だったが、今は1.5%程度になっているとの試算がある。(世界経済のなかで)中国も重要な存在だが、その中国も米国に影響受ける。日本も欧州も米国の影響を受けている。その米国経済を支えてきたのは個人消費で、(今回の問題で)個人消費に負の資産効果が及ぶ。その波及は大きいという面はある」

 「もうひとつのポイントは、NYでも東京でも株は下げているが、東京の下げのほうが大きいということ。これは、日本経済や(日本が)改革をどうするのかということに対して非常に重要な示唆を与えている」 

 ──政策対応を間違えなければということだが、適切な政策対応とは。 

 「政策対応の基本は金融政策で、流動性に関して各国中央銀行は連携をとって対応した。評価できる」 

 ──日本経済の米国依存が高まるなかで、この問題が日本経済に与える影響も含めて景気の現状認識と先行きはどうみているのか。 

「世界経済が順調ななかで日本経済も順調に伸びているが、日本の期待成長率はまだ高まっていない。日本経済は失われた10年の状況は脱した。不良債権に象徴される負の遺産はなくなり通常の成長力が戻ってきた。しかし、その通常の成長力はたかだか2%弱の成長力で、3%強の成長力を持っている米国に近づいていけるかがこの1年問われてきた。改革を続けなければならないという大変重要なポイントにあるが、結果からみると、日本の期待成長率は高まっていない。だからこそ、円が安くなり、株価はNYの下げ幅より東京の下げ幅が大きい。このことに対する真剣な受け止めが必要だ」 

 ──日経平均株価の下げがより大きいことが持つ意味は。 

 「『改革が進んでいく』ということに対してマーケットがポジティブにみていないということ。安倍内閣は改革を目指しているが、改革がどうなるかと言うことについてマーケットがさらに不安な思いを持っているということだろう」 

 ──8月利上げ観測がまだくすぶっているが、その是非と可能性について。 

 「日銀はやるべきかやるべきでないかと聞かれたら、やるべきでない。日銀はやると思いますか思いませんかと問われたら、日銀は利上げをすると思う。理由は簡単で、過去1年間、日銀は間違った政策をとり続けてきたからだ」 

 ──世界市場の動揺が続くなか米国経済への影響の見極めが難しい状況でも利上げの可能性があると。 

 「日銀がどういう行動をとるかは合理的に説明がつかない。日銀はデフレが続くなかで利上げをした。世界の経済が動揺しているなかで利上げはしないだろうとは言えない」 

 ──利上げはデフレ脱却が完全に見通せるまで一切やるべきでないとの考えか。 

 「そうだ。日銀の最も重要な仕事は、デフレを克服すること。デフレを克服すれば、金利は上がる。日銀は金利の正常化と言う。金利が正常でないのは確かだが、それは経済が正常でないから金利も正常になれなかった。経済が正常ではないということの象徴がデフレだ。従って、デフレを正せば金利も正常になる。デフレを正すことが出来るのは中央銀行だが、中央銀行がデフレに対して何もコミットしないで金利の正常化という庭先の議論だけしてきたのがこの1年間の議論だ。この1年、私は唖然(あぜん)としている」

 「デフレの克服に必要なことは流動性を増やすことだ」 

 ──次期日銀総裁候補で名前が挙がる。意思があるか。また総裁に求めらる資質とは。 

 「私は、日銀とかそういうことではなくて、私の意思で公的な職を離れた人間で、公職に付く気はない」

 「資質については、今の金融政策はたとえば5年前に比べると決して難しくない。5年前は信用不安のなかで地雷源を通るような難しさがあった。それに比べると、経済はある種正常化されており、普通の経済政策をやってくれればよい」 

 ──参院選での与党大敗は、市場原理主義をベースとする小泉構造改革の否定か。 

 「まず事実認識として、小泉改革は市場原理主義をベースにしているという事実は全くない。小泉改革によって多くの人が既得権益を失ったのは事実。今まで税金をむしばんでいた人たちが『市場原理主義』というラベルを貼って全ての原因をそれにしようとするのは、抵抗勢力の露骨なキャンペーンだ。それに乗ってはいけない。小泉構造改革は市場原理主義をベースとしたわけではない」

 「小泉改革に対して露骨に反対した政党は国民新党。『小さな政府』に対して、カネをばら撒けといったのが国民新党だ。しかし、今回、国民新党は支持されてはいない。小泉改革と反対のことを言った政党も支持されていない。結局、何が支持されたかわからない選挙になった」

 「たとえば地方が疲弊しているといわれるが、地方経済は、衆議院で3分の2の議席を取った2年前に比べて悪くなっていない。良くなっている。地方の有効求人倍率は上がっている。地方のGDPも増えている。選挙の結果は真摯に受け止めなければいけないが、それ(敗因の理由)は別のところに求めなければいけない」 

 ──しかし、格差の問題に焦点が当たるにつれ改革逆行の危惧もある。 

 「全くその通り。重要なことは、改革を行ったから格差が出たとするのは事実認識が違う。つまり不良債権を放置していたら格差は縮まったか。そんなことありえない。不良債権を放置していたら格差はもっと拡大していた。改革と格差を結びつけるのが間違い」

 「確かに、格差は世界中で拡大している。これは世界共通の課題で、十分な答えがないということも事実だ。自民党はまだ、十分な答えを出せていない。民主党も出せていない。民主党は『生活が一番』というが、これはスローガンであって政策ではない。唯一出しているのは国民新党だけだ。だが、その国民新党は国民の支持を得ていない」

 「結局は政策論だが、小泉改革はそれに対する方向を出していると思う。民間で出来ることは民間で行うことによって経済を活性化させる。パイを大きくするなかで(格差を)解決していく。同時に地方で出来ることは地方でやることによって分配を地方に委ねる。道州制をやって分権改革を行えば、格差是正につながる。これらはまだ実現していない」 

 ──安倍首相には何が欠けているのか。 

 「安倍さんが基本的に自分の政策が否定されたとは思わないと言ったのは正しい。いかに実現するかということに対して、必ずしもこの1カ月間、国民を十分に説得することが出来なかったということだろう」 

 ──どういうステップを踏んで、対処すべきか。 

 「(目指す方向を)国民の前に示す、一種の政策マーケティングには成功していない。わかりやすく示さないといけない」

 「何をやるべきかと言う点では、私は、与野党が参院で逆転したということは非常に大きな政策プロセスの変化を求めている。極端に言うと官邸主導が終わるということだ。官邸主導とは与党が多数を取っているときの話で、そんな場面は吹っ飛んだ」

 「官邸主導は『政vs官』の対立。今度は『政vs政』になる。与野党の政策協議の場が非常に重要な意味をもつ。政治家同士が政策協議を行っていかなければならない。98年の金融国会では「政策新人類」が生まれた。今度は「新・政策新人類」が出てくると思う。その「新・政策新人類」をいかに活用できるかどうか、それを人事に反映できるかどうかが、安倍さんの最大のポイントだ」

 「(改造や党役員人事では)派閥均衡をやってはいけない。どんな批判を受けようとも、従来以上の大抜擢人事をしなければならない」 

 ──諮問会議の役割はどう位置づけるのか。与野党協議が政策決定の軸となるとすると不要ということか。 

 「不要ではないが、諮問会議の地位はさらに低下する」 

 ──諮問会議の地位の低下は国民にとってマイナスではないか。政策の透明性などが失われる。 

 「そういうことはない。諮問会議は、政策決定を官僚が積み上げたものでなく、首相の意思で、トップダウンで決めるというスタイルを持ち込んだ。しかもそれをオープンにした。この2点が諮問会議の最大の成果だ。しかし、今度は政策はそういう場で決まらない。政府のなかで決めても国会を通らない。従って、国会で与野党が政策協議する場が一番重要な意思決定の場になる」

 「国会のオープンな場で決まる。しかもそれは官僚に依存しないで決まる。これは悪いことではなく、官僚支配をより徹底的に抑えることが出来る。チャンスだ。むしろ日本の政策決定プロセスを良くする」

 「その意味では、与党の政調会長は決定的に重要だ。国会対策委員長的なセンスをもち、政策がわかっていなければならない」 

 (ロイター日本語ニュース 吉川 裕子 木原 麗花)

 
 
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